デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる 作:縁の下
お好きなボス戦BGMを聴きながらどうぞ
黒耀の騎士。
世界の破滅を望む竜帝の闇の魔力により、呪われながら生き返った俺の父親だ。
原作で出会う予定はなかったアルテナ零下の雪原に続き、原作デュランの旅立ちが近いこのタイミングで、彼がフォルセナにいるなどと誰が想像できようか。
思いがけない姿に意表をつかれたが、そんな俺に気付いているのか、いないのか、その場に静かに立ち尽くしている。
抜剣された状態だ。両腕を無造作に垂らしているが、剣先は地面すれすれに浮いている。素人ならその体勢から振り抜かれようが大した脅威を感じさせない構えだ。
その立ち姿は警戒に値しない構えだと頭で理解していても、彼の場合は剣が届きうるところに踏み入れれば、すぐさま斬撃が繰り出されるだろうと直感が告げている。
ゆえに動けない。
少なくとも不意を打たれても対処できる距離を保つことにする。
混乱している思考を落ち着かせたい。
なぜここにいる。
どうしてウェンディを助けた。
いや、そもそも助けられているのか。
黒幕なのかもしれない。
分かるはずがない疑問が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
ごく短い時間、互いに様子見の空気が漂った。沈黙を破ったのは、殺気を振り撒く騎士からだった。
「どうした、助けに来たのではないのか?」
兜越しのくぐもった声。何か魔法がかかっているのだろうか、知っている父の声ではないように感じる。そう誤認させるものなのか。
だが、原作から彼が父親だと俺は知っている。
そのことを明かしてしまえば、違う展開になるだろうか?
しかし、本人に名乗る気がないのならば、余計なことは黙っていた方がいいのかもしれない。
「ああ、そうだ。あんたは、ウェンディの敵か?」
今はまだ戦うべきではないことは考えるまでもない。
殺気を向けながらもすぐに仕掛けてこないことから、こちらと明確に敵対する意思があるかどうかの確認を試みたのだ。
この誘拐劇の裏で糸を引いていたのが父なのかどうか。それが分かることは今後の立ち回りに大きく影響するという意味もある。
「ウェンディ……人攫いにあったようだったのでな。大した手間でもないので助太刀した」
敵ではない、と思っていいのだろうか。助けた理由は、偶然ということだろう。
偶然、そんなことがあるのか?
辺りを見回す。城下町からはかなり距離がある。モールベアの高原に入ったと言ってもいい。
行商が通る場所でもなければ、この先に宿場町があるわけでもない。
何を目的として、この場に居合わせたというのか。どうしてもその言葉を額面通りに受け取ることは難しい。
何か裏があるはず。
何もなく、ただ本当に偶然だというのなら、なぜそんなことが起こり得たのか。
思い浮かぶ可能性……もしかしたら、記憶を操作されているのかもしれない。
だとしたら、自身が何者なのかもはっきりしていないのではないか。
そう……先ほどの妹の名を呼ぶその声は、どこか遠くに置き去りにしてしまったものを思い出そうとするかのようだった。
では、零下の雪原で自分の名前を呼ばれたと思ったのは錯覚だったのか?
悪い癖だ。今は疑問を熟考すべきではなく、この場を切り抜けることが先決だというのに。
答えが出ない問いをあれこれ考えていられるほど、状況には余裕がないのだから。
目の前のことに集中すべきだ。
「……いや、助かった。感謝する。その子は俺の妹なんだ」
下手な刺激はしない方がいい。交戦を避けようと対話の道を選ぶ。
だが、まだ殺気は消えていない。
「それは、どうやって証明するんだ?」
そうか、そりゃ合理的だ。記憶がはっきりしないなら、俺とウェンディが兄妹だって分かるはずがない。
それは、もしも黒耀の騎士が別の人物だとしても同じことが言える。
せっかく助けたはずが、みすみす敵に渡してしまったなどとなれば、そんな自分の間抜けさを許せるはずもない。
「目が覚めれば、俺と兄妹だということはすぐに分かる」
「生憎だが、目が覚めるのを待てるほど悠長にしてはいられない」
「そりゃ、そうかもしれないが……」
では、それ以外の術でどうやって兄妹だと証明するのか。
答えは出ない、というよりも答えることなどできない。
大人しくウェンディが起きるのを待つ気はない、だが引き渡す気もない、と。
「証明できないのであれば致し方ない。お前が下賤な野盗の類なのか、そうではないのか、すべては剣を交えれば分かることだ」
何故そうなる!
考えることを放棄しているとしか表現できない強引さだ。力任せに解決させようなんて、黄金の騎士が聞いて呆れる。
って、そんなこと考えてる場合じゃない。
戦えばかなり不利な局面だ。
一対一の一騎打ち。到底、今の実力では太刀打ちできないだろう。
なんとか軌道修正を……!
「待ってくれ、剣を交える必要はないはずだ。俺たちは敵同士じゃない」
「そうか?だが、お前からは警戒心が滲み出ているぞ?」
図星をさされ、言葉に詰まる。
原作を知るが故の弊害か、それとも、この惨状を生み出した相手への複雑な気持ち故か。
心の隙を突かれた、そんな瞬間。
「いくぞ」
言葉にすると同時、漆黒の塊が瞬く間に巨大化したと錯覚する。
接近。踏み込まれた地面は爆発したかのような轟音を立てた。
すぐさま剣を引き寄せ受ける。
弾ける金属音が周囲に甲高い音を響かせた。
かろうじて、受け切ることに成功する。受けると同時に俺は後方に跳んで勢いを殺した。それでもなお、体勢を崩され地面を無様に転がってしまう。
相手の掛け声があって用意ドンの間に目の前に斬撃があるなど悪夢でしかない。
心臓が鼓動を思い出したかのように激しく鳴り響く。
これが、かつて黄金の騎士と謳われた父の剣。
この一振りで理解させられる。
単純に、何においても俺より遥かに上のレベルだ。
歯を食いしばりながら、地面を転がされた体勢から立て直す。
絶好の隙であったはずだ。それなのに追撃はなかった。ただ、こちらを観察していることが窺える。
そんなことをしなくとも勝つ自信がある、そう言われているようだった。
「出し惜しみできるような余裕があるのか?」
冷たい問いかけに、自らの危機をはっきりと認識する。
対話を、なんて日和っていられない。
ウェンディを連れてさっさと離脱すべきだ。
「風よっ‼︎」
風のマナを纏えば、少なくともスピードは対等になるはず。
あとは隙をついてウェンディを連れ出せれば最良。
だが、その隙を生み出すためには、父を怯ませるほどの一撃を与えなければならない。
剣を向けていいのか。
それは、俺と父さんの関係に決定的な亀裂を生じさせるものではないのか。
しかし、現実は攻撃を受けている。受け切らなければ即死だったであろう一撃だ。
だが、操られているのだから、仕方ないのではないか?
どうする、どうするのが正解だ?
「まだ出し惜しむか。こちらは一向に構わんぞ。それで死ぬのなら、やはり野盗の類であっただけのことだ」
大声を出すでもなく、淡々とこちらに宣告してくる。そのひどく平坦な声音が脅しではない事実なのだと、そう訴えているようだ。
ためらっていられる状況か?
しかし、こちらが持っている手札、切り札を出せばそれは明確な敵対にならないか?
それでもこの状況を覆せるような、そんな一手なんて思い浮かばない!
「時間切れだ」
迷いはその言葉で拭われた。
「サンダーセイバー‼︎」
少なくとも、今の俺の技術では父の鎧に傷一つつけることもできないだろう。
だが、サンダーセイバーの感電効果なら時間稼ぎにはなるはず。
仮に渾身の一撃が入っても命を奪うには至らないと結論づける。
「やはり……」
つぶやきは聞き取れなかったし、聞き取る余裕もない。
先ほど同様のスピードで距離を詰められ、怒涛の連撃に見舞われたからだ。
すぐさま振るわれた漆黒の剣にこちらの剣を合わせる。「来る」と分かってさえいれば、防御に回る余裕も生まれる。
相手の剣の軌道に自分の剣を差し入れ、流す。ステップ、身を捻り避けながらこちらから攻撃する隙を探る。
速い。そして、その剣捌きから感じるのは速さだけではない。
こちらがどう守るか、守った後にどう切り返してくるか、剣の行先を読まれている感覚。
このスピードでの剣戟、風のマナを使いこなしていたリースとの勝負よりも遥かに上のレベルだと感じる。
今までに経験がないことだからか、自分でも動きが大味にならないように意識するので精一杯だ。
つまり、俺は今、自身の出せる本気のスピードで打ち合っている。
本気のスピードの「打ち合い」だ。
速度に関しては幾度も全力を出した経験はある。だが、大抵の場合、相手は剣士ではなかったし、モンスターはセイバー魔法の威力で一撃を入れる勝負だった。
二撃、三撃と攻撃がこんなに続いた経験は久しぶりだ。
そんなことを考えてばかりもいられない。
状況はやや不利と判断。剣の打ち合いでこれほど後手に回ることなどあっただろうか。
剣術において、常に自分が追い詰める側だった。
余裕があるのが当たり前だった。
——情けない‼︎
完全に負けているというわけではない。だが、繰り出される一撃一撃が重い——!
何合かの打ち合いの後、さらに不味いことに気付く。
ブロンズソードが剣を受けるたびに確実に削られているのだ。
へし折られないのは、俺の技術の賜物、と思いたい。
あるいは、意図的に手加減されているか、だ。
しかし、これだけの殺気を放ちながらそんな器用なことができるはずがない。
どちらにしろ、そう長い時間戦える訳ではなさそうだ。
攻撃のわずかな隙間にこちらからもカウンターを仕掛けるが、重厚な鎧をものともしない身軽さでかわされる。
それでも距離は開かず、この剣舞は止まらない。
一つ分かった。速度は互角に近い。そして、打ち合う中で一定の癖が見えてきた。
袈裟斬りを仕掛けると、そう、今のようにバックステップで右にかわし、胴を薙ぎに来る。俺は振り下ろした剣を切り上げてこの剣を流す。
これは通常の剣士の斬り合いを高速化させている状況に過ぎない。このまま相手より先に読み切れれば攻撃のチャンスがくるはず。
読み切る。反射にも近い速度で繰り出す剣戟を、体捌きも含めて相手の先の先まで読むということ。
一撃はほんの一瞬の間に行われている。
それを瞬時に理解し、経験と照らし、次の動きを読む。
頭で理解し、考えながら、かつほぼノータイムで次の動きへ繋げる。
さらには、自分よりも剣士としての技術も経験も上である相手から、という何とも無茶な要求を押し通さなければならない難しさ。
そんなことが可能なのか?
防戦一方なこの状況で?
デュランであって、デュランでない、俺自身が成し得ることなのか?
「単調なままではつまらんな」
そう言うや否や、リズムが変わった。
今までの連撃を考えた動きを無視し、一撃の威力に重きを置いた剣。
そう咄嗟に理解するも、意識は不意を突かれていて体の反応がわずかに遅れる。
受けたくないが、受けざるをえないように誘導されてしまった。
「ぐっ‼︎」
「どうした?せっかくのセイバー魔法も当たらなければ意味がないぞ?」
押し込まれ、鍔迫り合いに持ち込まれる。掛けられた言葉に憎まれ口を挟む余裕はない。ただ歯を食いしばり、全力で踏みとどまっているからだ。
息を吐けば力が緩む。下がればこちらが隙を晒すことになるのだ。負けられない。
分かっている、だが。
なんつう馬鹿力だ‼︎
大人と子ども、とまではいかないが、こちらが全力なのに対し、向こうは半分程度なのではないか、それほどの余力を感じさせている。
この力の差はなんだというのか。
「風のマナ以外は制御が甘い。自分の長所を封じられ、相手のペースに乗せられていることに気付かんか?」
「うる、せえっ‼︎」
膂力の勝負では圧倒的に不利。何故か父はサンダーセイバーの纏われた剣での接触にも感電効果が表れていないのだ。あの剣か、鎧に何か秘密があるのだろうが、このままではジリ貧だ。
押し込まれる。
今の俺の武器は何だ?
技術でもパワーでも勝ててない。唯一、この状況でできることは何だ。
全身の中で、自分がまだ制御できうる力。
皮肉にも、風のマナ以外の選択肢などない。
だったら——
「サンダー、セイバー‼︎」
腹の底から叫ぶ。叫びながら、全身に満ちているマナを、今あるありったけを剣に送り込む。
やったことなどない、フル出力のサンダーセイバーだ。
スピードはもはや死んだも同然なのだから、体に纏うマナを全て攻撃力に転換する。
さながら、五分五分だったマナを十かゼロかにする極端な割り振り方だ。
単純に出力は二倍。これで勝負に出る。
「っ‼︎これは——」
眩い閃光のように一際輝く刀身に、自分自身が思わず目を閉じそうになる。
刀身を覆っていた雷光が迸り、漆黒の騎士に伝播していく。
「ぐあああっ⁉︎」
ふっ、と剣越しに伝わっていた重さが消える。閃光の眩さで相手が後退りしたことに気付かなかった。
感電効果が通ったのか、立ったまま動かない。大きな隙ができた。離脱するなら今しかない。
一瞬、さらに追撃すべきではないかと、そんな選択肢が頭をよぎったが、足は自然と別の方向へ動いていた。
「ウェンディ‼︎」
どれほど動きが止まっているか定かではないが、邪魔が入ることもなく、すぐに妹のもとに駆け寄ることができた。
幸い、遠目から見た通り怪我はなさそうだ。
しかし、ほっと息をつく暇もなく、後ろからの土を鳴らす足音に振り向く。
「くくっ、咄嗟の機転にしては、良い手だったな……」
両腕をだらんと垂らし、頭は天を仰いだ状態で、彼は笑う。
「……無理しなくていいぜ。まだ痺れは残ってるはずだ」
もう回復されたとあっては、窮地から何も変わらない。
無我夢中だったとはいえ、人間がまともに食らったら死ぬほどのレベルの電撃を浴びせた自覚はある。
ダメージはあるはずだ。あんな威力で無傷なわけがない。
「そうだな、多少痛みはあったかもしれんな」
驚くべきことに、目の前の相手は剣を一振りしたかと思えば、手を握ったり開いたりして、体の状態を確かめる余裕すら感じさせていた。
今までの相手はこれより遥かに低い威力でさえ気絶していたというのに、すでに痺れで不自由さを感じているような素振りは見られない。
「サンダーストームをゼロ距離で浴びせられたような威力だな。残念ながら初めてではないが」
「そうかい、今ので気絶くらいしてくれれば話は早かったんだがな」
強がっては見たものの、しれっと上級魔法すら耐えられる自慢をされても絶望感しか湧かない。
実質、今の俺の攻撃力では足りていないという事実を突きつけられたのだから。
さて、無事にウェンディのもとにたどり着けたわけだが、ここから先どうする。
おまけに——
「どうやら、その威力に剣は耐え切れなかったようだな」
「余計なお世話だ」
最悪なことに、俺のブロンズソードは、刀身が一回りほど溶け出し、かろうじて剣の原型を留めているに過ぎない状態と化している。切れ味などまったく望めない。
先の打ち合いでかなり無茶な受け方をした影響に加え、剣への影響など一切考えない魔法の行使、これまでの旅で酷使してきたことを鑑みれば仕方ない結果なのかもしれない。
今まで頼りにしていた剣だった。これまで何も問題がなかったために、まさかサンダーセイバーの威力に耐え切れないなど、まるで頭になかった。
今は動揺を悟られないようにするので精一杯だ。
どう動く?どうするのが最適だ?
思考は回るが答えは出ない、互いに沈黙し、場が膠着したほんの一時。
父が、おもむろに剣を下ろした。
その突然の動きに戸惑いを隠せない。
「……どういうつもりだ?」
こちらはまだ剣を下げることはない。初手のことも印象に残っている。注意深く、その一挙手一投足を観察し、いつでも対応できるよう身構えたままだ。
「興が削がれた。最早戦う意味もない」
その声は相変わらず淡々としていて、感情を読み取らせなかった。しかし、先ほどとは違い、こちらへの敵意はないことは感じ取れる。
その言葉と態度に、より一層頭に疑問が浮かぶ。
「どういうことだ?」
「言葉の通りだ。お前の力量を測ってみたくてな。初めから言っていただろう、助太刀だと」
では、最初から殺す気はなかった、と。
あんなにガチの殺気出しといて?
だから無理矢理戦う方向に仕向けたとでも言うのか?
「冗談にしちゃ、笑えないな」
わりと本音だった。
力量を測る云々の前に、死んでてもおかしくないんですが?
ラスボス前に戦う強敵な自覚ありますか、と本人に言っても決して伝わらないツッコミが喉から出かかる。
「まぁそうだろうな。だが、お前は私にとってそうするだけの価値がある人間だということだ」
その言葉に、俺は目を見開いて驚いた。
今、確信した。父さんには、はっきりとした自我があり、自分で考えて行動できる幅がかなりある。
でなければ、今回のような行動が許されるはずがないからだ。
そして、恐らく記憶も。
「これは忠告だ。あの女と手を切れ。そしてしばらくの間、城には近づくな」
唐突な話だった。
かろうじて表情には出さなかったが、あの女と言われて思い浮かぶ存在は一人だけだ。
すぐに鎌をかけられている可能性がよぎる。
「あの女、か。あいにく女と言われても引くて数多なんでな。誰のことか、さっぱり分からん」
「ふっ、アルテナから大事にここまで守ってきたというのに、冷たいものだな。それとも姫以外に大事なものがいるということか」
最悪な展開に背筋が寒くなる。ここまで断定的な口調ということは、すでに確信を得ているということに他ならない。
どうしてアンジェラのことがバレているのか。
待てよ、バレていたとして、今まで手を出さなかった理由は何だ?
思考を置き去りに、父はなおも続けた。
「まあいい。アレはお前の手に余る。遠からず嫌な思いをするくらいなら捨て置いた方がお前のためだ」
「何が俺のためかなんてのは、俺が決めることだ。誰の指図も受けねえよ」
「くははっ!強情だな。その頑なさはあいつに似てしまったかな。……とにかく忠告はした。それでもなお、自分の道を行くのなら好きにすれば良い」
「言われなくても、好きにさせてもらうさ」
「そうか。次に会うときまでにもっと腕を磨いておけ」
腕を磨いておけ、か。父さんは一体俺をどうしたいんだ。
これではまるで——
「……次に会うときも、俺は、あんたと戦わないといけないのか?」
ふと、口からこぼれた言葉に、黒耀の騎士は動きを止めた気がした。先ほどまでの饒舌さは鳴りをひそめ、わずかに沈黙がおりる。
返答は違う形で返ってきた。
「あのとき……零下の雪原で会ったことを覚えているか?」
その声音はややためらいがちだったが、意外にも、まだ会話を続けてくれるらしい。
それに、あのときのことを引き合いに出すということはあの頃からはっきりと意思があったということだ。
「ああ、忘れたことなどない。あのときは助かった。ずっと礼が言いたかったんだ」
「気付いていたのだな……」
何故だかその声音は、安堵のような、諦めのような複雑な心境を物語っているように聞こえた。
すでにそうだと思っていたが、向こうも気づいていたのだ。聞きたいことは山ほどある。
さらに質問を投げかけようとすると、それを遮るように、目の前の騎士が話し出す。
「その形見は壊れたのだ。これを期に父の事など忘れ、実力に合った剣を用意しておけ。次は手加減ができんかもしれんからな。さもなくば——守り切れんぞ」
言いたいことを言うと、目の前に現れた黒いモヤに包まれて姿を消してしまった。
たぶん、闇の魔法による空間転移。
しばらく警戒した後、詰まっていた息をゆっくりと吐き出す。
形見、と言っていた。俺はそこまで話した記憶はない。自分の正体を明かすような言い間違いをしていたが気付いているだろうか。
それとも、もしかして父は——
いや、それよりもだ。
ひとまず、ウェンディが無事で良かった。が、新しい問題がいくつも出現したことに頭が痛くなる。
「……おにい、ちゃん?」
「ウェンディ!気が付いたか、気分は大丈夫か?」
「なんだか、懐かしい、声……だったの。大丈夫だ、って。あいつが、迎えに来るって」
まだ意識が混濁しているのか、たどたどしく発した小さなつぶやきを拾い上げる。目線も定まらない様子に、まだ何らかの不調があることは明らかだ。
「何の話をしてるんだ?」
「あいつが、デュランが来るからって。黒い騎士の人が、そうしたら、また眠く——」
薬か魔法の影響だろう。ふっ、と気が抜けたように再び眠りに落ちるウェンディ。俺はそっと体を支えるように抱きかかえる。
ウェンディが眠らされていたときに、今のように一時的に目覚めたのだろうか。そのときに父が話した、のか。
やはり、俺が息子だと気付いていたんだ。
俺の中でいくつかあった疑問の一部は解消されたが、分からないこともまた増えてしまった。
何故、俺を試したのか。
何故、父だと明かさないのか。
「……陛下に報告しないと」
既に殺されてしまったとはいえ、ウェンディを連れ去った連中への怒りは消えないが、それと同じくらい強い疑問を唯一の理解者に話したくて仕方がなかった。
まずは、妹の無事を報告することと医者に診せるのが最優先だ。
俺は再び風を纏い、ウェンディへの負担を最小限に、最大速で街へと走り出した。
助太刀……人に加勢、助力すること。
感想、評価、お気に入り登録ありがとうございます。励みになってます。
最近知ったここすきの機能見るの楽しいです。作者もすきだと思ったとこが重なるとにやっとします。
次回はちょい時間かかるかもです。。