ある日から、幻想郷の人里では一つの噂が持ち上がっていた。
曰く、人も食わぬ鬼がいると……

初投稿です。 誤字脱字誤用等ありましたら、平にご容赦下さい。
隻狼を4週して厄憑き艱難辛苦も乗り越えたら、ふつふつと自分の中に創作意欲と言うものが湧いてきたので、人帰りEND後の狼を幻想郷に叩き込んでみました。

フロムは仏師殿とエマ殿に焦点を置いたDLCと梟と一心様に焦点を置いたDLCの開発と発売を急ぐんだよ。

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SEKIRO -偽典 幻想譚-

 為すべき事を為す。

 そう言って、多くを斬った。

 武士を、獣を、師を、怨霊を、死なずを、義父を、神を、恩人を、剣聖を。

 その果てに、自らを斬った。

 為すべき事を己で定めた主の様に、主の命に背いて、主に人として生きて欲しかったが為に。

 己が死した後、主がどう思うかを考えなかったと言えば嘘になる。

 さりとて、どちらかが必ず死ぬ定めと言うのなら。

 主に生かされ死を逃れたこの命は、主の為に使うのが己が定めた使い道だ。

 

 

 

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 今、人里にはある一つの噂が飛んでいた。

 曰く、妖怪の山と魔法の森との境目辺りには"人を食わぬ鬼が住む"、と。

 

 『アレは怨霊の類いだ』『いやいや、妖怪に違いない』『どうやら3本の刀を器用に使うらしい』『それでは猿ではないか』『槍を突いているところを見たって話だが』『鉄の礫を投げるのを見たやつがいるってよ』 『音もなく木の枝を走るとかなんとか』

 

 噂は尾鰭を纏って肥大化し、どこまでが本当でどこからが嘘なのか。 あるいはどこまでもが嘘なのか。

 とは言え、笑い話のために行くにはあまりに遠すぎる。 そうして真偽は誰も確かめずに、噂だけが面白おかしく広がっていった。

 

 これがもし現し世であれば、酒の席の下らない話と一笑に付して終わった事であろう。

 されど、ここは幻想郷。 噂は思いを生み、思いは感情を生み、感情は信仰を、そして何よりも畏れを生む。

 それらを糧とする妖怪にとっては面白くない状況であり、それ以上に、人里に関わりのある妖怪すらも真偽が分からない噂と言うのは、言ってしまえば秩序の乱し。 過剰に捉えるなら、賢者にとって最も避けたい幻想郷と言うシステムの崩壊だった。

 

 晴れ渡る空に浮かぶ烏天狗、射命丸文もそれを良しとしない一人であった。

 怪異の噂、ともなれば当然その裏にいるのは妖怪。 それが新参にせよ古参にせよ、意図して流された噂。

 そういった偏見、この場合は経験則と言う方が彼女のためだろうか……それに基づき人里の中を根掘り葉掘り墓掘り調べたものの、首謀者は愚か真偽すら掴めないとは恐れ入る。 射命丸は内心舌を巻きながら、次に打つ手を思案した。

 

 現地の者に聞いてみる、という考えが真っ先に出てくるが……如何せん場所が場所だけに、山の神も、河童も、魔法使い達も、その他有象無象も件の場所は活動範囲には含まれていない。

 集められるだけの情報はすでに集めたので、これ以上の情報収集は時間の無駄。 関係しているであろう既存の妖怪には一通り話を聞いた結果、その全てが空振りに終わっている。

 とくれば――

 

「いよいよ、現場に赴く以外に方法が思いつかないわね」

 

 噂を聞いてから、ずっと頭の端にありながらも否定し続けていたもの。 その場所に来てくれと言わんばかりの内容だ、さぞ歓迎の準備をしてくれているに違いない。 何より相手の思惑に乗らざるを得ないのが腹立たしくて仕方がない。

 

 が、事ここに至れば四の五の言ってもいられないのも心情。

 厄介事の気配に目眩と一握の好奇心を覚えながら、一つ羽ばたいてブン屋は空を駆けた。

 

 

 

 妖怪の山にはそう珍しくない切り岸、その崖下には掘っ立て小屋とすら言い難い、ただ木を切って組み合わせただけのボロ屋があった。

 射命丸の記憶では、此処は別段特筆するものの無い場所。 特に道も丸太も見当たらず、人里から遠く離れたこの場所に木こりが小屋を建てたとは考えにくい。 山の神社への参拝客のためのものならこんなにも杜撰なものであるはずがない。 強いて言うなら、あの白黒の未熟者が作りそうではあるものの、アレにそんな趣味はなかっただけに、やはり違和感というのは拭えない。

 

 振り向けばすぐ背には魔法の森。 特有の胞子こそ此処には届かないが、確かに噂の内容とは一致する。

 虎穴に入らずんばなんとやら、射命丸は意識せず準備運動をするかのように幾度か翼を上下に動かすと、意を決して地上へと降り立つ。

 

 気を張っていた彼女を迎えたのは、矢弾の類いではなく崖に彫られた幾つもの奇妙な像であった。

 見るところによれば、仏像に見えるが、冠も無ければ首飾りも台も光背も無い。 手は肘を張るように組まれているが、然して地蔵と言うには何かがおかしい。 ……ああ、分かった。 笑っていないのだ、この像は。

 泣いているやら、怒っているやら、悩んでいるやら、悔やんでいるやら。

 おおよそ悟りの道を歩んだものとは思えない、ひどく人間臭い様々な表情の仏像が崖に彫られていたのだ。

 

 それがついぞ見たこともない光景で、スタスタと近寄ってしげしげと見つめてみれば、やはりというかなんというかひどく苦悶に満ちた顔をしている。 味わい深いと言えば聞こえは良いが、妖怪寺の阿闍梨は果たしてこれをみて何と思うのか。

 しかし、随分と崖の上の方まで彫られているものだ。 人の身ではこうはいかないだろう。 とすればコレは件の妖怪が? まさか命蓮寺所属以外に仏教を重んじる妖怪がいたとは知らなかった。

 ニタニタと底意地悪く顔を歪める射命丸であったが、そんな好奇心を大きく刺激する光景だったからか、あるいは彼の者がそうであったからかはわからないが、不意に後ろから声をかけられる。

 

「おい」

 

 ぶっきらぼうに投げつけられた男の言葉。 射命丸は慌てて飛び退き、人当たりの良い笑みを貼り付けて振り返る。

 

「あやや! いたんですか!? 気付きませんでしたよぉ、脅かさないで下さい」

「……」

 

 男は憮然として射命丸を見遣った。 と同時に射命丸も男を見遣る。

 不潔に伸びた無精髭、伸び切った髪を後ろで一纏めにした髪型、柿色の忍び装束に、そして二の腕の途中から先のない『左腕』。

 ともすれば浮浪者のようだが、双眸から覗く眼光は鋭い剣気を帯びている。 いや、怒気? 怒っているのだろうか?

 何にせよ、人に化けているつもりだろうが、稚拙なへんげだ。 第一、隻腕の人間がこんな場所で生活できるわけがないだろう。

 

「お主は……何をしていた」

「いえいえ、見事な像ですねぇ……非常に、表情豊かです。 私は好きですよ! いやぁ、それにしてもすごい数ですね? これは貴方が?」

「……ああ」

「いやはや、御見逸れ致しました。 しかしなんだってこんなところで、あいや失礼。 どうしてこんな人里から遠く離れた場所でやってるんです? ええまぁ? 確かにあの辺りにこんな崖は無いですけども」

「お主は、何だ」

 

 語彙が少ないのか、あるいはそもそも知性が低いのか。 なんとも噛み合わない感覚に少しに苛立ちを覚えながら、射命丸はそれでもにっこりと嗤って見せる。

 第一、問うているのは私なのだ。 お前はただ唯々諾々と――

 

「もう一度問う。 お前は何だ」

 

 男の酷く冷たく鋭い剣気が、射命丸の頚椎ごと意識と思考を両断する。

 まるで私の仮面を最初から見抜いているような……そんな目で私を見るな。 低俗な木っ端妖怪が私を憐れむな。

 

「おおう、怖い怖い。 申し遅れました、私、烏天狗の清く正しく美しいでお馴染みの射命丸文と申します! どうぞ以後お見知り置きを」

「天狗……」

「はい! ほら、崖の上の山があるでしょう? 彼処に住んでいるですよー」

 

 男はそれからも反芻するように「天狗」と呟きながら、射命丸をやや訝しむように見る。

 その目はどこか遠くを見るようでもあり、それが余計に彼女の思考を乱した。

 

「おや? 天狗をご存知でない?」

「いいや……そうではない」

「ほほう、とすれば私が天狗を自称しているのが疑わしいと」

 

 返事が無いことで、言外に肯定を表される。 なんと、なんと不遜なことか。

 さて、ならばどうしてやろうか……と内心舌舐めずりをする射命丸。 あるいは普段どおりならば、それこそたまたまばったり会った程度の間柄であれば、彼女はこの飄々とした態度を崩すこと無く会話を続けただろう。

 しかし、今はそうでない。 長い間、噂の尻尾を掴ませず、煮え湯を飲まされ続けてきた。 かの烏天狗が一つの噂話にここまで振り回された。 であれば、ここで一つ仕返しをしてやろうと、射命丸は思いついてしまったのだ。

 

「よろしい! 然らば見せてあげましょうか! 幻想郷最速!」

 

 その疾さ。 風を置き去り、音を飛び越え、光を追い抜く。

 とは言うものの、こんなものは片手間の児戯。 スペルカードルール以上にお遊びの芸。

 ただ、この不遜で傲慢かつ無愛想な妖怪の鼻を明かせさえすれば、それで良かった。

 然して、射命丸の嘲りを含んだ遊戯は、彼女が男の肩を叩こうとして、逆に自分の顔を地面に叩きつけることで一旦の終わりを見せる。

 

「えっ……?」

「……疾さを好く者は、おおよそ背後を取りたがる。 幾ら疾かろうと、場所が分かれば足を置いておく程度、造作もない」

「あ、あはは……これはこれは、流石ですねぇ……」

 

 先程とは打って変わって、ぎこちなさを見せる射命丸の口調は、己の内に広がる大きな動揺を隠しきれていなかった。

 こと疾さに於いて、誰かに負けたことなど有りはしなかった。

 例え浅知恵で裏をかかれようとも、それを物ともせずに上回りぶっちぎったこともある。 そもそも、そんじょそこらの妖怪程度が目に追えるものだったのか? この疾さは?

 あまりの出来事に、射命丸は起き上がることすらせず半ば惚けていると、男はまたぶっきらぼうに問うた。

 

「して、天狗とやら。 ここで何をしていた」

「はえ? ああ、いえ。 件の噂を確かめようと」

「噂……?」

「妖怪の山と魔法の森との境目、つまりこの辺りに人も食わない妖怪がいるって。 貴方がそうなんでしょう?」

「俺が、妖」

 

 そんなところに質問を投げられ、思わず素直に答えてしまった射命丸だが、それが思わぬ返答を得ることになる。

 まるで、違うと言わんばかりの男の口ぶりに、彼女は疑問を募らせた。

 

「おや、妖怪でないと言うのなら、いったい何なのですか?」

 

 射命丸のこの問いに、男はややあって逡巡するように唸り始めた。

 口から出たでまかせを押し通す為の言い訳を考えているのか、あるいは適当な言葉が見当たらずに迷っているのか。

 その間、男は無いはずの左腕を気にしたり、何処か遠くを眺めるような眼差しになっていたのを射命丸は見逃さなかった。

 そうして暫く唸ったところ、男はゆっくりとこう言った。

 

「俺は、任を解かれた忍びだ」

 

 それが、人里に最も近い天狗こと射命丸文と、片腕の無い忍びこと隻狼の初めてのやり取りだった。

 

 



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