逆行時計。どんな絶望的な状況でも、これさえ使用すれば希望が見えてくる。ただし、代償を払う覚悟があれば……

 これは、絶望的な状況で仲間を救うべく、たった一人地獄に残された男の、戦いの記録である。


 Library Of Ruinaアーリーアクセス、スタート記念に書きました。
 転生設定、独自解釈もありますので、苦手な方はご注意ください。
 また、原作のネタバレが多分に含まれます。未プレイの方でも楽しんでいただけるように詳しく説明している部分もありますので、ご注意ください。

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時計の中に、残されて

「管理人、後は頼んだぞ」

 

「まて、ジョシュア! 何をしているんだ!?」

 

 結局、このくそったれな会社の中では、ろくな死に方はできなかった。最初に気づいた時から予想はしていたが、ほんの少しだけ、期待もしていた。そんなもの、この会社においては絶望を強めるスパイスでしかないと知っていながら……

 毎日のように同僚が狂って、肉片になって、それどころか化け物の一部になって。こんな世界で狂うなってほうが難しい。たぶん俺も狂ってる、そうでなくてはおかしいんだ。

 逆行時計のねじが巻き終わる、真空管の中のランプの全てに光が灯り、帰るべき時間を示してくれる。今朝のような、穏やかな時間へと。

 

「ジョシュア、そのツールがどんな恐ろしいものかわからないんだぞ!! これ以上状況が悪化したらどうするんだ!?」

 

「そん時はそん時だ、それに……」

 

「さすがにこれ以上悪化はしないだろう」

 

 軽口をたたきながら、この収容室にたどり着くまでに見た光景を思い出す。色付きの便利屋どもに好き勝手にうろつきまわる化け物ども、これほどの地獄があっただろうか?

 それにしても、こないだ来たばかりのこのツールが、この状況の救世主になるなんて、この管理人は思いもしなかっただろうけどな。

 

「しかし……」

 

「いいか、管理人」

 

 いまだにうだうだ言っているあほを黙らせ、これからしなければならないことを語る。今は一秒ですら無駄にすることはできない。

 

「俺はこれの使い方を知っている、こいつを使えば今いる地獄からおさらばできる。ただし、あの黒仮面は別だがな……」

 

 その日の一番安全だった時間まで巻き戻る逆行時計にも、どうすることもできない化け物が存在する。そのうちの一体が黒仮面、調律者だ。

 

「いいか、お前は奴から逃げ切ることを選択したんだ。だったらもうあいつに出会わないように逃げ回ってエネルギー貯めて逃げ切れ! 残りの化け物どもは俺一人で受け持つ、だから後は黒仮面にだけ気をつけろ!」

 

「……あと、爪もいたな。そいつはどうにかして考えろ、俺の管轄外だ」

 

「ジョシュア、君は一体どうするつもりなんだ? それじゃまるで、君を犠牲に……」

 

「そうだな、それじゃ、あばよ」

 

 管理人が言い切る前にねじを回しきる。伝えることは全部伝えた、ここまで来たあいつならもう大丈夫だろう。それに、だらだらしてたらもっとやばい奴が目覚めてしまう。そうなったらもうおしまいだ。

 正直奴が選んだ道は修羅の道だが、選んだのは奴で俺には関係ない。どうか頑張ってほしい。

 

「ジョシュアァァァァッ!!!!」

 

 光に包まれて思わず目をつぶる、これでよかったと思い込むことにする。四十九日目、これで最後の戦いなのだから。

 逆行時計、それはレベルⅤ職員を一人を犠牲にして、一部を除く脱走しているアブノーマリティ、深夜を除く試練、そしてクリフォト暴走を全てなかったことにする優れものだ。

 しかし、犠牲になった職員はどうなるかわからない。最も有力な仮説は、その一人だけその時間に取り残されてしまうというものであった。

 本来ならば一番戦うことのできる俺ではなく別のやつがこれを回すべきだったのだろう、だが、この効果を知っているのが俺一人で、こんな地獄に取り残されるかもしれないとわかっていて、ほかのやつらにやらせるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺はいわゆる転生者だった。ロボトミーコーポレーションが大好きで、何時間も遊んだ記憶がある。ロボトミーコーポレーションとは、言ってしまえば化け物の世話をしてエネルギーを貯めていく電力会社のゲームだ。職員を育成しながら化け物どものお世話をして、工夫しながら『試練』に立ち向かっていく。其の数多の初見殺しと独特の世界観は、プレイするならぜひとも何も調べずに遊んでほしい。そういう俺も、記憶を消して一からやり直したいと何度も思ったものだ。

 

 だからこそ、最初にこの世界に気が付いたときは絶望したよ。掃除屋どもから逃げ回って必死に生きていたら、唐突に翼の企業から採用通知が届いたのだからな。このくそったれな世界がどういうものか理解しちまって、結局罠と知りつつこの会社に来るしかなかった。

 

 ……まぁ、今となってはこの認識すら本当であったのかもわからないけどな。正直この会社にいる時点で、狂ったせいでそう思い込んでるのかもしれない、今となっては確かめようもない。

 

 しかし、こうしてエージェントとして戦う分にはこの知識が役に立った。何をしたらいいかなんて全部は覚えていなかったが、何をしてはいけないかだけは明確に覚えていた。そのおかげで生き残ったことは一度や二度ではない。そんな知識を使って戦い続けて、気が付けば懲戒部門のチーフになっていた。部下も慕ってくれてたし、うちのセフィラともうまくやれていたと思う。管理人がコア抑制に成功してからは特にだ。

 

 そんな戦いも今日で終わる、今日さえ乗り切ることができれば、あとは最後の一仕事だ。そのためにも、奴は今日を乗り切らなければいけない。そのために、俺はこの地獄に残ったのだから。

 

「あぁ、やっぱり生き残っちまったか……」

 

 ほんの少し絶望しつつ、現状の確認のため耳を傾ける。

 気が付けば悲鳴は聞こえなくなり、化け物たちのオーケストラが聞こえる。まったく、おかしなはなしだ。

 最後に一服しようと思ってライターを取り出したが、肝心のたばこがなかった。なんてこった……

 

 仕方がないので扉から外に出れば、廊下の明かりはすべて消え去り、恐ろしい地響きが聞こえてくる。本当に、よくこいつに出会う前にここまでこれたものだ。先ほどのライターを灯してみても、明るくなることはなかった。この普通とは違う停電に、わかっていても嫌になる。

 

「さて、さすがに黙って殺されるほど俺もおとなしくはない、最後にひと暴れするか」

 

 もう誰もいないこの場所にいても未来はない、それでもこんな化け物どもにタダで命を渡すつもりはない。最後の最後まで戦って、そして戦いの中で死んでやる。

 とりあえず、近くにいた『捨てられた殺人鬼』に向かって俺の獲物を振り下ろす。吸い込まれるような黒色をした音符型の大鎌“ダ・カーポ”、俺の相棒だ。“ダ・カーポ”は音もなく静かに振り下ろされ、『捨てられた殺人鬼』の首をとらえると何事もなかったかのように通り過ぎていった。すると『捨てられた殺人鬼』はガクガクと震え、気が付けば消えていなくなってしまった。

 “ダ・カーポ”は肉体を傷つけず、精神だけをを切りつけるE.G.O.だ。アブノーマリティに使えば武器として使用できるが、パニックになった奴に使えばメンタルケアできる。どうやるかって? こいつで狂った馬鹿を切りつける。

 

「さて、さっさと片付けにいくか」

 

 気軽にのんびり歩いて行こう。どうせ俺以外に生き残っている奴なんていない。ついでに同僚の死体から使える武器があったら持って行ってもいいかもしれない。

 普通だったら自殺行為だが、死ぬまでは持つだろう。気が付けば全員死んだ扱いなのかTHIRD TRUMPETが鳴り響く。 ……縁起でもない、彼らは大丈夫だろうか?

 

 

 

 

 

「よっと、これはひでえな」

 

 設計の廊下を抜けて記録部門のメインルームに入ると、そこには大量のオフィサーの死体と蜂どもがいた。もうこれ以上被害が広がることはないが、せっかくなので掃除しておくことにする。

 

「シュゥゥゥゥ!!」

 

「そらよっと」

 

 一匹一匹丁寧に首をはねていく、普通の虫ならしばらく動くが、こいつらはちゃんとダメージを与えれば素直に死んでくれる。

 一体一体は弱いが、さすがに数が多すぎる。全部仕留めるころには、記録チームの収容所の方から胞子が飛んでくるのが見えたのでさっさととんずらをこくことにする。この場所には目的のものはなかったし、長居する必要はない。それに、ここに収容されているやつらはどいつもこいつも面倒なやつばかりだ。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、とりあえずここまでくれば大丈夫だろう」

 

 福祉部門の廊下についた、ここではどうしても頼っておきたいやつがいる。

 

「よう、元気か?」

 

「……」

 

 とある収容室に入ると、赤いフードを身にまとった人物が腕を組んで壁に寄りかかっている。真っ赤なコートに血に汚れたマスクをつけた彼女は人間のように見えるが、立派なアブノーマリティである。

 

「あんたに依頼がある、もちろん報酬はある」

 

 目の前にいるアブノーマリティ、『赤ずきんの傭兵』はアブノーマリティだが、場合によっては俺たちの味方になってくれる。こちらが適正な報酬を用意すれば、指定した相手と戦ってくれるのだ。

 いくらゆっくり行こうと思っても、俺一人では限度がある。特に便利屋の中には厄介なやつらがいるため、そいつの相手をこいつにお願いしようという魂胆だ。

 問題は、管理人ではない俺の言うことを、ちゃんと聞いてくれるかということだ。

 

「……いいだろう、どれだ?」

 

「あぁ、黒の便利屋を頼む」

 

「……」

 

 彼女はそれだけ聞くと、何も言わずに収容室から出て行った。これで一番厄介な相手を封じることができる。

 ……今思えば、下手をしたら彼女はここにいなかったかもしれない。彼女は脱走したアブノーマリティが多ければ、勝手に脱走して鎮圧に向かってしまう。そうなれば鎮圧するか敗北するまで部屋には戻ってこない。

 

「……とりあえず、目的は達した。次に行こう」

 

 まだやるべきことはたくさんある。管理人がいない今、自分の自由を奪うものを優先的につぶしていかなければいけない。

 

「さて…… ッ!?」

 

 収容室から出た瞬間に悪寒が襲ってきた。銃声が響きほぼ反射的に回避行動をとるが、二、三発受けてしまった。“ダ・カーポ”を構えて下手人にとびかかるが、奴はひらりと攻撃をよけると、今度はナイフで切り付けてきたのでけりを入れて間合いを取る。

 ……肩の傷口から死の気配が広がる。この死の攻撃はたとえかすり傷でも俺の命を蝕んでくる。この黒の中折れ帽子をかぶった男は青の便利屋、奴の攻撃はすべて死の属性を纏っており、油断をすれば確実にやられる。

 

「ふっ」

 

 “ダ・カーポ”と奴のナイフがぶつかり合い、火花が散る。俺が攻めあぐねているうちに、奴はナイフで防御し、隙をついて銃を撃ってくる。あるいは銃で牽制しながら懐まで入ってナイフで攻撃してくる。俺も“ダ・カーポ”を振り回しながら体術を交えて戦うが、明らかに俺の方が傷が増えている。

 いくら懲戒部門のチーフといえど相手はプロ、化け物相手ならともかく対人戦は相手の方が上手のようだ。

 唐突に現れてちょっかいをかけてきた『捨てられた殺人鬼』をついでに切り飛ばしながら、打開策を考える。

 

「しゃらくせぇっ!!」

 

 肉を切らせて骨を断つ、どうせかすり傷でもまずいなら、こっちから飛び込んで“ダ・カーポ”を胸に突き立てる。相手もナイフを手放して避けようとするが、こちらのほうがリーチが長い。よけきれずに深く切りつけることができた。

 

「おし!」

 

 相手がよろけているうちに蹴りを入れて一時退避、福祉部門のメインルームに入る。メインルームは治療効果がある、今では廊下でも回復できるが効果は半減するため、こっちのほうが効率的だ。だかメインルームに長居もできない、早めに逃げ出さないと……

 

「なっ、嘘だろ!?」

 

 後ろから殺気を感じたのでとっさに避けると、またもや銃声が鳴り響く。振り向くと、先ほど俺が入ってきた方とは反対のドアの前に、青の便利屋は立っていた。

 ……そういえばこいつはテレポートできるんだった。大切なことをすっかり忘れていたことに舌打ちしつつ、臨戦態勢をとる。

 

 

 

 

 

 

 

 そして相手も銃を構えたところでついに、奴は突然現れた。

 

「オォォォォオォォォォッ!!!!」

 

 あまりにも巨大な黒い体に恐ろしく長い腕、胸には大きく真っ赤な口が裂けるように存在し、朝日のように優しい明かりが見える。そして長い首の先には一つ目の鳥の頭、これこそが逆行時計を早く使わなければならなかった理由。

 

 黒き森の怪物、絶望の具現化、終末。この存在にいかなる攻撃は通用せず、その一撃は一つ一つが致命的である。時を支配し、悪を罰し、すべてを監視する。とあるアブノーマリティたちが集まったときに現れる最悪のアブノーマリティ。

 

 その名は『終末鳥』、悲劇が生んだ悲しき怪物である。

 

「まずっ」

 

 一瞬の硬直、それが命取りであった。真っ赤な口が大きく開くと、一瞬にして青の便利屋を飲み込んでしまった。

 

 俺は考えるよりも先にメインルームから退出すると、急いで廊下を走った。

 

 ……あれはまずい、あれは絶望そのものだ!!

 

 よく俺の体が動いてくれたとほめてやりたい。あそこで体が動かなければ、確実に喰われていた。あの青の便利屋ですら動けずそのまま食われたのだ、俺はこの時初めて今までの業務に感謝した。手に負えないものからはすぐに逃げる、その身に染みた経験が自分を救ったのだ。

 

「あれはまずい、あれはおかしいだろう」

 

 思わず、絶望しかける。だがしかし、頭を振ってそんな考えを頭から追い出す。こんなところで狂うより、相手に一矢報いてくたばりたい。だから俺は必死に走る、福祉の廊下を抜けてエレベーターで移動し、設計の廊下を駆け抜ける。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、何とかここまで来たら大丈夫だろう」

 

 今俺は抽出部門のメインルームにいる。ここで少し休憩をとったことで、何とか傷もふさがってきた。

 

「ふぅ、それじゃあ探索するか」

 

 この部門には明らかに足りないものがある。そう、死体だ。死体だけがこんなにきれいに無くなっているのなら、心当たりは一つしかない。

 

「……やっぱりか、すでに山田君はいないな」

 

 山田君の愛称で知られるあのアブノーマリティが収容室にいない。この様子だと、すでに手遅れの可能性のほうが高い。今は奴を追うより先に探さなければいけないものがある。

 

「早くしないとまずいよな」

 

 急いでエレベーターに乗ると一般人がいたので切り捨てる。オフィサーにやられる奴は一般人でいい。

 

 

 

 

 

「よし、ようやく見つけた!!」

 

 懲戒部門にようやくたどり着くと、そのメインルームには黒い大きな卵があった。これが俺が探していたものだ。ついでに天使のような恰好をした目を閉じた女性、白の便利屋もいるが無視で構わない。奴の攻撃は俺に効かないし、俺の攻撃も奴に効かない。奴と戦うなら他のE.G.O.を手に入れてからになる。自分の右目にかかっているモノクルに一瞬意識を傾け、自分に大丈夫と言い聞かせて切り替えていく。

 

「そんじゃまぁ、いっちょやりますか」

 

 “ダ・カーポ”を構えて卵にたたきつける。だが、さすがに硬いのでなかなか時間がかかりそうだ。

 

「赤ずきんがいてくれればもう少し楽なんだけどな、いっそあんたが手伝ってくれたらいいんだが……」

 

 そう言って無駄な攻撃をしてくる白の便利屋を見るが、やはりこちらの言うことなんて気にもしていないのか一方的に俺に向かってレーザーを打ってくる。

 とりあえず適当によけながら卵に当たるように調節していると、どこからか女の叫び声が聞こえ、一気に辺りの音が静かになる。そしてどこからともなく拍手の音が聞こえて、世界が一気に重低音に飲まれる。

 

「嘘だろ、よりにもよって中央第一かよ」

 

 おそらく『赤ずきんの傭兵』によって黒の便利屋が倒されたのだろうが、倒された場所が問題であった。黒の便利屋は倒された後にその部門全体にクリフォト暴走を起こす。クリフォト暴走はそのまま放っておけば中のアブノーマリティが脱走、または特殊能力を発動してしまうのだ。

 そしてそれが起こったと思われる中央第一は、なんと最悪(Aleph)クラスのアブノーマリティが二体も存在しているのだ。幸いにも奴らの攻撃は自分には効かない精神汚染系なので大丈夫だが、問題はもう一つある。脱走した奴の中には、今まで貯めていったエネルギーを全部奪っていくやつがいる。エネルギーがなくなれば、『赤ずきんの傭兵』に依頼を受けさせることができなくなってしまう。

 

「ちっ、過ぎたことは仕方がない」

 

 とりあえず今できることをやるしかない。この黒の卵はあの化け物、『終末鳥』の力の一部だ。その中でも受けた場合致命傷となる魅了に関係する卵であるため、真っ先につぶしておきたい。『終末鳥』にはどんな攻撃も通用しないが、これを含む三つの卵を破壊することでダメージを与え、倒すことができる。

 

 そうやって再び卵を攻撃しようとした瞬間、世にも悍ましい叫び声が聞こえてきた。その雄たけびは俺の精神と肉体を蝕み、苦痛を与えてくる。

 

「なっ、次から次へと!?」

 

「アァァアアアァァアァ……」

 

 声のする方を向くと、目の前には視界に入れることすら拒絶したくなるような存在がいた。真っ黒になった死体を団子にまとめ、そのすべての死体の顔は笑顔を作っている。そしてその団子の真ん中には大きな口と歯があり、一つの肉体を形作っている。

 

 『笑う死体の山』、先ほど俺が確認していたアブノーマリティであり、最悪(Aleph)クラスのうちの一体である。通称山田君で、死体を食べれば食べるほど強くなり、体が増えて攻撃方法が増える。最低の一つ状態であれば最悪(Aleph)クラスの中でも最弱級であるが、最大の三つになれば手が付けられないほどの強さとなる。この状態を、団子三兄弟状態という。

 

 奴の体の横にはもう一つ団子状の体がくっついており、奴が死体を食べて力をつけていることがわかるが、最悪ではない。ここで奴を仕留めておきたいが場所が悪い、奴の攻撃は物理と精神の複合攻撃、それは黒の卵に当たればダメージを与えるどころか回復させてしまうのだ。

 

 卵は全部で三つあるが、それぞれ攻撃の属性に対して吸収できる耐性を持っている。さらにこの卵は受けたダメージそのものではなく、その二倍の量を回復するため、下手をしたら今まで与えたダメージを全て回復されてしまう可能性がある。

 

 幸い俺のE.G.O.の精神汚染攻撃は奴らの全てに通用する。さらに今中央第一で脱走している奴らの攻撃も同じであるため、うまくいけばダメージを稼げる。

 

 とにかくこいつをぶっ潰して、早めにご退場願おう。

 

「ぶっつぶれろ!!」

 

 山田君の足元をすくう様に“ダ・カーポ”を振るう。山田君は巨体のわりに足が細いため、通常形態ならこれでこけてくれるが、二つ状態の今はあまりうまくはいかなかった。少しぐらついたがすぐに体勢を立て直し、かみつきを行ってくる。

 

 吐き気を催す腐臭が鼻を刺激するが、意識を切り替えて反撃をよける。そして追撃をすんでのところで取りやめて距離をとる。 ……先ほどの雄たけびだ。

 

 広範囲にわたる雄たけびの複合攻撃は、黒い卵と白の便利屋に直撃した。そこで白の便利屋はターゲットを俺から山田君へと切り替えた。おそらく攻撃しても効かない俺よりも、自分に危険性のある山田君を優先しようと考えたのだろう。ゲームではなかった展開に驚きながら、相手も生きているのだと考えて攻撃に移る。

 

「こいつはすばしっこい、とにかく動きを鈍らせてくれ!!」

 

 白の便利屋は何の反応も返さなかったが、俺の話を聞いたのか足元を集中的に狙いつつ、別の方向へ行こうとするたびに奴の大きな口めがけて攻撃することでそれを阻止しようとしていた。

 俺も負けじと山田に切りかかり、追撃していく。山田のかみつきを躱しすれ違いざまに切りつけ、白の便利屋に気が向いているところを後ろから攻撃する。そして俺にターゲットが移ったところを白の便利屋が足元を狙って足場を崩す。

 

「いい加減沈めぇ!!」

 

 そしてようやく団子の形が崩れて、山田君は団子が一つの状態となった。これで後は雑魚状態だ、さすがに二人だときついが、すぐに片付けることができる。

 

 そう油断したのが悪かったのか、山田君は俺たちのことなど忘れたかのようにメインルームから抜け出してどこかへ逃げて行った。

 

「……あっ!? てめぇ逃げるな!!」

 

 すっかり忘れていた、奴は本来死体を求めて彷徨うルーティーンが組み込まれていた。その特殊な行動と無駄に早い足で討伐がすごく面倒なやつだったことをすっかり忘れていた。

 さらにタイミングよく奴の演奏も終わったようなので、拍手が聞こえてきたのが何だか腹立たしい。

 

 そこで奴を追いかけようとして袖を引っ張られた。振り向くと白の便利屋が黒の卵に向けて銃を向けていた。

 ……どうやら、これはいいのかと言いたいらしい。確かにもともとはこいつを壊しに来たのだった。見たところこいつも手伝ってくれるようなので、喜んで攻撃していく。

 

 どうやら山田君と戦っているときにも流れ弾が結構飛んでいたようで、予想よりも早く卵を破壊することができた。山田君という邪魔は入ったが、それ以上の邪魔が入らなかったおかげで何とかなった。

 そして破壊と同時に部屋の照明も復活し、ようやくよく見えるようになる。

 

「ふぅ、あんた、助かったよ」

 

 思わず白の便利屋に握手を求めたが、無視されてしまった。まぁ、本来であれば敵同士だ。それも仕方がないのかもしれない。

 

 そう思って次の部屋に行こうとしたとき、空間が異様にねじ曲がった。

 

「あっ、まずい……!?」

 

 奴の出現の兆候を感じるや否や、白の便利屋の手を引いて中央第二に向かって走り出す。ここで一瞬でも気を抜けばお陀仏だ。

 

「ギィヤァァァオァァァァ!!??」

 

 どうやら奴は自分の一部が壊されたことに大変ご立腹のようだ。背後から暴れまわるような音が聞こえるが、無視して扉にとびかかって滑り込む。そして扉を閉じると、ひとまず息をついて白の便利屋に向き直る。

 

「さっきは共闘したけど俺たちは敵同士だ、こっからはお互いに死なないように気を付けようぜ」

 

 そういっていまだに床に座り込む彼女に背を向けて歩き出す。収容室から一般人がとびかかってきたが“ダ・カーポ”で切り捨てて、さらに先へ歩いていく。

 

 

 

 

 

 ここからはすごいスピードでクリフォト暴走が起こっていくはずだ。今まで収容室で寝ていた厄介なやつらが動き出す前に、さっさと他の卵を片付けなくては。中央を駆け上がり、上層部へと向かっていく。途中で奇妙なそりや蝶頭の紳士に出会ったが、無視して駆け上がっていく。向かう先は上層の中心部、情報部門のメインルームだ。

 

「頼むから変なのはやめてくれよ……」

 

 お祈りしながらメインルームへの扉を開けると、お祈りは半分当たってくれたようだ。

 

「『蒼星』か、こんなところにいたのか……」

 

 そこにいたのは、青いハートを中心とした銀色の足で構成されたアブノーマリティ、『蒼星』だ。『蒼星』は脱走時に施設内のどこかのメインルームに出現し、施設全域に精神汚染ダメージを行う最悪級(Alephクラス)のうちの一体だ。現状では精神汚染の効かない俺一人だから問題ないが、通常であれば施設が壊滅するレベルでの被害を考えなくてはいけないレベルだ。一応こいつの攻撃は他のアブノーマリティたちにも効くはずだから、さっきの卵もこいつから結構なダメージを受けていたのかもしれない。

 

 卵といえば、『蒼星』に気を取られていたが、ここにも卵があった。白色に大きな口のついた卵だ、これとあと一つを破壊することができれば奴を倒すことができる。

 気合を入れて“ダ・カーポ”を構える、『終末鳥』やほかのアブノーマリティの横やりさえ入らなければ、楽に壊すことができるはずだ。とにかく欲張らずに少しでも奴の兆候が見られれば逃げたほうがいいだろう。

 

 『蒼星』と一緒に卵に攻撃を加えていると、背後から気配を感じてすぐに横に転がって避ける。するとさっきまで俺のいたところを白いレーザーが通り抜けて卵に直撃した。

 

 その攻撃に心当たりを感じて攻撃した主を見ると、案の定白の便利屋であった。どうやら俺についてきたらしい。

 

「手伝ってくれるのか?」

 

 無言であるが、どうやら否定はしないらしい。

 敵であるのになぜ俺に手を貸してくれるのかは疑問に思ったが、深く考えても仕方がないのでとりあえず手伝ってもらうことにする。どのみち、どっちも相手に決定打を与えることはできないんだ。

 

「それじゃあ一緒に頼むぞ」

 

 そういって再び卵を破壊する作業に戻る。この部門は基本的に脱走するアブノーマリティもいないので安心であるし、ただ卵を攻撃するというのも単調でしかない。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを考えていて油断したのだろう、奴が来る兆候に反応が遅れてしまった。

 

「まずい!? 白いの、逃げろ!!」

 

 ちょうど卵を挟むように攻撃を加えていたため、中央に現れた『終末鳥』によって分断されてしまった。

 まずい、白の便利屋は移動速度がそこまで速くない。耐久とか関係なく奴に飲み込まれればひとたまりもない。黒の卵を破壊した今であれば、奴の即死級の攻撃は飛んでこない。今奴は俺の方を向いているから逃げる時間を稼げれば……

 

 そんなことを考えていると、『蒼星』が終末鳥に向けてひときわ大きな精神汚染攻撃を仕掛けた。いったいなぜ奴がそんなことをしたのかはわからないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。俺たちはそれぞれ反対方向の扉から、情報チームのメインルームを脱出することに成功したのである。

 

 とりあえず、今は白い卵を狙うことはできないので、最後の卵を探しに行こう。これまでに下層と中層は全て調べてきたので、残りは上層のどこかに存在するはずだ。今いるとこは情報部門と安全部門の間のエレベーターだ、ひとまず安全部門のメインルームを覗いてみるとしよう。

 

 そう考えて、メインルームの扉を開いて中を覗いてみると……

 

 

 

 

 

「Hello!」

 

「……!?」

 

 赤い機械の鎧を身にまとった人間と、その二倍はありそうな巨体を持つ赤い人型の肉塊が争っていた。奴らは互いに物理攻撃を行い、そして互いに物理攻撃に対して免疫、つまり完全に無効化するため全くと言っていいほど無駄な争いをしていた。

 

 ……あほくさ。『捨てられた殺人鬼』と『ホームアラウンドヘルパー』同士の争いくらい不毛な戦いに思わずあきれてしまう。

 とはいえこの二人と普通に戦ったら確実に殺されるので、触らぬ神に祟りなし、見なかったことにして退散させてもらう。

 

「……はぁ」

 

 戦いたくないので頼むから永遠に二人で争いあっていてくれ、こっちには絶対に来るな。

 

 このフロアにはあともう一体脱走する奴がいるけど、そいつは見なければ何もしないのでスルーしておく。とりあえずコントロール部門のメインルームを通って、そこにいなければ教育部門へ行こう。

 

「やっぱりここはないか」

 

 コントロール部門には何もなかった。この部門には脱走するアブノーマリティは何もいないので、次に向かう。

 教育部門には最後の卵があるはずだ、もしかしたらすでに白の便利屋が攻撃を加えているかもしれない。そう考えるとゆっくり進むのも気が引けるので、少し急いで行動する。

 

 

 

 

 

 

 ようやく教育部門まで来た、ここには最後の卵と白の便利屋がいるはずだ。そう考えて教育部門のメインルームの扉を開けると、確かに卵と白の便利屋は存在していた。だが、予想以上に混沌とした状況になっていた。

 

「アアァァアアァァァァアアァ……」

 

「……!」

 

 白の便利屋の他にいたのは黒い団子と赤い傭兵であった。完全に忘れていた、そういえば『笑う死体の山』は逃がしたままであったし、『赤ずきんの傭兵』は他のアブノーマリティが何度も脱走したら脱走して、それを勝手に鎮圧しようとするんだった!? しかも山田君は団子三兄弟状態で、白の便利屋と『赤ずきんの傭兵』は苦戦している。このままだとまずい!

 

「危ない!!」

 

 『赤ずきんの傭兵』が噛みつかれそうになったところを“ダ・カーポ”で攻撃して何とか逸らす。しかしそこで体勢が崩れたところで、奴のゲロ攻撃をもろに受けてしまう。

 

「うぐっ、あぁぁぁぁ!?」

 

 体中から激しい痛みと恐ろしいほどの飢餓感、それらが全身を蝕んで肉体と精神の両方を責め立てる。その苦痛に何とか耐えて体勢を立て直そうとするも、体がふらついて床に手をついてしまう。そこを山田君は見逃さなかった。もう一度口に不浄の液体を貯めこむと、こちらに向かって吐き出してきた。

 

 さすがにもうだめかと思って目をつぶるが、首根っこをつかまれて後ろに引っ張られた。見ると『赤ずきんの傭兵』が俺をつかんで下がり、白の便利屋が祈るような姿勢でそこにいた。

 ……確かあれは反射攻撃だったはず、その場から動かない白の便利屋にゲロがかかるが、山田君もただでは済まなかった。

 

「アァァァァッ!!」

 

 山田君がよろめくと、団子のうちの一つが崩れ去る。それで残りは二つ、俺は『赤ずきんの傭兵』に合図を送ると、察したのか銃を撃って牽制してくれた。奴が『赤ずきんの傭兵』に気を取られているうちに山田君の足元に切りかかってバランスを崩す。一瞬だけでも十分、その間に白の便利屋を回収して離脱、そして離れたところにおいて再び山田君に切りかかる。白の便利屋もふらつきながらも立ち上がり、レーザーで牽制してくれる。

 山田君が叫ぼうとするところを俺が口の中に“ダ・カーポ”をいれて内部から切り裂く、そしてふらついたところを『赤ずきんの傭兵』が斧で切りかかり、白の便利屋がレーザーで追撃する。

 

 そしてついに二つ目の団子が崩れ去って最後の一つになった。山田君はまた逃げ出そうとしたので足元に“ダ・カーポ”をひっかけてバランスを崩してこかし、白の便利屋と『赤ずきんの傭兵』の一斉攻撃をたたきつけ、最後に“ダ・カーポ”を団子の中心にたたきつける。

 そしてようやく『笑う死体の山』は崩れ去り、俺たちはこの戦いに勝利することができた。

 

「やったぜ、白いの、『赤ずきんの傭兵』!!」

 

 俺は思わず二人に抱き着いた。『赤ずきんの傭兵』にはよけられてしまったが、白の便利屋はしっかりと受け止めてくれた。彼女は相変わらず無表情だが、嫌がってはないように思える。

 

「……ここにはもう獲物はいない、他を当たる」

 

「あぁ、あんたのおかげで助かった。本当にありがとう」

 

「……」

 

 俺がお礼の言葉を言うと、彼女は何も言わずに去っていった。少し寂しいが仕方ない。

 

 とにかく、『笑う死体の山』を倒して終わりではない。この卵を破壊しない限りクリフォト暴走は続き、そうなればもう一度奴が出てくることになる。もう奴の素材になる死体はほとんどないかもしれないが、厄介なやつの相手をもう一度するのはもうたくさんだ。

 

 包帯の巻かれた卵を“ダ・カーポ”で貫くと、これまでの戦いですでにボロボロだったのかすぐに壊れてボロボロになってしまった。

 

 これで残るはあと一つ、最後の白い卵のみだ。

 

「白いの、最後までついてきてくれるか?」

 

 白の便利屋は、最後まで何も言わなかった。しかし、俺の袖を引っ張ってるから、もしかしたら同意してくれているのかもしれない。

 

 そして俺たちは教育部門を抜けて、最後の卵のあるところ、情報部門のメインルームへ向かった。途中でモブがいたが特に気にせず切り捨てた。

 そこには白い卵だけが残されており、『終末鳥』も、『蒼星』もいなかった。少しだけ残念な気持ちになったが、最後まで気を抜いてはいけない。

 

 俺が“ダ・カーポ”を構えると、白の便利屋も銃を構えた。これが最後の戦いだ、白の卵に“ダ・カーポ”をたたきつけ、白いレーザーが殻を焦がす。

 そしてだんだん崩れていく卵に、最後の一撃を振り下ろす。

 

 

 

 

「……これで、終わりだな」

 

 最後の一撃は実にあっけなかった。白い卵に“ダ・カーポ”が食い込み、殻が崩壊する。そしてどこからか恐ろしいほどの大きな叫び声を聞いて、ようやくすべてが終わったことに気が付いた。

 

「はぁ、疲れた」

 

 すべての卵を破壊して、『終末鳥』はついに滅んだ。その証拠に、俺の背中には片翼の黒い翼が生え、平和をもたらす大剣と装備が現れた。

 それらを手に取って思わず大の字で寝転がる。すると、なぜか白の便利屋も座って俺に膝枕をしてくれた。

 

「なんだよ、労ってくれてるのか?」

 

 相変わらず何も言わないが、何も言わないってことはたぶん肯定なんだろう。意外と柔らかい膝枕を堪能しつつ、これからどうするかを考える。

 そういえば、せめて戦って死のうと考えて、今まで戦ってきたんだった。それが、どういうわけか生き残ってしまった。この時間に管理人はいない、そう考えると、俺の居場所はないように思える。

 

「はぁ、これからどうしようか……」

 

 思わず漏れた言葉に、白の便利屋が反応した。すこし眉をひそめて手を握ってきた、正直仮面と言われても違和感がなかったので動いたことに素直に驚いた。

 

「なんだよ、外にでも連れてってくれるのか?」

 

「……」

 

 俺の質問に、白の便利屋はうなずいた。そして彼女は立ち上がると、手を引いて俺を立たせた。

 

「本気か? 俺は頭に狙われる企業の一員だぞ、そんなのお前だってやばいだろ」

 

 この世界の権力に逆らっているのだ、そんなやつを連れて行けば、俺はもちろんこいつも危ない。それでも彼女の考えは変わらないのか、手を強く握りしめてきた。

 

「……わかったよ、俺の名前はジョシュアだ。あんたは?」

 

「……………………シロ」

 

「おぉそうか、なんていうかドンピシャだな」

 

 そんな話をしているとどこからか争っている声が聞こえる。そういえば、まだまだ脱走した奴らは放置しっぱなしだった。

 

「ほかにもまだ残ってるし、どうせなら最後まで面倒を見て行ってもいいか?」

 

 彼女は俺の袖をつかむ、もうこれは肯定として受け取る。

 

「そうか、それじゃあ最後まで生き残れたら、その時は改めてよろしく」

 

 そう言って改めて握手を求めると、今度はその手を握り返してくれた。

 

「それじゃあ、最後の一仕事と行きますか」

 

 体を伸ばして“ダ・カーポ”に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 そういえば、彼はうまくいっただろうか。あの黒仮面は結局最後まで出会わなかったから、きっと向こうに一緒に飛ばされたんだろう。

 

 よく考えれば、彼はトゥルーエンドの条件を満たしてはいなかった。もし彼が最後までたどり着き、もう一度真実に向かって歩き出そうというのであれば、その時はもう一度俺が手を貸すだろう。その俺は今の俺ではないし、関係もなくなるが、あの甘ちゃんが頑張ろうというのであれば、俺は必ず手を貸すだろう……

 

 さらば友よ、お前が幸せであることを祈る。



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