2019/5/5の博麗神社にて私が参加した合同『ヤンデレさとこい合同』の、私の作品です。
詳細はツイッターなどを参照のこと。

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ひとみは とじなければ いけない

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!うっ!……!痛い…!こいし…!こいし……!」

毎日、午前11時。私の絶叫が地霊殿にこだまする。大丈夫ですかと声を掛けるお燐はもはや慣れた様子で、心配こそあれど焦りや驚きは見当たらなかった。

「でも…!あの子を、理解しなきゃっ…!」

これも毎日言っている。

あの子が瞳を閉ざしてから、ずっとこんな感じだ。飽きることもないし、かと言って習慣かと言われれば微妙である。

「うぐっ!…ああああああああ!!!」

いつもいつも、心の奥底から「彼女を理解しなければ」と思っている。

その上でこうやって第三の目を縫おうとしているんだ。習慣なんかじゃあない。考え込んだ上で、私は目を閉じる決意をしてるんだ。たまたま、毎日11時なだけなんだ。

そのはずなんだ。

「…手当、しますよ。さとり様」

「ごめん…ね」

お燐の優しさがかえって心に突き刺さる。私は一体何をしてるんだと、自虐にも似た後悔がぐつぐつと沸き立った。

でも、やっぱりいつも針と糸を持ち出してしまう。それだけでこいしの心が分かるはずなんて無いって言うのは、わかる。でも、一歩だけでいいから。そんな気持ちが私の手を動かしていた。

「…安心なさい、覚えてるからね」

そんな時、お燐の心の中にちらっと、今日昼の予定が見えた。

そう、今日は映姫様の視察の日である。

まぁ、毎日真面目にやらせてもらっているし、今更に着飾るようなことでもない。私はサードアイに刺さった糸をブチブチと引きちぎり、椅子へと座り直した。

「映姫様が来るのが14時…視察までまだ時間あるわね」

左腕の時計を見て私はそんなことを呟く。まだ時間はあるので、何をしようかとぼんやりと思考してみた。そんな中、私はふと、あの日のことが脳みそで反芻された。

あの日、あの子は思考を捨てた。それ以来、かつてのあの子の部屋は変わらず置いてあるのだ。

「たまには掃除とかしてあげようかしら。結構ほこりとか溜まってるでしょうし」

そんな風に思い立った時には、既に私の足は動いていた。

見てみれば、やはり凄惨な状況である。

あの日のままに残してある点がむしろ、あの日が遠いと言う事実をはっきりと思い出させる。

「…はぁ」

気づけば無意識のため息である。こいしが逃げるしかなかったあの苦しみが、じわじわと想起される。

「……」

ただただ嫌な思いがオーバーフローするだけで、もやもやと残る。思い切って掃除をする気も完全に失せた。

そんな中、ふと机の上に置かれた何かが目につく。どうやら日記のようだ。何気なく手にとって、埃を払った。

「…!?ゴホッ、げほっ!」

触れてみたその瞬間、ノートの中の残留意思がサードアイからなだれ込む。むせかえるような、いや、実際にむせかえるほどの強烈さと混沌を孕んだもので、ただならぬ想いが込められていることが感じられた。この中にきっと、あの子の心を理解してあげるためのヒントがあるはず。私は覚悟を決め、パラパラとそれを開いた。

 

『八月八日』

『おりんと一緒に大掃除をすることにした。疲れたけど、とっても楽しいしきれいになった。おねえちゃんはお仕事をしていたから部屋の掃除をしてあげられなかったけど、今度やってあげたい』

 

そのあとは、掃除した場所やいかに綺麗かや、途中でのハプニングがつらつらと書かれていた。横に描かれた掃除をするお燐の絵はデフォルメされた可愛げのあるもので、普通の女の子の絵、と言う感じだ。

 

『八月九日』

『することがなかったから、旧都をフラフラしてみた。途中で勇義さんたちとあって、お酒を飲みながらお話をした。とっても楽しかった。わたしはバクチがうまいのかもしれない』

 

勇義とは、なんとも微笑ましい漢字ミスである。この後に続くのはハシゴ酒の話。半丁やらジャンケンやらで色々と盛り上がったようだ。在りし日のあの子を思い出して、寂しい笑いがふっと漏れた。書かれているのは酒を飲む勇儀さんとの自画像だ。可愛らしい、普通の絵。

 

『八月十日』

『思いついたから、橋で魚釣りをしてみることにした。パルシィが途中から一緒にいて、あれがねたましいとかそれがねたましいとか言っていた。ちょっと楽しそうだった』

 

パルスィだ。微笑ましいと言えばそうだが、こんなに人の名前をバンバン間違えてもいいのだろうかと思うことには思う。その後には、様々な釣果が書かれており、絵は魚のものである。

見れば見るほどごく普通の日記で、あまり手がかりとかそう言う雰囲気のことは特になさそうであった。

そうして30分ほど見ただろうか。最後のページに着いた。そこまでの内容は、皆同じようなあまりにも普通な日常である。

「…?」

最後のページだけ、字が落ち着いたものである。そして楽しげなものではない、戸惑いや決意や諦めの渦巻く残留意思が浮かぶ。

 

『一月八日』

『けっきょくお姉ちゃんはずっと私には構ってくれなかった。本当は忙しいんじゃなくて、わたしが嫌いなんじゃないか。もう、いやだ』

 

書き殴るわけでもなく、かと言って読ませるわけでもない、淡々とした文字が続く。横に描かれていたのは、謎の地図であった。地図の目的地は『墓 この場所を忘れない』とされており、地霊殿から行けるようになっていた。

「…墓、ね」

ポツリと声が漏れた。何の墓だとか、どう言う意図の地図だとか、疑問が浮いては消える。でも、そんなことを思うよりも、動くほうが早い。私は準備を一瞬で終え、地図を頼りに墓とやらへ向かうことにした。

「全く、何を考えてたのかしら」

そんなことを呟きつつ、私は裏庭から地霊殿を後にした。その中にふと、白いスカビオサが目に止まる。何気なくそいつを取って、お供えにすることにした。

「…ふぅ」

歩いても歩いても殺風景な裏道ばかり。妖怪たちの集まる旧都の方面からは離れていくので、もはや人っ子一人いない。元針山地獄のエリアであるため、住むには適していないのである。こんなところにわざわざ行って、何かの墓を建てたと言うのだろうか。妹ながら変わった子だ。

「あとちょっと…」

結構な距離を歩いた。私はインドアなのだが…。それにここまで来れば、もはや辺境のレベルである。そもそも人工物さえない元辺獄エリアには、限りが見えない河が広がっていた。そうして見渡してみると、ポツンとした十字架が遠くに見える。あれが『墓』か。

「一体なんなのかしら」

そんなため息に似た呟きがこぼれ落ちる。そうしてたどり着いた墓は、とても簡素なもので、一人の手で作られたことがよく分かる。しかし、微笑ましさは感じられない。当然だろう、こんなにも寂しいどころにポツンと作られた墓にプラスの感情など抱きようもないのだ。

そんな中、ふと足元に置かれた木の板へと目がいく。書かれるのは『May Myself Soul's Of That Day Rest In Peace.』の文字であった。

「『あの日の私の魂よ、どうか安らかに眠れ』…か。これ、あの子のお墓なのね」

胸の中のモヤモヤはさらに加速する。瞳を閉ざしたのは、『苦しみから逃げるため』でなく、『自分を葬るため』だったと言うことだ。なおのこと彼女のことが理解できなくなり、脳がごちゃごちゃになる。

「『もう、いやだ』…」

そんな中、こいしの日記の最後のページが脳内に現れる。その一文の前にあった、『けっきょくお姉ちゃんはずっと私には構ってくれなかった。本当は忙しいんじゃなくて、わたしが嫌いなんじゃないか。』も同時に蘇った。まさか、私のせいなのか?その想いに、胃が詰まるような恐怖が嘔吐のように溢れかける。

「…先客が居ましたか」

そんな私の背にかかったのは、映姫様の声であった。驚きのあまり尻餅をついてしまう。その視線は憐れみと小さな怒りが混ざった、冷ややかなもの。でも、どこか暖かさが見える。いつもはビジネス相手としてうまくやっているが、しかしこの時だけは、その視線が癪に障った。

「…」

「スカビオサの花言葉は『全てを失った』でしたっけ」

皮肉気味に彼女はそう言った。だが揚げ足程度のもので、その言葉自体に深い意味はなさげである。深層にあるであろう彼女の心を読むのが怖くて、私は彼女の方へ向き直る気は起きなかった。

「このダイヤモンドリリーは、『また会える日を楽しみに思う』です。まぁ、だからどうだとは言いませんが」

「…あまり詳しくはないので」

「そうでしたか」

やはり、視線を合わせる勇気はない。覗いてしまうのが怖いと思うのは、これが初めてだろうか。今までなら、こいしの気持ちを理解できたと思えたかもしれない。でも、あの子が目を閉じた理由が自分かもしれないと知った以上、素直にそうは思えなかった。

「…そのスコップの意味、分かるのではありませんか?姉のあなたなら、資格が、いや、義務がある」

「これ、ですか?」

私の目に飛び込んだのは、大きめのスコップであった。どうやら目の前にありながら見逃していたようである。それを手に取り、私はようやく立ち上がった。

「…あなたはね、全部優しさで動いているわ。でもなまじっか心が読める分、選択ミスが多いの。この子は多分、あなたの愛を欲していた」

映姫様の声は、途端に優しいものとなった。やっと振り向いてその心を覗いてみれば、彼女自身どうすればいいかと迷っている様子である。私へと説教をすべきなのか、優しく諭すべきなのか。そんな戸惑いが渦巻いていた。怒りを込めて放った言葉に、後悔があったようだ。

「…いっそ怒鳴り散らしてくださいよ」

そんなヤケ気味に吐き捨てた言葉を、映姫様は無言で受け止めた。第三の目から、彼女もまた苦しんでいるのだということが伝わる。だから尚更なんと言えばいいかわからなくて、無言でスコップを地面に突き立てた。言葉がない分、掘り進む手は素早く動く。

「これは…」

くしゃっ、とした感触がスコップ越しに伝わる。掘り出して出て来たのは裁縫箱である。どういういわくのある裁縫道具かは、だいたい察しがつく。ここに埋まっているなら、あの子はここで瞳を縫ったのであろう。映姫様もそれを察したようで、なんとも言い難い心境であった。

「…これは?」

そんな時、挟まった一枚の紙を見つけた。何かの裏紙からちぎったものであり、書きなぐった汚い文字が他人に見せるつもりなどハナから無いという意思を感じさせた。それでも、私は見なければいけない気がした。映姫様は見てはいけないからと目を背けている。意を決して、その文字を読み取った。

 

『私が目を閉じれば、お姉ちゃんは心配してくれるよね』

 

その一文は、疑惑が確信に変わるのには十分すぎるものであった。私のせいで、あの子はあんな決断をしてしまったのだ。

「うぅ、あ、ああ、あぁ…!!」

「…」

様々な感情が溢れかえる。怒り、悲しみ、恐怖、困惑。全て入り混じった末に溢れたのは単なる嗚咽であった。それを聞いた瞬間に、映姫様の心情はやり場のない怒りに変わっていた。

「あなたはね、他人の心を分析する能力に欠けるの。するまでもなく知れてしまうから。だから、読めない自分の深層心理がわかっていないのよ」

しっかりと心を覗こうとする前に、その言葉が私に飛んで来た。続けて彼女が展開させた思考に対し、私は大声で否定を送りたかった。だが、図星だと思う自分が居るからなのか、声が出ない。そして彼女は思考を言葉にまとめ始めた。

「ぁ…」

「…実際のところ、あなたは、心の奥底でこいしさんが瞳を閉じた状況を好都合だと思っています。あなたがあの子を心配して恋い焦がれ続ける、この状況を。多分、だけどね」

「違っ…」

「嘘…ではなさそうですね。そりゃそうね、表層心理で話しているんだもの。さぁ、いつまで自身のペルソナを騙していられるんでしょうね」

打ちのめすように言葉を投げ続ける映姫様には、冷徹にならねばという我慢のような心情がはっきりと映っていた。この言葉は私のためなのだ。でも信じたくない。ただただ黙ってかぶりを振ることしかできない。『あまり一気に言ってはいけない』という思考ののち、彼女はやっと口を止めた。

「……一時間ほど早いですが…そろそろビジネスのお話といきましょう」

「…そう、ですね」

意外だが、その後の話は淡々と進んだ。むしろ、普段のようにテーブルを挟んで対面するよりも今回のように帰路の中での話の方がしやすいのかも知れない。いつも通りの報告と、今後のエネルギー開発についての話を聞き、彼女は満足げであった。

「…では、お暇としましょうか」

私たちが地霊殿に到着し、私が剝いたリンゴを映姫様が食べ終えたあたりで、会議は完全に終了した。この後帰りがてら旧都の視察をするとのことだ。その背へと私は礼を向けた。

「…未来を決めるのは、あなたとこいしさんですよ」

振り向くことなく、そう告げた。私はその言葉をしかと飲み込み、旧都の中央街道を歩いていく背が小さくなっていくのを見送った。

「…お話ししてたの?」

「あら、こいし。ええ、そうよ、映姫様がね」

ほぼ入れ替わるタイミングで、こいしが階段を降りて現れた。ちょうどいいと、今言葉をかけてあげようと、そう思ったその時、こいしの方が先に口を開いた。

「…大事な話があるの」

「あら、何かしら」

また例の謎の仮面と面霊気の話だろうか。そう思いつつ、続けるように言った。それを受けたこいしは、緊張のような様を表した。そうして彼女は前に組んだ腕をほどき、後ろ手に組む。

 

「解いたの、糸。お寺の人とか、豪族の人に聞いたの。私、目を開いて戻れるかもって…!」

 

頭が真っ白になった。何を言っているんだ、この子は。

私の手も借りず?

前の姿に戻るというの?

「おかしい…!絶対にッ!!」

私の剣幕を見て、こいしは怯えるような様子を見せた。瞬間、私の脳内に映姫様の言葉が蘇る。

『いつまで自身のペルソナを騙していられるんでしょうね』

どうやら、限界は結構早かったらしい。

ばきん、頭でモラルのタガが吹っ飛ぶ音がした。気づけば私はこいしに掴みかかっていた。何か目的があったわけではない。本当にただの無意識に。

深層意識だけが、私を操っていたのだ。

そうして、記憶は曖昧になった。

「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!うっ!……!痛い…!こいし…!こいし……!」

毎日、午前11時。私の絶叫が地霊殿にこだまする。大丈夫ですかと声を掛けるお燐はもはや慣れた様子で、心配こそあれど焦りや驚きは見当たらなかった。

「でも…!あの子を、理解しなきゃっ…!」

これも毎日言っている。

あの日、こいしが自分のサードアイに果物ナイフを突き立ててから毎日だ。

私もその場にいたのだが、あまり事情を覚えていない。

そのことに関して誰かの心を読もうとしても、なぜか私の頭に靄がかかる。

だからこそなんだ。私はあの子を理解しなければいけない。あの子と同じ痛みを味あわなければいけないんだ。

そうして今日も、私は浅く血を流し続ける。全部あの子のためなんだ。そのはずだ。

「ダメだったわね…」

「…と、いうと…古明地姉妹の話ですか?」

小町の問いに、私は沈み気味な頷きを送った。聞くところによれば、こいしのサードアイには切り傷の跡が増えたと言う。

失敗、である。彼女たちは戻れない方向へと踏み出してしまった。

「人妖はショックを受けるとその記憶をなくすと言うけれど…。無意識下で読心さえも見えないことにしてしまうなんてね」

さとりはその事件に関してだけ心が見えないと言う。やはり、それは事実を見たくないという深層心理によるものなのであろう。

「閻魔がこんなことをするのも変だけど…祈らせてもらおうかしら。どこか別の世界の…彼女たちの幸せを」

いつぞやに聞いたパラレルワールド、とやらが存在すると信じてみよう。私は小さく手を合わせ、見たこともない古明地姉妹へ、祈りを馳せてみるのであった。

 

fin

 




オチが微妙なのは言わないで。
言うなら去年の私にして。


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