我が愛する魔境、メゼポルタに捧ぐ。
「……これで完全に纏まったかな?」
アイテムボックスの中から持って行って良い物、置いていかなければならない物の分別がしっかり出来てることを確認し終え、私はようやく一息つく。
こんなに忙しくなったのも、
「まあでも……長いような、短いような」
思わず、振り返りそうになる。荒々しくも輝かしい日々を。そんな時。
「パーートッッ子ちゃぁぁーーん!!」
いつになっても慣れない、デカい声と突然のハグ。これをされるようになって、二年経つのも目前、という程になったか……つまり、私が彼女──
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「貴女が!私の!!パートナーちゃんかぁぁぁぁ!!!!」
そう言って抱きつかれたのは、広場の酒の席に息吹く大樹が桜を咲き散らす季節の頃だった。かのレシェンドラスタの一人、チルカさんの
第一印象は「外れ引いた」と「重い」しかなかった。マジ最悪、としか言いようのない出会いだった。
「私は『──』。貴女は?」
二、三分くらいゴロゴロさせられてようやく解放され、やっと挨拶が出来た。彼女に名前を求められたが、パートナーは規定によって「パートナーとしての名を主人に定めてもらう必要がある」ので、「名はない」と返した。すると少し考え込んで──
「じゃあ、貴女の名前は【──】ね。はい決まり!!よろしくね【──】!!」
センスの無い名前だと思ったし、わざわざ自分の名前に似た名前にしてきたのも、印象は最悪だった。
「それじゃ、早速狩りに行こう!」
私の不満そうな顔を見向きもせず、彼女は自分の武器をアイテムボックスから取り出し、ポーチの中身をパッパと整理して出ていってしまった。とことん勝手な人だ。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「やったぁ!!これでG級だ!!」
メゼポルタ広場に、聞き慣れた喧しい叫びが響いた。私の笛の演奏よりデカい声で叫んで双剣を振るう、私の主人の声です。
先日、飛行探査船の護衛クエストにて天を舞う古龍を追い払った実績を認められ、私の主人は『人外魔境』との噂も名高いG級ハンターへの昇格を、メゼポルタ広場のギルドマスター様から告げられました。喧しいけど実力は確かだし、私もあの古龍との戦いを乗り越えた達成感があるので、素直に嬉しい。
でも流石に疲れた。今日は帰って寝──
「パト子ちゃん!!やったよG級だぁ!!」
また抱きついてきた。しかも防具フル装備で。G級昇格の最初の感想は「やった!」ではなく「重い」になった。またか。
しかし良いことがあったのは事実。今日は受け止めよう。そして伝えてあげよう。おめで──
「あ、そうそう!!なんかね、先輩から教えてもらった情報だとデュラガウア行くと良いんだって!!行こう!!」
またしてもゆっくりする間もなく飛び出した。益々実感する。とことん勝手な人だ。立ち上がりながら、いつものようにそんな感想を抱く。
……伝え損ねたな、お祝い。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「あーもう!!勝てーん!!!!」
私のご主人がG級に上がって少し経った頃のある日の狩り。ご主人はラティオ活火山のキャンプのベッドに飛び込むように寝転んで叫んだ。
無理もない。相手はここ最近活発化し、ハンター達への影響力を強めつつある新たなカテゴリーのモンスター、『辿異種』と呼ばれる歴戦にして異形の猛者達だ。今回は『爆狼ミドガロン』の辿異種──その強靭な四肢を更に発達させ、脚毛は焔を思わせる姿に凝固した、神速の狼王。放つ炎もその勢いを増し、異名に『爆速の脚』を与えられるほどのモンスター。私とご主人、そしてニャンターちゃんで挑戦したが……
「熱すぎる!!ただでさえクソ暑いってのになんだよあの炎!!」
辿異種ミドガロンの放つ炎は、あまりに温度と火力が高すぎて受けた後もしばらくその身を焼き続け、最後にはまるで体力など初めから無かったかのような脱力感に倒されるという。
因みにご主人、あのスピードには何故か対応出来ているが、炎のことまでは知らなかったようで、既に二回も丸焦げにされてキャンプに運び込まれている。というか私がギルド勤務のアイルーの力も借りて運び込んだ。ご主人を抱きかかえようとしたらむしろこっちが燃え上がりそうなレベルの熱さだった。
さて、既に二回の報酬金撤退。あと一回完全撤退の判定を受ければ今回はクエスト失敗となってしまう。ご主人はどうするのだろうか。聞いてみると返ってきた答えは──
「リタイア?冗談!散々愚痴ったけど、もう勝てるよ!」
いつも通りで予想通り。そんな返答が満面の笑みと根拠無しの自信を纏って彼女の口から出た。さてそれなら、私もいつもより本腰入れてやりますか!
自慢の笛を掲げ、高らかに旋律を奏でる。私達の反撃の音色、奴にまで響かせてやる!!
「さぁて!!行くよパト子ちゃん!ネコちゃん!」
旋律を聞き届けたご主人は、先に走り出した。いつも以上に自信で満ちた顔のように見えた。そんな表情に、少し安心するのは私も彼女に慣れた証なのか。
普通、ここまで追い詰められると、撤退することが多いのがハンター達の実情。ここで失敗すると契約金を取られたり無駄にアイテムを消費したり、とにかく損の方が多い。だから撤退を選ぶ人も少なくない。その視点で考えると、彼女のこの選択は『とことん勝手』とも言える。でも──彼女との狩りは、とても楽しい。そう思える自分が、いつからかここにいることに最近気付いた。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「うひゃあぁ……怖い……」
柄にもなく、ご主人がマイハウスのベッドに顔面だけ突っ伏している。珍しいこともあるものだ。更に珍しいことに、何かを怖がってた。この人が恐れるのは、『クリアしたら報酬の素材が一個足りない呪い』と『ギルドマスターからの折檻』だけかと思っていたのだが。
何事か、と聞いてみるとしよう。
「ラヴィエンテの猛狂期個体……というか、大討伐クエスト参加者の雰囲気が……」
一番想定外の答えだった……とも言えない。私のご主人は、時々他のハンターと組んで狩りに出る時もあり、その時は滅茶苦茶気を遣って狩りをしてるらしい。これは本人からではなく、同行者からの言葉だった。四人全員揃わなければ参加者のパートナーなどをランダムに連れていくことになるこの編成のシステムで、運良く他の同行者と顔を合わせることもある。その時に、よくご主人の話を聞く。どうやら意外と好き勝手してないらしい。
そんなご主人なので、もしかしたら『大討伐』という彼女にとって未開の領域の参加者に対し、遠慮をし過ぎてしまったのかもしれない。結果彼らの熱意にやられた。多分怖がったのはそれだろう。
「うぅ……無理……怖い……」
たまに滅茶苦茶弱るのは見たけど、こんな姿は辿異種や狩煉道に参加した時でも見たことがない。
これはいけない。このままじゃ立ち直るのも難しいかもしれない。何か出来ることはないか、と聞いてみよう。
「……じゃあ……笛の扱い方、教えてよぉ!!!!」
今度は予想外すぎる答えだった。後で知った事だが、ラヴィエンテには空前絶後の火力を要する場面が多々あり、それを支える役目は、各パーティの司令塔たるガンナーの放つ『酸弾』と狩猟笛の旋律になるらしい。ご主人は新参のため、最も重視される火力よりもまだハードルの低い支援役の狩猟笛での参加を推奨されたらしい。最大最強と呼ばれたモンスターを相手取るには、やはり相応に多様な実力が求められるらしい。
しかしご主人は今まで双剣しか使わなかった脳筋。いくら辿異種ルコディオラを征する実力を持っていても、ラヴィエンテほどの怪物に対する術までは持っていなかった。
「おーねーがーいー……」
うるさくなると思ったら弱々しくなっていった。仕方ない。抱き着かれたのを慰めるように抱きしめ返し、チルカさんに話を通しておくことを伝えた。そしたら安心したのか、泣き疲れも重なってそのまま寝てしまった。
ホント、とことん勝手な人だ。でも、そんな勝手を相手してあげれるのも私だけだし、いいか。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「……そういう訳じゃ、皆の衆。我ら一同、この地を発つ日が定まった」
ギルドマスター様がメゼポルタで活動するハンター、職人、キャラバンのメンバー、商人、アイルー、その他全ての住人達を集めて放った言葉は、誰もが耳を疑う内容だった。
曰く、メゼポルタ地方にこれ以上の狩猟は不要である。
曰く、十分な調査は行われたため、これ以上の活動は余計な影響になりうる。
曰く、上記の理由から、半年後にこの地から離れるべし。
以上の事を、ハンターズギルドの大本営たる大老殿──即ち、大長老様から通達されたという。つまり、メゼポルタでのハンターライフは、唐突に終わりを告げられたのだ。
「……そっか」
周りがざわめく中、ご主人は肩を竦めて溜息を吐きながら、噛み締めるように目を瞑った。数秒考え、ギルドマスターに目を向け直した。待つかのように、信じるように。
「つまりお主らは!!わしが務めてたった五年程度で、この地を知り尽くすほどの狩りを!!大長老様に示したということじゃ!!」
ギルドマスター様が放った言葉は、「賞賛」と「誇示」だった。その熱に、全ての狩人が顔を上げた。
「これは即ち、四十年の歳月を掛けて謎を解き明かした新大陸調査団に勝るとも劣らぬ大名誉である!!」
その言葉に「そうだそうだ!!」「俺達はやりきったんだ!!」と、周囲から熱のある言葉が返された。その熱は広まり、多くの者が賛同の声を上げ始めた。
「ありがとう、皆の衆。ワシはこの地の代表として、ここにいる全ての者を誇りに思う。だがこの地を離れることは決まった。どうか、来るべき日まで思い残すことの無い過ごし方をしてくれ。以上だ」
そうして、ギルドマスター様の演説は終わった。他の人達はそれぞれの持ち場に戻ったり、あるいは何人かで集まり、涙ぐむ仲間と思いを分かち合ったりしていた。ご主人は──
「よしパト子ちゃん!!まだアレの素材残ってたね!!行こう!!」
全くいつも通りに、狩りに出ようと言ってきた。ホント、とことん勝手だ。でも、落ち込む暇なんて無くて、良かったと思ってしまった。
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「まだ、まだァ!!!!」
雷光が轟音と共に大地を砕く。稲妻の鉄槌を妖しい光が斬り裂く。私はそれを──離れて倒れて、見てることしかできない。
ガルロロガァァ!!
「こ、ッッのォッッ!!」
空は曇り果て、この地に見える光など僅かな稲光が空から注ぐことと、今ご主人の眼前にて猛威を振るう暴力の化身が放つ雷光のみだ。
砕かれる岩地を、銀と妖しい紫光が駆ける。放たれる雷光も相まって、最早嵐その物にすら見える暴力の化身を相手に、ご主人は一歩も引きはしない。
「もらッッ、たァァッッ!!!!」
グォロロォ!!??
双剣を振り抜き、その尻尾を完全に切り捨てた。僅かな一瞬ではあるが、相対する竜はこの死合のごとき狩猟において致命的な隙を見せた。
「そこぉっ!!」
双剣を納め、その拳を叩き付ける。竜には双剣の冷気が幾度も蓄積されている。六華閃舞をもってすればいくらこの暴竜といえど身動きは──
グオォルロロォ!!
予想を裏切り、その冷気の痛みすらもものともせず雷光の竜はその身を舞わせ、光を拡げていく。
「それは──」
光弾けた。『乱れ穿たれし、饗宴の幕引き』の意味を、光の中に消えるご主人と共に理解した。ホント、貴女は──
┼┼┼┼┼┼┼┼┼┼
「パト子ちゃん!!おーきーてー!」
「んん……?」
規則正しい揺れとは違う、いかにも力づくな揺れと聞き慣れたデカい声に目が覚める。
「……ここは?」
「大移動の竜車の上だよ。もう大移動再開するって」
「……寝てたのか私」
どうやらついつい思い出に浸ってて気付いてなかったが、私は作業を進めてはいたが妙に上の空だったようだ。なんて事だ。ついうっかりしていた。
「珍しいねパト子ちゃん。何かあった?というか寝ながら百面相してたし」
「そ、それは……」
ちょっと恥ずかしくて言えない。ご主人と出会ってからの全てを振り返ってたなんて。
でも、振り返ってたしちょうど良い。聞いてみたいことがあった。
「ねえ、ご主人」
「ん、なーに?」
なんてことの無い、いつも通りの顔がそこにある。だからいつものように、聞いてみよう。
「ご主人は、ここで夢を果たしたんですよね」
「うん。ここでしたい事は、出来たと思う」
「じゃあ、ご主人は……」
この大移動が終わったら、貴女は──
「──辞めないよ」
「そう、ですか」
「私はあの場所でたくさんの物を貰った……全くやり残しがないといえば嘘だけどさ、だからこそ、進みたいの。あの場所を、メゼポルタを想うからこそ」
いつも通りの声色なのに、いつもより響く答えと思えるのは、それだけご主人は真剣な答えをくれたのだ。そう思うと、少し、胸が熱くなる。
「ねえ、パト子ちゃん」
「なんですか?」
「もし良かったら、着いてきてくれる?」
珍しく、返答の余地がある聞き方をされた。でも──その顔をされたら、ううん。ここまでの貴女を見た私に対してその問いをしたって、答えが一個しかないですよ。
「ホント、とことん勝手ですね、ご主人は」
「パト子ちゃん……」
「当たり前、でしょう?私は、貴女のパートナーですから」
「……ッ、パト子ちゃん!」
また抱き着かれた。
「ご主人、ギルドカード落ちましたよ」
「え?あ、ホントだ!ありがとうパト子ちゃん!」
抱き返す前に、離れて拾ってしまった。ちょっと、残念。
でも──
「ふっふーん!」
自分のギルドカードを見て、また嬉しそうな顔をするご主人を見て、許してしまう。そして、それを自慢げに、誇らしげに見せる顔を見て、どうでも良くなる。
でも私も、笑顔にされてしまう。彼女の手にあるギルドカードに刻まれた、『月下を極めし者』の称号には。
「おーい!そろそろ出発するぞー!」
「はーい!」
「分かりました!」
一足先に彼女は走り出した。その後ろ姿を見て、改めて決意できた──着いていこう。歩いていこう。とことん勝手な、夢残る地を想うからこそ進むこの人と。あの場所を想いながら。