釣りバカ提督は今日も一人で。   作:匿名

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 ……失踪かと思いましたか?

 残念、忙しかっただけです()

 今回の文章は短いですが、ストーリーは考えていますので何卒お許しを……。


九投目 誰かとみんな

「……衛生妖精*1さんによると腕は早くても全治三ヶ月。頭は九針縫って、打撲もいくつか。あたりどころが悪かったら、今ここにはいないとのことです……はぁ、本当に良かった」

 

「ごめんなさい……僕の不注意で心配かけてしまって」

 

「本当ですよ。不注意にも程があります。心臓バクバクで私の方が死んじゃうかと思ったんですから」

 

 そんな僕を詰る言葉とは裏腹に、赤城さんは柔らかく微笑んでみせた。その優しい笑顔に釣られて、腕の痛みが少し和らぐ。

 

 実を言うと、この怪我は"僕の不注意"で負ったものだと彼女には伝えている。

 

 もちろん、それは嘘だ。あの時、誰かが僕の背中を押したことは確かだった。でもそれを言ってしまったら、きっと彼女は世界中の悲しみを全て1人で背負ったような顔をしてしまうだろう。そう思うと、とても伝えることができなかった。誰にも言えないものを胸の奥に飼い殺して、僕の姿を見るたびに心を痛める姿なんて見たくはない。

 

「……ああ。これでしばらく釣りは無理ですね。バチが当たったんでしょうか?」

 

 わざと冗談めかして言うと、赤城さんは首をそっと横に振る。

 

「そんなことないですよ。提督は頑張っていますから、神様がこんな仕打ちをするわけがないです」

 

 赤城さんは包帯で巻かれた僕の腕をそっと撫でた。撫でられたところがじんわりと熱くなる。でも不思議と痛みはなく、むしろ心地よい感覚に驚いたくらいだった。

 

「人には隙というものが絶対ありますから。そう自分を責めないでくださいね」

 

「隙、ですか……」

 

「ええ、そうです。私にだってありますよ」

 

 ふと空き缶が転がっていく音が頭の中に響く。あの時の僕にも確かに隙があったのかもしれない。誰かが後ろに立っていようと、全く気づかないほどの大きな隙が。

 

 誰にだって隙があるとしても、何の気配も察せないというのは致命的ではないか。仮にも僕も軍人なのだ。これから先、また隙によって何らかの事故に巻き込まれてしまうことも十分考えられる。それを防ぐためにも、何か対策でも考えなければならないだろう。

 

「さてと、提督。夕ご飯お持ちしますね。食べさせてあげますよ!」

 

「え、いや、悪いですよ。なんとか自分で食べますから……」

 

「大丈夫ですよ。遠慮しないでください。どうせただ食べさせてあげるだけで……」

 

 不意に赤城さんが言葉を切った。

 

 何事かと見上げると、汗を額にダラダラと浮かべて口をもごもごさせている。喉に言葉が詰まっているように、小さく息に混ざった声を出している。何があったのかと声をかけようとすると、彼女は胸のあたりからゆっくりと、タコが茹で上がっていくように彼女は赤く染まっていった。

 

「……今日は! 麻婆豆腐です!」

 

「あっ、はい」

 

 赤城さんは無理やり話を歪めて、クルリと背中を向け、歩いていく。焦っていたのか、思い切り入り口のドアの部分に肩をぶつけて鈍い音が鳴った。相当痛いそうに見えたが、そんな動作を一切見せず、行ってしまった。動揺していることは明らかだが、その理由が分からない。

 

 赤城さんを見送った惰性で、朗々と蛍光灯の灯る白い廊下を眺めていると、横から声が聞えた。

 

「一航戦にも弱点はあるんやなぁ……」

 

「……弱点? って、な、何してるんですか龍驤さん」

 

 振り向くと、窓の外から龍驤さんがひょっこりと顔を出していた。どうやら今まで暗闇の中に潜んでいたらしい。全然気が付かなかった。

 

 よいしょ、という掛け声とともに、彼女は身軽に窓を跨いで室内へと入ってきた。ひらりと赤色の服の裾が揺れる。

 

「おいおい待ってや……気づいとらんのか。これだから男っちゅうもんは」

 

「……何か用ですか?」

 

 思わず僕は上体を起こして身構えた。彼女にはあまり手を出せれたことはないが、いい思い出があるわけでもない。本能的に体に力が入り、体温が上がったのを感じた。

 

 警戒していることにに気づいたのか、彼女は慌てて両手を前に出して、止まれのポーズをした。

 

「て、敵意はないで! 安心しい」

 

「……」

 

「ほ、ほんまやで! とりあえず話だけでも聞いてや」

 

 彼女の額に一筋、尾を引いて汗が走っていた。警戒を解くかどうかは後回しとして、ゆっくりと首を縦に振ると、彼女は安堵の息を漏らした。

 

「突然でごめん。堪忍してな」

 

「別にそれは構いませんが……それで何の用ですか?」

 

「えっと、アンタのその怪我に関係することや」

 

 怪我に関係すること……ただお見舞いに来たというわけではないだろう。だったら犯人を知っているとか? いや、それを僕にリークしたところで得はないし、むしろそれがばれたら艦娘間での彼女の立場に関わってくるはずだ。

 

 頭の中で思考が駆け巡るが、出す予想はどれもピンとこない。結局結論も出ないまま、彼女が言葉を繋いだ。

 

「とりあえず、最初に言わせてもらうと艦隊の、この鎮守府の危機かもしれんっちゅう話」

 

「この鎮守府の、危機?」

 

「ああ、そうや。順を追って説明するで……」

 

 彼女はベッドの脇に置かれたパイプ椅子を開き、そこに腰かけた。腰を据えて話したい、という意思表示だろうか。長くなりそうだ。

 

「まず、今回の件がもう噂になってるのは前提として置かせてもらうで。さっきまでうちも食堂でご飯食べとったんやけど、みんなひそひそ話しとった。十中八九、アンタのことや。隣に居った高雄と愛宕に聞いたら、第二発見者やった鳥海から広がったらしいしな。そこまでは分かるとして、その後がちょっち引っかかった。その噂、誰かが故意的に落としたっちゅうおまけ付きやったんや……」

 

「もう、犯人がいるっていうことが確定してるってこと?」

 

「そうや。そこんとこ、その反応見る限り、アンタも確信はないんやろ? でもまあ、こんな鎮守府やで、いない方が不自然って考えるのが妥当やね。

 

 それで事件の噂が今広がって行ってる状態。多分、明日中には全員に伝わるやろ。で、ここで問題や。次は何が起こると思う?」

 

 この次……? 

 

 今の段階で噂が広まっているということは、その噂が広まり切った後に何が起きるか、ということだろうか。

 

 事件の噂が起って、その後どうなるか。頭の中で軽く自分に当てはめてみた。もし、自分の家の近所で事件が起きたと聞いたら、どう思うか。

 

 少し考えてから、一つの答えにたどり着いた。

 

「もしかして、犯人捜し?」

 

「ご名答。その通りや」

 

 彼女は指をパチンと鳴らして頷いた。それと同時に、こちらを見る目つきが一層厳しくなったように感じた。

 

「きっと艦娘たち(私ら)の次の話題は犯人が誰かっちゅうことになるやろう。それに関係して、一つ教えたる。実は、最近アンタに手を出すことがタブーとして扱われ始めてきたんや。薄々、アンタも気づいとるやろ?」

 

 彼女は手でこちらに同情を求めた。

 

 思えば釣り道具に悪戯される頻度も下がってきているし、その度合いもかなり柔くなっている。今朝受け取りに行った釣り竿も、前と比べると折られ方が丁寧というか、悪意が感じられなかった。なんとなく感じていたことは、実際そうだったらしい。

 

「その理由はまあ至極全うで、アンタの努力が実を結び始めたからや。今まで何もできんかったやつだからこそイジメとったのに、急に艦娘たち(自分ら)のためにあんなに頑張ってくれとるなんてことになったら、やる側も胸糞が悪いからなあ。そういうこともあって、暗黙の了解ができ始めた。まだ若干続いとるかもしれんけど……それはじきに解決するやろ。アンタも努力を誇っとき。凄いことやで」

 

 帽子の陰から覗く彼女の目はまっすぐで、嘘を吐いているようには見えなかった。本当なら少し嬉しい。

 

 でも、そんな小さな喜びを感じる暇も与えないままに、彼女は話を続ける。

 

「でもそれがアカンかったんや……手を出すことがタブーになった今、こんな大怪我をさせた奴が同じ鎮守府にいると知ったらどうなるか。艦娘らも人間と同じや。分かるやろ?」

 

「……イジメの対象が移るってことか」

 

 僕の答えに対して、彼女は渋々と頷いた。

 

「生き物は、特に感情をもっている奴らは、何かを失った時に代わりを求めたがる。今までみんな、アンタっちゅうストレスのはけ口に頼っとったんや。それが使えなくなった今、丁度よくこんな事件が起こってまった。誰かが、第二のアンタになる可能性が高い。そうなればこの鎮守府がどうなるかは、ご察しの通りや」

 

「そんな……」

 

 龍驤さんは一息つくと、帽子を脱ぎ、腰を深く曲げた。突然のことに僕は驚いた。

 

「頼む。どうかこの鎮守府を、みんなを救ってほしい!」

 

 頭を下げた龍驤さんの表情は確認できなかったが、頬が微かに引きつっていた。

 

 みんなを救ってほしい。

 

 その言葉に込められた重みが肩にじわじわと圧し掛かる。考えれば考えるほど、息苦しくなっていく。誰を助けるということは言うほど簡単ではない。

 

 僕にその力があるなんて到底思えなかった。

 

 ……でも、それが救いを乞う声を切り捨てる理由にはならないことも、僕は知っている。

 

「分かりました。僕でよければ、できる限りのことをさせてもらいます」

 

「ほ、ほんまか!」

 

 龍驤さんの顔がぱっと明るくなった。

 

「よかったあ……うちだけやと何もできへんからなあ。よしよし、これでなんとかなるかもしれん」

 

「でも、みんなを救うってどうするんですか? 僕にできることなんて、そこまで多くないですけど……」

 

「ああ、そこらへんは大丈夫や。みんなを救ってやれば、おのずと道は拓けてくるはずやでな」

 

 龍驤さんはポケットからシンプルなメモ帳を取り出した。ページのいくつかにカラフルな付箋が貼られており、紙もしおれていて年季の入った物であることは容易に分かった。

 

「ここに、みんなの悩みやトラウマがある程度やけど書いてあるんや。ただこの事件の犯人を見つけて、その子の動機やらなんやらを聞いて解決したところで、ほとんどのみんなが何かを胸に秘めた此処では、絶対になんか問題が起きてまう。だからこれを機に、みんなを救っていくんや。もちろん、道は険しいやろけどな」

 

「でも、進まないとたどり着けないですよね」

 

「千里の道も一歩から、やな」

 

 きっと前までの僕なら、こんなことできっこないって諦めてたんだろうな。

 

 でも、今は違う。誰かのために動きたいと、強く思うことができていた。

 

*1
衛生兵的立ち位置の妖精。各鎮守府に最低1人は配属されており、入渠に至らない程度の怪我の治療を主に請け負う。

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