乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまったのに...さらに破滅フラグが舞い込んでしまった!? 作:オタクさん
あんな良い職場中々ありませんでしたのに...。
「おい!そこのお前!掃除もろくにできんのか!」
「申し訳ございません...」
ここの主人であるブラント・リーバーストは仕事とかで上手くいかなかった時は憂さ晴らしとして、私たち使用人に八つ当たりをしてくる。ただの使用人である私は黙って耐えることしかできなかった。
「お前のような役立たず!中々おらんわい!生きていて恥ずかしくないと思わんのかい!?」
「申し訳ございません...」
「ケッ!!お前なんか、クラエス公爵の紹介がなければ雇わなかったわ!!」
ブラントは汚水が溜まったバケツを蹴り飛ばして余計な仕事を増やす。ドスドスと不愉快な足音を立てながらブラントは消え去っていく。
...やっと消えましたか、あのクソジジィ。そんなに気に食わなければ自分でやりなさい。私たち使用人がいないと生きてはいけないくせに。はぁ...クロウカードがなければ、こんな所で働くことはなかったのですが...。
私の名前はキャロル・アルケミカ。元々はクラエス公爵家の使用人でした。
クラエス公爵家では使用人差別もなく、とても快適でのびのびと働ける最高の職場でした。あの賑やかな職場が本当に懐かしい。戻りたい...だけど、クロウカード騒動から逃げた私には戻る権利はないでしょう。これも逃げた罰なのでしょうか?いや──
逃げた私は悪くない。あんな危険な物から逃げたくなることは当然のことです。私はお転婆で、何をするのかわからない、カタリナお嬢様のことを嫌ってはいません。寧ろ、偉そうにしている貴族よりも遥かに好ましい御方です。ですが、あのクロウカード騒動の中でもお仕えできる程の勇気は持っていません。私にはアンさんのような忠誠心はないのです。
あのクソジジィが汚した床を掃除しながら、汚れが落ちるようにクロウカードがこの世から消えれば良いのにと願いました。
「あらら、また盛大にやられたねキャロルさん」
「メラニーさん...」
メラニー・コール。
彼女もリーバースト男爵家に働く使用人仲間。メラニーさんも元々はクラエス公爵家の使用人として働いていましたが、彼女は私とは違う理由で辞めて、私よりも先にリーバースト男爵家で働いていました。メラニーさんが手伝ってくれながら話しかけてきました。メラニーさんは仕事ができて、他の人も困っていたら手助けしてくれる優しくて頼もしい方なのですが──
「あの高慢ちきなカタリナに比べたらましじゃない?」
「あはは、そうですね...」
この話だけは大の苦手でした。そして、これが私がここで働きたくない大きな理由の一つ。嫌いではない、逆に好ましく思っている相手の悪口に参加しないといけないからです。
クロウカードのことは他者には絶対言ってはいけない以上、辞める理由はなんなのかと考えないといけなくなりました。だけど、クロウカード以外のことで辞めたい理由がない私たちには思いつきません。悩み込む私たちにアンさんが、お嬢様の我が儘に嫌気がさして辞めたくなったという理由はどうでしょう?と言われた時は全員で驚いて納得できませんでした。結局、最後まで理由が思いつかなかった私たちはアンさんが提示した案に乗りました。その時の私たちは理解できませんでしたが、カタリナお嬢様のお父様であるルイジ様から特に異論がなかったり、メラニーさんの態度から、カタリナお嬢様にも貴族特有の我が儘で高慢な一面があったのだと実感しました。
それでも...私が働いていた時は誰隔てなく接してくれた優しいカタリナお嬢様。そんな優しいお嬢様の悪口には参加したくないのです。でも、参加しないと不自然に思われてしまいます。
「婚約者であるジオルド・スティアート様。可哀想に、あんな娘と婚約をして。あの娘と結婚をしたら王家の評判は下がるわよ。しかし...なんで婚約をしたのかしら?何か利益があるから?」
いいえ、メラニーさん、あの御方は純粋にカタリナお嬢様を愛しているからです。ジオルド様なら利益がないどころか、不利益になったとしてもカタリナお嬢様との婚約は諦めないでしょう。クロウカードに襲われても守ると誓っていますからね。
...あのような状況でも守ると誓って愛してくれる人がいるのは凄く羨ましいわ。しかも、ジオルド様は王族だからとても地位が高く、顔も整っていて、勉学など何をやってもそつなくこなす優秀な御方。それなのに...カタリナお嬢様はジオルド様との婚約を破棄しようとする。...キース御坊っちゃま、アラン様、ニコル様のことが好きになったから?いや...あの方たちと過ごしている姿を見ても、男友達と遊んでいるようにしか見えないわ。本当にカタリナお嬢様は何を考えているのかわからない御方です。
「キャロルさん、貴女、カタリナのことになるとぼーっとするよね。カタリナの耳に陰口を聞かれたら怖がる気持ちはわかるけど、ここはクラエス公爵家ではないのよ。ただでさえ貴女は、ここでもリーバースト男爵に目をつけられているのだから少しは確りしなさい。じゃあ、私は別の仕事があるから頑張ってね」
手伝え終えたメラニーさんは自分の職場に戻る。
私も頑張らないと。ここでの仕事も、不自然にならないように話を合わせることも。
「ねぇ、話があるのだけど良いかしら?」
洗濯物を片していたら、リーバースト男爵の一人娘であるサーシャお嬢様が話しかけてきました。
横暴な御両親とは違い、使用人にも優しくお淑やかなお嬢様。この屋敷の中で最も心穏やかに話しができる人。
「どうかしましたか?サーシャお嬢様」
私が声をかけても、サーシャお嬢様の顔色はあまりよくありません。
サーシャお嬢様の顔色から察するに...またあの話題でしょうね。
「カタリナ・クラエス様に渡すプレゼントはいつもの物で良いかしら?......いい加減に病気は治らないものなの...」
カタリナお嬢様へのお見舞い品のことでした。
クラエス公爵と繋がりを持ちたいリーバースト男爵は、サーシャお嬢様に無理矢理手紙を書かせたり、お見舞い品を頻繁に贈って媚を売っていました。しかも、お見舞い品の中には祖母クラリッサ様からいただいた大事なぬいぐるみを勝手に贈ってしまったのです。カタリナお嬢様はぬいぐるみにそこまで興味がなさそうですし、サーシャお嬢様が大事にしていたぬいぐるみを守るためにも、リーバースト男爵に反論をしました。物を贈る時は相手が確実に喜ぶ物を贈った方が良いですからね。とはいえ、一介の使用人である私の声は全然聞き入れてもらえませんでしたが。しかも、その反論を切っ掛けにリーバースト男爵に目をつけられるようになり、八つ当たりされるようになってしまいました。でも、不思議と後悔はありませんでした。
ここまで必死なのは、サーシャお嬢様がカタリナお嬢様様と同い年だけでだからではなく、水の魔力を持っていて、サーシャお嬢様も将来カタリナお嬢様と同じ魔法学園に通うことになり、出会った時に仲良くなるチャンスだと考えていたからです。けれども...リーバースト男爵のせいで、サーシャお嬢様はカタリナお嬢様に対して嫌な印象を持ち始めてしまいました。
「ご病気に関しては...私にはわかりません。私の方からどのような状態になっておりますかと手紙で聞いてみますね。お見舞い品に関しては引き続き、お菓子や果物で良いと思います」
「ええ、お願いするわ。しかし...どうしてお父様はキャロルの話を聞かないのかしら?キャロルの方がカタリナ様のことに詳しいのに...そもそも、相手を喜ばせたいのなら、本当に相手が好きな物を用意しないといけないことをわかりませんの...」
小声で文句を言うお嬢様に向かって、本当にあのクソジジィは最低ですよね、と愚痴を言いたくなりましたが、流石に娘の前に父親の愚痴を言うわけにはいきません。態度に出さないように気をつけなくては。
「そう、不思議ね...。私がお茶会で見た令嬢って食べ物を好む人を見かけないわ。みんなドレスとか宝石とか高価な物を好むから不思議だわ」
「それはきっと、婚約者であるジオルド様がプレゼントを贈って下さっているので他の方からは要らないのでしょう」
「病気になってしまった婚約者にずっとプレゼントを贈り続けるなんて素敵な御方だわ!私の婚約者は私が風邪を引いた時手紙一枚で終わりよ。それも心が込もっていないもの」
一先ず納得して下さって良かった...。クロウカードの件を抜きにしてもカタリナお嬢様は変わっていますからね。
いつかサーシャお嬢様がお茶会などでカタリナお嬢様と出会ったとしても、カタリナお嬢様を嬉しそうにエスコートをするジオルド様を見れば疑問に思うことはないのでしょう。
「しかし...まあ...本当に不思議ね。公爵家や王族御用達の医者に診てもらっても治らないなんて...一体クラエス様はどのような病気になってしまったのかしら?」
「そこのお前!何をしている!さっさと仕事をせんかい!!」
リーバースト男爵の怒鳴り声によって、この会話は強制的に終了しました。
「ごめんなさい。私が話しかけてしまったから...」
「気にしないで下さい。サーシャお嬢様」
私が怒られる切っ掛けを作ってしまったサーシャお嬢様は申し訳なさそうにしていました。
悪いのはストレス発散として怒鳴り散らかすリーバースト男爵ですので、サーシャお嬢様は何も悪くはありません。...感謝したくはありませんが、病気の話を根掘り葉掘りされたら困りますから、無理矢理会話を中断されたことはある意味助かりましたね。私がずっと黙っていると、話は別の話題になっていました。
「あ!そうだわ!ねえ、キャロル、貴女って動物が好きで昔犬を飼っていたのよね?」
「ええ、そうですが...」
「少しだけ相談してほしいことがあるのだけど...」
私が質問をする前に、ここでは相談はできないと急いで連れてこられた場所は物置小屋でした。
サーシャお嬢様は頻繁に辺りを見回していて、誰かに見られていないのか凄く気にしているようでした。私も一緒になって警戒しながら周囲を伺いました。どきどきしながらも、サーシャお嬢様の相談事を待っていると、サーシャお嬢様は物置小屋の奥に入り込んでいき、数分経った後に箱を持って来ました。
「どうしました......か!!?」
サーシャお嬢様が持ってきた箱の中からひょっこりと、狐のような尖った長い耳を持った薄紫色の動物が顔を出す。額には紫色の宝石のような物がついていた。その生き物を見た瞬間私は腰を抜かしてしまう。
私の驚きようにサーシャお嬢様が驚いて箱を落とす。箱を落としたサーシャお嬢様があたふたと騒いでおりましたが、私は気にしてはいられませんでした。何故ならば......
薄紫色の狐は実体化したクロウカードだと思われる存在だったからです。
他所で働く際に、クロウカードのことを口外しないのは当たり前のことですが、もし、クロウカードが新しい勤め先に現れた時にはクラエス家に報告をする義務があります。
報告をする気持ちは勿論ありましたが、手紙を送ったところですぐには届きませんし、こうして実際に現れてしまうと、動揺をしてしまって相手に不審だと思われてしまいます。現に、冷静になったサーシャお嬢様は私の態度に疑問を感じ始めていました。
言い訳を思いつかなかった私は大丈夫です、と連呼することしかできなくて、無理矢理話を終わらせてしまいました。
サーシャお嬢様はこれ以上質問をすることはなかったのですが、実体化したクロウカードと思われる存在には会えなくなりました。
私としては怖い存在に会えなくなったことは心底嬉しいのですが、サーシャお嬢様を危険なクロウカードと一緒に行動している件については気が気ではありません。クロウカードからサーシャお嬢様を今すぐ引き剥がしたくても、サーシャお嬢様は実体化したクロウカードのことを可愛らしい動物だと思い込んでいるので無理でした。
手紙の返信を待っている間にも、サーシャお嬢様は実体化したクロウカードのことをピューイと名付け、ペットとして可愛がっていました...どうしましょう...早く引き剥がしたいのに何もできません。
そうこうしているうちに、待ちに待った手紙が届きました。手紙にはクロウカードの見分け方としてあることが書いておりましたが──
"ダッシュのカードは走るスピードを速くするカード、サーシャ様の足は速くなった?足が速くなったかどうかわからなくても、物凄く特徴が当てはまっているから様子を見に行くからね"
......カタリナお嬢様...普通の令嬢は走らないのですよ。
手紙の返信に突っ込みを入れたいところはありますが、様子を見に来てくれるだけありがたいので、できるだけ早く来てくれることを祈りましょう。
「どうしてそんな嘘をつかせたんだ!!」
あの温厚なキースが乱暴に机を叩く。怒られているアンはキースの怒りを黙って受け止めていた。
事の発端は実体化したクロウカードが現れたかもという手紙だった。リーバースト男爵家に行くにあたって、キースも着いていくと言い出したのだ。キースがクロウカード騒動に付き合うことはいつものことだけど、今回の件はキースに説明をしないといけないところがあって、その説明を聞いたキースはカンカンに怒ってしまった。
キースに説明をしないといけないところは使用人が辞めた理由についてだ。
クロウカード騒動で辞めたい使用人が多くなったけど、クロウカードのせいで辞めました、とは事情を知らない人の前では言えない。しかも、クラエス公爵家は使用人にとって心地好い職場環境だったので辞めたい理由はない。辞める理由について、お父様とアンたちの話し合いはかなり長く続いていた。私はトイレに行く途中でその話を偶然聞いたのだ。
そこで、前世の記憶を思い出す前の我が儘し放題のカタリナの行動を思い出した私が私のせいにしたら良いじゃない、と提案をしてみた。実際に、過去で使用人がクラエス家で働くことを辞めるのも私だけが原因だったし。
いきなり部屋に入ってきたことと、私の提案にお父様とアンたちがかなり驚いた。私のせいにしなくても良い、私たちが頑張って案を出すから心配をしないで、と言ってくれたけれども、結局良い案が思いつかなくて私の案に乗るしかなかった。
前世の記憶を思い出した今はもう二度としないけど、嫌な人が多いのに、今もクロウカード騒動に巻き込んで迷惑をかけていることはあの時と似たような行為だと思う。だから、辞める理由に使われることは構わなかった。
「キース。私から言い出したことだから、アンを責めないでちょうだい」
「でも......」
問題は...過去に横暴な態度を取っていたことがバレて、キースやいつものメンバーに失望されてしまい、破滅フラグが立ってしまうことだったけど...これなら全然問題ないわね。寧ろ、キースが私のことを思って怒ってくれているところを見れて凄く嬉しいわ!
私がキースを宥めるために、頭をよしよしと撫でていると次第に大人しくなる。
普段私が頭を撫でようとしたら、子供扱いをしないでよ!とか言って怒るのに、今は顔を赤くして大人しく撫でられるなんて、やっぱり、キースは可愛い弟だわ~。髪もさらさらだし、ずっと撫でていたくなるわね。
「愉快な状況になっていますね、キース」
キースを撫でていたらジオルドたちが入ってきていた。
入ってきていたジオルドたちを見てキースは固まってしまう。
あ...これは...かなり気まずい場面だわ。いつも仲の良い人たちに頭を撫でられるところを見られるなんて恥ずかしいし、相手も家族のスキンシップを見てしまって気まずいよね。メアリもどんな反応をすれば良いのかわからなくて、ずっとキースをじっと見詰めてしまっている。
「話は聞かせてもらいましたよ。僕もリーバースト男爵家に同行させてもらいます」
ジオルドの黒い笑顔に私たちは何も言えなかった。