ハンターさんは、いつもみんなのために働いているよ!でもみんなはハンターさんが普段どんなお仕事をしているか、知ってるかな?今日は、そんなハンターさんのお仕事を覗いてみよう!

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旋風連刃【裏黒翼】(緑迅竜 双剣 3G性能)
嶺刻ブルトカロデナ(尾斧竜 片手剣 3G)



二人三剣一竜千刃

───歩く度に、足底が砂に沈む。

次の一歩を繰り出そうと踏み込んだ足は、柔い反動を伝えてまた沈み。

太陽の光を反射する砂漠に、女は嫌々と目を瞑った。

 

 

「......あっづい」

「アラシナ、腕の留め金緩んでるぞ」

「うわ、ありがと」

「警戒区域内だし気をつけろー」

 

 

男の掠れた声は、静かな砂漠へと溶けていく。

セクメーア砂漠のエリア5という、暑すぎると言っても過言では無い気候と砂地が、泥の中を歩くように二人の体力と気力を奪っていた。

 

 

「───とりあえず日影まで歩かない?オグもクーラードリンク飲んでるとは言え、暑いでしょ?」

「いいね。少し休憩でもするか」

 

 

少し先に見える岩場へと、二人は歩き出す。

オグと呼ばれた男は、白を基調としたベリオX装備のおかげで、多少蒸れはするが、素材の冷感もあってそこまで熱を感じていなかった。

対してアラシナと呼ばれた女はレックスZ装備。全体的に黒を基調としており、非常に暑く感じていて。

 

自らの中で最も良い装備を着ているだけなので不満は無いものの、女は少しだけ口を尖らせるのだった。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

「───千刃竜?」

「本来は樹海の奥に生息している竜なのだが、珍しく一般の狩場で観測されてな。オグ、ヌシに狩猟を頼みたい」

 

 

大老殿に低く、落ち着いた声が響く。

大長老から直々の指名に、オグと呼ばれた男は首を傾げた。

 

 

「......研究目的ですか?」

「いいや違う。既に被害が出ているからこその依頼である」

「そうですか。場所はどの辺ですか?」

「セクメーア砂漠だ。千刃竜の観測は叶わなかったのだが、被害を受けた者の数少ない情報と痕跡から、種と現在位置の特定はできたのでな」

 

 

閑散とした大老殿内部を見回し、大長老は大きくため息を吐いた。

 

 

「大老殿に所属するハンターで、かつ千刃竜の依頼を急ぎ任せられる実力の有る者は少なくての。元より他で対処できるハンターがいないと回ってきた依頼だった。皆が繁殖期で忙しい中、相応の実力を持つヌシと連絡が取れたのは幸いと言える」

「そこまで言われたら受けますが、俺一人だけですか?」

「否、樹海の奥で千刃竜に数度遭遇した事のあるハンターをなんとか一人呼び戻す事が出来た。彼女と共に向かって貰う」

「俺の知ってる奴だと助かります」

「アラシナという者だ」

「あ、知ってます知ってます。カード持ってるんで大丈夫です」

 

 

大老殿に入る事の出来るハンターは総じて相応の実力を身につけているため、固定のパーティを組む者は少なく、クエストに応じて臨時的にパーティを組むハンターが多い。

故に他の集会場では見られない特徴として、ギルドカードの交換が頻繁に行われる。

見ない顔がいれば取り敢えずギルドカードを渡して挨拶したりと、臨時メンバーを集める時のために前準備として皆カードを交換していた。

そしてカードを交換しているということは、一緒に狩りに赴いても大丈夫ということになる。ある意味で、保証のようなものだった。

 

緊急用の簡素なクエスト用紙を受け取り、男は依頼内容を流し見る。

ネコタクの手配に問題アリ、未観測と書かれているが、それ以外に目立った特別条件等は書かれていない。千刃竜という種の情報が少ないのか、添付資料の束が通常よりかなり薄いのも印象に残る。

大長老は大太刀の柄を撫で、心配そうに男を見下ろした。

 

 

「千刃竜は気性が荒く、縄張り意識が非常に強い。アイルーが怯えてネコタクにも支障を(きた)しておる。無茶無謀はしないようにな」

「わかっています」

 

 

受付に契約金を渡す。

何か嫌な予感がするが、いつもの事だと言葉を飲み込んだ。

 

 

「すまぬ。繁殖期でなければ人を集められたのだが、時期が悪かった」

「まぁ、人が多くても善し悪しですから。これでいいんですよ」

「ネコタクの保証がない以上、万一として信号玉を持って行け。最悪の場合は直ぐに信号煙を上げるように。到着まで時間は掛かるじゃろうが、キャンプに逃げ込んで待てば安全の筈だ」

「分かってます」

 

 

大長老の申し訳なさそうな顔に対し、特に気負う様子も無く、男はヒラヒラと手を振った。

 

 

▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲

 

 

岩場の影で、女が革袋に入った水を口に含む。

男は気球のいない空を見上げ、大きく溜め息を吐いた。

 

 

「繁殖期、今回どんな感じよ」

「ん?うーん、今は渓流の方が大変らしいよ。雷狼竜の縄張り争いと渓流に入ってきた泡狐竜の営巣がぶつかって大惨事。生態系に被害は出るわ輸送路にジンオウガが侵入するわで大慌てだって。大老殿に依頼来てなかった?」

「記憶に無いな。丁度違う依頼にでも行ってたんかな」

「かもね。ま、樹海で筆頭ガンナーさんから聞いただけだから、私も詳しくは知らないんだけど」

 

 

女は黒髪に付いた砂を払い、日陰に座り込んだ。

氷結晶を額に当てて体温を冷やしながら、ゆっくりと首を傾げる。

 

 

「ネコタク、ダメそ?」

「いるにはいるんだが、アイルーが怯えちまって警戒区域に近付こうとしねえってさ。怖いならここまで来たけど帰るが?」

「いやいいけどね。信号玉もあるし。......でもおかしいなぁ、千刃竜って強いには強いけど、そんなにヤバイやつだったっけ?」

「知らね。繁殖期で忙しくて臆病なのが残っちまったんじゃねえの?」

 

 

ネコタクに難ありとは、かなり厳しいクエスト条件だ。

(しか)し言ってしまえば、緊急クエストで条件に難があるのはいつもの事である。報酬が美味しいので不満があるなら受けなければいいの一言で済む話だった。

 

(しばら)く休んで暑さが紛れたのか、立ち上がって再度砂漠を歩き出す女。

 

 

「そうだ、千刃竜の事とか訊きたければ答えるよ。現地合流だったから全然情報共有できてないし」

「あー、姿形は資料で見たんだが、動作とかは書いてなくてな。その辺りを聞きたい」

 

 

エリア1と呼称される区域に向かいながら、女が考え込むように顎に手を当てた。

 

 

「うーん......千刃竜と言えば───」

 

 

言葉途中、ぶわりと背後の砂が舞った。

まるで、何かが落ちてきたように。

声は無く、二人揃って左右それぞれへ身を投げた。

砂から素早く身を離し、背後を向く。

 

其処(そこ)には、竜がいた。

金に近い黄の体を濃紫の何かが被覆し、赤みを帯びて見え。

口からは同じ濃紫の粒子を吐き、唾液は毒々しい色をしていた。

臭い。

酷く濃厚で、鼻を突く嗅ぎ慣れた血の臭い。

 

気配は無く、覇気も無い。

赤色に濁った竜瞳が、ぐるぐると忙しなく動いていた。

 

 

「───これが千刃竜か?」

「そう......だと思うんだけど、知ってる姿と違う」

「違うっつったって倒せばいいんだろ?」

「まぁ、そうだけど」

 

 

女が腰を落として嶺刻ブルトカロデナを構えた。

敵意を察知してか、竜がぶるりと身を震わせる。

千刃竜の周囲に鱗がボロボロと落ち、一際大きな呼吸音。

 

 

「ギ、オオオ......」

 

 

喉が枯れたような、濁った咆哮。

威嚇として成り立たぬような音量に、拍子抜けしてしまう。

 

よろよろと近付いてきた竜に、男が警戒を緩めず旋風連刃【裏黒翼】を抜いた。

相も変わらず迫力など無く、赤い瞳はグルグルと焦点が合っていないように見える。

死に体なのだろうか。

───否、この様子は遊んでいるのだと、直感でわかる。

 

 

「鱗と後ろ足に気をつけて!」

「応!」

 

 

男が斬り掛かろうと一歩踏み出した瞬間に、竜は確かに表情を歪めた。笑みとも、(あざけ)りとも取れる表情をするために、目尻と口を歪めたのだ。

 

カキ、と淡い高音が鳴った。

 

竜の前脚へと当たった旋風連刃は、紫の被覆を僅かに削るだけで、奥の甲殻を切り裂く事は叶わない。

硬く、剛く、強く。

男は柄より伝わってきた感触に、思わず目を見開いた。

大凡(おおよそ)生物に刃を当てたとは思えぬ反動。さも、岩に剣をぶつけたかのような感覚。それは、数多くを斬った経験の中で最も硬く。

 

 

「ク、オォ」

「んがッ!?」

 

 

笑うように息を漏らし、竜は無造作に前足を起点として回転する。

大質量の動作に、遅れるようにして太い尾が追随。

男の右側面へと尾が直撃し、くの字に曲がり突き飛ばされた。

数枚の鱗が周囲へと飛び、砂地に突き刺さる。

砂を滑って受け身を取った男は、女の方へと走る。

 

女はブルトカロデナを構えたまま、竜を観察していた。

体色も、様子も通常とは明らかに違う。

異常なのか、はたまた別種なのかの判断がつかない。

 

 

「......亜種?」

「いっでぇ......」

「骨いった?」

「いや、なんとか腕でガードして後ろに跳んだ。しかしなんだアレ。硬すぎる。千刃竜ってのはどいつもこいつもああなのか?」

「───違うね。見た事のある個体はどれもあんな色はして無かったし、一応切れ味が良ければ全身に刃は通る。その武器で弾かれるほど硬いのは知らない」

 

 

ゆっくりと狩人の方を向き、次は足を引き()り出した竜に、女は顔を(しか)めた。

 

 

「あれ、遊んでる」

「......“演技”か」

「ゲリョスの死に真似と違って、逃れる為じゃない。油断させるための遊びだよ」

「千刃竜ってのは嫌な性格してんだな」

「少なくとも他の個体がこんな事してるのは見たこと無いけどね」

 

 

ブルトカロデナの盾を構え、ジリジリと距離を詰める。

どう攻撃すればいいのかを考えながら、女は竜の様子を観察し続けていた。(やが)て、()ずはという形で男へと指示を飛ばす。

 

 

「全身を斬ってみよう。全部弾かれた時は別の対処を考える」

「全部弾かれたら逃げるっきゃねぇだろうよ」

「そうだね」

 

 

逃げられるのならば、ね。

そう続く言葉を飲み込み、二人は竜へと武器を向けた。

カシャカシャと鱗の擦れる音が耳に障る。

 

 

「さっき言った事だけど、鱗が飛んできたら絶対に当たらないように」

「そういや資料にもそう書いてあったな」

「刃鱗って呼ばれてて、鋭い上に破裂する。欠片が飛び散って、防具に入り込む上に皮膚がズタズタに裂けるよ」

「......そんなやべえのか」

 

 

竜の赤い双眸が女を捉えた。

足で地を(なら)して盾を構え直し、衝撃に備える。

 

足を引き摺っていた演技を辞め、竜は滑らかな動作で羽ばたいた。

飛びはせず、刃鱗を前方に飛ばして自らは後退。

 

対して女は、その動きに己の失策を悟り歯噛みした。

腰を落としていたが故に、回避は出来ない。

鋭い鱗が盾の表面に触れ、突き立たずに破裂した。

咄嗟に受け止めてしまったが、刃鱗の対処はこれではいけない。

衝撃が腕を抜け、盾が上へと捲られる。

 

辛うじて破裂した鱗は捲られた盾が防いだものの、女の目には今にも飛びかかろうとする竜が見えていた。

 

上手い。

人の狩り方をよく知っている。

そう考えていれば、竜の突進に吹き飛ばされた。

無防備な腹部への、直撃だった。

 

 

「ぉぁ」

 

 

肺より絞り出された息が、吐き気と共に昇る。

受け身も取れず、砂地を一度バウンドして全身を擦った。

唾液とも吐瀉(としゃ)とも取れぬ液が唇より漏れて砂を濡らし、立ち上がろうにも腕が震える。

 

追撃は来ない。

男が走り、竜の頭部を斬ったのだ。

紫膜の抵抗を受けるも、前脚ほどではない。

上より振り下ろした一刀は僅かに鱗へと届き、続く二刀は鱗を斬り。そして奥の皮膚を裂く。

竜の皮膚奥からは赤の血では無く、紫の血が吹き出した。

 

 

「......!?」

 

 

変色した返り血を浴び、驚いて距離を取る。

男の狩人活動において、赤紫の血を見たのは初めてだった。

異様としか言い様の無い色。強い忌避感を抱きつつ、女から意識を逸らした竜を見て声を出す。

 

 

「今のうちにどうにかしろ!」

「お」

 

 

震える手でポーチを弄り、薬草を口に突っ込む女。

時としてコルク栓されている回復薬よりも、薬草を(かじ)る方が早い事もある。

口内の苦味に顔を顰めながら、呼吸を整え始めた。

 

───男は柄皮が軋む程、腕に力を入れる。

僅かな敵意と、苛立ちが少々。

赤の瞳が、明確に此方へと焦点を合わせていた。

 

あれほど感じられなかった威圧感が、今は恐ろしい程に肌を刺す。

気持ちが悪い。気味が悪い。

紫に濁った唾液を散らし、顔の刃鱗を逆立てて竜が吼えた。

 

 

「オォ......!!!」

 

 

男は思わず耳を塞いだ。

強烈な嫌悪感が込み上げる。

竜を被覆する紫の粒子が周囲へと散り、キラキラと光っていた。

狩人の目にはそれらがどこか(おぞま)しく見え、戦意が僅かに引く。

それでも、男の剣を持つ腕は下がらなかった。

狩ると決めた。もう、決まっている。

だから、例え最期を迎えようとも狩人として(たお)れていく。

 

両の腕を大きく掲げた。

呼吸は深く、体が求めるままに、新鮮な空気で肺を満たす。

 

 

「アァ......ッ!!」

 

 

興奮状態に筋肉は隆起し、血流は加速して。

竜へ相対する男の兜内、()相貌(そうぼう)は鬼の如く。

 

一歩は軽く、二歩も軽い。

回転を交えて全身を振り回し、竜の体を潜り抜ける様に切り刻む。

 

頭、刃が通った。

腹、刃が通った。

後脚、硬い。凄まじい反動に弾かれた。

 

 

「アラシナァ───!!」

「むんッ」

 

 

体下の異物を嫌い、飛ばんと翼を広げた竜の頭へ、女が跳び込んでブルトカロデナを振り下ろした。

体重の掛かった意識外からの一撃に、怯みはしないが動きを止める。

 

女は動きを止めず、死角に入り込むようにして連撃を繰り返そうとして、即座に辞めた。

 

 

「逃げて!」

 

 

叫びを聞き、男が体下から抜け出そうとするも、もう遅い。

竜が体を揺らし、鱗の破片がパラパラと地に落ちる。

改めて羽ばたいた翼から幾枚もの刃鱗が飛び、地に突き刺さった。

 

 

「ッ!?」

「マッズ、い......」

 

 

男の体に当たった刃鱗が“破裂”し始める。

一度目の破裂で破片が飛び、幾つかが防具の隙間に潜り込んだ。

更にその破片が、防具の中で“破裂”する。

 

 

「ぐッ!?」

 

 

防具の中で、各所がズタズタに裂ける感覚。

動くだけで傷口が潰れ、開き、激痛をも(もよお)した。

そして動きを止めた男を狙い、竜は空より勢いをつけて滑空する。

男は痛みで咄嗟に動けない。が、女はその状況を“知って”いる。

走り出しは早く、竜より先に男に向かって跳び、思い切り蹴飛ばした。

裂傷が痛むとは思うものの、直撃よりはマシだろう。

 

 

「───ッガァ!」

「早く回復薬を浴びて!暫く(うずくま)って動かなけば傷口が癒着───」

 

 

最後まで言い切る間も無く、盾を構えて(まく)られないように丁寧に刃鱗を弾く。

女は冷や汗を掻きながら、僅かに眉を(ひそ)めた。

竜は全く隙を見せず、疲れを一切考慮していない戦い方をしている。何時かは疲労で動けなくなる程の苛烈な責めに、奇妙な違和感を感じていた。

 

然し、その“何時か”を考える暇も、待つ余裕も無い。

刃鱗を弾いた女へ、竜は一気に距離を詰めていた。

更に、頭を振りながらの接近により刃鱗が飛ばされる。

 

 

「ぐっ、ぬ、う......!」

 

 

盾で防ぎ剣で受け流し、どうにか隙を窺うが、竜が歩幅にして十歩程度まで近付いて尚も隙が無い。

剣と盾を守りに使ったせいで腕は淡く痺れ、腰を落としても砂のせいで重心の“()わり”が悪かった。

女は、人の狩り方を熟知した竜の動き方に、心の底から恐怖した。

 

 

「この......っ!」

 

 

一歩が踏み出せない。

刃鱗が周囲を飛び、迂闊に回避行動を行えば確実に当たる。

それを予知した上で、女は動きを止め、竜が近付くのを認識しながらも刃鱗を弾かざるを得なかった。

 

戦闘に()いて、選択肢が多い事は絶大な有利さを持つ。

しかし竜は、追い詰める技術を用いて女から刃鱗を防がせる以外の選択肢を奪い取った。

強引に、確かな技術を用いて人を狩っている。

 

女の目には、竜が撒き散らす粒子により、周囲が薄暗く見えていた。

一際輝くは赤の竜瞳。

逆立つ刃鱗に紛れ、黒紫の爪が見えた。

 

───これは(かわ)せない。

認識が遅れた。

せめて、急所は避け───

 

 

男は蹲った状態から勢い良く砂を蹴り、走り出していた。

竜と女の隙間に割り込む為に、癒着しきらぬ傷口がブチブチと千切れる痛みを忘れ、刃鱗すら気にせず一直線に目的へと向かう。

防具に当たった幾枚もの鱗が破裂するが、ここで一人失う方が損失として大きい事が判っていた。

だから、男は迷い無く竜の前へと傷塗れの体を晒したのだ。

 

足で女を後方へと蹴飛ばし、双剣を十字に構えて前足を受ける。

宙に踏ん張る事は出来ず、突き出された爪の勢いで後方へと突き飛ばされた。

 

 

「ッ」

「ぅ」

 

 

蹴飛ばされた女を巻き込み、二人して砂の上を転がる。

腕で砂漠に線を描いて勢いを止めると、女は即座にポーチ内の回復薬グレートを取り出して男に掛け、自らも半分ほどそれを飲む。

 

───盾を構えた。

 

足を据え、また同じ構えを取る。

嘲るように鼻を鳴らした竜に、女が口角を上げた。

 

 

「はぁ、痛い痛い」

 

 

女の背後で、血塗れの男が立ち上がる。

口内の血を吐き出し、体を揺らして防具に溜まった回復薬を溢し。

 

 

「キツイな。こりゃ一人じゃダメだ」

 

 

男が双剣を構え、大きく息を吐いた。

柄皮を握れば、狩人達の聞き慣れた軋む音。

 

 

「お前に任せるぞ」

「よし、私が前」

「俺が後」

「前は後を(まも)り」

「後は前を(たす)く」

 

 

狩人達は、互いを強く意識した。

顔を知っているだけで共に狩りに行った事など無いが、二人の経験と天性の直感が、互いの動きを補完するイメージを働かせる。

二人とも、少しばかりペアとしての狩り方を忘れていた。

訓練所で学んだ言葉を復唱し、竜へと向かい合う。

 

 

「守勢で行く」

「任せろ」

 

 

不動として陣取った女の背後で、男は竜を見た。

遊ぶ様子は見られないが、未だ顔は笑みのように歪んでいる。

 

乾いた空気を切り、刃鱗が飛ばされた。

盾は的確に刃鱗を弾き、後ろの男を守る。

先程と同じ様に接近し始めた竜に、男がにたりと笑った。

 

 

「背を曲げろ。踏む」

 

 

刃鱗を防ぎながら女が背を丸めれば、僅かに勢いをつけてその背を踏み込み、男は跳んだ。

上へと飛び出した存在へ、竜の視線が誘導される。

その隙を見逃す程、女は甘く無い。

 

竜へ飛びかかった女はブルトカロデナで顔を殴りつけ、竜の意識を下に向けさせる。

そして意識が逸れた上から、男が双剣を背に叩きつけた。

紫膜を抜けて鋭い刃鱗を割り、皮へ剣が突き刺さって血を滲ませる。

 

返り血を浴びながら、男は背を掴んだ。

竜に(また)がれば、振り落とそうと暴れ始める。

紫の粒子を撒き散らしながら、竜が飛んだ。

 

千刃竜の高い制空能力は、飛竜種の中でも群を抜いている。

迅竜や轟竜に似た骨格ながら、空中での停滞と滑空は元より、静止から高速機動を非常に短い間隔で繰り返す事が出来る程だ。

故に、宙で暴れ始めた千刃竜の動作と言えば、凄まじいものであった。

 

刃鱗の断片が降り注ぎ、女は盾と剣でそれらを弾く。

男は跨がってはいるものの、強く足を締めれば刃鱗が突き刺さるために踏ん張る事が出来ない。

双剣を傷口に突き刺す事で取手とし、なんとか落ちずに済んでいると言うのが現状であった。

 

それでも、動きを止めた瞬間に関節の動きを阻害する程度の事はできる。

ほんの僅かな挙動の隙間に、男は動いた。

バランスを制御するために動きを止めた数瞬を狙い、羽ばたく前足に双剣を叩きつける。異様に硬かろうが、関係無い。

案の定、武器が弾かれるも、竜は翼の制御を乱して腹から地に落ちた。

 

 

「背も比較的柔い!」

「頭いく!」

「応!」

 

 

女は竜へ向けて一直線に走り、勢いのままに頭部を盾で殴りつけた。

紫膜の抵抗を受け、肉を打つ感触は無い。

それでも刃鱗はひしゃげて表面に傷を残す。

 

流れるように回転。

裏拳の要領で、剣を顔横に叩きつけた。

頭蓋の硬さに表面で止まった剣を、“溜め”として再回転。

頭部を通り過ぎ、加速した勢いに任せて首へと剣を振るう。

肉まで抜けた感覚に、女は“剣を離して”更に再回転。

後ろ回し蹴りで傷にめり込んだ剣を蹴れば、更に肉深くへと刃が沈む。

 

 

男は起き上がらんと地に手を突く竜の前脚を剣で打つ。

紫膜の凄まじい反動に、柄を持つ腕が痺れた。

それでも、起き上がらせまいと前脚を狙っている。

ほんの僅かな時間稼ぎは、女の攻撃を完遂させ。

 

 

「流石ァ!」

「おーう!!」

 

 

見事な回し蹴りを横目に、男は柄皮を握り締めた。

疾風連刃を振り被って起き上がる竜の腹下に滑り込むと、力の限り振り下ろす。

抵抗を抜けて血を散らした剣は、勢いのまま砂地に刃を沈ませた。

そのまま男は止まらない。

極度の前傾となって武器を砂に叩きつけた体勢は前転へと移行し、再度剣を振り被った姿勢へと至る。

 

 

「───ッガァ!!」

 

 

背を反り返らせる程筋肉を引き絞り、弾けさせた剣は深々と腹を斬り、竜が(うめ)く。

完全に起き上がった竜は痛みに対し、怯みより先に怒りを感じていた。

身を溢れん限りの怒気に、全身の刃鱗が(ざわ)めく。

目の前に動く全てを鏖殺(おうさつ)して尚も、気が済まないだろう憤怒。

 

 

「ォオオオ......ッ!!」

 

 

 

紫の粒子が宙を舞い、怒声が砂漠を震わせた。

狩人の肌を音が叩く。

咄嗟に耳を塞いでしまう程に耳障りな咆哮。

凍るような怖気が、狩人の頭頂から足先を貫いた。

 

酷く非生物的な悍ましさ。

さも、屍が闊歩しているかのような不気味さ。

爛々と狩人を睨むは、濁赤の瞳。

男は感じていた違和の正体を、言葉という形に落としこんだ。

 

 

竜に、一切の生気を感じられないのだ。

 

 

例え動いていても。

例え吠えようとも。

例え怒気を発露させようとも。

“生きている”と肌で感じられる生命力が、何一つとしてそこに無く。

 

兜の内で、男は恐怖した。

知らないでは無く、理解が出来ない。

見た事も無い竜なら、何度も相対した。

それでも、屍が動くという非現実感を前に、男は気勢を欠いたのだ。

 

 

「オグ、来るよ」

「少し待て、信号を上げる。赤だ」

「......わかった」

 

 

それでも、男は疾風連刃を更に強く握った。

歯を食い縛り、気持ち悪さを全て飲み込む。

男が地に投げた玉は赤煙を発し、遥か上空まで登っていった。

 

赤の信号煙は“撤退不可能”の意。

古龍級生物との遭遇等、甚大な被害が発生する可能性がある限定的条件下でのみ狩人が判断するそれは、ここから逃げる事が出来ない。転じて、“助けに来るな”又は“周囲一帯の封鎖”を意味する。

この信号が観測された場合、古龍観測隊の気球ですら周辺区域から一時撤退。ギルドの指示によって狩場周辺が封鎖され、狩人の増援が準備出来次第投入されて厳戒態勢が敷かれる事となる。

 

 

「赤でいいの?橙でもいいと思ったけど」

「大事を取ったとでも思ってくれ」

「そか、じゃあそう思っとく」

 

 

生命力を感じられないが故に、古龍に相対した時の押し潰されるような覇気が感じられない。それでも男は、この個体が尋常ではないと判断した。

物事を楽観も悲観もしない男の平坦な感覚は、時として正しい選択を導き出す。

 

竜の瞳が、狩人を捉え。

 

 

「一応言っとくが、もう逃げられないからな」

「初めからそのつもりだけど」

「強気かよ」

「めちゃめちゃ強気」

 

 

竜の怒気を受け流し、狩人達は武器を構えた。

刃鱗を撒き散らしながら、竜は地を這うように走る。

四つ脚で砂を掻く轟竜にも似た走り方は、骨格の不向きによってそこまで速くないものの、狂気と怒気を顔に張り付けて接近する竜の迫力は凄まじい。

 

 

女は刃鱗すら飛ばさない竜に強い違和を感じていた。

何の細工すらせずに接近する竜を前に、女が選んだ行動は全力の回避だった。

対して男の選択は受け流し。双剣を構え、体の隙間を滑り抜けようと集中する。

 

 

狩人達の直前で、竜は瞬時に翼を広げた。

空気の抵抗を受けて翼に負荷が掛かり、肩が、そして上半身が追随して持ち上がる。紫の粒子が竜を見上げた狩人達に降り掛かり、そして次に刃鱗が降り注いだ。

 

男は剣で弾き、女は盾で弾く。

その動作により、竜への対処が遅れる事となった。

 

宙へ跳び、翼は空を叩く。

足は地を離れ、立つような姿勢のまま飛翔した竜は、羽ばたきによって刃鱗を落としながら狩人の上空へと移動した。

逆光によって黒いシルエットとなった竜を見上げたまま、男は叫ぶ。

 

 

「踏まれるぞ!!」

 

 

女は掲げていた盾を下げ、即座に横に身を投げた。

盾が意味を成さない竜の(あしゆび)を、女は知っている。

 

踏むという表現は正からず。竜の後脚が、女のいた場所を宙から“蹴飛ばした”。

並の飛竜ならば墜落しかねない動作を平然とこなし、尚も竜は宙で身を翻す。僅かに高度を上げ、直線滑空を開始した。

竜が狙うは男。首を僅かに傾ければ、刀角の刀紋が妖しく光る。

 

 

回避という選択肢を、男は捨てた。

直線的な動きを躱す事など容易いが、宙から素早い身のこなしによって再度狙われるのも面倒で。

女の手を引くと、男は口早に意図を伝えた。

 

 

「さっきと同じだ。盾を構えててくれ」

「あいあい」

 

 

女の洗練された構えは、砂上であろうと据わり良く。

背を登り肩を踏み、男は迫る竜の顔目掛けて跳んだ。

刀角の左横を滑るように抜け、竜の頭頂に疾風連刃を刺す。

 

竜の勢いに、男の体が後方へと流れた。

双剣を逆手持ちに変えれば、横回転にて頭部から背へと体表を転がって足跡の様に傷を残す。

一定間隔で紫膜が削れ、淡い光を宙に散らした。

 

ガツリ、と右剣が背の傷に深く刺さる。

刃鱗の隙間に噛んだ剣を力付くで更に押し込めば、何かを突き抜けた感覚がして、竜が全身の痙攣と共に翼の動きを止めた。

 

墜落する竜の背で、男は剣を引き抜いた。

噴き出した紫血を浴びながら、男は表情を鬼へと近づける。

 

盾で滑空突進を喰らって吹き飛ばされていた女は、回復薬で腕の痺れが取れた事を確認すると即座に走り出した。

竜の頭に剣を叩きつけようと柄に手を掛けた女は、竜へあと数歩の場所で地を“踏み損ねる”。

 

 

「え」

 

 

跳ね返るような、足底に伝わる予想外の抵抗。

足の下で破裂音が響き、脚甲の中へと“刃鱗の破片”が侵入してきた。

 

前に倒れ込む最中、脚甲内で破裂。

足の皮膚を裂き、刃鱗が傷口にめり込んだ。

 

 

「い゛ッ!!?」

 

 

激痛に呻き、受け身すら取れずに顔から砂に落ちる。

女は何があったのかを正しく理解し、その上で脂汗を滲ませて歯を食い縛った。

 

砂漠の砂は細かく、些細な風で表面に乗ったものを隠してしまう事がある。竜のばら撒いた刃鱗など、すぐに埋まってしまう筈だ。

無数の刃鱗は砂に隠れ、迂闊に踏めば破裂する。

罠を仕掛けられた。それも、狩人が思い通りに動けないように。

 

痛みに呻きつつ、女は手早く脚甲の留め金を外して脱いだ。

回復薬グレートをズタズタに裂けたインナーの上からぶち撒け、僅かに残った中身を飲む。

布地に癒着しようが、今が問題無ければそれでいい。

 

 

「起きるぞ!」

「もう少しどうにかできない!?」

「やるだけはやる!!」

 

 

主に背を斬り続けていた男の声に、女は脚甲を履き直す。

起き上がろうとついた竜の前足を男が剣で叩くが、やはり紫の粒子を削って弾かれた。

 

起き上がった竜は、体を揺らして刃鱗を逆立て。

歯を剥き、笑みのような表情の歪みは確かな憤怒へと変貌する。

 

体から周囲に撒き散らされた紫の粒子は濃度を尚も増し。

昼間を過ぎて僅かばかりの時間だと言うのに、薄暗くなったように錯覚する程へ。

 

 

「ェホッ!さっきからんだよこれ......?」

「さぁね。足下、鱗を罠みたいにしてる。強く踏み込むと拙い」

「どうやって避けりゃいいんだよそれ」

「強い踏み込みをしない事かな。できる?」

「......まぁ、できるが」

 

 

竜は威嚇すらしなかった。

ただ、殺意のままに狩人の息の根を止めようと飛翔した。

頭部の刃鱗は逆立ち、細身に見えたフォルムが一回り大きく見える。

 

羽ばたきに合わせ、紫の粒子が少し離れた狩人の方へと流れていき。

 

 

「ゲフ」

「オグ!!」

 

 

背を丸め、咳き込んだほんの2秒ほど。

───たった2秒で、竜の後ろ足が男の真横に迫っていた。

 

 

「ぇ」

 

 

千刃竜の飛行能力が真価を発揮するのは、中距離における曲線滑空である。

僅かに回り込むような角度で迫る足に、反応する頃には既に遅く。

2秒。それは、宙で構えた千刃竜へ見せるには、大きすぎる隙だった。

 

庇おうと盾を突き出した女を吹き飛ばし、前後二本づつに分かれた対趾足(ついしそく)が男を強引に掴む。木に止まる鳥類などによく見られる趾の形は、物を掴む事に秀でていた。

人一人、飛翔の問題程度にもならないとばかりに、男を掴んだまま竜は空を飛ぶ。

 

 

「っ、は」

 

 

ミシリ、と防具の軋む音が男の耳に聞こえた。

純粋な握力による圧迫に、丈夫な筈の防具が悲鳴を上げている。

双剣で斬りつけるにも、掴まれ方が悪くて腕を動かせない。

胸が押さえられ、呼吸すら上手く出来ず。

 

女が咄嗟にポーチから閃光玉を取り出そうとしたところで、竜が動きを見せた。

地に片足で降りると同時、後脚を振り被るように上げたのだ。

 

 

「......ッ!」

 

 

剣と盾を即座に腰へ戻し、ポーチに突っ込んだ手を前に出す。

その動きを過去に一度見ていた女は、竜の次の行動が把握できていながら、躱すという選択肢ができなかった。

 

───相当な力で投げられた人間は、どうなるのか。

先ず、空気抵抗に負けた体は腰を起点に折り畳まれ、受け身を取る事が出来ない。

次に、着地では無く墜落という表現に見合った大地との激突。

人間一人分の自重が速度を持って大地に接触した時、骨には果てしない負荷がかかる。

砂漠の砂には当然ながら石があり、墜落後の滑りによって防具が削れ、仮に皮膚でも露出しようものなら(おろ)しとなるだろう。

 

 

「すま―――」

 

 

竜が、男を女に向けてぶん投げた。

人間大の質量を受け止めるべく、女は腕を淡く曲げる。

 

飛んできた男の防具に手をつき、足を踏み込んで衝撃を吸収する。

勢いを殆ど失って地に落ちた男が急いで立ち上がろうとしたところで、女が頭を踏みつけた。

 

 

「今はダメ!」

 

 

男が問うより先に、女が竜の蹴りを受けて遥か後方へと突き飛ばされる。

 

男を投げ捨ててすぐに宙へと翔んだ竜は、二人を纏めて蹴飛ばさんと僅かに高度を上げて構えていた。

滑空し、最高速度のまま趾を広げ、全体重を乗せて放つ蹴り。

男は地に伏せていたが故に当たる事は無かったが、咄嗟に盾を構えた女など良い的でしかなく。

 

盾を持つ女の指から、バキリと嫌な音が聞こえ。

どの指から鳴ったのかなど、女には気にしている余裕も無い。

砂の地をバウンドする程の勢いで転がった。

 

嗚咽(おえつ)を漏らし、それでも視線を下げまいと、口端から胃液を垂らしながら立ち上がって顔を上げる。

 

 

何も、見えなくなった

 

 

「俺の方へ全力で跳べ!!」

「ぅ」

 

 

声の方へ、全脚力を用いて身を投げた。

ぼんやりと黒とも赤とも取れない色しか見えない。

背の上を、凄まじい速度で何かが通過したのを女は感じる。

 

駆け寄った男に腕を掴んで立たされた女が、真っ赤に染まった顔で呆然とした表情を作っていた。

 

 

「私、顔、どうなってる」

「裂傷が酷い。右目は...ダメだな。左目はまだ何とかなる」

 

 

竜に背を向けて逃走する事などできない。

生命の大粉塵を振り掛け、右目を布で隠し応急の眼帯とする。

 

 

「左目、見えるか?」

「い、がッ......なん、とか......千刃竜は?」

「......向こうの岩を蹴ってるな。気でも狂ってんのか?」

「否定できないね。少なくとも普通の奴はあんな事しなかった」

「それじゃあアイツはなんだ?」

「......知らない。ただ、異常な状態なのは確実だね。狂ってるのも間違いじゃ無いかも。ゲホ、ゲッホ、確かに赤信号は正解だったね......うぇ、顔が引き攣る」

「顔ズタズタだからな。寧ろ目を失ってよく平然としてられるな」

「痛みが麻痺してる。多分指も折れてるんだけど、今は動かし難いぐらいにしか感じられない。感覚が薄い」

 

 

それは、と言葉を続けるより先に、竜が狩人達の方を向いた。

子供のような、無邪気な仕草で首を傾げる。

そんな竜に対し、男は凄まじい嫌悪感を抱いていた。

 

竜の動作には、こちらを煽り侮辱するような意味が込められているように感じるのだ。

大きく舌打ちをした男は、女にコルク栓を抜いた回復薬グレートを渡す。

 

 

「目、見えてるか?」

「辛うじて。距離感がまだ掴めてないね」

「......前後交代だ。攻勢とまではいかないが、強気にいく」

「了解」

 

 

興奮は収まったのか、狩人を伺うように竜の赤い瞳がグルグルと揺れていた。

歩きながら自らばら撒いた刃鱗を踏み、高音が鳴る。

破裂した断片が紫の粒子に弾かれ、悍ましい光を帯びていて。

 

 

ふと、男が背を曲げた。

 

 

オェ、ッハ......ゲッホ!

オェ、ッハ......ゲッホ!
「           」

「オグ!」

わからんがヤバ......ゲホ、ゴホッ!

わからんがヤバ......ゲホ、ゴホッ!
「                」

 

 

呼気に紫の粒子が混ざり、吸い込んだものを吐き出そうと体が反応していた。

やがて、癒着しかかっていた裂傷から、どろりと血が流れ始め。

 

 

「傷が......!?」

「あぁ、くそ!出血毒か!?」

 

 

二人は、この粒子の正体を知らない。

胞子を飛ばして繁殖する菌糸類のように、生殖細胞の含まれる鱗粉を飛ばして寄生し、屍から顔を出す竜がいる。

後に狂竜ウイルスと呼称される“それ”は、生物の体に入り込むと特殊な物質を体内で精製し、神経、身体能力の異常、抵抗力の低下を生じさせる。

人の場合、自己回復能力の低下などが生じる事もあり、傷口の凝固が遅くなったりする。まるで、出血毒のように。

 

そして竜に密着していた男は、相当量の粒子を既に吸い込んでいた。

 

 

ゲホ、解毒薬......効かねぇか?
ゲホ、解毒薬......効かねぇか?
「              」

「水分少なめの回復薬は?」

「一応あるけど塗ってる暇がねぇなあ!」

 

 

旋風連刃を抜いた男が刃鱗を弾く。

血が防具の隙間から垂れ、地を濡らした。

 

 

「次はこっちからいくぞ!俺の後を来い!!」

 

 

双剣を握ったまま、男は拳を地に当てる。その姿は獣に見え。

体重を分散させ、地に隠れた刃鱗を弾けさせない工夫を用いて四足で走る。

 

 

「3、4、7、10!」

「助かる!」

 

 

僅かに砂を踏む違和から、おおよその怪しい点を簡略化して伝え。

竜の顔前まで男は走り抜けていく。

時折飛来する刃鱗を片剣で受け流し、散った破片で体が刻まれようとも、もう止まれない。

兜の留め金に破片が当たり、ばらりと解けた防具をかき集める素振りすら見せずに頭部を外気に触れさせた。

 

いつしか、男の黒い瞳は紫に近い色を宿していて。

鬼を超えて正に獣とでも言うべき相貌を竜の顔前へ晒す。

 

───辿り着いた。

血を流し、裂傷に塗れた体を回し、全体重をかけて片剣で竜の顔を切り刻もうと振るう。

顔を逸らした竜の角へと剣が当たり、高音が鳴った。

 

 

「あぁあああ───!!」

 

 

弾かれた片剣を逆手へと持ち直し、角横へと突き刺し、足を上げ竜の顔を踏みつけ。勢いのままに、剣で竜の頭部から背へと駆け登った。

傷塗れの背へと剣を突き刺し、大雑把に傷を抉り鱗を剥がして皮膚を刻む。

 

女の盾を持つ指は青紫に腫れているが、まだ掴めていた。

男に続き、指示のあった場所を避けて疾走する。

感覚は曖昧になっていて、意識しないと盾を落としてしまいそうだった。

踏み込まず、逆手に持った剣を竜の顎下からカチ上げる。

 

紫の粒子のせいか、喉が痛い。

女は小さく咳を溢し、それでも動き続ける。

ブルトカロデナの剣は、突く、刺す事には向かないが、斬る事に長けていた。

竜の喉に下から剣を当て、思い切り蹴り上げる。

刃鱗を砕き、皮膚へと深く食い込んだ剣を抜き、更にもう一度剣を当てた。

 

 

「もう......一回ッ!!」

 

 

再度蹴り上げられた刃はついぞ竜の皮膚を抜けて肉を断ち、大きな傷を残す。

紫の血が吹き出し、女の体と砂の血を濡らした。

続く動きで竜の首を盾で殴ろうとするも、竜が素早く後退してあらぬ方向へと体の向きを変えた。

盾は前足に弾かれ、予想外の当たりに捲られる。

 

 

「あ」

 

 

掴む力が足りなかったせいか、盾が指から抜けた。

背後へと飛んでいく盾に意識を割く間も無く、竜が体を揺らす。

全身の刃鱗が地に落ち、男がまた羽ばたくのかと背にしがみついた瞬間、竜が地を蹴った。

 

突如女の右へと走った竜は右前足を起点として切り返し。

隻眼となった女の死角を狙い、竜が走る。

 

 

「ガァアアアアドォッ!!!」

「ッ」

 

 

竜の背に乗ったままの男には、視界から消えた竜を、顔ごと動かして探す女の姿が見えていた。

盾は無く、だらりと下げた指はほぼ全てが青黒い。

もう回避は間に合わない位置であり、せめて無防備は拙いと叫んだ。

男の声に反応して辛うじて剣でガード姿勢を取るが、竜はそんな女の直前で左前足を起点として回転した。

 

衝撃に備える女の背へ、撓った尾が叩きつけられる。

想定外の方向から受けた衝撃に呆気なく吹き飛んだ女は、受け身を取ろうとして失敗した。

 

脳が揺れ、起き上がる事ができない。

臓腑に抜けた衝撃と回る視界に、思わず嘔吐した。

苦味と酸味を混ぜたような臭いが鼻を抜け、涙が溢れる。

どうにか顔を上げれば、竜が宙で暴れているのが見えた。

 

竜の背を掴む男は、口内に詰め込んだ薬草を噛んで痛みを誤魔化す。傷が凝固せずに流れ出る血のせいで、白い防具の各所が赤の色に染まっていった。

暑くも寒くも感じなくなり始めた感覚の中で、男は肉と刃鱗の判別がつかないほど刻んだ背へ、更に何度も双剣を刺した。

 

 

ッゴ......ァアア!!ッホ!!
ッゴ......ァアア!!ッホ!!
「             」

 

 

咳で口内の薬草を吐き出し、紫の粒子を唾液に混じらせながら吼える。

跨った足に、何かが蠢き登ってくる感覚。

竜が纏う粒子が、初めの頃よりも乱れていた。

相当の量が体から零れ、地表の上で溜まって悍しく輝いている。

 

痛みに耐え兼ねたのか、竜の暴れ方が更に激しいものとなった。

流石に堪え切れず、背から滑り落ちた男を、竜は並外れた動体視力で捉える。

 

素早く宙返り。

落下中の男を、竜は勢いを増した後ろ足で地上へと叩きつけ、踏み乗った。

 

 

「───ッカ......!!」

 

 

受け身など取れる訳もない。

視界が明滅し、頭の奥が激しく痛む。

空気は肺から逃げ出し、呼吸が出来ない。

気を抜けば気絶してしまいそうな状態の中、男は必死に双剣を掴んだ。

 

右腕は踏まれているせいで動かない。

だが、剣を掴んでいる感覚はする。

体の下は砂。這いずり、足の拘束から逃れ。

空気不足に青黒くなった顔で呼吸を再開し、立ち上がる勢いのまま剣を握った右腕を竜の腹に突き刺そうと───

 

 

「ぁ?」

「オグ!!?」

 

 

刺さるはずの剣が無い。

 

握力が限界を迎えた―――

 

否、剣どころか、男の腕すら既にそこには無く。
否、剣どころか、男の腕すら既にそこには無く。
否、剣どころか、男の腕すら既にそこには無く。
                           

 

 

千切れ落ちた肘から先が、竜に踏まれていた。

連続する衝撃の中、感覚が麻痺しているせいで、気がつかなかった。

抜けたのでは無く、既にズタズタに裂けていた腕が無理な力に耐えられず、千切れてしまったのだと。

 

拘束は解けたが、代償は大きい。

男は残る左腕で傷口を握り、腹の下から足を縺れさせながら女の方へ一直線に走る。

青い顔で包帯を取り出した女へ、腕を差し出した。

 

 

「ハァ......ハァ......ッ!ぐ、すまん!」

 

 

キツく結ばれた白布があっという間に紅に染まる。
 
キツく結ばれた白布があっという間に紅に染まる。
                           

血液を多く失ったせいか、肌寒い。

暑すぎる砂漠の上で感じた寒いという感覚に、男は顔を顰める。

既に、満身創痍の体は温度を感じる事も出来なくなり始めていた。

 

 

「オグ、撤退しよう!それじゃ無理だ!!」

「ぐ、ァ......どう、やって?」

「───ッ、それは......」

 

 

あの竜は、逃さないだろう。

背を向ける事など、命を失うと同じ事。

モドリ玉での撤退すら選べない。

余計な隙を見せれば、即座に刃鱗を飛ばしてくるだろう。

 

痛みを感じないのだから、回復薬グレートを飲む意味も無い。

左腕で旋風連刃を逆手に掴んだ男は、一転して表情を和らげた。

 

 

「構えろ」

「......そうだね」

 

 

女の盾腕は、赤黒さを超えて黒く染まり、指一本すら動かせず。

 

隻眼の女は、盾を失い残る右腕で片剣を構えた。

隻腕の男は、剣を失い残る左腕で片剣を構えた。

 

背はズタズタに裂け、喉傷は深く。

血を滴らせ、竜は相貌を見開いた。

頭部の刃鱗が、前足の刃鱗が、全身の刃鱗が逆立ち、擦れる音が鳴る。

 

 

「ゴオォオオオオオ!!」

 

 

喉傷から血を噴きながら、竜は吼えた。

 

男は走る。

最早ベリオX装備の殆どが赤く染まる程に出血していた。

走りながら転々と血の跡を残す程、男の靴には全身の裂傷から溢れた血が溜まっていて。

それでも、男は走る。

 

諦め、屈したりはしない。

餌などには成らず、狩人として竜の命へ刃を向ける。

片剣で刃鱗を弾き飛ばし、弾き切れなかった破片が全身を刻もうと、男は止まらない。

 

走る男の横に、女が並んだ。

二人二剣。互いを補うように刃鱗を弾き、竜へと迫る。

 

翼を広げ、狩人を迎え撃つ為に竜は後脚で“立ち上がった”。

飛竜種として異質な骨格は、二足での直立を可能とする。

対趾足で砂の地を踏み、狩人を狙って。

 

男は、先行したうえで僅かに速度を緩めた。

歩調が狂い、竜が拍を修正する間も無く急加速。

 

咄嗟に振り下ろした対趾足など掠りもせず、男は尻尾の付け根に剣を刺した。

 

硬い。紫の燐光が散り、剣が弾かれる。

 

 

「ふん......ッ!」

 

 

歯を食い縛り、今度は地に着いた竜の後脚を狙う。

尚も硬く、鱗にすらたどり着けない。

硬い、硬い、硬い。

表情を険悪なものに変えた男は、竜の真下で剣を背に戻した。

 

後を追って竜の翼下に入り込んだ女は、ブルトカロデナを慌てて腰に納め。

 

 

「頼む!」

「頼まれちゃあ仕方ない......!」

「すまん、なッ」

 

 

迫る対趾足をバックステップで躱した女は、己に向かって跳んだの男を肩で受け止める。

 

 

「......跳び方上手だよね」

「あんがと...よ!!」

 

 

腕が欠け、体のバランスは経験が無い程に崩れていた。

それでも男は、長年の感覚で姿勢を完璧に矯正する。

女の肩の上で腰を落とし膝を曲げ、足首は(つよ)く引き絞る感覚で。

 

───跳ねる瞬間は、爆発のように。

 

竜に背を向ける形となっていた男は、宙で捻じりを入れて一回転。

立ち上がった竜の腹に、男は剣を突き刺した。

紫の粒子の僅かな抵抗を容易く抜け、刃が皮を抜く。

 

竜が次の動作を行うより先に、男は腹に突き立った剣を下へ、自らの胸に抱え込むような動作で腹を裂いた。

重力に従い、紫の血を浴びながらも、その血によって竜の目から隠れて地へと落ちる男。

 

顔を蒼白に染めながら、男は尚も竜に猛攻を加えようと剣を握り。

感覚は曖昧と化し、立っているのかすら分からない中で、ふと頭が濡れた。

 

 

「栓を開ける隙ができたからあげるよ!」

「助かる!」

 

 

慣れた薬草の苦味とアオキノコの香り。

少しばかり目眩も収まり、四足へ戻ろうとしている竜の腹下から女と共に離脱した。

 

 

「もうじきだと思うんだが...」

「その前にこれ以上血を失ったら死ぬよ?」

「かと言ってここで背を見せたら死ぬだろ」

「それは間違い無い」

 

 

飛来する刃鱗を互いに剣で弾き、息を整えながら狩人達は言葉を交わす。

距離を開ける事が寧ろ不利になっている事を狩人達は解っていた。

解っているが、接近する危険性の方が大きい事も解っていた。

選択肢など、有って無い様なものであり。

 

 

「次の攻撃で斃せなかったらもう無理だな」

「いけるいける。次でいけるって」

 

 

軽い口調で自らに言い聞かせる女の唇は、震えていた。

それが寒さを感じているからなのか、違う理由からくるものか。

 

 

「じゃあ......やるかあ」

「はーい」

 

 

重々しい雰囲気は霧散し、暢気な遣り取りが交わされた。

男も女も、とうに気負うという事を辞めている。

命を賭ける事も、死を身近に感じる事も、いつもの事。

 

いつも通りでいい。

緊張も何もかも感じず。

心の鼓動が、狩人達には妙に大きく聞こえていた。

 

女が走り出す。

刃鱗を弾き、後に続く男の為へ、道を作っていった。

例えこの手に盾が無くとも、自らの役割は盾である。

後を輔く為の、盾なのだ。

 

ブルトカロデナが火花を散らす。

女には、持ち慣れた筈の剣が、いつもよりずっと重く感じていた。

それでも、力の限り振り回す。

ダラリと下がった片腕が揺れ、重心が安定しなくとも。

歯を食い縛り、体の各所から血を流して竜の元へ走っていく。

 

防具の留め具が壊れたのか、妙な動き辛さを感じながら、男は走っていた。

動き辛さは防具の問題では無く失血から来る脱力感に拠るものだが、それに気づくことのないまま、男は残る気力を振り絞って筋肉を働かせる。

 

 

「腹を斬れ!俺は背を斬る!」

「応!」

 

 

足が重い。

砂に沈む足は、(くるぶし)まで囚われている様な抵抗が有る。

一歩、また一歩と、意識の砂から足を引き摺り出して走った。

竜の前まで来る頃には、二人とも肩で呼吸をしていて。

それでも、闘志は僅かたりとも欠ける事が無い。

 

 

「ゴオォアアア!!!!」

 

 

耳を塞ぐ腕も無く。

全身を叩く轟音にすら、狩人は表情を変えなかった。

女はブルトカロデナを竜の顎下に突き出すと同時、剣を蹴り上げる。

 

予備動作の生じない一撃に、竜の頭が揺れた。

並の生物ならば、数瞬動きを止める程の一撃なのだが、竜の筋骨は衝撃をほぼ完全に抑え。

 

目先の女を喰らおうと開いた上顎を、男が踏みつけた。

あれ程に重く感じていた足を意識の砂より引き摺り出し、果てに宙へと身を跳ばせた男の筋骨は悲鳴を上げるも、仕事を完遂。

竜の首を走るべく身を前に乗り出した男に、尚も体は応えた。

刃鱗を踏み、男は疾風連刃を竜の首へ突き刺しながら背へと登っていく。

揺れる竜の背を、男は這い上がっていき。

 

 

女は、竜の腹下へと滑り込んだ。

竜の意識は完全に背へと向けられ、腹下への意識は薄い。

故に、狙いを定める隙がある。

先程男がつけた腹の刺し傷へ、無造作にブルトカロデナを突っ込んだ。

 

紫の血が、柄へと滴る。

刃がほぼ全て隠れる程肉に埋まった剣を、女は力の限り掻き回した。

臓腑と、肉と、脂と、血。

全てが体内で攪拌(かくはん)され、余りの激痛に竜は背を仰け反らせる。

ブルトカロデナが抜けた事により、竜の腹からは肉片と液体が溢れ出した。

追撃の手は緩めない。呼吸すらままならなくなった体で、尚も竜を斬る。弾かれようと、刃が通らなかろうと。体を回し、叩きつけるように剣を振り回した。

 

 

己の浅い呼吸が、男の耳には遠く聞こえていた。

高音の擦過音にも似た音が、ずっと耳に残っている。

これがまた耳に障るもので、男は不意に込み上げた吐き気を飲み込んだ。

剣で鱗を斬る力など、もう残っていない。

振り下ろすように、無防備な竜の背に何度も剣を突き刺した。

紫膜の抵抗を受けて尚も、筋骨の全てを用いて剣を通す。

いつしか咳は止まり、男の周囲を舞う紫の粒子は空色へと色を変えていった。

 

竜は上下に感じる痛みに首を(もた)げ、宙へ飛ぼうと翼を広げた。

その動作を確認した男は即座に背を跳び、上から首へと剣を振り下ろした。

受けるは女。衝撃を受けて僅かに下がった首に向けて剣を振り上げ。

 

 

首上から男の剣が。

首下から女の剣が。

 

 

竜の首を断ち切らんと刃を喰い込ませる。

 

 

「これで───ッ」
 
「これで───ッ」
          

 

「断ち切れろ!!!」
 
「断ち切れろ!!!」
          

 

 

声を揃えて狩人は吼えた。

首傷は既に気道へ達しているが、それでも竜は止まらない。

 

 

「───ッ!!!」
 
「───ッ!!!」

          

 

 

 

喉を枯らす程、狩人は吼える。

朦朧とする意識を互いの声で醒まし、全身の裂傷から血を噴き出す程に力を籠めた。

 

竜は痙攣し始めた前足で狩人達を押し退け、尚も宙へ翔ばんと翼を広げる。

もうじき死ぬ(からだ)だろうと、死への恐怖は初めから無い。ただ、動ける限りは目の前に居る者を滅ぼすのみ。

 

血液と紫息を喉傷から溢れさせ、竜は地を跳んだ。

翼から放たれた刃鱗が狩人達に突き刺さるが、それで止まる程、狩人達に痛覚は残っておらず。

 

 

「頼む!!」

「頼んだ!!」

 

 

互いの声は聞こえずとも、願う言葉は同じ。

 

女は最後の力を振り絞って砂の上に立ち、男の足を背で受け止める。

男の踏み場となった女は、そのまま倒れ込んで動くこともできなかった。

女の背を踏み切って宙へ跳び、声を背に男は飛翔したばかりの竜の前へ身を晒す。

 

傷だらけの腕で、指が折れかねない程に片剣の柄を握りしめて。

 

 

「刺され......」

 

 

逆手に持った片剣が、天頂より叩きつけるように竜の額に打ち付けられ。

紫の粒子が反抗するも、それすら押し切るように男は体重をかける。

竜は、顔前の男を押し退ける余裕も無かった。

 

 

「刺され───」

 

 

呻きながらせめて振り払おうと竜が首を振らんとすれば、ゴキリと鈍い音が鳴った。

喉から一際大きく血を零し、竜の翼が痙攣して止まる。

落下を始めた竜に追随する男は、浮遊感の中で左腕に更なる力を籠めた。

 

 

「刺されぇええ!!!!」

 

喉を震わせる男の相貌は、終ぞ獣の様相を呈す。

 

刃が、紫の抵抗を抜けた感覚がした。

竜は墜ち、互いに着地姿勢など取れずに砂が舞う。

 

 

 

───頭蓋を抜け、脳へと剣が到達した竜は、痙攣した前脚で、しかし確かに立ち上がった。

 

 

 

武器を失い、辛うじて立てているといった風情の男は、それでも竜へ闘志を見せた。

血に濡れた顔で、獰猛な笑みを浮かべたのだ。

ひしゃげた指を無理矢理曲げ、拳の形を作り出す。

 

 

軈て、頭に剣が刺さったまま、竜は一歩を踏み出した。

 

 

否、それは、制御できない体を動かそうとした、死への抵抗であり。

竜は崩れるように地に伏せ、ピクリとも動かなくなった。

あまりにも強い殺意を感じさせる瞳に、男は暫く竜が斃れたのだと気が付けず。

 

 

「......はぁ」

 

 

暫くして張り詰めた全身の筋肉を弛緩させると、大きく溜め息を一つ。

男は足を引き摺りながら、女へ歩み寄った。

 

 

「一人じゃ帰れん。肩貸せ」

「......何言ってるか全然聞こえないけど肩貸してよ」

 

 

ちぐはぐな会話を交わしながら、女が男の腕を取ってよろよろと立ち上がる。

 

夕陽を背に、狩人二人は互いを支え合って立ち尽くした。

身体中に突き刺さった夥しい数の刃鱗の破片が、今にも落ちてしまいそうな防具の隙間から夕日を反射し輝いて。

さながら、身体中から刃鱗を生やしているようにも見えていた。

 

男が回復薬グレートの瓶を掴めば、女がコルクを抜く。

互いに掛け合えば熱した体が急激に冷えていき。

僅かな眠気を感じながら、男は苦い香りを鼻いっぱいに吸い込んだ。

 

 

「信号弾、俺のポーチから取ってくれ」

「......漸く聞こえた。無理無理、私もう腕が上がらないの」

「俺も無理」

 

 

思い出したかのように少しずつ踏み出す足は重く、引き摺るように。砂に、二人分の血の線を引いていく。

暫くして緑の煙が、天へと昇っていき。

 

軈て、砂に引かれていた血の線も何処かで途切れる。

夕焼けの空が、砂漠を紅に染めていた。




ハンターさんのお仕事、少しは知る事ができたかな?いつもハンターさんは、みんなのために頑張っているよ!

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