コードギアス Hope and blue sunrise   作:赤耳亀

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SIDE Rock
episode1


巨大で、豪奢な調度品が多数置かれた王の城。その城の中にある、数多くの部屋の一室で、二人の男が会話をしていた。

 

「彼は眠ったよ、ナイトオブワン。」

 

フードを深く被り、その表情を見せない男が告げた。彼の声にはどこか幼さが残っている。

 

「眠っただと!?この非常事態に奴は何を…」

 

「君が思っている眠るという言葉とは意味が違うと思うけど…彼は自身が招いたこの状況に絶望し、死を望んだ。だが彼には私との契約がある。その契約を果たすまでは、死んで貰っては困るのだよ。」

 

フードの男の言葉に、もう一人の男が眉を潜める。

 

「だから、眠って貰った。彼が目覚めるに相応しい時代になるまで。いつ目覚めるかは、私にも分からない。」

 

「…だから俺は貴様のような魔術師を迎え入れるのは反対だったのだ。それに、俺は奴の騎士であると共に、友でもある。その俺に断りもなく勝手に眠らせるなど…」

 

反対の言葉を口にする男に、フードの男は唯一見えている口に微笑みを浮かべながら、一つの提案を行った。

 

「なら、君も私と契約して眠るかい?」

 

「…何?」

 

「君が彼の騎士として一生を彼に捧げたいと、友として彼と共にありたいと思うなら、私がそれを叶えてあげよう。彼が目覚めた時に君も目覚めるようにしておいてあげるよ。どうかな?」

 

フードの男の提案に、しばし思案を重ねる。そうして彼は、その提案を受け入れる決意をした。

 

「…いいだろう。俺はあくまで奴の騎士。ならば、奴の横に立って闘うのが俺の生きる道だ。」

 

「分かった。その契約を受諾しよう、ロック。」

 

フードの男はさらに笑みを深めると、右腕を彼の額に向けた。

 

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 

 

「嚮主V.V.、実験体三号、ロックが逃げ出しました!」

 

V.V.と呼ばれた少年は、部下からの報告に驚きを隠せなかった。

 

「何っ…!?あの少年の記憶は消去している筈だよね?」

 

「そうなのですが…!しかし、突如として我々を振り切り…」

 

部下の言葉に、V.V.は少し考え込む。

 

「分かった。でも、彼で出来る実験は一通り終わっていたよね?なら、もう必用ないんじゃないかな?追跡や捕縛の為に事を大きくしすぎると、シャルルにバレかねないし…彼の事は諦めて、彼女の実験に注力しよう。まだ彼女は目覚めてすらいないことだしね。」

 

 

 

 

 

 

(ここはどこだ…俺は、一体…?)

 

意識が混濁したままフラフラと街を歩くロック。彼は自身の、ロックという名前以外は何も思い出せないまま宛もなくさ迷い続けていた。二日程何も口にしておらず、心身共に限界が近付いている事を理解してはいるが、所持金も全くないこの状況では打てる手立てがない。そんな状態のロックを後ろから、少し年の離れた姉妹と思われる二人の少女が普通に歩いて抜かしていった。

 

(成程、俺は既にまともに歩けてすらいないらしい。)

 

自分が思う以上に身体が限界を迎えているという事を知り、思わず笑みを浮かべるロック。彼の耳には、その姉妹の話し声が響いていた。

 

「だからアーニャ、私はそんな脚が丸出しになる服なんて恥ずかしくて着れないって。スカートですら自分には合わないと思ってるのに…」

 

「でも、カミラ姉さんには似合うと思う。」

 

「似合う似合わないじゃなくて、恥ずかしいんだっつーの。」

 

「そういう言葉遣い、良くない。」

 

談笑しながら少しずつ遠ざかっていく二人をロックはぼんやりと見つめていた。すると突然、彼女らの横に黒いバンが急停車し、その中から五人の男が現れる。

 

(あれは…?)

 

その光景を見ているロックの前で、男らは二人に手を伸ばす。

 

「オラッ!抵抗すんな!痛い目にあいたいのか!!」

 

「やめてっ!離してったら!」

 

事情は分からないが、どうやら人攫いらしい。そう考えたロックは最後の力を振り絞って彼女らの元へ駆け出す。

 

「せぁっ!!」

 

男らの手前で飛び上がり、二人同時に蹴り飛ばす。さらに一人の襟を右腕一本で掴むと、ビルの壁面に向けて思いっきり投げつけた。

 

「な、なんだこいつは!」

 

「し、知らねえ!とにかく、ずらかるぞ!」

 

残った二人の男は、倒れた男らを手早く回収して車で逃走した。ロックは二人の少女が無事であることを確認する為そちらに視線を向ける。

 

「あ、ありがとう。あなたは…」

 

言いかけたカミラの目の前で、ロックは意識を失って崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「目が覚めたかい?ここは私の家で、私は君が救ってくれた姉妹の父、カーズ・アールストレイムという者だ。」

 

ロックが意識を取り戻した時、彼の目の前には体格のいい中年の男性が立っていた。彼が言うには、あの後意識を失ったロックを二人が家まで運んできたらしい。その情けない自分の姿を想像して、ロックは自嘲する。だがカーズはその様子に頓着する事無く言葉を続けた。

 

「最近貴族の子息が誘拐されて身代金を要求されるという事件が多発していたのは知っていたが、まさか自分の娘が被害に合うなど思ってもみなかった。君には本当に助けられたよ、ありがとう。」

 

そう言って頭を下げるカーズ。ロックは何と返答すればいいか分からず、迷った末に沈黙を選んだ。

 

「ところで、君の素性を聞いてもいいかな?君だけでなく、是非君の家にも礼がしたいのだが…」

 

「…いや、俺はその…実は、記憶がない。」

 

ロックの告白に、カーズは目を丸くして驚く。

 

「なんと…何も覚えていないのかね?」

 

「名前だけは…ロック、俺はロックという。」

 

「ロックか…もしや、棲家も思い出せないのかね?」

 

カーズの問いに、ロックはおずおずと頷く。

 

「分かった、君は娘の恩人だ。君さえ良ければ、ここに住むといい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

ロックがアールストレイム家に住まわせて貰うようになってから二年が経った。その間、カーズはロックの素性を手を尽くして調べてくれたが、捜索願いどころかIDさえ不明で、結局彼の要請で新たなIDが発行される事となった。それに合わせてファミリーネームもアールストレイム家の親族のものであるグルーバーを与えられている。次いで軍人であるカーズの伝手で、兵士としての仕事も手に入れた。しかし最も変わったことは、彼がアールストレイム家長女のカミラと結婚して独立した事である。そのカーズを訪ねて、ロックはアールストレイム家に戻っていた。

 

「ロック!」

 

彼の姿を見たアーニャが飛び付いてくる。それを受け止めたカーズはゆっくりと彼女の身体を降ろし、彼女の頭を強めに撫でた。

 

「アーニャ、また少し大きくなったな。」

 

「えー、1ヶ月前に会ったばかりなのにそんなに伸びないよ。」

 

ロックの手によって頭が左右に揺られるが、それにも構わず笑顔を浮かべるアーニャ。その後ろから、彼女の母であるレイナも姿を現した。

 

「あらロック、久しぶりね。」

 

「邪魔している。カーズ…アールストレイム卿から話があると聞いて来たのだが…」

 

レイナは右手を奥に向けると、彼の言葉に返答する。

 

「書斎にいるわ。なんだかとても大事な話だそうだけど…話せる内容なら後で聞かせてちょうだいね。」

 

「分かった。」

 

ロックは二人の前を通り過ぎると、カーズの書斎へと向かった。

 

「入るぞ、カーズ。」

 

ノックもせずに書斎の扉を開けるロック。それに気を悪くした風もなく、カーズは笑顔で彼を迎え入れた。

 

「よく来てくれたな、ロック。カミラの体調はどうだ?」

 

「ああ、徐々に悪阻は治まってきているようだが…食べれるものが増えてきたのが救いだな。」

 

ロックの言葉を聞いて、カーズは少し安心したかのように一つ息を吐いた。それを見て、ロックは本題を切り出す。

 

「それより、話とはなんだ?」

 

「フム…君には感謝している。娘達だけでなく、戦場で私の命を三度も救ってくれた。私は軍人として無能だったが、君のような部下を、娘婿を持てた事は…私の人生の中で最高の出来事だ。」

 

彼の言葉に、ロックは出会った頃の事を思い出して苦笑し、言葉を返した。

 

「そう一方的な恩でもないと思うがな。」 

 

「いやいや、暇なときはこちらに顔を出してアーニャとも遊んでくれてもいるし、感謝してもしきれんよ。」

 

カーズはそこで一度言葉を切り、息を吐いてから言葉を続ける。

 

「だから、貴族として私は君に報いたい。とは言え、私にできることはこの程度だが…」

 

男が取り出したのは推薦状だった。それもナイトオブラウンズへの。

 

「…それはありがたいが、今ラウンズはようやく埋まったばかりでは?」

 

ロックは疑問を口にする。

 

「全ての席が埋まっている場合、ラウンズの誰かを指名して闘い、勝てば称号を奪うことが出来る。君ほどの男には、簡単な事かもしれんが…」

 

「成程…ではそこに、俺が指名する者の名前を書き加えておいてくれ。」

 

カーズは机からペンを取り出す。

 

「よかろう。誰を指名するのだ?」

 

「ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタインだ。」

 

カーズの手が止まる。ナイトオブワンは名実共にラウンズ最強と言われ、彼に勝てるのは王妃マリアンヌだけと噂されている。そのマリアンヌも、既に亡くなってしまっているが。

 

「しかし、それは…」 

 

「なんとなくだが…ナイトオブワンという立場は俺に関わりがあった気がするんだ…だから、まずは記憶を取り戻すために、その立場を得たい。」

 

ロックは不遜な笑顔を浮かべながらカーズに伝えた。 

 

「…分かった。とにかく、一度これで推薦状を皇帝陛下のもとへお送りしておく。後はそれが通れば、期日の指定があるだろう。」

 

ナイトオブラウンズといえば、帝国最強の12人の騎士達だ。当然、各地の戦場へ出ている事が多く、本国へ呼び戻せるタイミングも限られてくる。その為、それに合わせて行うというのが通常の流れだ。

 

「了解した。感謝するよ、カーズ。いや、アールストレイム卿。」

 

「こちらこそ、君が帝国最強に勝つことを信じているよ。」

 

言葉を交わし、握手をする。二人はお互いを信じあったまま別れた。

 

 

 

 

 

「今帰った。」

 

ロックが自宅に戻ると、彼の妻であるカミラが玄関まで迎えに出てきた。

 

「おかえり、ロック。父様と会ってきたの?」

 

「ああ、そこでラウンズに推薦状を出してもらえることになった。」

 

「ラウンズって…ナイトオブラウンズ!?」

 

元軍学生であり、結婚した為に軍人にはならなかったものの首席で卒業したカミラは、ラウンズの格と強さを十分に知っている。彼らが出た戦場に、負けはないと言われる程なのだ。

 

「推薦が通れば、現ラウンズの誰かを指名して闘い、勝てば晴れてラウンズのメンバーとなる。あくまで通れば、だが。」

 

「…誰と闘うつもり?もしかして…?」

 

「ああ、ナイトオブワンを指名した。この称号は、俺の記憶にとって必要なものの気がするのだ。それに、単純に帝国最強と闘ってみたい。」

 

ロックの言葉に、カミラは視線を下げる。

 

「…すごいね。パパは世界で一番強い人と闘うんだって。」

 

そう言いながらお腹を撫でる。カミラが自身のお腹に愛おしそうな目を向けると、ロックも彼女の手に自身の手を重ねた。

 

「いつか子どもに自慢する為にも、勝ってくるさ。」

 

ロックは自信を込めて言うと、カミラを椅子に座らせ、紅茶でも飲もうとキッチンへ向かった。

 


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