私、霊能力者になっちゃいました 〜≒僕、妖狐になっちゃいました〜 作:SimonRIO
「やれやれ、2人共やっと泣き疲れて寝やがったか・・・」
両親を喪った悲しみからか、ひたすらに酒呑へと泣き付いて離れなかった美瑠と美弥子の2人がやっと眠り、酒呑が疲れた様子で僕の座る月の明かりが照らす縁側へと戻って来る。
「案外、酒呑も子供が好きだったとはね」
「うるせぇよ星熊、お前だってガキの頃は俺に良くワンワン泣き付いて来てたじゃねぇか。鬼だからって捨てられて、親すら居なかった奴のお守りをさせられてた俺の身にもなってみろってんだ」
「そうだね・・・僕にとっては、貴方は父親も同然だよ」
メモへ庭と月のスケッチを取りながら僕は少しばかり自分の過去に想いを馳せようとすると、後ろから白狐と黒狐が声をかけてくる。
『酒呑童子に星熊童子よ、今良いか?』
『少し、お前達に聞きたい事がある』
「・・・手短に頼むぜ」
酒呑が苦い顔で2人の方に振り向く。僕もとりあえず一旦筆を置いて、彼らの方へと顔を向けた。
『亰嗟の事についてだ』
「やっぱりか・・・」
酒呑は白狐の言葉にあからさまに不機嫌な態度を見せ、手元の瓢箪(ひょうたん)を引っ掴んでガブガブと酒を口いっぱいになるまで飲んだ。
そんな酒呑の態度に黒狐は語気を強めて詰め寄って来る。
『おい、いい加減にしろ!のらりくらりと話をはぐらかしてばかりで、お前達2人は味方なのか敵なのか・・・一体どっちだ!』
「ふぅん、別に僕達は最初から敵だとも味方だとも語ったつもりは無いけれどもね」
『ほぉ・・・そうか。それならば此処で我らに殺されたとしても文句は無い、という事じゃな?』
「おおっと!怖ぇな、全くよ・・・俺らはな、手前でやらかした事のツケを払う為に行動してんだよ。誰かの為だとか、そんな下らねぇ"想い"で動いてる訳じゃねぇからな!」
その瞬間に白狐が酒呑へと爪を伸ばして斬り掛かるが、そこで僕が手元に置いていた自身の酒を入れた器を激しくひっくり返して目眩しに使い、酒呑と共に2人から距離を取る事に成功する。
『おい、待たぬか!話はまだ・・・!』
『くそ・・・2人共に相変わらず逃げる事だけは一級品だな』
はてさて、どうしたものかな・・・ブレずに純粋に誰かの為に行動する彼らとは、昔に多くの人物へ迷惑をかけた今の僕達じゃ最早不可能なのだろうと思ってしまうね。
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ひとまず撤退に成功した僕と酒呑は、御所の内側にある建物の屋根で酒を飲んでいた。人間の世界でなら本来あれこれ警備が厳しいような場所であっても、普通の人間には姿すら見えないのだから数少なく妖怪に生まれて良かったと感じられる。
この場所は僕も酒呑も気に入っている場所だ。昼間こそ日当たりが強くて日陰も無くキツいが、夕方や夜となれば周囲に建物が無い風通しの良さだけが残って居心地の良い所となる。
見下ろせる先の道には健康の為か、もしくは身体を鍛えているのかで走る人を見かける事もあるし、時折近道として使う人や単に暇つぶしの為にブラリと歩く人も見かける。
そういった人々の日常を景色と共に眺めるのが、かつては酒呑が主となって作り上げた亰嗟という組織の"元本拠地"における僕の趣味でもあった。そして、それは今も変わる事なくこうして楽しんでいる。
ただ、僕と酒呑が此処へやって来た理由はそれだけではなかった。
「おや、こんな所で2人だけ酒盛りとは。どちらも相変わらずですね、酒呑童子さんに星熊童子――いえ、今は伊吹という名前でしたね」
「や〜っと来やがったか。テメェとは俺らも話してぇと思ってたんだよ、茨木童子(いばらきどうじ)」
「さて、と・・・茨木、こうして会うのも随分と久しぶりだね。音も無く忍び寄って、しかもかつて僕達を懲らしめてくれた源頼光と同じ格好とは贅沢なサービスじゃないかい?」
向こうからは攻撃してくるような素振りどころか雰囲気すら無い所からするに、どうやら目的は僕達と同じ"話し合い"らしい。
茨木童子は酒呑と同じく僕が幼い頃から世話になっていた鬼の1人で、彼にとっては舎弟ともいうべき存在でもあった。
とはいえ僕達が袂を分かった今となっては、茨木が現在の亰嗟のトップとなっている。
「2人共に私へ話とは、何でしょうか?」
「此処でとぼけるか、おい・・・」
茨木は昔と全く変わらずニコニコとした様子で酒呑と僕の間へ座って、僕の頭を優しく撫でてくる。
こんな事をされると、昔に鬼の中で四天王と呼ばれた中では最も幼かった僕に、いつも茨木はこうして優しい態度を向けてきた事を懐かしく感じるよ。
「それにしても・・・本当に大きくなりましたね、伊吹」
「まぁ、誰かさんから厳しく鍛えられてきたからね。お陰で余計な強さが身に付いてしまったよ」
「ったく、星熊も星熊で簡単に甘えようとすんじゃねぇっつーの。そして本題だが、最近の亰嗟の行動を見ていると俺がトップをやってた時と比べて目に余る部分が多すぎる。ここまでやらかしといて、一体何が目的だ?」
酒呑が茨木を苛立たしげに睨みつける。
「目的?そんなのは貴方がやろうとしていた事を、私がこうして受け継いでいるだけですよ」
「おいこら、俺の瓢箪の酒を勝手に飲むな。星熊ならともかく、誰が飲んで良いつった!」
それでも茨木は態度を崩す事なく、酒呑へにこやかな笑顔を向けながら酒を自身の杯へ注いで飲み始めた。
キリが無い流れになりそうだと感じ、僕の方からもいよいよ話の本筋を切り出す。
「僕達がやろうとしていた事は、せいぜい人間を怖がらせて妖怪の存在を安定させる為だ。そのついでとして、半妖の居場所も作ろうと試みていた」
「星熊の言う通りだ、茨木。その為に俺達が暴れていた大江山は、半妖が隠れ家にするにはピッタリだったんだよ」
「だけど、失敗した。しかも人間に厳命されて大人しくなるなんて、貴方達らしくない話です」
「らしくない、か・・・はは、耳が痛くなるね」
「ふん・・・」
酒呑は茨木から瓢箪を力づくで取り返し、そのままグイと一気に酒を胃へと流し込む。まさか"あの頃"の話を持ち出してくるとは、なかなか茨木も痛い所を突いてくるね。
外国の諺(ことわざ)に"ロバが旅に出たところで・・・"とか何とやら、と聞いた事があるけど茨木は僕達の知らない所で何かあったのかもしれない。
「あ〜、なんだ。テメェらは妖怪の世界が永遠に続けば良いと、そう思ってんのか?あぁ?」
「えぇ、そうで――」
「たとえそれが、僕達と同じ妖怪を犠牲にしてでもかい?」
「・・・」
その僕の言葉に、やっと茨木は僕達の前で少し険しい表情を見せる。
「お〜お〜、ようやく顔つきが変わったな」
「ふむ・・・私といえども、流石に全ての部下の行動を把握しきれていないのでね。少し過激な者も居るようですが、まぁ些細な事です。これから起こる大事の前には、それすら僅かばかりの出来事でしかないのですよ」
「言ってくれるじゃねぇか。その"大事"とやらは、それほどによっぽどなんだろうな?」
「酒呑がトップだった頃は、どんな小さな事だろうと目を余したりはしなかった。同じ妖怪を犠牲にしておいて、それを些細な事と切り捨てる茨木が酒呑の意志を継いでいるとは・・・全くお笑いだね」
「だから俺達はテメェと袂を分かったんだよ、茨木。星熊の言うように同じ妖怪を切り捨てて、妖怪の為の世界なんて出来る訳ねぇだろうが!」
「おや?それを言うなら、そっちこそ貴方達らしくない。貴方達2人なら"そんな事は一々気にするな"と、そう口を揃えて言いそうなものを・・・」
その茨木の言葉に、今度はこちらが眉をひそめる番だった。確かに、組織を作り上げるまでの僕達ならば茨木と同意見だったのだろう。
だが今は――
「あれから、どれだけの年月が経ったと思っているんだい?もう僕達も野蛮な性格じゃあないんだ」
「そのようですね、伊吹。悲しい事です・・・出来る事ならば、2人にも亰嗟へ戻って来て欲しかったのですが」
「無理に決まってんだろ、あぁ?寝言は寝てから言え。それとも寝かして欲しいのか?永遠という名の眠りによ」
その途端、茨木は手にしていた杯の酒を一気に飲み干し、それを酒呑へと投げつけると同時に懐から刀を抜いて僕の方に振り向かないまま斬り付けてくる。その攻撃を僕は素手で刀をガッシリと掴んで受け止め、刀を使えないように力強く握りしめた。
まさか無関係な妖怪にまで手を出すようになるとは、もはや今の茨木とは翁の所の妖怪達と仲を深めるより難しいかもしれない――そう思いつつ、ポタポタと刀を止めた手から流れる血から視線を移し、茨木へと強く怒りの眼差しを向ける。
「目的を達成する為には、組織をより巨大にする必要がある。そして、その為には莫大な金が必要なのですよ。"手段は選ぶな"と、その貴方の教えの元にやっているというのに酒呑童子、貴方自身がそれを否定するのですか?」
「だから俺はな、星熊と共に昔の俺達がやらかした事を償わなくちゃならねぇんだ。今の亰嗟――テメェらを潰してな」
投げつけられた杯を片手で払った酒呑が立ち上がって、僕と同じく茨木へと怒りのオーラを向ける。心做しか、僕達3人の周りだけに風が吹き荒れて何時それが激しくなってもおかしくないように感じられた。
「悲しい、本当に悲しいですよ2人共・・・もうすぐ、"アレ"を見つけ出せるというのに」
「「何!?」」
「――隙あり!」
「なっ!しまった!」
「ぐっ・・・!」
一瞬だけ茨木が見せた物悲しげな表情に僕達は油断をしてしまい、緩んだ手元から刀を酒呑へ突きつける事を許してしまう。酒呑も咄嗟にそれを回避出来たけど、酒で酔っていなかったら危ない所だった。
「伊吹とは違って相変わらず、ムカつく技ですね」
「ハッ、言ってろ。それはどう――も!」
そこから酒呑はすぐさま刀を掴んで茨木を思いっきり投げ飛ばしたが、向こうも腕を上げていたのか難なく境内へと着地する。
「参ったな、これじゃあ追っても無理そうだ」
「ちっ・・・まぁ、良い。今日は話をしようと思ってただけだからな。それに"アレ"は俺の持っている鍵が無いと起動出来ないしな」
「そうだね、酒呑。この世に存在する物全てを反転させる事が出来る妖具"反転鏡(はんてんきょう)、茨木達には絶対に渡さないよ」
「ほぅ・・・貴方達が持っていましたか。では、その反転鏡に必要な『天』の"神妖の力"を持った妖狐と本来現世には存在し得ない『虚』の"神妖の力"を扱える人間――確か貴方達の傍に居ましたよね?ついでに、それらも一緒に頂くとしましょう」
「やっぱりな。アイツらを狙っていたのは、その為か」
「上手く隠していたつもりだけれど、聞きつけるのが早いものだね」
境内へ立つ茨木を僕と酒呑は睨みつけながら、更に言葉を続けた。
「手出ししようとしても無駄だよ、彼女達は手強い者達に守られているからね」
「そのうちには、俺と星熊も含まれちゃいるけどな」
「ふむ、そのようですね。しかし、どういう風の吹き回しですか?他者を傷付けてきた貴方達が、今更"誰かを守る"と言うだなんて」
そんな嘲るような茨木の言葉に、僕と酒呑は苦笑いしながらも"らしくない"理由を口にする。
「綾という、複雑で入り組んだ美しい模様に一目惚れしてしまった感じかな」
「俺も、椿の花の香りにやられたからかね・・・」
「綾という美しい模様、そして椿の花の香り・・・?ふっ、く・・・あっ、あははは!何ですか、それは?物書きである伊吹はとにかく、貴方は何時から詩人になったんですか酒呑童子?」
「うるせぇ!」
まぁ酒呑も聞こえないように言ったつもりだろうけど、しっかり聞かれていたね。茨木に大笑いされているのは少し御愁傷様といった所だけれど。
「なるほど・・・よくよく見れば空は糸で紡がれたように美しく、そして殆ど気付かないほどの控えめな香り。綾絹のような夜空に椿の香りは、意外と恐ろしいものですね。いやはや、興が削がれましたよ。今日はここら辺で退散させて頂きます」
すると、茨木はトンッと軽く飛んで一瞬で遠くへと飛び立って姿を眩ませてしまった。
「――ですが必ず手に入れてみせますよ、全てね。その為の戦力増強なら、どんな手段でも選びません。2人共、覚悟していてください」
「・・・負け惜しみのつもりかな。今更、僕達がこれで怯むとでも?」
「ったく、いけね。少し飲みすぎたか、あの野郎のせいで酒が不味くなって悪酔いでもしたかね」
そう言ってから酒呑は再び座り込んで、大きくため息をつく。
「ふぅ・・・頼光、かつてテメェは言ったよな。"生きとし生けるものは皆、存外悪くはない。信じてみよ"ってよ」
「そうだね、僕と酒呑には未だにそれが何なのかは分からない。けれども、ただ一直線に人も妖怪も信じられる者はいるね。彼らに付き合っていれば、それが何か分かるのかな?」
「さぁな・・・けど、俺も星熊と同じ事を考えてたぜ」
それから再び酒盛りをしようとしたけど、戦いの音を聞かれたからか周辺に人が集まって来ていたので今回は退散せざるを得ないようだ。
それにしても、頼光の事は退治された僕達でなくても化け物退治で名前が知られている。でも彼について意外と知られていないのは、彼には彼なりの信念があって酷く悪い事をしている連中しか退治をしていないのだ。
たとえ物の怪であっても人と同じように心がある、と――そう信じて改心させようとする根っからの善人だった。
「茨木童子・・・お前もそいつに会っていれば、何か違っていたと思うぜ」
「まぁ、その頼光の弟子に勝ってしまったからね・・・僕達と同じになるとは限らないか」
そんな感傷に浸りながら、僕と酒呑は別な場所で飲むついでに酒の妻を探すべく夜の人気の無い暗い道へと足を進めるのであった。