この気持ちは恋じゃない   作:夜はねこ

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花火の音は聞こえない

「会長、タクシー捕まえておきました!」

 

 かぐやたちが走って行った先には、石上と藤原と東がタクシーを捕まえて待っていた。

 自転車を放り投げる様に駐車された二人のの元に、声が飛ぶ。事情を聴いていたらしい眼鏡の運転手が、扉を開けて待っていた。

 

「かーぐーやーさーん!」

「二人とも、早く乗ってください!」

 

 走り寄ったかぐやを、藤原が出向かえ、捕まえた。久しぶりに会えて嬉しいと顔だけで分かる笑顔だった。そのまま彼女を、ドーン! とタクシーに放り込む。

 

「あの、このタクシー五人乗りじゃ」

「この期に及んで誰かを置いてくなんて無しだよ、石上くん!詰めて。」

「えっ、ちょっ…」「運転手さん、見逃して下さい! お願いします!」

「……良いよ。早く乗りなよ。急いでるんだろう?」

 

 前に藤原千花。白銀、かぐや、東、石上と後部座席に高校生が四人。ぎゅうぎゅう詰めだが、誰も文句を言わなかった。むしろ東は石上の隣に座れたことに喜びを感じていた。

 走り出したタクシーに、白銀が指示を出し、アクアラインで海ほたるへ向かう。

 白銀は東京からまだ間に合う花火大会を徹底的にリサーチし、間に合う可能性のある花火大会を特定していた。

 しかし、東京から千葉まで残り20分で行かなければならない。

 

「だが挑戦する価値はある! 四宮が言ったんだ! 皆で花火を見たいって!」

 

 タクシー中に響くような声で、彼は叫んだ。

 

「だから四宮に花火を見せるんだよ!!」

 

 するとあの男が本気を出した。

 そう、ドライバー、高円寺のJ鈴木である。

 

「ちょいと飛ばしますんでねぇ、会社には内緒にしてね」

と言って超スピードでタクシーを走らせる。

 

 

 ギアを変え、アクセルを踏み込んだタクシーは、スピード違反になるギリギリ手前で駆けていく。そのまま猛烈な勢いで首都高を走り、アクアラインに突入していく。

 トンネルの中、オレンジ色の光が流れている。しかし、海ほたるの海底トンネルのせいで外の様子が見えない。そして海底トンネルから地上に出るとき、時間はギリギリなはずだ。誰も速度のことを意識してなど、いなかった。誰もが、ただ時計と距離と前だけを見ていた。

 

 「お願いします神様!」

 

 藤原が祈る。かぐやは知っている。

 神様なんか居ない。

 かぐやにとって花火大会は、何時も遠かった。小さな窓の中、遠くに上がる花火を見るだけで、その音が聞こえたことはない。遠く微かな名残だけが届いた時には、もう花火は散っている。だから花火を見ても、それは景色だけ。だけど、叶うならば。

 

 「間に合って……!」

 その声は、東の声だ。出口を見据えて言われた言葉。それを皮切りとして、藤原が、石上が、東が、皆が叫ぶ。祈るように重なっていく。間に合え。間に合え。間に合って。

 

 

「間に合って……!私は――――!」

 

 

 間に合えええええっ!

 

 トンネルを抜けると…そこには夜空一杯の花火が上がっていた。ロマンも愛も確率論に何の影響も及ぼさない。奇跡などない。だが、努力と思考を積み重ね行動した者たちには必ずや与えられる光景がある!!

 そう、かぐやのみんなで花火を見るという願いはかなったのだ。

 

おまけ

 

 かぐやが白銀の横顔に釘付けになっている中、東も同様に石上の横顔を眺めていた。

 心臓が激しく脈を打ち、花火の音は聞こえない。

 

(まさか、石上くんが甚平を着てくるなんて。似合ってる。良かった、石上くん花火に夢中みたい。)

 

 真っ赤になった顔が早く収まるように、そう祈った。

 

〔本日の勝敗 東玉枝の敗北〕

 


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