雛森「シロちゃんに『雛森ィィィィ!』と叫ばせたいだけの人生だった…」   作:ろぼと

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天秤ってSS編時点でクインシー・レットシュティール使った時ブルート・アルテリエ無しのハry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが「嫉妬」という、負け犬の惨めでくだらない感情だと認められる程度には、この千年の時が自分の心に齎した影響は大きかった。

 

 しかしその影響を「成長」と表すまでには大人になりきれない己の性根も、また筋金入り。

 

 では何が悪かったのかと聞かれれば、答えるべきは()の名前ただ一つであり、友一人を残す全てを失ったあの日から歩み続けた足元の道筋は、結局のところ、どれ程後悔しようと最初から何も間違ってはいなかったのだ。

 

 

 領主の遺児──バザード・ブラックは、命尽き果てる最後の瞬間まで、その事実に気付く事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)が興立する礎は、千年前の尸魂界(ソウル・ソサエティ)との大戦に惨敗した光の帝国(リヒトライヒ)の崩壊にまで遡る。

 

 しかし新たな帝国の誕生を預言した王の不在は、臣の増長を招き、かつて栄えた滅却師(クインシー)の帝国は霊界の裏側で長い戦乱の時代を迎える。

 暫定後継者に反旗を翻した元星十字騎士団(シュテルンリッター)副団長ヒューベルト・アルトマン。生存圏拡大を目指し現世へ移り住んだ元親衛隊員アルゴラ・シュレマー。種族の宿命そのものに異議を唱えた異端者石田宗弦(いしだそうけん)。他にも様々な理由で武力闘争や離反を企てた者達は、殆どが内戦で討たれたか、逃亡した現世で山本重国(やまもとしげくに)率いる護廷十三隊に弑された。

 そうした背景もあり、預言の神王が目覚める頃には、帝国では星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター)ユーグラム・ハッシュヴァルトを頂点とした秩序ある臣下団が成立していた。

 

 だがそんな中、千年前の光の帝国(リヒトライヒ)時代からハッシュヴァルトに対する敵愾心を曝け出していながら、一度もその無礼を咎められた事のない団員が存在する。

 同郷の情。古参の懇意。陛下の神慮。不可思議な両者の関係を邪推する声を実力で黙らせるその強者は、されどこの日、普段の勝気な表情を激しい憤怒で歪ませていた。

 

 

「────くそが…ッ!」

 

 その青年、バズビーにとって此度の戦争は屈辱の連続だった。

 死神の親玉、山本重国との炎熱系能力勝負で手も足も出なかった事。自分達を統べる王の後継者にどこの馬の骨とも知らぬ混血滅却師(ゲミシュト・クインシー)が選ばれた事。そして。

 

「逃げんじゃねえ……黒崎一護!」

 

 戦場を駆けるその足は、体の傷を無視し、バズビーを目的の霊圧の許へと急行させる。

 

 彼は先程この戦争における特記戦力筆頭である半人半死神、黒崎一護と戦った。だが共に包囲攻撃を仕掛けた星十字騎士団(シュテルンリッター)の仲間五人は、敵の剣の一閃で鎧袖一触。その時に見た黒崎一護の無関心な眼が己の忌むべき過去の一幕と重なり、バズビーの狂気的な殺戮衝動を煮え滾らせる。

 

「戻ってきやがれ…! まだ俺との決着はついちゃいねェぞ…!」

 

 許せる筈もなかった。

 自分の優れた才能を「与えられたもの」だと蔑む神王と同じ、あの眼が。

 自分よりも、あの無才"だった"ハッシュヴァルトを決戦の相手に選びやがった事が。

 

 ふざけるな。てめえが瞬殺した他の連中と同じにするな。こっちを見ろ。俺はまだ戦える。そんな事もわからねえのか。

 

 

 ……だが怒りに歯を鳴らすバズビーは、その時。霊圧感知に信じられない感覚を捉えた。

 

「な……」

 

 足が止まる。口が、目がバカみたいに開く。

 

「……嘘……だろ……」

 

 ない。感じない。直前まで確かにあった筈の、憎たらしいアイツの霊圧が。

 ユーグラム・ハッシュヴァルトの気配が風前の灯火のように消えかかっていたのだ。

 

「……ッ!」

 

 気付けばバズビーは完聖体(フォルシュテンディッヒ)を解放していた。全力形態による体力の消耗など考えもしなかった。彼の頭の中にあったのは一瞬一秒でも早く現場に辿り着く事だった。

 

 何処へ? 決まっている。アイツの、黒崎一護の所だ。

 何故? 決まっている。アイツを、黒崎一護を倒すためだ。

 

 その答えに間違いはなかった。だからこそバズビーは気付けなかった。

 この時、この瞬間だけ。己の心を覆う度し難い劣等感の影が吹き飛ばされ、忘れ去られた古の感情が初めて陽の光に曝されていた事に。

 

 

「────()()()()ッ!!」

 

 

 ……それは青年が復讐とは異なる道への一歩を踏み出す最後の機会だった。だが彼がその機を掴み損なった事実こそが、あるいは青年バズビーの逃れられぬ定めであったのだろう。

 

 何故なら彼等滅却師(クインシー)を統べる神なる王は、何人の前においても絶対にして、無慈悲であるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 井上織姫のオレンジ色の霊圧が降り注ぎ、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)に佇む塔楼が垂直に削られ半壊する。

 茶渡泰虎は白煉瓦が剥き出しになった屋上の淵から下を覗き、破壊の光に呑み込まれ消えた友人、石田雨竜の姿を探していた。

 

「───気を付けて、茶渡くん」

 

「ああ」

 

 後ろから聞こえた仲間の少女の声に振り向かず、茶渡は軽い肯首で相槌を打つ。彼等は共に知っていた。あの石田がこの程度でやられる筈がないと。

 

 ふと茶渡は隣の織姫が重苦しい表情をしている事に気付き、彼女の心労に胸を痛める。

 

「……克服できたんだな、戦いの中で誰かを傷つける恐怖を」

 

「え…?」

 

「見事な技だった。流石だ」

 

 下の動きに注意しつつ仲間の努力を称える茶渡。しかし少女の顔の影は晴れない。

 

「……ううん、全然だよ……今だってまだ胸の奥がズキズキしてる」

 

「そうか…」

 

「……あたし、石田くんに……」

 

 身体を掻き抱き震えを押さえようと努める織姫。無理もないと茶渡は思う。彼自身、仲間を護る為に磨いた力をその仲間に向ける苦しみは、あの月島邸での戦いで嫌という程思い知った。

 それでも彼等は戦わないといけない。何も答えてくれない石田雨竜の真意を知る為に。意思の固い友人を止める為に。

 

 だが。

 

 

『───!!?』

 

 突如強烈な光の柱が見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)中央の戦場跡に降り注ぐ。

 驚きも一瞬。織姫はその変わり果てた地形の付近に居るべき人物が誰なのか気が付き、青褪めた。

 

「黒崎くんっ!!」

 

「ッ、待て井上! 迂闊に動いては駄目だ……!」

 

「でも…っ!」

 

 居ても立っても居られず屋上の高欄に駆け寄る少女。茶渡の注意がそちらに奪われる。

 その隙を見計らったかのように、新たな声が彼等の言い合いに割り込んだ。

 

 

「───そうか、ハッシュヴァルトは黒崎に敗れたのか」

 

 それは突然背後に現れた。茶渡と織姫は振り返り、衣類の埃を煩わしげに掃う一人の滅却師(クインシー)の姿を見る。

 

「石田くん……!」

 

「黒崎が戦うあの広場で"聖別(アウスヴェーレン)"が使われたという事は、あの馬鹿を倒すのに今の星十字騎士団(シュテルンリッター)では力不足だと判断されたんだろう。相変わらず規格外な奴だ」

 

 いつの間にそこに移動したのか問う余裕はなかった。彼の口から語られた情報に織姫達は釘付けになる。

 

「……どういう事なの……?」

 

「陛下のお力の一つだ。味方の滅却師(クインシー)の命を奪い、選ばれた者に絶大な力を授ける。ハッシュヴァルトは『力の再分配』と言っていたな」

 

 恐らく陛下はその力を得たハッシュヴァルトを使って黒崎を確実に殺す気なのだ。そう自身の推察を述べると、動揺する織姫を庇うように茶渡が前に進み出た。

 

「……一護は負けない。それが俺達の約束だからだ」

 

「どうかな? 少なくともここで『僕を止める』という君達の約束は……決して果たせない」

 

「!」

 

 茶渡は咄嗟に反論しようとした。だができなかった。石田が発する霊圧に圧倒され、二人は自分達の目的が如何に困難な事なのかをようやく理解する。

 

「ああ。でも、僕も反省しなくてはならないな」

 

「ッ、う……ぁ」

 

「油断しないと言っておきながらこのザマだなんて、どうやら気付かない内に僕の心にも驕りと感傷が芽生えていたらしい」

 

 青年の右手に十字の神聖弓(ハイリッヒ・ボーゲン)が握られる。その霊子の光を反射する瞳の冷たさは、彼の変わってしまった心の温度。

 

「だけど……容赦はもう、無しだ」

 

『!!』

 

「悪く思わないでくれよ。甘さが相手への侮辱だって言ったのは、君達自身なのだから──」

 

 

 世界を巻き込んだ幾つもの大戦を潜り抜けてきた空座第一高校(からくらだいいちこうこう)の仲間達。三人の悲しき戦いは今、恐ろしい蹂躙に変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

「……嘘……だろ……」

 

 一体何が起きたのか。黒崎一護は目の前で起きた事を現実だと認めるのに長い時を要した。

 

 立ち上る青白い霊圧の火柱。それを内から切り裂くように現れた一対の翼。

 その正体は滅却師(クインシー)の最終奥義、滅却師完聖体(クインシー・フォルシュテンディッヒ)

 

 自分が倒した筈の男、ユーグラム・ハッシュヴァルトが更なる力を担い、光の中で毅然と佇んでいたのだ。

 

「……ッ!」

 

 はたと我に返った一護は慌てて両手の斬魄刀を交互に構える。戦いの後、去り際に施した霊王宮の超霊術で辛うじて霊圧が安定するレベルの深い傷だったというのに、今のハッシュヴァルトは身体はおろか衣類にすら汚れ一つない万全の姿。対し自分は幾度もの敵の聖文字(シュリフト)による反撃に加え、慣れぬ滅却師(クインシー)(ホロウ)の霊圧融合、そして新しい卍解を初めて使った途轍もない負荷で満身創痍。この状態で彼との二度目の戦いに挑むなど不可能だった。

 

「……くそっ……!」

 

 だがここで逃げれば茶渡との約束はどうなる。一護は積み重なった疲労と苦痛に必死に抗い、軋む魂から霊圧を汲み上げていく。

 

 

 ……不運であったのは、彼にとっての最たる悲劇が、対峙するハッシュヴァルトとは逆の方角で起きていた事だった。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 石田雨竜の雰囲気が変わった。実戦の経験が未だ浅い織姫にも理解できる程、その時の彼の変化は顕著だった。

 

「火無菊! 梅厳! リリィ!」

 

盾舜六花(しゅんしゅんりっか) ─    

(さん) (てん) (けっ) (しゅん)

 

 防御を固める織姫。そこに石田の霊子矢が激突する。

 

「きゃ……」

 

「ッ、拙い! 下がるぞ井上!」

 

 激しい亀裂音が響く中、少女は側の茶渡に腰を俵抱きにされ三天結盾から後方に離される。パリンと、最近はめっぽう聞かなくなった嫌な音が鼓膜を震わせたのはその直後だった。

 

「そんな……!」

 

 それが意味する事に気付いた織姫は唖然と呟く。何故なら今の彼女の盾舜六花は虚霊坤(ロスヴァリエス)での修行や『Xcution』との戦いを経て、完現術(フルブリング)本来の概念規模の力をより強く引き出した別次元の防御手段へと生まれ変わっているのだ。それこそ今の黒崎一護の月牙天衝(げつがてんしょう)ですら傷一つ付かない程に。

 

「くっ……井上、先に行くぞ!」

 

「! だ、ダメ! 待っ───」

 

巨人の右腕(ブラソ・デレチャ・デ・ヒガンテ) ─    

巨 人 の 一 撃(エル・ディレクト)

 

 ショックで呆ける織姫を勇気づけようとしてか、巨漢の友人が石田へ突撃する。だが少女が伸ばした制止の腕は、その茶渡へ危険を訴える為のものだった。

 

 織姫の完現術(フルブリング)の能力は「事象の拒絶」。二年前の虚圏(ウェコムンド)で治療中の一護が双天帰盾(そうてんきしゅん)の膜から出られず驚いていた時にもその片鱗はあったが、本来彼女の力は単純な霊圧任せの攻撃で砕けるような平凡な能力ではない。そうであったのは半人前だった頃の一護と同じく、能力を司る魂魄の思念が未熟な主人を力の負荷から守る為に強制的に解除させていただけだったのだ。

 

 ではそんな、世界のシステムすら捻じ曲げる織姫の三天結盾を砕く攻撃とはどういうものか。

 

「ダメッ! 茶渡くん止まって! 今の石田くんの力は───」

 

 答えは二つ。相手の力の"位相"がこちらと違うのか。若しくは……力の"位階"が、こちらより上だという事だ。

 

 

「───興味深い事を言うね、井上さん」

 

 その声が聞こえた時、織姫は自分の制止が手遅れだった事を悟った。茶渡の攻撃が起こした爆発が晴れた後、崩れた屋上の一角で立っていたのは彼ではなく、声の主である石田雨竜。

 少女は自分の所為で友人を無策に突っ込ませてしまった事を痛涙と共に悔いる。

 

「霊能の位相と位階……僕の知らない間に随分と色んな事を教わったようだ。盾舜六花の力が増したのも霊圧の成長だけじゃなくて、井上さん自身の能力への理解が深まったからだろう」

 

「ッ……」

 

「浦原さんじゃないな。あの人は僕達に余計な迷いを抱かせない為に平気で嘘を教える人だから」

 

 まあ今までその判断のお陰で僕達が生き延びられたのだから文句は言えないけど。石田は独り言を口の中で転がし、織姫へ近付く一歩を踏み出した。

 

「実は僕も自分の何が特別で、何が陛下のお目に留まったのか分かっていないんだ。僕の知らない知識を"誰か"から教わっている井上さんなら、僕の悩みを解く答えを持っているのかな?」

 

 微かに見えた青年の本音。織姫はそこから彼の真意を引き摺り出すべく誘いに乗る。

 

「……あたしに話せる事ならいいよ……? 石田くんが帰って来てくれたら、いくらでも…っ!」

 

「残念。ならせめて、君との戦いでその糸口を見つけるとしよう」

 

 

   ─ 盾舜六花(しゅんしゅんりっか)

     () (てん) (ざん) (しゅん)

 

 

 

 

   ─ 神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)

     光  の  霆(リヒト・ブリッツ)

 

 

 まるで読んでいたかのように石田の弓から織姫のそれに合わせた単発の霊子矢が放たれる。二人の攻撃は両者の中間で激突し、互いに譲らぬまま徐々に減衰し始めた。

 

「同等の霊圧では拮抗するのか。どうやらお互いの霊能の性質に優劣はないようだけど……これは僕と井上さんの能力の"位相"が同じなのか、それとも別の要因でそう見えているだけなのか……」

 

 相手の分析を聞きながら、織姫も目の前の現象を自身の知識と照らし合わせる。

 彼が手にした新たな力は自分と同じ完現術(フルブリング)なのか。それとも彼女の知らない別の何かなのか。

 謎ばかりが残った最初の一合。だが織姫はそんな答え合わせをしている場合ではなかった。

 

「……どうやら井上さんにもわからないみたいだね。ならこれ以上の実験は無意味か」

 

「!!」

 

 石田が再度霊子の弓を構える。織姫はこれから彼が繰り出してくる攻撃を予期する事はできたが、それを防ぐ肝心の手立てがなかった。

 

 そう。互いの霊能の性質に優劣がない場合、勝敗を分かつのは誰もが知る普遍の理──霊圧なのだから。

 

「構えた方がいいよ」

 

「ッ、お願いみんな!!」

 

 

   ─ 盾舜六花(しゅんしゅんりっか)

     (さん) (てん) (けっ) (しゅん)

 

 

 

 

   ─ 神聖滅矢(ハイリッヒ・プファイル)

     光  の  風(リヒト・ヴィント)

 

 

 その技はこれ迄の攻撃の全てが児戯に思えるほど別格だった。数えきれない光の矢が霊圧の暴風となって織姫の三角盾へ殺到する。

 

 ダメ、持たない。盾舜六花の妖精達の苦痛の念が脳裏に響き、少女は遂に三天結盾を解いてしまう。

 

「…………?」

 

 想像を絶する痛みに襲われるのだと身構えていた。だが目を瞑った暗闇の中に、自分を害するものは何もなかった。

 

 そして恐る恐る瞼を開けた織姫は、そこで、霊圧の暴風に立ち向かう痣だらけな大きな背中を見た。

 

「ぐ……ッ、ぉおおおおっ!!」

 

「……茶渡……くん……!?」

 

 襲い掛かる攻撃を右腕の大盾で護ろうと足掻く仲間の青年、茶渡泰虎。石田の初撃で無力化されてから五分も間を置かずに戦線に復帰した遮二無二な彼を見て、織姫は考えるより先に行動していた。

 

「ッ、あやめ! 舜桜! 茶渡くんに双天帰盾(そうてんきしゅん)を」

 

「不要だ、井上!」

 

 だが少女の治癒を巨漢は拒む。

 

「護りなら任せろ…! 石田の説得を頼む…ッ」

 

「! せ、説得って……」

 

「俺は人に何かを訴えられるほど器用ではない…! だけどお前ならそれができる!」

 

 唐突な無理難題にたじろぐ織姫。自分の何を見込んでそう思ったのかと悲鳴のような問いを投げた彼女は、青年の返答に思わず硬化した。

 

 

「井上が──優しいからだ……!」

 

 

 呆ける少女へ茶渡が畳みかける。そんな子供じみた精神論を大真面目に。

 

「お前は俺達四人の内で誰よりも人が傷付く事を嫌がっていた…! そのお前が、俺達が知る中で初めて、これほど本気で相手を倒すために戦っている…!」

 

「……そ、んなの……」

 

「その意味を……ッ、お前の思いの強さを、石田は絶対に感じている…! 絶対にだ!」

 

 仲間を背に庇いながらそう叫ぶ青年の身体は最早ズタボロの死に体。だというのに織姫は座り込んだまま茫然自失としていた。

 

「あ、たし……は……」

 

 茶渡の言葉に心が掻き乱される。渦巻く感情の名は悲愴と後悔と、自己嫌悪。

 

 違う。人に傷付いて欲しくないのは、車に撥ねられた兄の遺体を思い出してしまうから。必死に戦っているのは、自分が相手に慈悲を掛けられる程強くないから。独りよがりな人間。選択肢を選べる権利がない非力な小娘。それが自分の本当の、大嫌いな姿なのだ。

 

 そして少女はまたしても己の弱さの所為で、大切なものへ伸ばした手を届かせる事が叶わない。

 

「───余所見は駄目だと、君が僕に注意してくれた事じゃないか」

 

『!!』

 

 突然現れた細身な影が織姫と茶渡を見下ろしている。その手に握られているのは鋭利に輝く霊子の剣。

 

見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)と違って、祖父(せんせい)の流儀に従う滅却師(クインシー)は、弓術のみで敵と戦う」

 

「……あ、ぁ……」

 

「だから、どうか、じっとしててくれよ」

 

 ああ、結局。あたしは今も、黒崎くんの足手まとい。

 叶わぬ使命を胸に抱いたまま、織姫は忸怩たる思いで迫る刃を見送った。

 

「動く敵を殺さない優しい攻撃ができるほど──僕は"刀剣"の扱いに慣れていない」

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 その霊子の刃の煌めきは、見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の地上、蘇った強敵と対峙する黒崎一護の目にも映っていた。

 

「ッ、止めろ!!」

 

 死神の青年は脇目も振らず織姫たちの許へ駆け付けようとする。だが必死の咆哮も伸ばした腕も間に合わず、目の前で振り下ろされた剣は無慈悲にも二人を斬り伏せた。

 

「石田ァッ!! 何してんだ!! お前────」

 

 もし、その様子を石田が見ていたのなら、どんな反応を見せただろうか。冷徹に、君も井上さんと変わらない未熟者だと蔑んだだろうか。それとも秘める仲間への思いを曝け出し、迫る危機に気付かぬ一護へ焦燥の怒声を上げただろうか。

 いずれにせよ。変わるのは黒崎一護の敗北が決する瞬間が「須臾の先」か、「その後」かの、些細な違いに過ぎなかったが。

 

 

「ガッ───ぁ……」

 

 一筋の灼熱が背中に走る。そして直後、体中の熱が命と共に流れ出る感覚を最後に、一護の視界は暗闇に突き落とされる。

 

 彼が最後に見た光景は、舞い上がる自分の血煙と、その奥で剣を納刀する金髪の滅却師(クインシー)──ユーグラム・ハッシュヴァルトが、静かに目を伏せる姿だった。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 グシャリと、血塗れの死神が街の石畳に墜落する。ハッシュヴァルトはそのまま動かなくなった敵、黒崎一護を無言で見下ろしていた。

 

 一秒か、一刻か。その沈黙の時がどれくらいの間だったのか彼にはわからない。しかし傍から見た青年の行動は、事実として、平素より冷静沈着な忠臣で知られる同じ男とは思えない程に緩慢だった。

 

「………!」

 

 そんな彼が我に返ったのは、急に飛来した霊子の矢によって握る剣を弾き落されたから。ハッシュヴァルトは気配の方へ振り向き、微かに目を見開く。

 

「───バズビー」

 

「……」

 

 倒壊した街並みの瓦礫の山。その上に傷だらけの赤毛の滅却師(クインシー)が立っていた。

 ハッシュヴァルトは痺れる右手と地面に転がる自分の剣を交互に一瞥し、下手人を平坦な声で追及する。

 

「……何の真似だ。黒崎一護を生かす理由がお前のどこにある」

 

 バズビーが奴に瞬殺された場面は確認している。だが獲物を横取りされそうになり憤っているのか、待てども赤毛の青年は黙ったまま。それを不満の意思表示と捉えたハッシュヴァルトは淡々と理屈を述べていく。

 

「この男の生殺与奪は陛下から私に一任されている。手出しをするな」

 

「……」

 

「大人しく治癒班の許へ行け。その傷では完聖体(フォルシュテンディッヒ)を使う事も難しいだろう」

 

 突き放すような台詞に、気付けばいつもは口にしない彼への気遣いが紛れ込んでいた。

 だが、後味の悪い黒崎一護との戦いの余韻に屈託するハッシュヴァルトは気付けない。自らの言葉が相手の青年にとってどのような意味を持っているのかを。

 

「……ああ、だろうな」

 

 その時、バズビーが初めて口を開いた。平静な、しかし薄膜一枚を隔てた裏に底無しの虚無が広がる低い声。

 そしてハッシュヴァルトが彼の身に起きた異常に気付いた時、二人の歩む道は既に引き返せない所にまで行き着いてしまっていた。

 

「だから、先にてめえと決着をつけに来てやったんだよ! ()()()()!!」

 

 

灼熱(ザ・ヒート) ─     

バーナーフィンガー・1(ワン)

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 石田雨竜の足元に二人の青年少女が転がる。それぞれの霊圧は酷く消耗しており、もう意識を保つ事さえままならない。

 

「……無駄だよ、茶渡君」

 

 だが雨竜はその場から動かず冷やかな声を投げかける。持ち前のタフさ故か、二人の片割れの巨漢が未だ立ち上がろうと足掻いていた。

 

「君達に向けた僕の攻撃は全部、君達の霊圧を削り、戦意を削ぐ事を優先した攻撃だ。茶渡君の身体に風穴が一つも空いていないのがその証だ」

 

「……ぅ」

 

「これ以上魂魄が摩耗したら確実に命を落とす。君にそれが理解できない筈がないだろう?」

 

 なのに、茶渡は立ち上がる。結末などとうの昔に見えているというのに。

 長い付き合いだ。予想はしていた。だがいざ目にした彼等の本物の覚悟は、こうも相手を圧倒するものなのか。

 

「……困ったな」

 

 刻一刻と迫るタイムリミットを背に、雨竜は自分の心に隠しきれない焦燥が湧き上がるのを自覚していた。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 右手の人差し指で放った灼熱の光線は、ハッシュヴァルトに最小限の動きで躱された。バズビーは驚く事なく即座に次の行動──相手の体勢が崩れた隙に連撃を撃ち込もうとする。

 だが放つ直前、バズビーの眼前がハッシュヴァルトの外套に覆われた。

 

「グッ……!」

 

 武器は剣の柄か。外套越しの頭部に鈍い痛みが響く。この期に及んでまだ殺害ではなく鎮圧で事を収めようとする相手に呆れるも、バズビーは冷静に外套の破れ目で確保した射線から反撃する。

 如何に衰えようと白兵戦の縺れ合いの中でバーナーフィンガーを外すなどありえない。熱線は静血装(ブルート・ヴェーネ)が遅れた相手の側頭部に命中し、一合目の接敵は両者痛み分けと相成った。

 

 

「……その傷、まさか……黒崎一護ではなく陛下の聖別(アウスヴェーレン)によるものか」

 

 蟀谷に血を滴らせるハッシュヴァルトの惚けたような台詞に、バズビーは不思議と怒りを感じなかった。

 

「そうか、お前は選ばれなかったのだな……」

 

「お前"は"じゃねえ。皆殺しだ。辛うじて聖別(アウスヴェーレン)の光から逃れた奴や、元から力のあった奴以外は軒並みな」

 

 生き残った者も無事では済まなかった。バズビー自身も力の大半と完聖体(フォルシュテンディッヒ)を奪われ、霊圧は最早ハッシュヴァルトの足元にも及ばない。

 

「誰よりも陛下の側にいたんだ。てめぇはこの事を知ってた筈だ。違うか?」

 

 そう相手を睨むバズビーは、しかし同時にどこか冷めていた。絶望に悲嘆するでも自暴自棄に暴れるでもない。彼の心には感情らしい代物が何もなかったのだ。

 だからだろうか。ハッシュヴァルトがその疑念を否定するかのような言葉を口にした時、バズビーはそれを素直に受け止める事ができていた。

 

「……私が陛下の御意思を知っていたかどうかなど、この場で訊いてどうする。"知らなかった"と言えば信じるのか?」

 

「───信じるさ、俺とお前の仲だ。そうだろう? ユーゴー!」

 

 ピクリと青年の眉が動く。無視された最初の称呼と違う、明確な反応。

 

「……久しく聞いていなかった呼び名だ。どういう風の吹き回しだ、バズビー」

 

()()って呼べよ! 昔みてえによォ!!」

 

灼熱(ザ・ヒート) ─     

バーナーフィンガー・2(ツー)

 

 焃々と輝く二本の鉤爪とハッシュヴァルトの剣が激突し、爆発が二人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 もうやめろ。石田雨竜は言った。

 だが茶渡泰虎に従う意思はなかった。彼の耳が捉えたその一言は、それまでの冷やかなものではない、確かな感情が滲み出ているように思えたからだ。

 

「……茶渡君、君は一つ勘違いをしている」

 

 ふらつく体で戦意を保つ茶渡を、石田が諭す。

 

「君達は僕を止めたいみたいだけど、生憎僕は自分自身で納得した上で陛下に従っている」

 

「……」

 

「この戦いが終わっても、霊界の支配者が死神から僕達滅却師(クインシー)に変わるだけだ。現世の住人には殆ど関係が無い。だから僕は見えざる帝国(ヴァンデンライヒ)の一員に加わったんだ」

 

 茶渡にはその言葉が真実かどうかの判別はつかない。

 

「解らないか? 君が今やろうとしている事は、"友達"の重大な決断に自分の勝手な価値観を押し付けるばかりか、その為に命を捨てる、はた迷惑な自殺なんだ」

 

 そんなくだらない事に僕を付き合わせないでくれ。石田はそう言った。

 茶渡はそれを聞き、脳裏に散らかった様々な思いを纏めようと思案する。だが口下手な彼に相手へ自分の気持ちを正しく伝える台詞は中々組み上がらない。

 

 そしてしばしの間を置いた彼が、今にも掻き消えそうな意識で紡いだのは、石田の断言への反論ではない、己の純粋な覚悟を示す言葉だった。

 

「……石田」

 

「何だ」

 

 擦れゆく視界の中で、茶渡は必死に仲間の青年を見つめる。

 確かに自分達は彼の決意を踏み躙っているのかもしれない。石田が深く考えて決めた事にとやかく言うのは、彼の立場を何も知らない自分達がやって良い事ではないのかもしれない。

 

「だが……勘違いを、しているのは……お前も同じだ」

 

 石田の眉が動く。

 

「お前はさっき……俺達は『その身が動けなくなるまで諦めない』と、言っていたが……それは違う」

 

 言葉を重ねる度に、身体の中から力が抜け出ていく。

 

「俺達は……たとえ死んでも……お前との絆を諦めない」

 

 

──それが、友達だからだ

 

 

 そして、そんな一言を最後に。

 思いの丈を言い切った茶渡泰虎は、石田の足元に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやぁ、派手にやられたっスねぇ     

 

ああ、お芝居は結構。事情はお聞きしてます

 

ところで、これはご相談なんスけど……  

 

ええ、ではご武運を           

 

            ────石田サン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼けた大気の白煙が霊圧の暴風に掻き消されていく。自慢の一撃はハッシュヴァルトに容易く弾かれたが、バズビーの顔に浮かぶ獰猛な笑みは薄れない。

 

「どうしたよ! 俺の霊力を奪って強くなったにしては随分動きがトロいじゃねえか!」

 

 否、互いの反射速度の差は絶対的だ。今もバズビーは思うように動かない体に鞭を打ち、それでも全盛期には程遠い鈍重な動作で技を繰り出している。

 両者の戦いがハッシュヴァルトの防戦一方となっている理由は、明らかに彼の戦意にあった。

 

「その額の傷ん時もそうだったな! 今の俺の攻撃を防げねえ程お前の血装(ブルート)は脆くも鈍くもない筈だ!」

 

「……」

 

「仲間を犠牲に得た力で黒崎一護に勝った事がそんなに虚しいか? その勝利の代償に底まで落ちぶれた親友と殺し合うのがそんなに苦しいか? 答えてみろよ、臆病者ォ!!」

 

灼熱(ザ・ヒート) ─     

バーナーフィンガー・3(スリー)

 

 着弾後、吹き上がった凄まじい爆炎が戦場を焼き焦がす。だが降り散る火の粉の奥で、バズビーは鈍色に輝く刀身を見た。

 

「がふっ……!」

 

 攻撃直後で無防備だった胸元に一閃の紫電が走り、鮮血が噴き出す。衝撃そのまま地べたを転がるバズビーは、飛びそうな意識を寸前で握り寄せ、片膝立ちでハッシュヴァルトに笑みを見せた。

 虚勢ではない。ユーハバッハに下ってから千年間、何度咬みつこうと一度としてこちらと戦おうとしなかったこいつが、初めて自分を殺しうる一撃で迎え撃ってきた。その事が嬉しくて堪らなかったのだ。

 

 だが驚いたように自身の剣へ視線を送るハッシュヴァルトの仕草を見て、バズビーの喜びは裏切られる。真相は単純。相手は聖別(アウスヴェーレン)で手にした膨大な力を持て余し、奪われたこちらは加減され尽くした一撃が致命傷寸前になる程に弱体化していただけ。

 それがこの場の両者の、本当の実力の差だった。

 

「……もうやめろ、バズビー」

 

「ハァ……ハァ……ッ、やめさせたけりゃ……力ずくでやってみろ……!」

 

 ならば本気を引き出させるまで。バズビーは自分が自棄になっている事に気付いていたが、今やそんな事はどうでもよかった。

 

「どうした……来いよ! また勝負を逃げんのかよ!」

 

 血反吐をぶちまけ地面を蹴る。

 

「そんなに俺に敗けるのが恐ェかよ!? なァ、ユーゴー!!」

 

灼熱(ザ・ヒート) ─     

バーナーフィンガー・4(フォー)

 

 右手の手刀に劫火が宿る。ただその一撃を振り下ろす。それだけの為に他の全てを心身から排除したバズビーは渾身の力でハッシュヴァルトへ襲い掛かった。

 

「!!」

 

 だがそれすら届かない。右腕の喪失感にハッとそちらを見れば、自分の腕の半ばから先が斬り飛ばされていた。

 

「───ッ」

 

 推進力を失った体が宙でゆっくりと回転する。空白の間。頭に過る走馬灯。

 

「グ、オ、オォオオオオオッ!!」

 

「……やめろ」

 

 錐揉みの一周の間に覚悟は決まった。これで最後だ。因縁の全てを残る左手に込め、バズビーは己の魂を()べた死力の大技を解き放った。

 

「終、わり……だァァァアアアッ! ユーゴォォォォオオオオ!!」

 

 

 

灼熱(ザ・ヒート) ─     

バーニング

フル

フィンガーズ

 

 

 

 螺旋を描く五つの光線が、荒れ狂いながら射線上の一切を消し飛ばしていく。嫉妬も、屈辱も、寂寥も、意地も、何もかも。

 そして。

 

「やめろと言っているんだ!!」

 

───バズ!!!

 

 

 神王ユーハバッハに全てを奪われた領主の遺児、バザード・ブラックは、斯くして千年に亘る己の悲願を遂げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 半壊した塔の屋上に木霊していた戦闘音が止んだ。

 

 一人になった石田雨竜は、自身の霊子剣の切先に付着した赤い液体を凝視する。どこからどう見ても鮮血にしか見えないそれは、先程()()()()茶渡と織姫を連れ去った男が残したもの。

 

(これで誤魔化せ、って事ですか……)

 

 緊張を孕んだ溜息を吐き、石田は直にここへやってくるであろうもう一人の滅却師(クインシー)を待つ。

 果たして件の青年が己の戦いを終わらせ合流しにきた頃には、石田は彼への弁明の言葉を拵える事ができていた。

 

 

「───……浦原喜助か」

 

 硬質な靴音を響かせ、その待ち人、ハッシュヴァルトが屋上に舞い降りる。普段以上の仏頂面をしている彼の様子を訝しむも、石田は用意していた台詞で返答した。

 

黒腔(ガルガンタ)を使われ逃げられました。貴方が下で彼を拘束しなかった所為で、茶渡泰虎らとの決着に水を差された」

 

 わざとらしさを極力隠し、霊子剣の血のりを一振りで掃って戦闘を偽装する。だがハッシュヴァルトは床に飛び散った赤黒い水滴へ見向きもせず、生気の失せた暗い瞳を石田へ向けたまま。

 

 黒崎一護との戦いは余程不愉快な結末だったのだろう。ここまで機嫌の悪い彼を初めて見た石田は一瞬言葉に詰まるも、負けじと憮然とした顔を作り、相手の不穏な視線と向き合った。

 

「……そう睨まれても困ります。浦原喜助の黒腔(ガルガンタ)を封じる影の領域(シャッテン・ベライヒ)の管理班は皆、貴方を復活させる為の陛下の聖別(アウスヴェーレン)で死んだ」

 

「……」

 

「この件の責任の所在を議論するのは不敬極まりない。違いますか?」

 

 尤もあの胡散臭い店主なら結界が維持されていようと自力で逃げ遂せただろうが、こちらの言い分にも正当性は確とある。己の非に加え、ユーハバッハの名まで出されたのなら、星十字騎士団最高位(シュテルンリッター・グランドマスター)の肩書を持つ彼は頷くしかない。たとえそれがどれ程感情的に納得のいかない話であってもだ。

 

 無言で互いに睨み合う緊張した空気が流れる。そして先に目を逸らしたのは、ハッシュヴァルトの方だった。

 

「……そうだ、非は私にある」

 

「っ……」

 

「征くぞ。どうやらお前以外にも陛下の聖別の対象とならなかった星十字騎士団(シュテルンリッター)が数名いるようだ。瀞霊廷の掃討は彼等に任せれば良いだろう」

 

 意外にも素直に引き下がった青年に石田はまたしても違和感を覚える。だがその違和感の正体に彼が気付くのは、この場で生まれた両者の見えぬ因縁が、互いの生死を別つ戦いの引き金となった、更に後──

 

 神王に選ばれし二人が、その運命の果てへ辿り着いた時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

── * ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒崎一護は鉛のように重い体で腕を伸ばす。その先に居るのは地面に倒れたまま動かない赤毛の青年。

 

 バザード・ブラックとユーグラム・ハッシュヴァルト。一護は二人の戦いを、闇に沈みゆく朧げな意識で、最後まで見届けていた。

 

 

 ──俺の負けだ、ユーゴー

 

 それは引き裂かれた友が譲れぬ何かの為に殺し合う、悲劇の終幕だった。勝利した者は、その譲れぬ何かであった筈の「黒崎一護を始末する」という王命を果たす事すら忘れ、戦場から逃げるように去った。そして敗北した者は冷たい地べたで、静かに目を閉じた。

 

 ──思い通りにゃ

    いかねえもんだな

 

 事情は何一つとして分からない。だが遠い昔にすれ違った互いの道が──たとえそれが殺し合いだったとしても──やっと再び交わった事を喜ぶ赤毛の青年の眼を見てしまった一護にとって、立ち上がる理由はそれで十分だった。

 

 止めなければならなかった。石田と道を別った一護だからこそ、目の前の戦いを見過ごしてはならなかった。

 

 だけど伸ばした腕が赤毛の青年に触れた時、一護の胸に湧き上がったのは途轍もない無力感だった。

 

 ──お前に負けたら、もっと……

 

 

「……ッ、ちく……しょう……」

 

 冷たくなった滅却師(クインシー)の遺体の側で、顔を地面に埋める霊界の英雄は、流せぬ涙を只管堪える事しかできなかった。

 

 

 

 ──悔しいもんだと

      思ってたぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 














 ヒタヒタ、と。草履の音が暗闇の中に木霊する。

 耳を澄まし、霊圧を辿らねば前後左右、天地すらも分からなくなる程の、暗い、闇の底。
 外の光も、災害に等しい神話の如き戦いを繰り広げる超越者達の戦いの気配も、この地には届かない。
 ここは千年来の激戦の死地と化した瀞霊廷(せいれいてい)においてただ一つ、そうである事が許され、またそうである事が絶対とされた、地底の禁域である。

 男は、その地に用があった。


「───…聞こえてるんだろう?」

 足を止め、靴音が止んだ深い沈黙の暗闇に、その声はよく通った。普段の彼を知る者──例えば地上に置いてきた副官の娘であれば、それが同じ人物であると気付けない程、低く、敵意に満ちた声。

 男の剣呑な感情は一体何に駆り立てられたものなのか。
 途中で見かけた大先輩の女性の、幸せそうな笑顔で横たわる冷たい体か。辺りに刻み込まれた敵の親玉の霊圧か。それとも微かに漂う、どこかで嗅いだ事のある、甘い梅の花の香り故か。
 絶対不可侵であるべき我等の牙城の禁域が、随分と好き勝手荒らされたものだ。恩師の不在の間護廷の最高責任者に任じられた男は、確かに憤って然るべき立場にある。

 だが、男が戦意をぶつける相手は、その何れでもなかった。


「……ボク達無罪の者が立ち入れるのは、ここまでさ。その闇の底までは入れやしない」

 見つめる先にあるのは無明の地獄。中央地下大監獄第八階層『無間(むけん)』と呼ばれる領域の最奥だ。
 ここには神をも恐れぬ不滅の罪人が封じられている。その身体には技術開発局の智慧の粋を集結させて造り出した拘束具が髪の毛一本の隙間なく巻き付けられ、罪人は霊的な感知力を含む六感の一切が使えない。

 ただ、彼になら。この声も聞こえているだろう。

「返事をしなよ。ボクはここへ……君を止めに来たんだ」

 黒崎一護の奮闘と『王属特務』の手によって、尸魂界(ソウル・ソサエティ)は此度の戦争で辛うじて組織的な抵抗を維持できている。だがそれは薄氷上のもの。何か一つの刺激で容易く崩壊する均衡だ。

 この奥に居る大罪人を逃がしてはならない。戦争の陰で不気味に胎動する、あの哀れな少女の怪物と接触させてはならない。たとえそれが如何なる意図の下で図られた事であろうとも。

 相手の正体を知る男は、その為に己の全てを光の下へ残して、ここに来た。




──"止めに来た"……




 その時、監獄の沈黙に無感情な男の声が響き渡った。

『それは自分にその資格がある者のみが口にできる言葉だ、京楽総蔵佐春水(きょうらくさくらのすけしゅんすい)

 暗闇の奥から現れたのは、夥しい拘束具に包まれた漆黒の人影。本来見える筈の無いそれらの隙間から覗く髪や、肌、瞳はどれも白く、色彩の一切が真黒に覆い尽くされた無明の世界において、その純白はまるで神の光の如く不遜に君臨していた。

 何故囚われの身である筈の彼が平然と喋り、我が物顔で歩いているのか。誰もが驚き絶望する光景を前にして、しかし京楽と呼ばれた男の胸中に動揺は少なかった。彼はそういう存在なのだと男は身を以て知っていた。

「……相変わらずだね。護廷十三隊総隊長代理の肩書と中央四十六室認許証だけでは足りないってのかい?」

『紙面の上に塗られた墨に意味などない。君も、霊王も……我々が生み落とされた、この矮小な世界さえも』

 頭上のどこか遠くを望むように見上げる漆黒の人影。京楽は彼から目を逸らさず、腰の二振りの斬魄刀を抜刀する。
 そして、そんな京楽の覚悟を認めた人影が……

 万物を平伏させる途轍もない霊圧で監獄を塗り潰す白い大罪人──藍染惣右介(あいぜんそうすけ)が、その両腕を鷹揚に開いた。

『態々来たんだ。ゆっくり愉しむとしよう』



私の旅立ちを祝う──    

    君という道化の余興を







 




 
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