モンスターハンター。
それは人々がこの世界で営みを続けていく上で存在する、一つの職業である。自然界を生きる強大なモンスターに立ち向かう彼らに畏敬の念を持つ者は、決して少なくはない。
そして、そんなハンターにも様々な思いを抱えてハンターであり続けようとする者もいる。ただ今日と明日の糧を得る為の手段として選んだ者、まだ見ぬ仲間との絆を探し紡ごうとする者、孤高を貫き生き抜く者、ひたすらに己の力を磨き研鑽を重ねる者。
皆が皆、食い、飲み、眠り、戦う。そして明日を迎えるのだ。
「かんぱーい!」
「いやぁー、今日もたんまり稼げたねぇ!」
「ほんとホント。フルフルに丸飲みにされかけた時は結構ヒヤッとしたけどね」
「おーいお嬢さん、ビール追加ね。4つ頂戴!」
グラスとグラスがガチリと鳴る音。勝利の喜びに盛り上がる猛々しい戦士達の凱歌がとめどなく聞こえてくる。酒と煙草の臭いがそこかしこから立ち込めるここは、ハンター達が集う大衆酒場だ。
「…………」
「…………」
店内を埋め尽くすテーブルの群れの一角で二人組の男達は椅子に座り、ただ静かにその時を待っていた。彼らもハンターで、既に料理を頼んでいたのだ。
「お待たせしました。特産キノコのソテー盛り合わせです」
給仕の娘の声と共にどすりと重い音を立てて置かれる、熱せられたプレート。その上に乗っているのは狩猟場で採取できる特産キノコをソテーにしたという、ごくごくシンプルな品物だった。他のハンター達が囲んでいるような肉や魚はどこにも見当たらない。この二人はキノコ料理しか頼んでいないのだ。
「おぉ、ようやく来たか。待ちくたびれたぜ」
「うん、いつ嗅いでも素晴らしい香りだよ」
大きく反り返った牙を生やしたイノシシのブルファンゴと、苔の生えたブタのモスがテーブルを挟んで和気あいあいと喋っている。正確に言えば、モンスターの頭部を加工して生産したフェイクという装備を被っているれっきとした人間であるが、ブタとイノシシがテーブルを囲ってキノコをかじっている光景は傍から見れば奇天烈そのものだった。
「んんん~、この味。とても良い……」
「全くだぜ。これじゃなきゃあ、俺らは力がでねぇからなあ」
モスフェイクの男がナイフとフォークで丁寧に切り分けて味わい、ファンゴフェイクの男はキノコ丸々一本をそのまま口に運んで噛み締めていた。腹を空かせた状態で目の前に料理が出て、一度動き出した手がすぐに止まる訳もなく、プレートはあっという間に平らげられてしまった。無論追加のキノコも注文済みである。テーブルの上はすぐにキノコで埋め尽くされていた。
「ここのキノコはいつ頼んでも格別だねぇ」
「ああ。このバターショーユってやついいな。気に入ったぜ」
「安い、おいしい、素晴らしい。キノコは三拍子揃った最高の食材だよ」
モスフェイクの男がガーリックの味付けが聞いたソテーを頬張り、ファンゴフェイクの男はビールの注がれたジョッキをぐっと煽る。
着ている装備と好物からも分かる通り、彼らはキノコをこよなく愛するハンターなのだ。キノコを愛し、キノコと共に生きる。アイテムポーチにも常にキノコを忍ばせ、狩猟場に生えているキノコをつまみにする事もある程である。
「あー食った食った。今日のキノコも美味かったぜ」
「気合もスタミナも十分。それじゃあ、行こうか」
「おうよ。今回も気合入れていくぜ。……ふんッッ」
あらかた食い尽くし満腹になるまでキノコを堪能し終えて立ち上がると、和気あいあいとキノコを囲っていた二人の雰囲気ががらりと変容する。
「おおおおぉぉぉ……!!」
「はあああぁぁぁ……ッ」
ファンゴフェイクの男の筋骨隆々の肉体には血管が浮き上がり、モスフェイクの男もフェイク装備の鼻の穴から荒い息を吐きだしている。彼ら二人はキノコを大量に食べる事によって身体能力が普段の数倍にも跳ね上がるという特殊な体質をしている。そうしてようやく互角に持ち込めるかもしれない程強大な相手をこれから二人は狩猟しに向かうのだ。
それぞれのフェイク装備の奥に見える瞳に激しく燃える炎を宿す二人は、来るべき決戦の時に向けて酒場を後にするのであった。
「ちょっとちょっとそこのブタハンターさん! お代払い忘れてますよ!」
並々ならぬ気迫を纏う二人が訪れたのは沼地のエリア4であった。年中通して降雨量が多く、ぬかるんだ地面に足を捕らわれやすいここは、湿気の多い土壌故にキノコ類が豊富に採れる。彼らにとってもここは馴染みの地であり、そんな彼らと対峙しているのは山と見紛う程巨大な体躯を誇る獣竜種のモンスター、ドボルベルクだった。
頭部から伸びる木の幹のように太く大きな角、背中にそびえる大きなコブ、ハンターが振り回すハンマーをそのまま巨大化させたような尻尾。小型モンスターのアプトノスやポポと同じく草食だが、彼らとは比べ物にならない程の高い戦闘力と生命力を持っている。一瞬の油断も気の緩みも許されない強敵を前にしてなお二人は立ち塞がる事をやめなかった。
「……ようやく、この時が来たぜ」
「ハンターランクを上げ、腕を磨き、ひたすら自分を鍛え続けた。今までの人生の全てを、ここに来る為に費やしてきた!」
二人がそれぞれ背から引き抜くのは狩猟笛とランスであった。ファンゴフェイクの男は強力な麻痺毒を含むパラッシュニードルを、モスフェイクの男は強烈な毒を持つリュウノトドロキをそれぞれ構える。二人が求めてやまない、ただ一つの願いを叶えるために。
「俺らの目当てはドボルトリュフ。つまり、その背中にあるキノコって事だぁ!」
「覚悟しろ! 尾槌竜ドボルベルク!!」
「グォオオオオオオォォォォ!!!!」
「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」
二匹のブタと一頭の山が激突する。大自然に挑まんとする雄叫びと、縄張りを荒らす侵入者を追放せんとする咆哮が沼地一帯の空気を震わせた。
見渡す限り灰色の空に向かって二匹のブタがケツを突き出して寝転がっていた。おおよそ大型モンスターの入ってこれない狭い通路と狭い足場、呑気に釣りをするのに適した水辺に人が建てたであろう大きなテントがあるここは、一般的にベースキャンプと呼ばれる場所である。
無論、ブタはブタでも只のブタではない。そもそも人間でありハンターである。ドボルベルクを狩猟しに向かったブタフェイクの二人組が揃って返り討ちにあい、ネコタク送りにされたのだ。
「……クソ強ぇなあいつ」
「く……武器も防具も十分に強化はしてきたと思ったのに」
二人は自分の防具の具合、留め具のほつれの有無を確かめる。モスフェイクの男はそのまま首から下も苔むしたモスシリーズを着込んでおり、ファンゴフェイクの男の方は最近ようやくカタログに載り始めたファンゴシリーズという防具を着ていた。もっと良い防具は無かったのかとまともなハンターならツッコミを入れていただろうが、生憎この場にまともなハンターはいない。
「いいやまだだ。まだ俺らはまだ負けてねぇ!! おらああああああああ!!」
「待ってファンゴ君。少し待って」
ニトロダケにマヒダケ、それにクタビレタケの三つをまとめて丸かじりにしたファンゴ男は闘志未だ尽きぬといった様子でドボルベルクと交戦していたエリア5へと猛進していく。そんなファンゴ男をモス男は呼び止めた。
「あぁ? なんだよモス君。イノシシは簡単に止まれねぇんだぞ」
「直接戦うんじゃなくて、道具も使おうよ。僕らハンターなんだから。ほら、これ」
ふんすと鼻息を荒くするファンゴ男を横目にモス男は冷静にアイテムポーチに入れていたものを取り出した。火山や砂漠で採取できる火薬草である。
「今日の為にマイハウスの倉庫から持ってきた火薬草だよ。ドボルベルクともう一度戦う前にニトロダケを探そう」
「食うのか!」
「火薬草と調合するの! 爆薬を作って大タル爆弾を作れれば狩猟も楽になるでしょ」
「なるほどなぁ。それじゃあさっそく探しに行くか! 小腹も空いたしな!」
「調合するのー!」
大型モンスターの狩猟はハンターの腕っ節だけでどうにかできるほど甘くはない。ハンター達の身の安全や確実に狩猟を達成するためにはこうした知識や道具を駆使するのもハンターの腕の見せ所という訳なのである。見た目通り猪突猛進なファンゴ男を知恵で補助するモス男、はたから見れば良いコンビなのかもしれない。ブタであるが。
「いいね、結構集まってきた。ファンゴ君、そっちはどう?」
「ムガッフガッフガフ、モス君。モゴモガガモ、こっちも結構集まったぜ」
「調合するのー!」
ペイントボールの匂いで大まかな位置を特定しながら、モス男たちはドボルベルクがいると思わしきエリアを避けながらニトロダケを採取していた。ファンゴ男がいくつかつまみ食いをしていたようだが、爆薬とそれを使った大タル爆弾を調合するのに十分な数が揃った。
「そうフガフガすんなって。そんでこれからタルも探しに行くわけだな」
「うん、大まかにはそんな感じ。それに……向こうも始まったみたい」
獣人族の住処があると思わしきエリア1、そこで拾える空の大タルを求めて歩を進める傍ら、モス男は沼地に聞こえる新たな怒声に空を仰いでいた。
「グゴ、ガアアア!!」
「ゴアアアアアア!!」
緑色の甲殻と鱗、空を飛ぶために発達した大きな翼、背中から生える棘。標準的なワイバーン骨格の飛竜種、雌火竜リオレイアが沼地の空を滞空していた。対峙するのは山のごとくそびえるドボルベルク。どうやらこの両者は沼地の縄張り争いを繰り広げているようだ。エリア5から4へと続く入り口でモス男とファンゴ男は物陰からその様子をこっそりと伺っていた。
「他にも大型モンスターがいたのか! そういや狩猟環境不安定ってあったっけな確か」
「ニトロダケを探す途中でそれらしい足跡があったからもしやと思ったけど、どうやらうまい具合に鉢合わせてくれたみたいだね」
「あれが大型モンスター同士の争いか。とんでもねぇ迫力だなこりゃ」
「二頭同時に相手しろって言われたらお手上げだけど、今はこの状況を利用させてもらおう。どっちが勝つにしても無傷では済まされないだろうからね」
ドボルベルクとリオレイアの争いをこっそり見届ける一方で、大タル爆弾の調合は順調に進んでいた。爆薬と大タルの数は十分にある。これで仕留めそこなっても弱らせる事が出来れば以降の狩猟は格段に楽になるはずだ。
「ゴアアアアアア!!」
「グゴオオオオオ!!」
空中へ飛びあがったリオレイアの火炎ブレスがドボルベルクの背中に命中。背中の苔を焦がしながらリオレイアはさらに降下してドボルベルクへ接近。背中のコブへ向けて両足の爪を食い込ませた。
「よし! 大タル爆弾調合成功! あとは隙を見てこれをドボルベルクへ転がしてやろう! ファンゴ君、用意はいい?」
「うっし! 準備完了、いつでも行けるぜ!」
完成した大タル爆弾を横に寝かせ、ドボルベルクの下へ転がす準備が整った。あとは二頭の争いの結末を見届けるだけだ。
「ガアアアアアアア!?」
「グオゴゴゴ……!!」
弱点のコブを狙われて大きく怯むドボルベルク。そこへリオレイアの空中サマーソルトが叩き込まれる瞬間、怯んだ状態のドボルベルクがリオレイアへ強引に飛び掛かった。頭部に生えた両角がリオレイアの胴体を抑え込んでから一歩下がると、体を反転させ尻尾を振り下ろした。人間の扱うハンマーの何倍もの大きさを誇るドボルベルクの武器がリオレイアの背中に容赦なく叩きこまれる。一撃で甲殻を損傷し棘を折られたリオレイアは堪らず空中へ上昇。ドボルベルクへの戦意を喪失したのか、そのままエリアから離れていった。
「決着ついたな! やるかモス君!」
「うん! それじゃあ大タル爆弾を転がそう! ……って、あれ?」
フェイク装備の鼻の穴から息を吹き出しながら大タル爆弾を転がすファンゴ男。モス男もそれに続こうと腕に力を籠めるが、タルは一向に動いてくれない。何かが邪魔になってタルを固定しているようだ。押しても引いてもタルは動きそうにない。
「何やってんだよモス君! あいつこっちに気付いちまうぜ!」
「石ころが挟まって動かない!? ああもう、こんな時に……!」
モス男の大タル爆弾が動かない原因は石ころであった。それだけではない。沼地のぬかるんだ地面が押しては引いてと繰り返しているうちに大タル爆弾の形に合わせてへこんでいるのだ。こうしてもたついている間もファンゴ男が先に転がした大タル爆弾の存在にドボルベルクが気付いており、モス男の焦りを一層引き立たせた。
「じれってーなぁ! おれに任せろやぁ!!」
「え、ファンゴ君何してるの? 何してるの!?」
モス男の肩を掴んで荒っぽく押しのけるファンゴ男。そうして大タル爆弾の前に自ら立つと、彼は大きく右足を振りかぶった。彼はどうやら地面にはまって動けなくなった大タル爆弾を蹴り動かそうとしているようだ。
「行くぜ!! 俺の必殺の、黄金の右足いいいいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「待ってファンゴ君。ファンゴ君―っ!!」
限界まで力を溜めた渾身の一撃が、大タル爆弾に叩き込まれる。ファンゴ男のつま先が触れたその瞬間、外部から加わった衝撃によって大タル爆弾がその効果を発揮した。内部に仕込まれていた爆薬が爆発。一瞬の間に膨れ上がった爆炎が二人を包んだ。
あれからいくつかの日々が過ぎた。ネコタクの使用により報酬金が減額され、最終的にギルドから支払える金額が0になったことでクエストは失敗となった。ドボルベルクも今頃はもうどこか別の地域へ移動しているか、もしくは高額な報酬金か欲しい素材の為に他のハンターに狩猟されている頃だろう。想像すればいくらでもそんな情景が浮かび上がり、やるせなさが積みあがっていく。
「……ごめんねモス君。俺のせいで失敗しちゃって」
「いいんだよファンゴ君。次からまた頑張ろうよ。今度は他の人も募ってさ」
沼地から村へ戻った二人はベッドの上で大人しく療養していた。全身に包帯を巻かれたミイラのようでありながら、しかし頭に被ったモスフェイクとファンゴフェイクは外さないままである。
「俺もっと強くなるよ。もう二度とモス君の足引っ張らないように……!」
「体を治して、おいしいキノコを食べて……そしたらまた挑戦しよう。僕らの夢をかなえるために!」
クエストは失敗したが、二人の闘志は潰えなかった。少なくともモス男からは彼とコンビを解消しようとする気は毛頭なく、ファンゴ男にとっても彼以上に居心地の良さを得られる相手はいないと思っている。命が無事で、消えぬ友情があればまた頑張れる。二人は再び来るべき時へ備えて羽を休めるのだった。
いつの日か、二人は再びドボルベルクに挑むことになるだろう。あのそびえる山に存在するといわれる幻のキノコを求めて。
とあるお方の企画が面白そうだったのでこっそり参加しちゃいました。
キノコ大好き要素がそんなに出てなかったかなって思ったのと大型モンスターの乱入って上位からだったようなってこれを書き終わった後に思い出しました。なまじワールドで大型モンスターが複数頭入り乱れる状況に慣れてたからそこら辺があいまいになってました。ただ、もし二人がキノコの為に上位ハンターになるまで上り詰めていたとしたらそれはそれで面白そうなのでいいかなって思ってます。
ここまで読了いただきありがとうございました。