私、霊能力者になっちゃいました 〜≒僕、妖狐になっちゃいました〜   作:SimonRIO

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第肆拾玖話 褒められたかったですよ!

 

それから話し終えた妲己さんは椿へと身体を返して、「寝る」とだけ言って再び椿の中へ気配を消してしまった。

 

そして私と椿は、美亜と共に着替えながら先程妲己さんが言っていた話の事をぼんやりと思い返していた。

 

私と椿の失われた記憶に"妲己さんの本来の身体の居場所"を知っているという事実が、妲己さんにとって1番重要な事であるのが明らかになっただけだというのに・・・何なのだろうか、この心のモヤモヤは?

 

自分が全くの別人かもしれない記憶を思い出す事が怖いという訳じゃない。むしろ、皆が優しく接してくれているお陰で恐怖は徐々に薄まっていっている。

 

でも、それでも・・・本当に妲己さんが悪人でない可能性を"信じきれない私"も心の何処かにいるのだ。

 

すると私達が無言で着替え終わったと同時に、美亜が私と椿の尻尾をグン!と引っ張ってきた。

 

「デェァダ!!いきなり尻尾は止めてっての!」

 

「ギャウン!?ちょっ・・・何するの美亜ちゃん!」

 

大人の姿に変身してる時、胸以外は以前のようにシベリアンハスキーの獣耳っ子になっている事をスッカリ忘れていたから流石にビックリしたわ!

 

椿も驚いた時のワンコみたいな反応しちゃってるし、本当勘弁して――

 

「アンタ達ねぇ、今はそんな事を考えている場合じゃないでしょ?ほら、もうすぐ開店よ」

 

「えっ・・・うわぁ、本当だヤベェ!!」

 

「あわわ、しまった〜!」

 

まさか時間がこんなに経ってたなんて!

急いで私達は仕事着に着替えて、美亜と一緒に店の中へと戻る。

 

とりあえず、今は仕事に集中しなくては・・・。

 

余計な事を考えないようにと思いつつ急いで開店準備を終えて、いざ開店――と同時に何と外で待っていたのか、お客さんがズドドド〜となだれ込んで来た!

 

「おぉ、椿ちゃんが居るぞ!」

 

「綾ちゃんも居る!情報通りだ〜!」

 

「よっしゃ、今日は飲むぞ!」

 

・・・うん、誰だよ私達が働いているって情報を流したのは!?

 

「いらっしゃいませ〜!当店自慢の看板娘2人が、丁寧に接客を致しますので順番にお待ちくださ〜い」

 

すると、そんな中で美亜は妙に手際良く颯爽な対応をしてくれたのだ。な、何か嫌な予感がする・・・珠恵さんも突然の出来事で口を開けてポカーンとしてしまっているのに、美亜はあんなにもすぐ動けるなんて。それに椿も、怪しいと言いたげな目を美亜へと向けているし。

 

そんな私達の考えを見透かしたのか、それから美亜は私達の耳元へ囁いてくる。

 

「頑張りなさいよ、椿に綾」

 

うわぁ、やってくれたな美亜。

 

だって凄くニヤニヤして小悪魔みたいな笑顔を浮かべんだもん!尻尾までクルッと丸くさせてて滅茶苦茶嬉しそうだよ!

 

これは完全に確信犯だわ〜!!

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

――それから、閉店後

 

「し、死ぬ・・・過労で死ぬかと思った・・・」

 

「う、うん・・・僕も、死んじゃうかと思ったよ・・・」

 

あれから私達は息付く暇も無く、とにかくがむしゃらに働いて気が付けば閉店の時間になっていたという、とんでもない忙しさに見舞われたのであった。

 

たった数時間が地獄のようだったけど、それでも余計な事を考える暇も無く一心不乱に働けたので、やらかしてくれたとはいえ美亜には少し感謝だ。

 

「大丈夫、2人共?あの子、とんでもない事をしてくれたわね・・・でも、お陰で普段の倍以上の売り上げになったから、それはそれで良かったけどね」

 

開店した最初こそ呆然としてしまっていた珠恵さんも、今ではすっかりホクホクした顔です。なんというか、やっぱり色々と凄い人だなぁ。

 

そして美亜はというと――

 

「ふ〜ん、2人共だいぶ体力ついたのね。まさか、あれだけの仕事を耐えきるなんて。フラフラになった貴方達をタップリ弄り倒そうと思ってたのに」

 

「うっわ〜!どうりで仕事中、ずっと美亜から見られてる気がしてた訳だよ!勘弁してくれって、マジで・・・」

 

こりゃあ意地でもダウンせず頑張って良かったよ、本当に!美亜にこれ以上好き勝手されてたまるかってんだ!

・・・っていっても、私も椿もカウンター席に座ったまま立てないくらいにヘトヘトなんだけどさ。

 

そんな様子の私達に、珠恵さんは微笑ましい顔で話しかけてくる。

 

「ふふ、貴方達3人は本当に良い関係を築けているのね〜私も羨ましいわ」

 

「そうですか?」

 

「あっ、そうだ珠恵さん!実は妲己さんの事で、1つ聞きたい事があったんですけど・・・何で妲己さんは、手配書でSSランクなんてついているんですか?」

 

「そういえば、僕も綾ちゃんと同じく気になってました。妲己さんと珠恵さんの話していた様子からすると、妲己さんはそこまで悪い人じゃないのかなって不思議に思ったんです」

 

ふと私達が思い出した疑問に、珠恵さんは少し悩ましげな顔をして答える。

 

「あら、その手配書は確か・・・60年前に出たハズよ。妖界の伏見稲荷で事件が起きた後に、妲己は行方不明の扱いになっていてね。主犯と一緒に居た所を見られていたから、重要参考人として高いランクがつけられたのよ」

 

「そ、それだけでもSSランクになるんですか・・・」

 

まさか、そんな単純な理由なのにSSという高いランクで手配されるなんて。箝口令で隠されているとはいえ、きっと妖怪達にとっては非常に大きな事件だったに違いない。

 

ひょっとすると私も椿も事件の中心に居たのではないか――そう思うと同時に、ジワリと額へ嫌な汗が浮かんでくる。

 

「私にはそれ以上の事は分からないし、後は2人と妲己の問題ね。でもね・・・椿ちゃんに綾ちゃん、これだけは覚えておきなさい。貴方達は、どんな時も1人じゃないでしょ?」

 

すると、そんな様子の私と同じく恐怖で足が震えている椿に対して、珠恵さんは柔らかな笑顔と優しい声色で私達へそう言ってくれた。

 

――ああ、そうだったっけな。

 

私も椿も、決して互いに1人で歩んで来た訳じゃない。怒ったり泣いたりしながらも皆に支えられて、ここまで歩いて来れたんだ。

 

こうして妖怪の世界へ関わるまでは、絶対に気付けなかっただろう。心優しい椿とは対極的な私でも支えてくれる人が居るから、私は前へ前へと進んで行けるのだ。

 

その事に気付いた私は、椿と一緒に珠恵さんへと感謝のお辞儀をする。

 

「珠恵さん、ありがとうございます」

 

「私もなんというか、とても大事な事に気付けました。ありがとうございます」

 

「2人共、何言ってるの?礼を言うのはこっちよ」

 

すると、そう言って珠恵さんは私達に給与袋を手渡してきた。でも、妙に分厚いような気がするんだけど・・・。

 

「本当、3人共に良く頑張ってくれたわ。これからも3人に名指しで仕事をお願いしたいくらいよ。だって、今日だけで普段の1ヶ月分の売り上げだもの!」

 

「うぇぇええっ!?」

 

「そんなにいったんですか!?」

 

え、ちょっと凄い事になってませんか!?

確かに、お客さんの数も前回の倍以上ってレベルじゃない程に来たけどさ・・・。

 

わたふたしていた椿も、その事を不思議に思ったのか美亜へ質問する。

 

「で、でも・・・何で急に、こんなにお客さんが?美亜ちゃんが情報を流しただけじゃ、普通ここまではいかないでしょ?」

 

「それもそうね、ちょっと異常よね」

 

「何か含みのある言い方だな〜・・・って、えっ!?」

 

すると、そう私が言った途端に店の扉が開いてゾロゾロと数人が入って来た。それに反応して私達が振り向くと、その意外過ぎる人達に私達は思わず固まってしまう。

 

「あっ、椿ちゃんに綾ちゃん!お疲れ様〜って、大人の2人綺麗〜!ついつい抱きつきたいっ!」

 

「おう、抱きついてから言うなってカナ」

 

カナが私と椿の胸元へ飛び込んで来た後に続いて、今度は狐2人と湯口先輩も店へ入って来た。

 

『珠恵よ、今日の売り上げは過去最高ではなかったか?ふっ・・・我が嫁なら、ここまでの魅力が無ければな』

 

『俺の嫁だ、白狐。それと滅幻宗のガキ、これで分かったか?これが椿の魅力だ』

 

「くっ・・・しかし、こんな如何わしい店でバイトなんて。あっ、椿も綾も大丈夫か?変な事はされなかったか!?」

 

「スイマセン湯口先輩、とりあえず凄く申し訳ない気分です」

 

先輩は滅茶苦茶心配してくれてるのに対して、狐2人は何かとても自慢げかつハイテンションだ。

 

「なぁ、椿・・・これ、ほぼ確信犯みたいなモンだよね?」

 

「そうだね、綾ちゃん――湯口先輩と綾ちゃん以外、全員正座!!」

 

入って来た皆の様子に違和感を覚えた私達は、外で客寄せをしていた事を問いただす為に座らせる。

 

『何故!?』

 

『つ、椿に綾よ、落ち着け!』

 

「落ち着いて、2人共。私はただ、応援を・・・」

 

「それじゃあカナちゃん、この幟(のぼり)は何?」

 

何とかして私達を宥めようとするカナだが、彼女が背中に担いでいる旗らしい物のせいで説得力は皆無である。

 

何せ、そこには――『とっても可愛い狐耳や犬耳の美少女がタップリと接客してくれるよ!!』な〜んて書いてあったのだから。

 

「カナ、正直に話そっか」

 

「あぅ・・・」

 

まぁ、普段は優しい椿からもニッコリ笑顔のままで怒気を浴びせられたら、流石のファンクラブ筆頭なカナもショボンとして大人しく正座してしまうよね。

 

『黒狐よ、とりあえず逆らわぬ方が良さそうじゃ』

 

『そうだな・・・これは2人共に、もう駄目だろうからな』

 

「うんうん、皆さん素直で宜しい。私達の事を宣伝してくれるのは嬉しいけど、今回はちょっとやり過ぎだからね」

 

「綾ちゃんの言う通りです。あのね皆、今日は僕と綾ちゃんがどれだけ大変だったか分かりますか?」

 

そんな調子で、私と椿は皆へ注意・・・というより説教を進めていく。とはいえ、ぶっちゃけ仕事疲れでイライラしてるのもあるからか、私も椿も若干八つ当たりっぽい感じになってしまっているけど。

 

「あらあら、椿ちゃんに綾ちゃんったら・・・2人共、逞しくなったわね〜」

 

「綾は多分元からだけど、椿は本当にそうなのよね〜。どっちも相変わらず押しには弱いけど、ちょっとはマシになってきたんじゃないかしら?」

 

「そう言う貴方は大丈夫なの、美亜ちゃん?最近、両親を亡くしたばかりでしょう?」

 

「全く、凄い情報網ね。大丈夫――とは言い難いけれど、私には支えてくれる人が居るからね。だから、何時までもヘコんでいる場合じゃないのよ」

 

「ふふ、やっぱり貴方達は良いわね〜」

 

何か後ろで珠恵さんと美亜が仲良さげに話しているが、私達は真剣に説教中なので無視だ無視。

そもそも彼らに少しでも付け入るスキを与えたら、す〜ぐ調子に乗ってグダグダになってしまうから全力で叱っている・・・ハズなのだが、どういう訳なのか皆ニコニコしている。

 

「いや〜椿ちゃんも綾ちゃんも可愛いな〜・・・2人共尻尾振りながら文句言うなんて、それは怒ってるとは言えないよね?」

 

「へっ?・・・はっ!!」

 

「あれ!?」

 

なんという事でしょう!

いつの間にやら、私も椿も自身の尻尾をブンブンと無意識に振ってしまっていたのだ!

 

いや、何で尻尾を振ってしまっているかは何となく理解しているんだけど・・・まさか、ここまで敏感に反応するなんて思ってなかったよ!?

 

『ふっ、2人共しょうがないな。褒められたかったなら、正直にそう言えば良いだろう?』スッ

 

「う、むぐぅ・・・」

 

「あぅ・・・」

 

うん、更に店へ入って来たオジサンの言う通りでした。

 

ハイハイそうですよ!私だって、偶には親しい誰かに良く頑張ったって褒められたかったですよ!

 

――そういう訳で、後は普段と同じように私と椿は皆から褒め殺しにされちゃって完全に立場が逆転してしまったのであった。

 

本当は一刻も早く強くなって、皆と共に椿を守れるくらいにならなくちゃいけないのに〜!


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