僕のヒーローはハードスーツを着ている 作:壁のほこりバスター
――チュイィィィィィ、ヂュイイイイイイイイ
――ガンッ、ガンッガンッガンッ
異音轟かす巨大な鋼鉄の拳が暴風のように荒れ狂う。
――ガンッ、ガッ、ガッ、ガンッ、ガンッ
黒光りする鋼鉄の拳の暴虐が、ギガントマキアの“個性”〝土竜〟によって発現していた頬の外骨格アーマーを完璧に捉え砕く。
「グオォ!!おおおおおおッ!!!」
しかしその程度のダメージは、ギガントマキアの“個性”〝剛筋〟と〝耐久〟によって本人に大したダメージを与えてはいない。
だが、あくまで
先程までの有象無象ヒーロー達のこしょばゆい攻撃や、Mt.レディの攻撃とは違い、完全に無効化までは出来ていない。
確実にギガントマキアの無敵の肉体に損傷を蓄積させていく。
「っっっっ!!!!」
ギガントマキアは苛立っている。
子供の癇癪のように暴れまくっている。
彼は怒っていた。
己に溜まってくるダメージを感じる。
痛みを感じぬ〝痛覚遮断〟の“個性”があれども自分のダメージを感じる。
そして何より彼を怒り狂わせているのは〝主命を達成することが不可能になった〟という一点であった。
――背に潜ませていたヴィラン達が、皆押し潰れた――
これに尽きる。
岡八郎からの致命的な一撃は、ギガントマキアでなく巨獣の背に乗っていた解放戦線幹部達を一掃してしまっていたのだ。
見えない巨人からの一撃はギガントマキアに受け身を取ることを許さず、またヴィラン幹部達にも逃亡の隙も防御の隙も与えなかった。
あまりに突然の事に、背に潜んでいた幹部達は何が起きたか理解も出来ず皆圧死していた。
通常、プロヒーローはヴィランの身柄の確保を目論む。
ヴィランでさえも、その人命は守り、逮捕するのがプロヒーローだ。
だがそれはヴィランはヒーローも人民も全力で殺してくるのに、プロヒーローはヴィランを殺せないという事だ。
その〝殺意〟の差は大きい。
土壇場において殺意の有無は勝敗の行方を左右する、とても重要な要素なのだ。
ヴィランだけが持ち得るそのアドバンテージを、岡八郎は持っている。
岡は敵の命など守ってやる気はさらさら無い。
寧ろ積極的に殺しにかかるのが岡だ。
ピンポンマンは、つぶさに戦場を観察していた。当然、ギガントマキアの背に幹部連中がへばり付いていたのも知っている。
死んだって構わない…寧ろ死んでくれ、と。
そして案の定、彼らは死んだ。
引き潰れてミンチになって死んだ。
荼毘も、Mr.コンプレスも、スケプティックも潰れた。
それをガンツロボのセンサーは見届けていた。
そして、それを知った岡が抱いた感想は「タルタロスの独房に少し余裕ができた」とか「奴らを養う税金が浮いた」とか、その程度だ。
「おおおおおおお!!主よ!!主よ!!!!お許しください!!無能な我をお許しください!!!!!」
涙を滝のように流し、怒りと焦燥で脳と心の中が満たされて掻き混ぜられる。
天井知らずに怒髪天を衝くギガントマキアの弩級の一撃が、天性の野生的センスから繰り出された。
体勢もろくに整っていない有り得ない角度からの弩級パンチは、しかしガンツロボの両腕によってしっかりとガードされる。
だが、さすがにガンツロボも
(真正面から受けるのは、やッぱりマズいか。あんだけデカいのに速さも
間違いなくバケモノだ。
しかしそれを確信してなお岡はコクピットで笑っている。
(バケモンや…けど…)
「お前はなァ~~、80点ッてとこやッ!!」
「ッガ!!!?」
振り上げられたガンツロボのアッパーがギガントマキアの顎を直撃。
その巨体が僅かに浮き上がる。
「ッッ!!!許さんッ!許さん、ぞぉ…!貴様だけ、はァァァ!!!」
脳震盪を怒りで無理矢理に掻き消して、ギガントマキアは巨体に似合わぬ柔軟さと速度で振り抜かれたガンツロボの腕に絡みつく。
「自分、猿か。離さんかいッ」
巨獣が猿か蛇のようにロボの腕を締め上げ、腕ひしぎ十字固めの要領でマシーンの腕を破壊せんとする。
それを岡は、何度も何度も大地へ打ち付けた。
ロボの腕が悲鳴を上げる。
しかし岡はそんな事お構いなしでギガントマキアを執拗に打ち据える。
これが自分の生身の腕であろうと岡はきっとこうする事に躊躇はない。
ガンツの機能の一つに〝復元再生〟がある。
それを使える岡にとって、手足がもげようとも命があればいくらでも再生が出来るのだから、四肢欠損というものは痛覚さえ我慢してしまえば岡八郎は非常に軽視かつ楽観視できるもので、しかも長年のデスゲームを通して岡は痛覚のコントロールには長けている。
この機能は多少の条件はあれど
しかもガンツを制御する自分自身は死ねばそれで終わりでも、他人に関して言えば命を失おうとも復元再生が可能。
もはや
(死人の完全再生まで出来ると
という岡の判断は合っているだろう。
“個性”解明と発展の歴史の影の闇深さは尋常一様ではない。
どの国家も、とても表に出せない悪辣な非人道的実験を繰り返している事など、一般の人々にとってすら想像に易い事だろうし、ある程度裏事情に詳しい岡八郎はもっと生々しい裏事情を見聞きしていた。
だからこそヒーロー協会にも政府にも手の内は明かさない。
ヒーロー協会に全ての手の内を明かすはめになるなら、いっそヴィランにでも身をやつした方がマシだろう。
それぐらいに岡の〝ガンツ〟という“個性”は神秘と可能性に満ちたものだった。
「っ!ぐっ!っ!!っ!!!!」
「どこまでッ、しがみつけるかぁッ…、根比べもオモロイなァ!」
――ゴゥンッ、ズズンッ、ズンッ、ズズンッッ
局地的大地震が何度も起きている。
とんでもない振動と音。
郡訝山は大崩落を始め、大地が抉れていく。
地形が変わる。
ミシミシという嫌な音と共にガンツロボの左腕関節が崩壊を始めるが、それでも岡は狂ったようにギガントマキアを大地へ叩きつけ続け、そして…。
――プシュウゥゥゥゥゥゥ
ロボの左腕付け根の排熱口とアクチュエーターが噴火のように煙を吐き出し、同時に付け根がパージされた。
「!!?」
驚愕するギガントマキアごと、切り離された腕は盛大にすっ飛び…、
――ヂュィィィィィィィィ
そして、切り離された腕の各部エネルギータンクが異常に発光。急速にエネルギーが高まるのを告げ…爆発。
エネルギーのオーバーフローを左腕に意図的に起こした岡は、パージした腕をそのまま超熱の大弾頭としたのだ。
プラズマエネルギーを撒き散らす青白い爆発が、小規模ながらも破滅的なエネルギーをギガントマキアへ浴びせた。
巨獣の天を割るような叫び声が郡訝山の空に響き渡り、その青い爆発光は近畿一円からも確認できる程に爛々と輝いた。
当然、岡がそれらを投げ放った方向は計算尽くの事。
なるべく味方がいない方向へ。
そしてなるべく敵がいる方向へ。
現時点で岡の戦闘に巻き込まれて死んだヴィランは50人を超す。
だが、それは岡だけがガンツ装備の電子データとして把握しているだけで、もはや死体も残っていないヴィラン達の多くは他のヒーロー達には生死の確認も不可能だ。
「やった!!!」
「ピンポンマンが!ピンポンマンが、あの歩く災害をやったぞ!!」
「7回
「やっちまえ~~!ピンポンマン!」
「そ、そんな…もうだめだ!外典様ぁ!リ・デストロ様ぁお助けぇ!!」
ヴィランとヒーロー達、思い思いの歓声や悲鳴が遠巻きに混ぜこぜで起こる。
もはや他のヒーロー達も、ヴィランの生死に拘っていられる状況ではないらしい。
歩く災害が死んだかもしれない爆発を歓喜をもって迎え入れていた。
それとは逆に、解放戦線のヴィラン達の士気はもはや壊滅的だ。
大幹部リ・デストロは忍者ヒーロー・エッジショットに、そして氷使いの外典はセメントスに押し込まれている今、期待のギガントマキアまでもがピンポンマンに押されていてはもはや解放戦線郡訝山荘組に勝ち目はないだろう。
「まだや…!まだ終わッとらんッ」
だが岡は攻勢を緩めない。隻腕になったガンツロボの残った右手を左腰部へと伸ばす。
短い〝鞘〟と〝柄〟がそこには在る。
マシーンの右手がそれに触れた瞬間、重機がぶつかり合うような音をけたたましく轟かせながら〝鞘〟が下方へと伸び、そして、柄を引っ掴んだ右手がずるぅぅぅっと青白い刃を引き摺り出した。
上段に構え、刀身の光が増していく。
「な、なんだァ!?あんなに距離が離れたのに…刀ぁ!?」
「で、でかいソードだ…!あの光は、まさか…あれか!?ソニックブームとか、そんな感じか!?」
「きゃー!さっすが私の八郎!!」
「おわっ!?ミッドナイト、血だらけじゃねぇーか!だ、誰かー!治療してやれ!!」
観衆の見抜いた通り、そのブレードが纏う光刃は遠距離でも敵を切り刻む代物だ。
恐ろしい巨大刀にまた歓声と悲鳴があがり、そして一際大きなヴィランの声が喝采を彩る。そのヴィランは指差して笑った。
「見ろ!まだだ!まだギガントマキアは生きている!!」
「う、うおおお!そうだ立て!立ってくれギガントマキア!!」
「くそ!まだ生きてやがるなんて!?」
「嘘だろ…!あ、あの異常な爆発でまだ生きている…!もう、俺たちの次元の戦いじゃねぇ!」
「八郎!そこよー!手ぇ緩めんなぁーー!!そこだ!そこぉー!!」
「ミッドナイトじっとしてください!治療が…あぁもう、ちょっと!誰か手を貸して!プロレス見てる酔っぱらいみたいに暴れるのよこの人!!」
すっかり爆煙が消え去り、後には突っ伏すギガントマキアがヨロヨロと必死に立ち直ろうとしている…そこに、ガンツロボは(愛する妻の声援が聞こえているのかいないのか)容赦のない一撃を振り下ろした。
〝歩く災害〟に痛覚はなくとも肉体にダメージはある。
ギガントマキアには途方も無い体力と装甲はあれども、再生能力はないのだ。
そもそも、AFOと氏子達磨はギガントマキアがまともなダメージを喰らうという事を想定外に7つの“個性”を彼に組み込んだ節がある。
今、痛覚が無いことが、逆にギガントマキアに己の肉体の状態を認識させる事の足を引っ張ってしまっていた。
(肉体が…傷んでいるっ!主から頂いた…強化された肉体が…!!!主からの賜り物が傷んでしまって――)
「――斬撃が!!?ッ、膝が、動かぬだと!?――ガァアァァア!!?」
回避失敗。
まともに青白いブレード光刃が直撃し、ギガントマキアに胸板を深く切り裂いて内部まで破壊エネルギーを伝搬させる。
「ガぁッ!!!!?」
(なんだ!どうなっている!!!主より賜りし我が肉体はっ!!!どうなってしまったのだ!!!!)
臓器が傷んだ。
呼吸がままならない。
血の味が食道を昇る。
膝が笑う。
視界が歪み焦点が定まらない。
聴覚にも異常。
あらゆる音が耳の内側で湾曲し反響し、不快な耳鳴りが思考まで侵食する。
発汗。
大量の発汗。
熱と悪寒、吐き気。
体液という体液が逆流し、耳からも鼻からも口からも目からも垂れていく。
全てがギガントマキアにとって未知の領域たる感覚。
或いは、もう覚えてもいないくらいに昔の事でとっくに忘却してしまった感覚。
「なんだこれはぁあああああああああ!!!!!」
巨人が慟哭する。
そして、そのさなかにももう一人の巨人は黒光りする大刀を再度大上段に構えている。
岡八郎という男は容赦がない。
「もう一発や」
――ブゥゥゥゥゥン…!
光刃が飛ぶ。
そしてヒビだらけとなっているギガントマキアの剛筋の鎧を砕く。
「もう一発」
岡は呟きほくそ笑む。さらにもう一撃の光刃。
「グッ、あぁぁ!貴様っ!!ぎざま゛ァァァっ!!!!」
叫ぶギガントマキアに次々に光刃が浴びせられ、無敵の鎧に見るも痛々しいヒビ割れがどんどん大きくなって、そして鮮血が巨人の分厚い胸板から噴き出し山々へと降り注ぐ。
もはや言葉にもなっていない叫びを上げて、ギガントマキアは正体を失って巨大ロボ目掛けて最後の大跳躍を試みる。
大地が揺れ、巨人が跳んだ。
「っっ!!見ろぉ!!ギガントマキアが、跳んだ!!!!」
「やれギガントマキア!組み付いちまえば相手は片腕だ!!」
「ピンポンマン!近づけさせるな!!」
「そのまま刀でぶった斬れぇーー!!」
ヴィランとヒーロー達は、互いを攻撃しあう手も休みがちに声援を飛ばし続ける。
もはや、この超獣決戦の勝敗がそのままこの戦場の勝敗に直結すると知っているからだろう。
巨人同士の決戦以外…すなわち小粒な自分達の争いなど、この戦闘規模に比べたら目くそ鼻くそ。
固唾を飲んで
「Mt.レディ!!!?」
「まさかの乱入!!!!」
「Mt.レディが、意識を取り戻してギガントマキアの足に!」
「組み付いたァーーーー!!!」
ヒーローとヴィラン、妙に息のあった実況。
実況通り、突如復活したMt.レディが跳んだギガントマキアの足に「ふんがっ!」と必死にしがみつけば、そのままギガントマキアは勢いを急速に失い、そして山へと顔面から叩きつけられる。
「ピンポンマァァアァン!!岡先輩!!押さえました!!!!押さえましたよぉ!!!」
叫ぶMt.レディ。
岡はニヒルに微笑んだ。
「さすがやなァMt.レディ!」
ガンツロボが走り出す。
大地を踏みしめ、山を震わせて、巨大な一歩を力強く踏み出して、跳ねるように走った。
このまま光刃で跳ぶギガントマキアを撃墜する気だったが、Mt.レディの妨害で勝利への確実性が増した。
コレを逃す岡ではない。
光刃を連発する予定を捨て、即座に直接の斬撃を脳天に見舞ってやることにしたのだ。
「そのまま離すなァ岳山!!意地でも押さえろ!!」
「掻っ切れピンポンマン!!!」
「うわあぁぁあああ立てギガントマキア!!立ってくれぇぇぇぇ!!!!」
「ギガントマキアぁぁぁぁぁ立てぇぇぇぇ!!!!」
悲喜こもごもの大声援。
震える山。
黒い巨人の隻腕に全ての速度と力が集約されて、倒れ伏すギガントマキアの脳天へ唐竹割りに振り下ろされる。
一切の迷いなく、慈悲なく、ただただ相手を絶命たらしめる為の一撃。
倒れた巨人が、ギョロリと巨大な目玉を見開いた。
「っっっ!!!!!」
(主よっ!!!我に!我に力をっ!!!主よ!!!!しゅ―――――…よ…、お、おぉ…あ゛?景色――2つ、割れ……―――)
巨大な目玉が、ギガントマキアの顔から
ドクンと、その目玉は一瞬脈動したかのように見えて、そして目玉をきっかけにして次から次にギガントマキアの顔面からボタボタと漏れた。
「あ゛???」
最後にギガントマキアがそう呟くと、そのまま大きな大きなベロは裂けて2枚に卸され、巨大なうどん玉のような脳髄が溢れて大地を赤とピンクの肉塊と血で埋めていった。
ギガントマキア、完全死亡。
もはや医療的判断を待つまでもない、完璧なる殺人。
喧騒に包まれていた山が、怖いほどに静まり返る。
風の音にざわめく木々の揺れ音さえ聞こえた。
そして、誰もがポカンとする中に、ムワッとむせ返る血と臓物の臭いが満ち始めると、やがてヒーローとヴィラン達は正気を取り戻すのだ。
「っ!か、勝ったぞ!!ピンポンマンがやった!…っうぉゲェ!?ぐっ、おぶォエっ!」
「や、やりやがった…!完全に、ピンポンマンのやつ…!こ、殺した!う、うぷっ…!」
「噂通り、だ…ほ、本当に…容赦なく…ためらわずに、こ、殺しちまった…」
「ハァ、ハァ…こ、この場合…殺すだの捕獲だの言ってられるか!ピンポンマン!よくやったぞーー!!!」
「やらなきゃ…やられてたんだ…それは、間違いないこと、だろ?」
「そ、そうだ…そうだよな…!俺たちの勝ちだ!」
「解放戦線は士気がもうめちゃくちゃだ!チャンスだ…一斉検挙だ!!!」
「っ!そ、そうだな…こうしちゃいられん!皆、今はヴィラン共の逮捕を!」
「ピンポンマンのくれたチャンスを無駄にするな!」
わぁわぁと、再びの大喧騒。
しかしそれはもはや闘争ではなく、一方的な逮捕劇の繰り返しに過ぎない。
組織的抵抗は完全に終わったのだ。
異能解放戦線郡訝山荘本部、壊滅。
その日は、歴史上最多数のヴィランが死んだ日として歴史に名を残す事になる。
時刻はまだ太陽が天高い。
黄昏の時まではまだ間がある。
――ヂュイィィィィィィィ…
独特の駆動音を響かせて、ガンツロボはまた歩を進めだす。
巨大な肉塊と成り果てた巨人の躯を見下ろしながら、岡は小さく呟いた。
「蛇腔か……あっちが〝100点〟やったか…?」
長い一日になりそうだ。
誰もがそう思った。