いつもより圧倒的に短いです。
1話:再び
十一月。
ハロウィンは終わり、店先に月見とクリスマスの広告がグラデーションのように並ぶ時期。
完全下校時刻はとうにすぎた、夕方と夜の狭間の時間のこと。少女は寒くなってきた街をまるで初めて来たかのように、目線をあちこちに迷わせながら歩いていた。
「あんなところに道なんてあったっけ?」
肌寒いとはいえコートにはまだ早い。
肌を隠すレースのストッキングと、よそ行きの可愛い厚手のワンピース。
そして地面スレスレまで伸びる金髪。
ジャケットがなくても暖かそうな少女は、工事期間の終わった道をぼんやり見つめながら隣の少年に話しかける。
少年の返事は、とても辛辣なものだった。
「学園都市は毎日地図が変わるからな、数週間外に出てないお前が知るわけねぇよ」
「それはさぁ、垣根くんが軟禁してたからだよね〜?」
「……彗糸」
じとっと少女が目を向けると、垣根と呼ばれた少年は少しバツが悪そうに目を伏せる。
ボルドーのスーツを着た彼は、軟禁と言う言葉に少し顔をしかめると握っていた手を更に強く握る。
少女らしい大きさの、柔らかい手。
彗糸と呼ばれた少女は、静かに垣根の言葉を待つ。ヒールのないフラットシューズを履いていても。背が高い彼女とはとても簡単に目線が合う。
変な色の綺麗な目。少し色味が落ち着いたとはいえ、化粧を施した外行きの幼い顔。
その顔を見てると、垣根の中にざわざわとしたノイズが走る。
なるべく柔らかい声で彼女の名前を呼んでも、その苛立ちは分かりやすい。
「なに」
「お前は立場っつーもんを分かってんのか」
「分かってるつもり」
「分かってねぇ」
華奢で線の細い少年の見た目とは裏腹に、彼女の手を握る力は段々強くなる。
とはいえ本気を出せば骨を砕く強さ、加減しているのは明白。
「あのなぁ、お前は戸籍上死んでんだ。俺の妹になった上でな。その状況で
「……藍花のほうあるし」
「替え玉とはいえ学園都市総括理事長だぞ。そこら辺歩っててたまるかバカ。それにメディア露出してるだろバカ。お前のどこが黒髪ロングの中性的美人だよバーカ」
「バカ三段活用!?」
彗糸を上手く丸め込み、もう一度きちんと手を握り直す。
チラッと彼女の左手を覗くと、微かに赤くなっていた。
(これくらいでも赤くなるもんなのか)
折れてないよな?と今更遅い後悔が脳裏を過ぎるも、垣根はなんて事ない顔で話を続ける。
少し過保護すぎるくらいがこの女にはちょうどいいのを、この数ヶ月かけて学んできたつもりだ。
「お前のバカみたいな話は置いておいて今は例の件を調べてんだ。バカ話はその後にしてくれ」
「こんなにバカって連呼されたの初めて……」
「そんで、ここら辺だろ?その死人が目撃されたって話は」
薄暗い路地裏の前、人のいない道の中でふたりは足を止める。
ここで、死人を見た。
そういう報告が今日の昼、学園都市トップである二人の元へ上がってきたのだ。
「ゾンビでもキョンシーでもなく、本物、生身の人。この世界じゃまるっきり同じ姿で死人が生き返るなんて考えられないけど」
「それにそんな話は原作にない。ありえるのなら──」
スピンオフ作品。
互いにそうつぶやくと、顔を見合せる。
この世界の行く末を一部とはいえ知る二人でも、この騒動のことは知らない。
候補に上がるとしたらそのスピンオフ作品群だろう。
「とはいえ、原作に関係ないことなら首突っ込まなくてもいいんじゃない?あたしたちの目的はもう原作に関わらないのだし」
「……お前はな」
「?」
彼女のつまらない疑問を適当に流すと、路地の奥に視線を向ける。
至って普通の、学園都市らしい治安の悪めな路地裏。落書きやゴミの投げ捨てられたそこには、死人はおろか人ひとりいない。
(死人が復活……魔術サイドのあれこれの可能性が高い。そして新約から登場する魔術サイド……厄介なことになるのは目に見えてる)
だから潰す。
それだけの事。
能力も少し展開しながら、垣根は辺りを見渡す。
死人がいた痕跡は特に見当たらない。
「んー、何かある訳じゃなさそうだけど?どうする?他の現場行く?」
「いや、目撃証言がここであったんだ」
「ここまでくるとその目撃証言も怪しくない?そもそも今日の昼でしょ?見間違いとかさー、もっとデータ集めてからがいいと思うけど」
奥へ進んでみてもその感想は変わらなかった。
勝手に手を離してゴミの中やヒビの入った建物の隙間を覗く忙しない彼女も、その意見に同意するようで怪訝な顔で垣根を見つめる。
汚い路地裏の真ん中、フレンチガーリーなお洋服と絵画に出てきそうな長い金髪がなんともミスマッチで少し奇妙に見えた。
「てか、どこ情報なの、それ。あたしあんまり詳しく聞いてない」
「カブトムシネットワーク経由だ。もう居ないはずのシスターズが居たってな」
余所行きの可愛らしい服装で連れてこなければよかったと少し後悔しつつ、垣根は話を続ける。
「同じ時間、学園都市にいるシスターズはあのカエルの病院にいた。はずなのに一体外にいるのをカブトムシが発見して、とりあえず見に来たっつー話」
未知のものは恐怖である。
中途半端に未来を知っている彼らにとっては、更に恐怖であった。
ドミノ倒しと同じ。間違いが起こったら元には戻せない。
彼らが知っている未来にたどり着けない。
だから知らないことを恐怖する。先回りして暴いてしまう。
「何かあってからじゃ遅いだろ?今後にどう影響するかも分からないし、先回りして確認しておくのがベストだ」
自分が設計した完璧な未来、それを脅かす存在が何よりも怖いから。
「なんもなかったらそれでいいし、そしたら、ほら、早く終われば、ほら……」
路地裏の奥、行き止まりまでたどり着く。
痕跡は何一つ見当たらなかった。
というか、見つかるはずがなかった。
そもそも彼には何万もの手足がある。
カブトムシやトンボ、どんな姿にも変わる、垣根と全く同じ知能と思考、ついでに好みも同じ手下がいる。
わざわざ自分で赴く必要はない。
そんな状態で、気にかけている少女の手を引っ張ってすることが探索だけなわけがなく。
(いや、それが目的じゃねぇけど?たまには外出してやらないとだし、それに一人置いてって勝手にやらかすのも困るし)
それらしい言い訳を並べ、垣根は暗い地面へ顔を伏せる。
言い訳ではなく事実だと理由をこねくり回す彼の脳内は、超能力者というより年相応の男子高校生のそれで埋め尽くされていた。
(……それに、クリスマス近いし、色々情報収集したいし。なんだかんだこいつ口堅いんだよな)
現場検証するのも事実。
軟禁に近い状態にしてしまったのも事実。
それを解消しようと連れ出したのも事実。
一人にしたら勝手に消えてしまいそうなのも事実。というより身に覚えがありすぎる。
そしてそれとは別の事実。
企業戦略と店の在庫処分セール、イベントの客寄せ、そして恋人の交尾と、色んな口実に都合よく使われるクリスマス。
十二月二十五日が近付くにつれ浮かれる世間に、今年ばかりは抗えなかった。
だって、今年は一人じゃないから。
プレゼントのセオリーは?
クリスマスの予約っていつから?
イルミネーションは見に行くべき?
そもそも普通のデートって?
……そういえば性の六時間っていうような?
なんて。
誰かのいるクリスマス。
自分だけの女の子、垣根を好きって言う女の子。
振る舞い方が、わからない。
(中身五歳児相手にしてるんだ、そういう口実に乗らないとアイツ理解できなさそうだし。ちょっとずつ階段登らせてやらねぇと)
カッコつけたがりな青春初心者は、案外常識的で一般的で、手垢の着いたような素朴な青春を望んでいた。
金髪で、背が高くて、化粧が上手な女の子と。
「だからこの後──」
──デートしよう。
そう続けるはずだった。
「……彗糸?」
そこにあるのは静寂だけ。
金色の少女はどこにもいない。
彼一人、路地裏に取り残されていた。
◾︎
いつも通りの一日だった。
出席日数がそろそろ限界な学校へ行き、宿題を忘れたことで怒られて、インデックスが待つ寮へ帰り、冷蔵庫の中が空っぽなのを発見し泣く泣く少し遠くの遅くまでやってるスーパーまで歩く。
上条当麻にとって、とても不幸でいつも通りな一日だった。
今この瞬間までは。
「勝てない……何をやっても、どうやっても、ちくしょう、こいつにだけは、どうやっても絶対に勝てない……」
「きひひ、どうした、もう諦めるのか?」
暗い道路の真ん中、彼の前にいるのは金髪の女の子。
黒っぽいマントと、端切れのようなタイトワンピース、そして体の至る所を縛る赤いリボン。
「私はまだまだやれる。上条当麻、いくら挑んでくれても構わないぞ?」
魔術師。
「私はティファレトとネツァクを結ぶもの、一三枚目に描かれる死神なり。すなわちサーティーンデス」
魔術師は一歩、一歩と前に進む。
一直線に、真っ直ぐに、上条当麻の元へ。
「あらゆる悲劇は我とあり。倒せるものなら倒してみろ、生ある者よ!」
そして地面を蹴った。
右腕を覆う大きな鎌をめいいっぱい天高く掲げ、上条に振り下ろす。
あまりの速さに足がもつれるも、刃先を目と鼻の先でかわすと、素早く距離を取ろうと身を引く。
攻撃を喰らわないようにかわして、隙をついて反撃をする。喧嘩と要領は同じ。
問題なのは、相手がバケモノスペックという点だけ。
「ぐっ……!」
「どうしたのかなー!?反撃しないと!」
指揮者が指揮棒を振るうように軽やかに、サーティーンデスは鎌を振るう。
いつの間にか距離は縮められ、間合いが近い。
(右手で何とかなるのか!?この刃物は!)
切り札の右手──どんな異能でも打ち消す幻想殺しを使おうにも、喉元を狙う斬撃に少しばかり怖気付いて上手く反撃が出来ない。
(俺の名前を知ってるってことはそれも知られてるってことだろうし、物理で攻めてくるのは有り得るわけで──!!)
ほんの僅かな隙。意識が刃先から思考に傾いたその瞬間の出来事だった。
視界の片隅に見えた銀色。
(しまっ──)
刃先が、上条の眉間に触れる。
「およ?」
はずだった。
「まーまー、落ち着いてよ」
少し低めの、けれど明るくて女の子らしい華やかな声が上条の頭上から響いた。
「まずはディスカッションから、それが対話のセオリーでしょ?」
異常なほど長い金髪が上条の視界の中を揺れる。まるでカーテンのような髪の毛は、一つ一つが意志を持っているかのようにうねり、上条の体に絡まる。
黄金のカーテンのさらに奥、サーティーンデスの姿が見えた。
この一瞬で、上条を引き寄せ距離をとった。
しかもその髪で。
「天羽!?」
うねる触手のような髪を辿って見上げた女の顔は、少し前に転校した友人の顔。
ひとつの虹彩に赤と緑が混じる奇妙な瞳、派手な化粧と幼い顔、そして半年前まで中学生とは思えない体型の、見知った少女。
「はろはろー、また面倒事を引き寄せちゃった?上条くん」
天羽彗糸。
【挿絵表示】
天羽さんの6回目のお誕生日なので、記念に?番外編を投稿し始めます。
ストックなしの見切り発車です。不定期更新(月1とか……?)
本編後の世界なので、二人の距離はまあそこそこ、といった感じ。
なんだかんだ恋愛初心者のリードしたがりな垣根と、いつも通りだけどちょっと恋愛を意識し始めた?天羽さん、という状態。とりあえず処女。
前書いた番外編おまけ短編はパラレルっつーことで。
そんな感じのため、恋愛下ネタ成分が多量に含まれる可能性大(コメントや反応で様子見しながらですが)
そして活動報告でもお伝えしましたが(あと小説情報にもありますが)、挿絵を一新、そして古い挿絵を削除しました。
今の画力と比べたらヘニョヘニョですが、一部は作者のポイピクに置いてあります。
活動報告にリンクを置いておきます。
え?いちゃついてる絵?R18?夢絵?
よく分かりませんが、みなさんポイピクの方にいかれますね。
あとTwitterでなんとか生きてますので、垣根単体の絵とか進捗知りたい方は覗いてみてください。
垣根の同人誌をせっせか描いてます。
https://x.com/7no8210mare