これは昔、ある村でハンターを生業としていた、悪魔と云われた少女の物語である。

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童話 悪魔と云われた少女

 この世界には“モンスター”といわれる生物が存在する。

 森に、砂漠に、海に、空に、あらゆる場所に存在する。中には青い海をマグマのように煮えたぎる、灼熱の海に化けさせる伝説。絶望の化身が王国を滅ぼすおとぎ話。この世の理を崩す天災そのもの。

 そしてこれを狩る人間を人は“ハンター”と呼んだ。

 人々はモンスターとは決して相容れない。だから彼らは生きる為に闘い続けている。家族を生活を命を守る為に闘う。

 かつて誰かが言った。“ハンターが闘っているのはモンスターなんてものじゃない。大自然そのものだ。”

 ハンター達はそれぞれの理由を胸にモンスターと闘い続けた。

 これは今よりも少し昔の、とあるハンターの少女の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 此処は工業が発達した村“コルドール”からそう離れていないただの平原。

 アプトノスやケプトスなどが住み着いており、アプトノスの群れがケプトス達に襲われ、幼体のアプトノスが捕まり、食べられてしまう光景、弱肉強食とはまさにこの事を指すのだろう。

 ケプトスに人がべられてしまう事だってある。だからコルドール在留のハンターは小遣い稼ぎにケプトス達を退治したりしている。

 しかし今日の平原にはケプトスやケプトス退治をしに来たハンターの姿は無かった。

 

 「クッソ!!いってーなぁ!!」

 

 『ア”ア”ア”ァ”ァ”ァァ‼️』

 

 そこにいたのは使い古されたマントを身に付け、金属で出来た胸当て、レギンス、そして革のブーツ。そして手には刀身の長い剣を左手に、右手には重量感のある銃を持っている少女の姿とその少女の目の前には一匹の巨大な赤い竜の姿だけだった。

 少女の持つこの銃はハンターからは“ライフル”と呼ばれていた。

 ライフルは外見は木材で作られたような見た目をしているが中は金属で作られた沢山の部品が詰め込まれてる。

 そして少女の前にいる赤い竜はその硬い甲殻と竜脚亜目の“レックス”が進化した姿とされておりその名は“シェルレウス”と名付けられていたが、情報の伝達能力が乏しく、基本的にハンターは情報のアドバンテージ無しでモンスターを相手にしていた。

 

 「甲殻が硬すぎて弾がとーんねーなぁ…外からは無理か…」

 

 少女はシェルレウスとはかれこれ長い間、闘い続けている。コルドールの村に在留している少女は今回がこのシェルレウスの初の狩りで、特に情報も聞かされていない為、もっと小さいのを想像していた少女にとってこのサイズは規格外にも程があった。如何せんこんなサイズを狩るのは初めてで右も左も分からないまま闘い初めて苦労していた。

 

 「ライフル弾で鉱石でも採掘してる気分だ…いくら弾があってもあの甲殻を貫ける気がしねぇ…」

 

 少女はうんざりしていた。化け物のような大きさの竜が金属の鎧でも着込んでる感じだった。生物ではなく、巨大な動く岩でも相手してる気がしてきた。

 状況は圧倒的に少女が不利だが、シェルレウスも削れていない訳ではなく確実にほんの少しずつ体力を削れてさせていた。

 けれども少女が大きな一手を打たない限り、持久戦ではシェルレウスの圧勝は確実な物だった。

 

 「貝みてーだな…外は硬く、中身は気持ち悪い程柔らかい…あんたの肉は筋肉でがっちりしてるだろうけど、それでも──」甲殻よりはマシだ。

 

 少女はシェルレウスに向かって走り出す。その速さは並みのケプトスなら追い付けないくらい速く、とても剣とライフルを持った少女の出せるスピードではなかった。

 

 「はあぁッ!!」

 

 ライフルの銃口を地面に叩きつけたと思えば、ライフルをまるで高跳び棒のように扱い、シェルレウスの胸元まで高く飛んで見せた。そしてその胸元の甲殻と甲殻の間に剣を刺して身体を浮かせたのだった。甲殻と甲殻の隙間なんて実際、数センチもない僅かな隙間。少女はその僅かな隙間に剣を突き刺したのだった。

 

 『ァア”ア”アァァ⁉️』

 

 これには辛抱たまらず、シェルレウスはうめき声を上げる。金属音に近いような、音として認識するのも難しいかもしれない。

 刺しっぱなしの剣を掴むことでシェルレウスの身体に張り付けてはいるが、この体制を支え続けることは厳しく、早く次の一手を少女は打つ必要があった。

 

 「くー…キツいなぁ…早くこの状態を何とかしなきゃ…」

 

 鳥も飛び続けることは出来ない。ケプトス達も走り続けることは出来ない。それが出来ないのは限界が存在するからだ。少女はライフルや装備を着込んだままで、後どれくらいぶら下がることが出来るのだろうか。限界はもうすぐそこまで来ているかもしれない。

 だから少女は限界が来る前に行動した。

 

 「よっとッ!!」

 

 少女は刺さった剣を鉄棒で遊ぶようにのようにぐるりん、と回転して、また高く飛んだ。この飛んだ一瞬に剣を抜き、手に持っていた。傷口は大きくなかったものの、出血はしていた。

 シェルレウスの顔辺りまで飛ぶと少女は背中のライフルを抜き、五発装填されてる内、二発をシェルレウスの右目に向かって放つ。

 発砲音と同時に弾がまっすぐ、シェルレウスの右目目掛けて火薬の香りを漂わせながら進む。弾丸は二発とも右眼球に命中しシェルレウスの右目の視界を奪った。

 

 『⁉️ッア”ァ”ァ”‼️』

 

 「うるさいッなッ!!」

 

 悲鳴を上げるシェルレウスに対し少女はうなじ部分に着手し、硬い甲殻を剣で刃物で貝をこじ開けようとするように手に力を入れた。

 甲殻は力の影響で少しずつ剥がれていく。そして小さな隙間が生まれ露になる筋肉。

 少女はその筋肉を睨むと固定する為に剣を突き刺す。モリを魚に突き刺すように、一点だけを狙って。

 見事、刃は筋肉を貫いて突き刺さった。僅かな隙間から大量の血が溢れ出してくる。刀身は返り血を浴び、赤く染まり、少女の薄く綺麗なピンクの頬は痣のように血で模様が描かれていた。

 少女は空いてる手でライフルを軽々と振り回すと、勢いよく銃口を傷口に無理矢理ブチブチと音を立てながらねじ込んでいく。そして残りの三発をリズム良く撃つ。

 弾は剣を刺して出来た、僅かな隙間を通って貫通した。

 

 「まだあるぞ…!!」

 

 強い口調で少女は告げるが、少女のライフルは一マガジン五発しか撃てない銃だった。

 つまり、今撃った弾丸でマガジンは空っぽになっているが筈なのに少女はまだ何か“しでかす気”だ。

 (しでかすと言うのは少女のとる行動は毎回、見てて危なっかしいものだから、周りの顔見知りからはこの例えが使われていた。)

 そう、彼女はまだしでかす気だった。これだけ致命打の攻撃を与え続けても尚、シェルレウスの息の根を完全に止めるまで、彼女が停止することは無いだろう。

 少女はポーチの横に引っ掛けておいた、マガジンをライフルで勢いよく下から叩くと、マガジンは宙に跳ねて、ある程度の高さまでいくと速度をつけて落ちてきた。

 空っぽのマガジンをライフルから切り離すと落ちてくる新しいマガジンを掬うようにして空いたスペースに入れると、今度は固定をする為、フラフラして今にも落ちそうなマガジンをシェルレウスの甲殻に叩きつけて固定した。

 

 「さぁ…終わりよ」

 

 少女は銃口を再度、シェルレウスの傷口に向けて終わりと告げると五発、狭い狭い隙間を狙って貫通させた。

 貫通した弾が地面に着弾する頃にはもう、シェルレウスは事切れていた。

 辺りは火薬の臭いと血の臭いが混じって混沌と化していた。

 

 

 

 

 

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 「おう、ご苦労様。どうだった?初めてのモンスターを討伐した感想は?」

 

 この集会所の空、否天井の無骨な金属の屋根がこのクエストカウンターを覆い尽くし、木製の支柱がそれを支えていた。

 此処はコルドールの集会所、というにはあまりにも狭く、古臭い木のテーブルが二つ、似たような状態の椅子が五つ適当に置かれていた。クエストボードだって他のどんな村よりもボロボロで小さい。それだけこの村では依頼されるクエストが少なく、在留のハンターも数少なく仕事も入ってこない。

 

 「情報も無しに…初めて見るモンスターを討伐とか馬鹿げてるんじゃないの?本当、信じらんない」

 

 「こんな村にまともな情報が入る訳ねーだろ。欲しいんならもっと栄えてる街に行くんだな」

 

 そうやって、自分には関係の無いと言わんばかりに言ってみせた大男のハンターと少女は会話していた。

 男は服がはち切れそうな程の筋肉で、腕や背中、顔にまで屈強で歴戦、そしてモンスター相手に隙を見せた阿呆の傷をつけていたが、男はこの中のどれかは妻につけられたものだと言っていた。

 

 「じゃぁ…貴方は此処で闘い続けるつもり?そんな屈強な身体なら……そう、別の街でハンターよりも良い仕事見つかるんじゃない?」

 

 あくまでもこの男の人生は自分とは無縁。だからどうなったていい、モンスターに喰われようが、別の街で仕事をして長生きするかなんて少女にとっては何の興味も湧かない。

 他人の武勇伝をいくら聞かされようが、それは自分には関係の無いことだと感じる。そういう時は聞いてるフリして、今夜の晩飯でも考えてた方が価値がある。

 少女にとって他人の人生は昨日の晩飯を聞かされるのと同じ程、つまらなく、無価値で、関係の無いもの。

 

 「いや…不器用なもんだからよ……こういうハンターみたいなおおざっぱな仕事が向いてるだろ?」

 

 「ええ…そう思う。そんなゴツい身体で機織りなんてしてたら私ビビってチビりそう」

 

 そもそも不器用なアンタが出来る訳ない。少女はそう思いながら皮肉交じりで大男に言ってみせた。

 

 「そういうのは家内の仕事だ。アイツ得意だからな、そういうの」

 

 「なら貴方にはこの腐った村に残ってもらわなくちゃ。私の服、作ってもらわないと」

 

 なんたってこの村はモンスターと闘う為の武器しか作らないものだから服や生活用品なんて、近場の街に行って買う必要がある。こんな蒸し暑い村出て行きたい、けれど職業がないから此処で武器を作る、狩りをする。そんな世紀末的な考え方、滅んでしまってもいいのにと誰もが思うだろう。

 

 「俺はこれから仕事だ。まぁ…コイツも何の情報も無いクソみたいなクエストだがな!」

 

 屈強な大男はガッハッハと独特の大きな笑い声を上げ、狩りに行ってしまった。

 

 

 

 

 あれからどのくらい、時間は過ぎたのだろうか。夜が来て朝が来て、それを飽きる程繰り返してもあの大男は帰ってこなかった。これだけ経ってもクエストから帰ってこない異常事態、村は大男はモンスターに負けて喰われたと判断した。

 

 「そんなっ……!夫はまだ生きてるのかもしれないのに…!?」

 

 悲しみの雨がコルドールの村全体を襲った日に、その考えは出された。

 危険性がある為、村のハンターも活動を休止する。そして大男の捜索はしないと知らされた。

 大男の妻は泣いていた。死んだと確定づける証拠も無いのに、捜索されることはなかった。

 その事に大男の妻は大粒の悲しみの雨に打たれながら泣き叫んでいた。誰にも聞いてもらえない本音、彼女の悲しみを共感しようとする人間はこの村にはいなかった。

 

 「泣き喚くだけならさっさと家に帰ってちょうだい。いつまでアンタの醜態を見続けなくちゃいけないのよ」

 

 雨に打たれてる少女の態度は大切なものを亡くした人にとる態度ではなかった。氷のように冷たく、真夜中のような静けさの中にある利口な化け物のような鋭い獰猛さがあった。

 

 「何よ…!?私の何がわかるの…?」

 

 大男の妻は静かに怒りを込めて聞き返すことしか出来なかった。それほどこの少女が恐ろしかった。

 我を忘れ、怒りに感情を任せることも出来ず、物静かな猛獣の前では静かに怒ることしか出来なかった。

 

 「いーや、何にもわからん。アンタの夫、ハンターだろ?私達ハンターはモンスターの命を奪ってる。時にはこっちの命が奪われる。今回はそのケースだったってことだな」

 

 「そんな軽い物なの…?命ってのは…!?貴女にとってはその程度に物なの!?」

 

 妻はさっきの物静かな怒りとは違い、荒れ狂った猛獣のような怒りをみせた。

 荒々しく、怒鳴り上げる。まるで少女を自分の夫を殺した相手だと思い込み、咎めるような態度。

 

 「逆に…アンタ、感じれるか?明日なくなるかもしんない、命の重さを…」

 

 「質問で返さないで!!答えなさい!」

 

 妻の綺麗な顔は雨と涙でぐちゃぐちゃで、美しい声も掠れてきて、それでも大きく、荒々しい声だった。

 

 「もし……私が今からライフルを持ってきてアンタ目掛けて撃ったら、アンタは簡単に死ぬ。そんなもんさ、命の重さ…いや、軽さなんて」

 

 「それとも…アンタ…撃たれて旦那がいるかもしれない所に行ってみるか?」

 

 少女の目は言葉は本気だった。なんらモンスターと変わりのない冷たい、血に飢えた目。小さく、けれども心の底から震え上がらせる声。

 

 「ひっ…!?あっ…悪魔め…!!」

 

 妻の目にはただの人の皮を被ったモンスターのように映って見えた。

 

 「帰ってくれ目障りだ」

 

 大男の妻はスカートが泥だらけになろうが、髪がびしょびしょに濡れようがお構い無しに少女に背を向けて、一心不乱に走り去っていった。

 

 「ン…?」

 

 少女は背後に視線を感じ振り向くと、家の窓から気付かれないように観察するような悪ガキみたいにひょこっと、覗いてる小さな男の子がいた。

 目が合うと奥の方から、その子の母親らしき人物が現れて、少女を怪訝な目で睨むと、青いカーテンを閉めてしまった。

 

 「私は悪魔か…?そんな目で睨まなくても…いや、恐い…か…簡単に人も殺せるからな」

 

 結局、普通の人からしてみればハンターも、モンスターも似たような存在。モンスターが怪物なら、ハンターは武器を使いこなす悪魔と言ったところか。

 少女の昔の夢は誰かを、この村を守るハンターになることだった。けど、そんなのもう昔話。

 ハンターになれても、民衆から悪魔と罵られ、蔑まされた目で睨まれての生活。

 『欲しかったのはこんなのじゃない』とずっと思ってる。それでも少女は耐えぬいていくしかなかった。

 ちっぽけな心の声なんて、心の谷で木霊となって消えていくだけだから、そう言い聞かせた。

 村全体に降り注ぐ大粒の雨は、少女をとことん、痛め付け、止むまで少女を家に帰らせなかった。

 

 

 

 

 

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 コルドールの朝は静かで、草食の動物がケプトスを警戒せずに、安心して平原のど真ん中で寝れるくらい平和だった。

 いつもこんなにも平和なら、ハンター達も命を懸けずに安心して村で暮らせるのに。

 少女は矛盾しているがハンターの仕事が無くなればいいと思っている。無くなってしまえば、これからの生活を支えるお金が稼げなくなってしまう。それでも、命を失うよりはマシだと思う。

 両親は早くに亡くし、親戚もいない、身寄りもないが、そこら辺で畑仕事でも手伝って生きていく。なんならコルドールで商売してもいい。少女はとにかくハンターを辞めたかった。

 守れるものも無いし、守ろうとしたものからは悪魔と罵声を浴びせられる毎日。少女にとってはモンスターと闘うよりも辛いものだった。

 少女は朝早くから外に出て、石で造られた塀の上に腰掛けながら、思いつく限りの罵声を浴びせられた思い出に浸っていた。

 

 『あれが悪魔…おっかねぇ顔つきだ』

 

 『ライフルなんて持って…早く村を出てってくれないかしら…』

 

 『ひ…!?あっ…悪魔め…!!』

 

 少女がこれまで浴びてきた、数多くの罵声が脳裏をよぎる。これだけじゃないが、全部数えきれる量ではなかった。記憶してられるのも限界に近い量だった。

 あの日からだった。村をモンスターから守る為、死ぬ思いでライフルを撃ち、剣を振るった。血だらけになりながらも少女は村に戻った。その時、村人達はモンスターよりも恐ろしい存在が身近に潜んでいた事を知る。

 血だらけになりながらも、モンスターを殺す悪魔の存在を。

 少女はボロボロの汚れた御守りをぎゅっと握りしめた。もう少し力を入れたら、折り目がつくほど強く。

 

 「こんな朝早くから何してるんだ?散歩って雰囲気でもねーだろ?」

 

 少女が思い出に浸っていると、銀髪の青年に声を掛けられる。

 この青年はこの村の中でも数少ない“少女に声を掛ける存在”つまり物好きというヤツだった。

 青年は顔も整っておりました背も高いし、服のセンスもあったがこの男、なんと職無しで無一文のような状態だった。そのせいで服選びのセンスも活かせていなかった。

 

 「そんなライフルと剣なんて持ってどこ行く気だ?」

 

 「……村の外よ。何か文句でもあるわけ?」

 

 青年の声色はニュートラル。この村では村長の言葉は絶対、それを承知して、わざと掟を破ろうとしている少女に怒って質問しているのではなく、ただ疑問に思っただけなのだろう。

 

 「いや、文句なんて無いさ。ただ一つ疑問に思ってね…君はハンターとしてモンスターを狩りに行くのか?それとも悪魔としてあの『大男のハンター』の死体を見つけ、嘲笑う為に行くのか、どっちだ?」

 

 依然変わらず、青年の声色はニュートラルだったが、さっきとは違う、真剣さが少女には伝わった。

 少女は空を見て、しばし考えた。自分は何をしに村の外へ掟を破ってまで行く意味を考えた。答えはすぐに思いついた。

 

 「どれも違うさ……私は、一人の人間として…確かめに行くだけさ。結果は分かりきっているけど、それでも何かしてやりたいだけさ」

 

 少女は笑顔をみせたが、口角がつり上がり過ぎていて、本物の笑顔のようには見えなかったが本心だけは青年に伝わった。

 

 「……君は昨日、あの妻に悪魔と言われていた…それなのに何かしてやろうってのか?少し優しすぎるんじゃなの?」

 

 「優しくなんてないさ。昨日は一回だけ、本気で怒ろうと思ったんだ。けれど、自分で大切なことに気付かなくちゃ意味が無い、って思ってさ」

 

 「悲しんでるだけでは気付けない“大切という概念の奥にある、かけがえのない存在”ってヤツか?よく君が口にしてる…」

 

 少女はコクリと頷き、塀から降りる。

 

 「じゃ…行ってくるよ…あ、くれぐれも言いふらすなよ?私が今言ってたこと」

 

 「あぁ…勿論さ」

 

 青年が手を振ると、少女は村の門をくぐって出ていってしまった。

 

 

 

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 少女が村を出てから小一時間程経つ。

 村を出てすぐの平原は広大に広がっており、抜けるのに何日かかるか分からないが、そんな距離を歩こうとする物好きは数少ないだろう。

 少女はただ昨日の雨のせいでぐちゃぐちゃになった地面を歩きながら太陽のもとに晒されているだった。

 

 「クソっ…暑い…」

 

 影なんかもなく、涼む場所もない、風も今日は全く吹かない。少女はこの日を選んだことを後悔しそうになったが、一日でも早く、伝えてあげたい気持ちの方が後悔よりも勝った。

 

 「あっ…あれって木?こんな何にも無い平原に…」

 

 少女が見つけたのは見渡す限り、何にも無かった平原に一本だけ、ポツンっと生えている大木があった。村の誰かが植えたのだろうか。

 しかし少女にとって、目の前に聳え立っている大木は涼むにはもってこいの場所だった。

 

 「ふぅー、やっと涼むめる…」

 

 安堵の息を漏らす、やっと息づける場所を見つけれたと少女は安心した。

 立派に聳え立つ一本の大木の陰に見知った顔の男がぐったりと横たわっていた。

 ──それは村の大男のハンターだった。

 

 「死んでる…」

 

 大男何かと激闘した後のような大きな傷をあちこちにつけており、火傷の跡、切り裂かれたような傷、肉をえぐられていて、寂しそうに一人、大木の陰で亡くなっていた。

 少女は言葉に出来ない感情になる。可哀想で、寂しいそうで、けれど心の底から少しずつこみ上げてくる怒りがあった。何に怒っているのか少女にすら分からない。けれど、時間が経つにつれ、理解できてくる。

 

 「なに…一人で寂しそうに寝てんだよ…まだ、早いだろ」

 

 早すぎることに怒ってるんだ、寂しそうに寝てることに怒ってるんだ、と少女は自覚する。また、あの馬鹿げた会話をして過ごしたい。そう思ったってもう、少女には遅すぎた。

 ここで少女の言葉を少し使わせてもらうなら、少女は大切さにも、かけがえのない存在にも気付くのが遅すぎたみたいだ。

 

 「ははっ…何だよ…その、幸せそうな顔して寝やがって…」

 

 金色に輝く、太陽の光が大男の顔を照らして表情がよく見え大男の首にかけられた黄金のネックレスが光を反射する。

 この大男は後悔しなかったのだろう。どんな思い出があったのか知らないが、きっと良いモノなのだろう。

 少女は大男に敬礼の姿をとっていた。

 ──あぁそうか、アンタはモンスターから村を、奥さんを一人で守ってみせたのか。

 大男の首に掛けられていたネックレスを少女は手に取る。ネックレスは血で汚れることなく、黄金に輝いており、飾り付けられてある青い宝石は日光を反射している。

 少女はネックレスを大男の首から外す。

 奥さんはこれだけじゃいやだろうけど、私に出来ることはこれぐらいと言い聞かせながら。

 その時、大男の顔に一瞬だけ影ができる。それは風のように通りすぎると、大木の近くで動くのをやめた。

 その影の上の空からは赤い水滴がポタポタと雨のように降ってくる。

 草や葉は揺れ、大地は震える。

 その竜は太陽を背にし、神々しさを放ちながら空の王者の如く翼をはためかせていた。

 見たことないのは当たり前。けれどそれはこの前闘ったシェルレウスとは比べ物にならない程の威圧感、その赤い甲殻は血で染まったかのようだった。

 身体は傷だらけだったが、少女を睨み口を大きく開け、威嚇する。きっと大男を殺したのはこの赤竜なのだろう。

 しかし、少女には怒りや、復讐の心は無かった。ただあったのは、この長い闘いに終わりという“ケジメ”をつけることしか頭になかった。

 

 「守ってくれてありがとう。大丈夫、そこで寝てて。後は私がやるから」

 

 それは少女の大男のハンターへの最後の感謝の言葉だった。

 

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 少女はただ目の前の相容れない存在を目で捉える。

 もし、分かり合えたならきっと、こんな闘いを殺した合いなんてせずに済むだろうに、それが無理だからハンターがいて、人々の生活を守ってる。

 そんな事くらい少女は分かっていた。それでも望んでしまう。けれどこの殺した合いには意味がある。

 ハンターとモンスターは確かに相容れないが、お互いに一番近い所で暮らして、生きているのかもしれない。

 皮肉な話だった。殺し合う仲のハンターとモンスターは似たようなモノだと少女はいつからか気付いていた。

 そんな事を考えながら、少女は赤竜に剣を振るい、ライフルを撃っていた。

 飛んでいる時にはライフルを撃ち、降りてきたらすかさず剣で畳み掛ける。

 銀色の刀身は熱で溶けているように竜の返り血で赤く染まり、ライフルからは火薬の臭いが鼻を突く。

 空を飛ぶ赤竜も今まで闘ってきたモンスターと違い、炎のブレスを吐き、とても大きな身体からは信じられない程の軽い身のこなし。

 お互い五分五分の闘いを繰り広げていた。どっちが先に倒れるか、いやどちらが先に油断してしまうかのレベルまで達していた。

 

 『─────‼️』

 

 赤竜は口を大きく開け、喉の奥から小さい太陽を放った。

 少女は小さい太陽を捉え、紙一重のところで回避する。離れた所で爆発し、辺りの草を燃やしていた。

 少女はさっき、赤竜のタックルをまともに受けてしまって、ずっとフラフラしぱなっしだった。もし持久戦なら倒れるのは少女の方が絶対に早く倒れてしまうだろう。

 なんとか踏ん張る。身体中の痛みが少女を意識だけの真っ暗な世界から引き戻してくれている。

 

 「ふぅ─────ゲホッゲホッ」

 

 浅い呼吸をするだけで肺は痛く、息をすることを拒んでしまう。口の中は鉄の味。臭いは鉄の臭いと火薬の臭いが混ざり、吐きそうになってしまう。

 それでも少女は闘いことを諦めはしなかった。逃げたらきっと、自分ではなくなってしまうから。誰かの為に闘うとか今はどうでもよかった。

 気付けばライフルの弾薬も全部撃ち尽くしてしまって残るは一本の剣だけになってしまった。

 赤竜も限界が近いのか空を飛ぶのをやめて、血反吐を吐きながら地面に脚をつける。

 お互いが次の一撃で決まる。そう本能が叫ぶ。

 

 「ハァ…ハァ…!」

 

 次第に少女の剣を握る手の力が強くなっていく。

 その次の瞬間、赤竜がこちらに向かって突進をしてきたその一瞬だった。

 少女は何も聞こえず、臭いを感じなくなった。

 あのうるさい竜の咆哮も、あの臭い混じった臭いも全て感じなくなった。ただゆっくりと赤竜がこちらに向かって突進してきている光景だけ。

 周りが真っ暗になる。さっきとは違う“虚無”だ。もう何も感じなくなった。

 けれど虚無の暗闇の中に一筋の光が入り込む。真っ直ぐと目の前に続いている。

 少女の頭は理解出来なかった。何が起こったかすら把握出来ていない。けれど少女は一筋の光に沿って、剣を突き出した。本能がそうさせた。

 

 ──そして“虚無の世界”から解放される。

 

 剣は赤竜の首を刺していて、完全に急所を突いていた。赤竜はバタンと血を流して倒れこむ。

 少女は勝ったのだ。その喜びも全然味わえなかった。生きてる実感が無い。あるのは色がついている竜の死体、草木、太陽、空。

 竜の眼には、水滴が垂れていた。

 空の向こうには一瞬だけ、赤い星が昼間なのに輝いたように見えた。

 少女はこの一瞬だけ世界がとても、とても広く感じた。今まで色んなことを知ったフリをしているように感じてきた。

 今起こった、命の炎がぶつかり合った激闘でも、他の色んな所からしてみれば、ちっぽけな争い事なのだろう。

 少女は自覚する、『自分の小ささを』、そして『世界の大きさを』。

 

 

 ▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

 

 

 

 「あぁ……話は大体わかったが…本気なのか?」

 

 少女はあれから村に戻り(村の中には入らず)門番代わりをしていた銀髪の青年と会話をしていた。

 

 「えぇ…もう決めた事。後悔は無いし…後戻りもなし」

 

 「…ツライ思いをいっぱいするかもしれないのに?」

 

 依然、今朝と変わらず彼の声音はニュートラル。今度は心配してような顔で言ってきた。

 

 「ちっぽけな水槽の中で泳ぎ続けるより、私は海で泳ぎたい魚みたいなモンよ…ツライ思いだって大切な思い出でしょ?」

 

 「村を出るなんて…正気の沙汰とは思えない」

 

 少女はあの竜を討伐した時から村を出ようと決心していた。──だから

 

 「後戻りもなし。私、もっと見たいの世界を、“大切という概念の奥にもかけがえのない存在”を増やしたいの」

 

 「その存在って結局何なんだ?」

 

 少女はいつの間にか成長していたみたいだ。肉体が、という意味ではなく、心が弱いままのあの時よりも強く逞しく大人に成長したいた。

 

 「これは私の答え。貴方は貴方なりの答えがあるはず。けれど私の答え、それは“思い出”だった」

 

 「思い出…?それが…かけがえのない存在なのかい?」

 

 「えぇ、そうよ。私にとって思い出だけが本物なの」

 

 小さい時に両親を亡くした為、ずっと一人で生きてきた。それでも小さい頃の両親の本物の思い出だけが残っていた。けれど他人より、思い出の数は少なく、欠けている。

 この欠けているモノを探して埋める旅をする。それが少女にとっての正しいと思う行動だった。

 

 「だからこれは私には無い欠けている思い出を埋める旅。きっともう此処には戻らない。だから最後にこれを奥さんに渡してあげて」

 

 そう言って少女は黄金のネックレスを青年に渡す。

 

 「あの人の顔…どうだった?」

 

 受け取ると、少しだけ悲しそうな小さな声で青年が聞く。

 

 「…とても幸せそうな顔をしてたよ…」

 

 「そうか…ありがとう」

 

 少女はそのまま青年に背を向けて立ち去ろうとすると目の前にじゃらじゃらと音を立てた巾着袋が投げられた。少女は何が何なんだか分からないままキャッチする。

 

 「少ししかねーが大切に使えよ」

 

 そう告げながら青年は立ち去って行った。

 

 「……!!ありがとう!!」

 

 少女はお金を貰った事に喜んだわけじゃなく、応援してくれたことが嬉しくて堪らなかった。

 少女いや、“ローズ・セイナ”は金色の髪を風に揺すぶられながら過去最高の純粋な笑顔をみせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ▽△▽△▽△▽△

 

 

 この物語は、ローズ・セイナ氏が残した日記をもとに作られた本である。

 この後のローズ・セイナ氏は港町で結婚し、二人の子供に恵まれながら生活し、最後は一人、桜の木の下でその長い生涯を終えたいわれている。

亡くなったところを発見した人からは「とても幸せそうな顔をして、亡くなっていた」と言われていた。

 ローズ氏は四十五歳という歳で亡くなられた。

 きっとローズ氏が幸せそうな顔をして亡くなったのは、探していた“思い出”を見つけれたのだろう。きっと後悔もせずに亡くなられた。人生はあってるかどうかなんて分からない。けれど、その人生が幸せだったのなら、間違ってはいないのだろう。

 “大切という概念の奥にあるかけがえのない存在”に気付くことが一番大事なのだ。これは人によって違う、貴方だけの答えを探す旅に出ましょう。

 私達は待っています。

 

 この大自然が生ける素晴らしい世界で───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品を読んで頂きありがとうございます。
あまり喋りすぎると、作者バレして怒られそうなので少なめにしておきます。
分かりにくい、少女の武器についてですが、今の太刀よりも少し短いぐらいです。
この作品は短編なので、これ以上続きは投稿しません。
ではまた何処かでお会いしましょう。


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