今回から台本形式じゃないからそこんとこよろしくお願いします
その言葉は余りにも唐突に放たれ、同時に困惑の感情が、レムの中に渦巻いていた。
「どういうことですかスバル君……逃げようって……」
「……言葉のまんまの意味だ。この国から、一緒に出よう」
スバルの手は、相変わらずレムに差し出されている。
「西にカララギって所があるだろ?竜車を使ってそこまで一緒に……」
「ちょ、ちょっと待ってくださいスバル君!一体どうしたんですか?それにそんなことを急に言われてもレムは……」
「レム」
レムはその顔に困惑の表情を浮かべながら問い詰めるが、スバルはそれを遮った。
「もう俺は、駄目なんだ」
その目は光を灯していない。
「もう、色々辛くて、苦しくて、もう限界なんだよ」
スバルの脳にはこれまでの事がまるで映写機によって写された映像のように流れていた。
彼にとって、今は精神的苦痛しかない。楽しい日々は思い出せない。
大変ではあったが、何やかんや言って楽しかった屋敷の毎日の記憶は、何処かに追いやられていた。
「何で何も出来ないんだろうなぁ、俺……」
スバルは自嘲するようにその言葉を吐き捨てる。
「レム……向こうに行ったら、ちゃんと職を見つけて稼ぐから、ちっちゃくても、二人で住めるような家を探すから、だから、だから」
レムは継ぎ接ぐように言葉を紡ぐスバルの顔を見て、目を見開いた。
その顔にはーーーー
「一緒に、逃げてくれ。頼むよ……っ!」
『涙』が、浮かんでいた。
頭を下げて懇願し、手を伸ばすスバルを見つめるレム。
私は、どうするべきだ。
心なしか、彼の手が震えているのが見えた。
「スバル君」
名を呼ばれたスバルは顔を上げた。
「レムはーーーー」
レムは、その手をーーーー
「まさか、アンタもこっちに来てたなんてね」
常磐ソウゴは目の前にいる人物に向かって告げる。
「門矢士」
ソウゴの目の前には、門矢士が居た。
「そりゃ当然だ。俺は世界の破壊者だからな」
今彼らはクルシュ邸の門前にいる。ソウゴの後ろにはウォズも居た。
「それで、どうやら私達に用があるらしいが、それは何なんだい?」
ウォズが士に問う。
「ああ、実はだな……」
士が話し出そうとした時、ソウゴは彼の後ろの方へ視線が向く。それに気付いたウォズも同じ方に視線を向け、士も後ろに振り向く。
そこには
「レムとスバル?」
レムとスバルがこちらに向かって歩いてきていた。
ソウゴは二人に駆け寄って迎える。
「おかえり、スバル、レム」
「……ただいま」
スバルは返事をするが、どうも元気が無い。
「はい、ただいま戻りました。……そちらの方は?」
レムは士へ視線を向け、ソウゴに尋ねる。
「ああ、この人は……」
「門矢士だ」
士は自己紹介をして首に掛けている二眼レフカメラのレンズをレムとスバルの二人に向け、シャッターを切る。
「ほれ、記念に一枚」
「は、はぁ……どうも……」
レムは士から撮ってもらった写真を困惑しながらも、礼を言って受け取る。…………が、写真を見てみると、それは酷く歪んでいて、お世辞にも良い写真とは言えない。これにはレムも少々引いた様子。
「…………あっ、それよりもソウゴくん」
レムは写真を懐に仕舞い、思い出した様にソウゴを見る。
「大事なお話が、あるのですが」
「話?」
「とりあえず、屋敷の中に入りましょう」
「いいけど……」
レムとスバルは屋敷に入り、ソウゴ達もそれに続く。ソウゴは、先程のレムの顔がいつにも増して真剣だったので、何か大きな予感がしたのか、訝しげな表情であった。
「皆様、集まっていただき、ありがとうございます」
現在、クルシュの執務室にクルシュ本人と、フェリス、ヴィルヘルム、ソウゴ、ウォズ、レムとスバルの七人が集まっていた。士は、レムに廊下の外で待っていてほしいと頼まれ、そこにいる。
レムは、この場にいる一同に向かってお辞儀をし、再び顔を上げる。
「今日は皆様に、とても大事なお話があるのです」
一同は、レムのその言葉に、黙って視線を向けている。
「私と、スバル君はーーーーーー」
言いかけたところで、緊張をしていたのか、一回深呼吸を入れる。
そして再び言葉を紡ぐ。
「私とスバル君は、カララギに行きます」
レムの口から、そう告げられた。
「ねえウォズ、カララギって……」
「ああ、この世界の西側に位置する国だ。王選候補者、アナスタシア・ホーシンがその国の方言を使っているね」
ソウゴはウォズに確認して、ウォズもそれに答える。
「じゃあ、二人とも、旅行にでも行くの?……なーんだ!大事な話って聞いて何だろうって思ってたけど、旅行なん……」
「いえ、旅行ではありません」
レムはソウゴの言葉を遮り、その予想をキッパリと否定する。
「私達は、カララギに移住する、と言った方が良いでしょうか」
「……え?」
その言葉に思わずソウゴは素っ頓狂な声を上げる。ウォズを除いた他のメンバーも、声は上げてないが、驚いた表情であった。
「え、移住ってどういう……」
「そのまんま、の意味ですよ」
ソウゴの問い掛けに対し、冷静に対応する。
「私とスバル君が、ちゃんと話し合って決めました。皆様に伝えた後、ロズワール様の屋敷に行って、姉様とロズワール様とエミリア様にも伝える予定です。その後に、カララギの方へ」
「ちょっと待ってよ!何勝手に決めちゃってんのさ!」
それに反論の声を上げるのはフェリスであった。
「最近スバルきゅんが勝手に出ていったばっかなのに、今度は貴方と一緒に出て行くって!どれだけクルシュ様に迷惑掛けたら気が済むのさ!」
「落ち着け、フェリス」
怒るフェリスをクルシュが宥める。
「……それが、二人の選択なんだね?」
ソウゴが、レムとスバルに確認する。
「はい」
「……ああ」
ソウゴの問いに、レムははっきりと返事をし、スバルは少し間を開けて返事をする。
「そっか…………」
二人の返事に対し、ソウゴの表情は変わらない。二人の選択に、彼は何を思ったのだろうか。
「…………二人が選んだ未来だ。俺にそれを否定する権利は無い。……カララギで、頑張ってね!」
「えっ、ちょ、ソウゴきゅん!?」
ソウゴの二人に対する後押しの声とエールの声。それに思わずフェリスは驚愕の声を上げる。
「二人を行かせちゃっていいの!?」
「さっきも言ったけど、これは二人の選んだ未来なんだ。俺は止めないよ」
「えぇ〜……ウォズきゅんはどうなのよ?」
「彼らがそうしたいのなら、そうすれば良いんじゃないのかな?」
「……クルシュ様とヴィル爺は」
「私はトキワ・ソウゴの意見に賛成だ。彼らがそうしたいのであれば、それを尊重すべきだろう」
「若者の道を見守るのが、老いた者の務めです。二人の道に水を差すようなことはしませぬ」
ほぼこの場は満場一致であった。その様子に、フェリスは溜息を吐いて肩を下げ、スバルの方を見る。
「スバルきゅん、ちゃんとレムちゃんの事、幸せにしてやりなよ」
フェリスの言葉に、こくりとスバルは頷いた。
「それでは、行ってきますね」
クルシュ邸の門の前には、竜車が出されており、ソウゴ達がレムとスバルの見送りに出ていた。門矢士もついでに居る。
「クルシュ様。スバル君の治療を受け入れくれたことを感謝致します」
レムはまず、クルシュへお礼の言葉を言って、頭を下げる。
「健闘を祈る。努々、己の誇りと魂に恥じぬ選択をするように」
クルシュは微笑んで二人へ言葉を送る。
「フェリス様、スバル君を治療してくれたこと、感謝致します」
レムは、フェリスに礼を言って頭を下げる。
「向こうで上手くやりなよ。ほんと、スバルきゅんはこーんな健気に子が傍にいて、幸せ者だネ」
フェリスのその言葉に少し照れた顔をするレム。気を取り直して、ヴィルヘルムの方に向く。
「ヴィルヘルム様、スバル君に剣の稽古を付けてくれて、感謝致します」
レムはヴィルヘルムに礼を言って、頭を下げる。
「短い間でしたが、彼と共に剣を交えられたこと、嬉しく思いますぞ」
共に剣が交えられたことへの喜びを伝えるヴィルヘルム。
「ソウゴ君、ウォズ君……二人には、いつも助けられてばかりでした。何も出来ないまま行ってしまうようなことになって、ごめんなさい」
レムは二人に向かって謝罪の言葉とともにお辞儀する。
「ううん、全然良いんだよ。それよりも、俺は二人が自分達の道を見つけたことを、嬉しく思ってる」
「……ふふ、ありがとございます」
レムは微笑んで、礼を言った。
「皆様、今までありがとうございました。それじゃあ、行ってきます。行きましょう、スバル君」
一同に行くことを告げ、スバルと手を繋いで竜車に乗るレム。レムは手綱を持ち、竜車の竜に動くように合図与える。
そして、竜車は動き出し、クルシュ邸を離れて行く。その背中はだんだんと遠くなり、やがて見えなくなった。
「……行っちゃいましたね」
「……そうだな」
二人を見送ったクルシュとフェリスの間で、そんな言葉が交わる。
「……しばらくしたら、俺達も帰らないとね」
「そうだね」
「それで、もういいか?」
会話をしていたソウゴとウォズの二人に、士は用件が済んだかを確認する。
「あ、もう大丈夫。それで、さっき言ってた話って何なの?」
「ああ、それは……」
ロズワール邸の門前。
そこでは、ラムが箒を使って掃き掃除をしていた。
掃き掃除をしている時、遠くから何かが走ってくる音が聞こえてきた。音のする方を見るとそこには、竜車に乗って走ってくる自身の妹のレムと、ナツキ・スバルが居た。
竜車が門前まで着くと、レムとスバルが降りてくる。
「レム、それにバルス。……ソウゴ達は一緒じゃないのかしら?」
今この場に居ない二人のことをレムに尋ねる。
「少し事情がありまして。それよりも姉様。今屋敷には姉様の他に誰がいますか?」
「ロズワール様とエミリア様、ベアトリス様がいるわ。それがどうかしたの?」
「少し、話さなければならないことがあるので、皆様を集めてほしいのです」
「スバ、ル……」
ラムに召集を掛けられ、大広間に入ったエミリアは、先に席に座っているナツキ・スバルの名前を呼んだ。名を呼ばれたスバルは、エミリアを横目に見るが、すぐに視線を下へ向ける。
「エミリア様、席へ」
「あ、うん……」
ラムに着席することを促され、戸惑いながらも椅子へと座るエミリア。
「そぉーれで?大事な話とは、一体何なのかーぁな、レム?」
エミリアが大広間に入り、ベアトリスを除く屋敷のメンバーが全員揃ったところでロズワールが第一声をレムに上げた。
「申し訳ございませんが、ロズワール様。まずはこれを」
「うん?」
レムに何かの紙を渡されて、それを受けとるロズワール。
「!これは……」
ロズワールはその紙に書かれている文字を見て、目を見開いた。
そこには、ルグニカ語で、
『辞表』、と書かれていたのだ。
「……レム、辞表とは、一体どういうことなのかーぁな?」
「「辞表!?」」
ロズワールのその言葉に、エミリアは声を上げる。それと同時に、普段余り感情を出さないラムも、思わず声を上げる。
「辞表って、一体どういうことなのレム!?何で急にそんな……」
「レム!貴方一体……」
「落ち着いてください、エミリア様。それにラムも」
声を荒げる二人をロズワールは宥める。
「一体どういうことなのか、説明してもらっても?」
「……はい。私は、スバル君と一緒に、カララギへ旅立つ予定です」
「……え、スバルと!?どうして……」
「二人で話し合って、決めたことなんです」
エミリアの疑問の声に、レムは返答する。
「姉様、ロズワール様、エミリア様、私達の身勝手をお許しください。例え止められても、私達は行きます」
「そんな……」
「…………」
「……そぉーかい」
エミリアはレムの決意に呆然とし、ラムは黙り、ロズワールは何処か物悲しげな、そんな様子で呟いた。
「……今まで、この屋敷に勤め、私に仕えてくれたことを感謝するよ、レム」
「……え?ロズワール?」
「ちょこーおっと、部屋に取りに行く物があるから待っててくれないかな」
ロズワールの言葉にエミリアは戸惑うが、ロズワール本人は席から立ち上がり、自室へと行く為に大広間から出る。
しばらくの時が流れ、大広間にロズワールが再び入ってきた。その手には、鞄が持たれていた。それを、レムに渡す。
「これは、君への退職金だ。貨幣の他に様々な物が入ってるから、是非とも役立てて欲しいなーぁ」
「ご厚意を感謝いたします、ロズワール様」
「ちょ、ロズワール!?レムを引き留めなくていいの!?」
退職金、と称され渡された物をレムが受けとった時、エミリアはロズワールに慌てた口調で問う。
「従者の選択を尊重するのもぉ、主人としての役割ですからねーぇ」
「そんな……ねぇ、ラムは……」
「私は、姉として、レムの選択を尊重し、それを見守ります。止めはしません」
「…………っ!でも、この事はソウゴ達は……」
「ソウゴ君達は、クルシュ様の屋敷で話を聞いてもらいました。二人とも、私たちの選択を尊重してくれました」
「………………」
ロズワールも、ラムも、ソウゴ達も止めるつもりは無い。それにエミリアは、黙ることしか出来なかった。
「皆様、今まで、ありがとうございました」
ロズワール邸の門前でレムがベアトリスを除く一同にお辞儀をする。
「ロズワール様、幼き日に、私を拾ってくれて、ここに住まわせてくれたこと、ここに仕わせてもらったことを、心から感謝しています」
「うむうーむ。遂にお別れとなるとぉ、寂しくなっちゃうなーぁ。向こうで、スバル君とちゃんとやるんだーぁよ。二人のことは、絶対忘れないからねーぇ」
自身は礼を言ってお辞儀をしたレムに相変わらず間延びした口調で喋る。
「姉様……このような形でお別れになってしまってしまいました。まだ何も返せてないのに、こんな身勝手で、駄目な妹で、ごめんなさい」
「いいのよ、レム」
自分を卑下し、謝罪するレムに、ラムは抱擁をする。
「私は、貴方に沢山の物を貰ったわ。もうそれだけで充分なの。私は、例え貴方が世界の何処にいても、貴方のたった一人のお姉さんだから。何かあった時は、すぐに私を頼りなさい。例えば、バルスに欲情でもされて襲いかかれた時にでもね」
「…………ふふっ、ありがとう、お姉ちゃん」
その言葉に、ラムは目を見開き、その顔に驚愕の表情が走った。が、すぐにその顔は微笑みの顔へと戻った。その目に、涙を浮かべながら。
「エミリア様。王選に勝利出来るよう、健闘を祈ります」
「……うん、ありがとう、レム」
ラムに抱擁を解かれ、エミリアに健闘の言葉を送るレム。エミリアは少し間を開けて、礼を言った。
「それでは、行ってきます。スバル君」
レムはスバルに共に竜車に乗るよう促す。が、その時。
「スバル!」
エミリアがスバルの名を呼ぶ。スバルは、エミリアの方を振り返る。
「えっと……その………………元気で、ね」
「…………ああ、エミリアも、元気でな」
スバルの返事に、前のような活気は無かった。
レムとスバルの二人は竜車へ乗る。レムが手綱を持ち、竜に走るようにそれで合図を送る。
そして、徐々に竜はスピードを上げて走り出す。どんどん離れて行き、その背中はもう、見えなくなった。
「…………うっ、ううっ……」
ラムは、嗚咽を上げる。やがて、堪えきれなくなり、声を上げて泣き始めた。ロズワールの顔は変わらぬまま。エミリアは、不安げな顔だった。
「………………」
屋敷の扉から、ベアトリスが一部始終を見ていたことは、誰も知らない。
「今日はしばらく走った後に着く村に行きましょう。着いた時には夜になってるでしょうから、そこで宿を取りましょう」
レムが竜車を走らせながら、地図を見てスバルに予定を伝える。
「…………なあ、レム」
「何ですか、スバル君?」
「…………俺の我儘を聞いてくれて、ありがとうな」
「良いんですよ。それが、スバル君の望みなら、レムはそれに付き合います」
「……そうか」
レムの言葉を聞いて、俯くスバル。
「なあ、レム」
「何ですか、スバル君?」
「もう一つ、俺の我儘を聞いて欲しい」
「はい、何でも言ってください」
「…………俺と、ずっと一緒にいてくれる?」
「…………はい」
スバルの言葉を聞いたレムは、幸せそうな表情で、それを聞き入れた。
ゼロからをやると思っていたか!
IFルートだぞ!
Q.リメイク版(リゼロSZ)はどうすんの?
A.並行して投稿する予定です。
次回
#36 2019:怠惰の再戦