そんな彼女は今、刹那的で甘美な時間を享受していた。
その刹那の楽園が終わった後、彼女は一体何を思うのだろうか――
そんな、「グラーフ・ツェッペリンが楽しめる世界」を思い描いて書いたのが今回の作品です。
※pixivに投稿した作品の加筆修正版となっています。
「青い海!白い砂浜!そして、尊い駆逐艦達!嗚呼、ここが楽園なのか、閣下!」
「木に思いっきり縛り付けられてるのが楽園だっていうなら、そうなんじゃないか?」
アーク・ロイヤルはギラギラした目で、砂浜や海ではしゃぐ駆逐艦を眺めていた。そんな彼女は、現在厳重なまでに木に縛り付けられ、身動き一つ取れない状態である。それでもなおこのテンションを維持している彼女を、指揮官は冷ややかな目で見ていた。
ここは学園前の砂浜。最近急に暑くなってきたため、「海で遊びたい」という声が殺到。指揮官も息抜きにちょうどいいと思い、みんなで海で遊ぶこととなった。
「まったく、卿らは緊張感が足りぬな。この辺りは比較的平穏とはいえ、まだ海には脅威が残っているというのに」
「グラーフ。そんな恰好で言っても全く説得力がないぞ」
指揮官の横に座るグラーフ・ツェッペリン。呆れたような声とは裏腹に、黒で統一された際どく艶やかな水着をバッチリ着こなし、完全に今の時間を満喫しているのは、彼女の表情を見れば一目瞭然であった。
「我に楽しめと言ったのは卿であろう。なら、卿の為に楽しむ。それが我の役割だ」
「本音は?」
「うむ、普通に楽しいぞ」
うんうんと頷くグラーフ・ツェッペリン。素直な性格で、こういう時に嘘を吐くような人物ではない。彼女がそう言うからには、心から今を楽しんでいるのだろう。
「戦いとは無縁のこんな時間がここまで面白いとはな。卿と一緒にいると、面白いことが次々に湧いてくるから退屈せぬ。それに、この水着というもの。下着にも似ているが、不思議と見られても気にならぬな。見られることを前提としているからだろうか?というワケで卿よ。こちらから目を逸らさずにちゃんと見てほしいのだが」
「……何というか、目のやり場に困るからできれば直視は避けたい」
指揮官も健全な男性である。ただでさえ抜群のスタイルを誇るグラーフ・ツェッペリンが水着姿なのだ。まともに見れる自信が指揮官にはなかった。
「卿の為にフィーゼと一緒に選んだ水着なのだ。恥ずかしいからといってしっかり見てくれないといいのであれば……我は怒るだろうな」
少しばかりの怒気を含んだ言葉に、指揮官は思わず背筋が寒くなるのを感じた。
「わ、分かった分かった。ちゃんと見るからさ」
指揮官は覚悟を決めてグラーフ・ツェッペリンを見る。すぐに分かるほどの魅惑的な水着で、見ているだけでドキドキしてしまう。黒で統一されている割には派手さを感じるが、グラーフ・ツェッペリンがそれを完璧に着こなしているためか、その派手さすらも彼女を引き立てている。むしろ、彼女の白い肌が見事に強調され、その魅力は更に増していた。
「……前言を撤回しよう。卿だからだろうか。卿に見られると、恥ずかしいというか、気になってしまうな」
グラーフ・ツェッペリンは頬を赤く染めながら指揮官から目をそらした。そんな些細な仕草ですらも、魅力的に見えてしまう。
「そ、それで?」
恥ずかしそうにもじもじしながら何か言いたげなグラーフ・ツェッペリン。
「ん?」
「こういう時は男性が何か感想を言うものではないのか?」
「誰から聞いた、そんな話」
「フィーゼからだ」
指揮官は海辺で遊んでいるフィーゼを見た。当のフィーゼは砂浜で城を作って遊んでいたのだが、一瞬だけ彼女と目が合った。そのフィーゼの目は、「グラーフの水着に感想を」と訴えているように見えた。そういえば時折フィーゼの方から視線を感じてたな、と指揮官は何となく思い出したのだった。
「ったく青葉にまた吹き込まれたか……まぁ、確かに感想を言わないのは失礼になるよな。えっと、その……すごく似合ってると思うぞ」
いざ言うとなれば、そういうありきたりなセリフしか思い付かないものである。そんな自分自身に指揮官は呆れてしまったが、そんなありきたりなセリフでもグラーフ・ツェッペリンにとっては嬉しかったようで、照れながらも嬉しそうに笑った。
「そうか、うむ。1週間かけて選んだ甲斐があったというものだ」
「時間かけすぎだろ……」
「閣下、ダメだ!そっちに行っては!閣下は私と一緒に駆逐艦道を歩むと約束したじゃないか!」
一般的な駆逐艦とはほぼ対極にいるであろうグラーフ・ツェッペリン。そんな彼女に指揮官が心動かされているのを見て焦ったのか、アーク・ロイヤルはそう叫んだ。
「んな約束してねえよ」
「……卿よ。アーク・ロイヤルは何を言っているのだ?といか、ずっと気になっていたのだが、何故ここに縛り付けられているのだ?」
首を傾げながらグラーフ・ツェッペリンはごもっともな質問を指揮官に投げかける。
「……フィーゼ達に危険が及ぶ可能性があったから、とだけ言っておく」
ちなみに、ここに縛られることを要望したのはアーク・ロイヤル自身である。本人曰く「理性を保てるかどうか分からないから」とのこと。先ほどの彼女のテンションを考えるに、その選択は間違ってはいなかったであろう。
「なるほど、理解した。フィーゼに危険が及ぶというのは許容できぬな」
グラーフ・ツェッペリンはスッと立ち上がり、アーク・ロイヤルの前に立つ。
「いいか、閣下。そもそも駆逐艦というのは……ん?どうした、グラーフ。私の前に仁王立ちして」
「卿よ、少し手伝ってくれ。大丈夫だとは思うが、万が一のことを考えてもっとしっかりと縛り上げる」
「あいよ」
「え?ちょっ、今でも結構きついんだが。それ以上きつくされると――」
直後、アーク・ロイヤルの苦悶の悲鳴が響き渡った。
その後、指揮官とグラーフ・ツェッペリンは思う存分遊んだ。
みんなでBBQをしたり、泳ぎを覚えたいというフィーゼのために指揮官とグラーフ・ツェッペリンの2人で彼女に泳ぎを教えたり、その隙を狙って青葉とグリッドレイが指揮官の水着姿を際どいアングルで盗撮しようとしたり、それで罰が当たったのか、楽しさのあまり思わず放電してしまったエルドリッジにピンポイントで青葉とグリッドレイだけが巻き込まれたり。
本当に、様々なことが起きた1日だった。
そして、そんな時間も終わりを告げ――。
「……」
グラーフ・ツェッペリンは、片付けが終わった砂浜に一人で佇んでいた。
「こんなところにいたか、グラーフ。フィーゼが探してたぞ」
彼女の姿を見つけた指揮官が、彼女に駆け寄る。
「卿か……」
グラーフ・ツェッペリンは少し寂しそうな表情で指揮官を見る。
「……どうした、そんな寂しそうな顔をして」
「寂しい、か。うむ。確かにそうだ。いざ終わってみると、寂しくなってしまった」
彼女の目には、夕焼けに染まった海が映っている。恐らく、今日一日の風景を思い浮かべているのだろう。刹那的で、甘美で、そして楽しかった時間。
かつての彼女ではいくら望んでも手に入らなかった時間。だが、今日はその時間の中に、確かに彼女は存在していた。
「……不思議な感覚だ。かつてはこの世界の全てを憎悪するほどに渇望した時間を手に入れたというのに、心が寂しい。より、渇望が強くなる」
「……グラーフ、今日は楽しかったか?」
「もちろんだ。それは断言できる」
寂しさの表情を浮かべるグラーフ。しかし、その表情の中には、確かな満足感の色が浮かんでいた。
「楽しい時間なんてそんなもんだ。本当に楽しかったら、終わった時に寂しくなっちまう」
「次を渇望してしまうほどに、か?」
「もちろんだ」
それを聞いてグラーフ・ツェッペリンは「あぁ、そうなのか」と呟き、笑った。それを見た指揮官もつられたように笑う。
――誰かと笑い合う日が来るとはな。
グラーフ・ツェッペリンはそう思った。
かつては、自分を拒絶した世界の全てを憎み、退屈な世界を壊そうとも思った。
そんな彼女に、指揮官は手を差し伸べた。
世界を憎む彼女も、世界を壊そうとする彼女も、その全てを指揮官は受け入れた。
「どうせ世界を壊すなら、精一杯楽しんで退屈な世界を壊してしまおう、か」
「ん?」
「初めて出会った時に、卿に言われた言葉だ。あの日から、我の世界は何もかもが変わってしまった」
色々な人と出会い、色々なことを体験し、そして彼女にとってかけがえのない親友、そしてパートナーを見つけた。彼女にとって、今の世界は決して「退屈」なものではなくなってしまった。
「嫌だったか?」
「まさか。戸惑うことは確かにあるが……うむ、楽しい世界にはなったな」
そう言って笑う彼女の顔は、かつて世界の全てを憎んでいたとは思えないほど、眩しい笑顔だった。
「卿がこの世界にいる限り、この世界が退屈で満たされることはないだろうな。それなら、我がこの世界を壊す理由もない。もしも壊す理由が生まれるとするなら……それはこの世界が卿の敵となった時だけだ」
「世界とは大きく出たな」
「少なくとも、我にとっての卿は世界に等しい存在だ」
「そう言われると、悪い気はしないな」
グラーフ・ツェッペリンは再び海を見る。
「……我はこの時間をまた味わいたい。たとえそれが、刹那の甘美さだったとしても、我はその刹那に喜んで手を伸ばすだろう。だから、また我と一緒にここに立ってくれるだろうか?」
「もちろんだ」
指揮官の答えに、グラーフ・ツェッペリンは満足そうに笑った。
「そうだな。それなら、来年は卿にどんな水着を見せようか。せっかくだから卿に選んでもらおうか。いっそ、フィーゼの分の水着も……」
「それは勘弁してくれ……」
かつて世界の破滅を望んだ少女は、未来の世界を思い描いていた。
来年も、その次の年も、きっと彼女は世界を望むだろう。
彼がこの世界に存在する限り――。
「ん?」
「どうした?」
「そういや、誰か忘れてる気がするんだが」
「奇遇だな。我も誰かを忘れている気がする」
「「…………あ」」
「閣下、私はいつまでここに縛られていればいいんだろうか……まさか忘れているとかじゃないだろうな……いや、閣下に限ってそんなことは……とりあえず、誰でもいいからこの縄を解いてくれないだろうか……」
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