この話は “人がモンスターを狩る” というのが定着している世界でのちょっとした話。

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人の脆さ

 村の中を一人の少女が走る。その少女はすれ違う村の住人に元気に挨拶をしながらもある家へ向かっていた。

 

「おはようございます!」

 

「おぉ、シエルおはよう。なんだい今日もハンターさんの所かい?」

 

「はいっ!」

 

 シエル。それがこの少女の名前。

 心優しく、それでいていつも周りに笑顔を振りまいている少女。事実、その笑顔は朝から仕事へ向かう人々の力となったり、癒されたりと本人にその自覚はないが村の人に愛されているのは明らかだった。

 

「あらシエルさん、おはようございます。ユイさんを起こしに行くのですか?」

 

「村長さんおはようございます! はいっ、お兄ちゃんを起こしてきます!」

 

 階段を駆け上がるように登っていると途中で村長と会う。シエルは村長に挨拶をし日課である用事を当然のように言う。

 村長は元気なシエルに微笑みながらも「ついでに」とシエルに伝えた。

 

「ふふっ。シエルさんはいつも元気ですね。……そうだ。ユイさんにこれを渡して貰えますか? 時間がある時にお願いします、と伝えててください」

 

 そう言い村長は封筒をシエルに手渡す。シエルは受け取った手紙を大事そうにポーチへと入れて「分かりました!」と返事をする。

 

「それじゃあよろしくお願いしますね〜」

 

 その村長の言葉を背にシエルは再び階段を駆け上がり小さな広場に出た。その広場の一角にある家にノックも無しに走り込む。

 

 ドタドタと騒がしい音を立てながらも、一直線に家の二階へ向かい、そして──。

 

「おーにーーちゃーーーーん!!!!」

 

「んぐっ!?」

 

 シエルはふわりと大の字になりながらベッドへダイブをした。

 

「えへへ……おはよーお兄ちゃんっ」

 

「う、ぐ……」

 

 青年は突然自分を襲った衝撃に呻きつつもその正体に気付いているため抵抗はしなかった。

 欠伸をしながらも体を起こす青年は、寝る前は確実に居なかった目の前の少女に挨拶をする。

 

「ふぁ……。おはよシエル……今日も元気だね」

 

「おはようお兄ちゃん! 起こしに来たよー!」

 

 ──この青年こそこの村唯一のハンターであるユイだ。

 村の人々からは絶対的な信頼を受けており、またそれにユイ自身も応えようとどんな些細なクエストや頼みを聞き少しでも、と村の力になっている。

 

 そんなユイは何故かシエルに懐かれている。

 別に村の子供がハンター──ユイに懐くのはよくある事だ。男の子からすればカッコイイ、憧れの職。女の子からすれば強くて頼りになる人、というイメージが強く張り付いているからだ。しかしシエルはそのどちらでもなく、ユイという人物がとても気に入ったようで他の子供達よりもユイとの関係は深かった。

 

 それこそ、何も知らない人から見れば普通に兄妹と思われるくらいに。

 

「朝ご飯作るね! 準備出来たら向こうに来てー!」

 

「全く……」

 

 ユイの上から退いたシエルはポーチから出した可愛らしいエプロンを見に纏い、一階へと走ってるのか歩いてるのか分からない足取りで向かった。

 

 そんな後ろ姿を見ながらもユイは今日の支度を始めた。

 

 

 

 

 

 一人暮らしの男の家ではほぼ有り得ない朝食が机に並んでいるのを見ながらユイは席に着く。

 

「何回見てもシエルは料理が上手だね」

 

 本心から出た言葉を嬉しそうに受け取りシエルも席に着いた。

 

「えへへ……。そう言ってもらえると嬉しいな」

 

 二人が席に着いた所でいつものように手を合わせ朝食を食べ始める。

 

「「いただきます」」

 

 この二人が朝食を共にするのは別に珍しい事ではない。日常の出来事でもある。

 朝食時にシエルがユイの予定を聞いて、そこからなんでもない話をしながらご飯を食べる。

 

 そんななんてこともない時間が、ユイとシエルはとても気に入っていた。

 

 それは今日も同じで──。

 

「お兄ちゃんお兄ちゃん」

 

「んー?」

 

「今日は何するの?」

 

「んー……そうだなぁ」

 

 ユイは今来ている依頼を思い出す。

 食材集めや素材集め、村の近くで最近見かけることの多いモンスターの退治、その他には温泉掃除や施設などの修理と様々な事がある。

 

 ユイが温泉たまごを食べながら考えていると、シエルが思い出したようにポーチから手紙を取り出した。

 

「あ。お兄ちゃん、これ村長さんから。時間がある時にお願いー、だって」

 

 たまごを置いて手紙を受け取るユイ。その手紙に一通り目を通し、机の上に置く。

 

「なんだったのー?」

 

「んー? んー……普通に依頼だね。シエルは気にしなくていいよ」

 

「むぅ……」

 

 そのユイの言葉にシエルは頬を膨らませる。

 

「お兄ちゃん! 私だってもうすぐ大人なんだから教えてよ! 採取くらいなら手伝えるから!」

 

「大人って……シエルはまだまだ子供だよ」

 

 ユイは苦笑いする。

 シエルはユイがクエストや依頼を隠そうとすると毎回不機嫌になる。それは「自分がお兄ちゃんの手伝いが出来ない」からだというが、ユイとしては充分というほど手伝いをしてもらっている。

 

 それに“採取くらい”という考えの持ち主を危険の蔓延る世界へと足を踏み出させるのはあまりにも危険すぎる。

 何が起きてもおかしくのないこの世界、どんな安全でもその見せかけの安全に心を許していては隠れた危険に足元をすくわれてしまう。

 

「僕だって何でも出来るわけじゃないんだ。もしもシエルが危険に晒されてそこにちゃんと助けに行けるか、って聞かれると不安の方が大きい。……外が危ないってのはお父さん達からも聞いてるでしょ?」

 

「う、うん……」

 

 真剣な雰囲気に押されたのかシエルは打って変わってしおらしくなる。そんなシエルを見てユイは頭に優しく触れ撫でた。

 

「分かってくれるならいいんだよ」

 

 残っていたたまごをペロリと食べ、ユイは少し考える。

 

「この要件とは別だけど、農場の方で一つ依頼があってね。シエルにはそれを手伝ってもらおうかな」

 

「! う、うん! シエル頑張る、お兄ちゃんのためにも!」

 

 ころころと変わる表情を少し楽しみつつもユイは朝食の時間を二人で楽しんだ。

 

 

 

 

 

「アイルーさん! ガーグァの手入れ終わったよ〜!」

 

「んニャ? やっぱりシエルだとガーグァは大人しくなるんニャねぇ……」

 

 ユイや村のアイルー達がトレーニングや作業をしているユクモ農場にシエルは足を運んでいた。

 

「うーん、なんでだろう?」

 

「シエルは可愛いからニャ」

 

 人差し指を顎にあてながら考えていると、別のアイルーが汗を拭きながら近くに寄ってきた。

 

「あ! リィちゃんだ! ……あれ? お兄ちゃんと一緒じゃなかったの?」

 

 リィと呼ばれたアイルーは小さな手で頭を掻きながら「だーかーらー」と今まで何度も言ったような口振りで言う。

 

「“リィ”じゃなくて“リリー”だニャ! 何度言えば分かるニャ!?」

 

「えぇー。リィもリリーも似たようなものだよ?」

 

「いや、だから……あー、もういいニャ」

 

 諦めたような様子で肩を落とすリリーに「お疲れ様」と苦笑いで農場の様子を見守ってるアイルーが言った。

 そのままリリーは話を変え、シエルの疑問に答える。

 

「旦那さんは一人で外に行ったニャ。何でも、ただの様子見だけだから一人でいい、って言ってたニャ」

 

「ふーん……」

 

「聞いておいてその反応は何ニャ」

 

 あまりにもさらりと流されたせいか、リリーは苛立ちを露わにする。しかし、そんな事は知らずと言わんばかりにシエルは自分の作業を進めていた。

 

「んっ──しょ、っと。わわっ、やっぱり重たいよぉ……」

 

 ピッケルを一本地面に引きずるように持ち上げるシエル。それをただ眺めているリリーにシエルは自分の横にあるピッケルに目配せをする。

 

「…………何してるニャ」

 

「ピッケルを向こうに持っていくの。っとと……まだあるからリィちゃんも手伝ってー」

 

 ズルズルと引きずりながらシエルはトロッコの整備をしているアイルーの元へピッケルを運ぶ。リリーはため息をつきつつも仕方なく、とピッケル持ちその小さな背中を追いかけた。

 

「全く……。人──じゃニャかった、猫使いの荒いやつニャ」

 

 

 

 

 

 ピッケルを運んだり、畑の手入れ、農場の掃除などをしているといつの間にか一日の半分が過ぎていた。シエル達は作業を一度切りやめ、休憩をする事にした。

 

「お兄ちゃんの家にご飯置いてるから取ってくるね」

 

 そう言いシエルはユイの家へ戻り、朝の合間に作っていた昼食を持って農場へ戻ろうとする。

 

「(あ、そうだ)」

 

 ある事を思い出したシエルは机の上を軽く整理すると同時に、置いてあった紙を手に取り目を通してから農場へ戻った。

 

 

 

 

 

 ユイが家に帰ったのは日が沈み始める時間帯だった。流石にシエルは家に帰ったか、と考えながら机の上に置いてある夕食と添えてある手書きのメモを読む。

 

『お疲れ様お兄ちゃん! 農場の方はすっごくキレイになったよ! ご飯置いておくから食べてね!』

 

 メモを読み終えてから村長からの手紙を机の上に置きっぱなしだった事に気付く。少し着いていた泥を払い落としてユイは自室へ持って行くためにポケットの中へ入れた。

 

「(この要件は明日済ませるか)」

 

 明日の予定を考えながらもユイは着替えるために二階へ上がったのだった。

 

 

 

 

 

「シエルが居ない?」

 

「はい……」

 

 早朝の出来事。シエルの母親と父親がユイの家に来てそんな事を言った。

 朝起きたら家の中にシエルが居なくておかしいと思った二人は村中を探したもののシエルは居なかったという。だから何か知っているのではないか、とユイの所に来た。

 しかしユイ自身、シエルの事は何も聞いていないし本人からも何も聞いていない。

 

「農場の方にも居なかったんです……。もう見てない場所と言ったら村の外しか……」

 

 母親が震えながら“村の外”という単語を口にする。だがシエルが村の外に行く理由など無いはずだ。

 

 ユイは念の為簡易的な装備をする。

 太刀を背負い、身軽な装備をし家の外へ走り出した。

 

「ユイさん!」

 

 外へ出ようとすると丁度村長がユイに声をかけた。

 

「! 村長! シエルが──!」

 

「えぇ、その事は聞いています。村の中はアイルー達や村のみんなが探したけどどこも見つかりませんでした。なので村の外に居る可能性は十分に高いです。……お願いします、ユイさん」

 

「っ」

 

 地面を蹴り再び走る。

 変な胸騒ぎを否定しつつ渓流に着いたユイは各エリアを走り続ける。

 

 走り続けてるうちにあるエリアの方がやたらと明るくなる事に気が付き、ユイはそのエリアに向けて走った。

 

「シエルっ!!」

 

 そのエリア──エリア5にてシエルを見つけたユイは声を上げる。

 

「? あ、お兄ちゃん! 見て見て、ロイヤルハニー取れたんだよ!」

 

 両手でロイヤルハニーを持ち、笑顔を咲かせるシエル。だが、ユイはそれどころではなかった。

 

「こっちに走れ!」

 

 状況を理解していないシエルは首を傾げる。

 ユイは武器に手をかけシエルに向かって駆け出す。

 

 ……しかし、駆け出したのはユイだけではなく──。

 

「グルゥラァァァァアアアア!!!!」

 

 光が、駆けた。

 

「──っ! ──ゃ、──!」

 

 その咆哮にシエルの声が掻き消される。

 ユイはシエルが何を言ってるのかが分からない。だが明らかに助けを求めているのは分かる。

 

「(間に──合え、ッ!)」

 

 距離的にはユイの方がシエルに近い。しかしその咆哮の主──ジンオウガはそんな距離など無意味かのようにシエルとの距離をつめる。

 

 届け、とユイは手を伸ばす。既に伸ばされてる小さな手を掴み、引き寄せようと。

 

「お兄ちゃ──」

 

 必死にシエルも手を伸ばし、お互いにお互いの手を掴もうと伸ばす。

 

 シエルの声が聞こえた、その瞬間だった。

 

「──ぁ」

 

 ──白き光の中、赤が舞った。

 

 手を伸ばしていたシエルは弾き飛ばされたようにユイとすれ違い、地面に転がる。そしてそれは、ジンオウガも同じだった。

 

 力の抜けたように地面にうつ伏せになるシエルの背中は、遠くからでも分かる程の深い切り傷があり血が溢れ出していた。

 

「っ……!」

 

 ピクリとも動かないシエルを見て、太刀を握り締める。

 

「──ぁぁぁあああああああああああッ!!!!!!!!」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオォォンッ!!!!!!」

 

 ユイの叫びとジンオウガのバインドボイスが衝突する。

 

 

 

 

 

 ──その悲鳴か、叫びかはユクモ村まで届いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この話は “人がモンスターを狩る” というのが定着している世界でのちょっとした話。

 

 

 ──だが、それは必ずしも “人がモンスターの上に立つ(を狩る)存在” とは限らない。

 

 

 




村長がユイ宛に渡した手紙の中身です。



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ユイさんへ


もうすぐシエルさんの14歳の誕生日ですね。そこでですが、お祝いするためにロイヤルハニーでデザートを作ろうかと思ってます。なのでいくつか採取して来てくれませんか?

村のみんな総動員で祝おうって話になってます。どうか、よろしくお願いします。


                村長

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