釣りバカ提督は今日も一人で。   作:匿名

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 釣り要素の薄い回です。

 タイトル詐欺感も少しありますが……釣りバ○日誌も釣りが関係ないシーンが案外重要だったりします……よね? 何卒お許しください……。


四投目 風の声を聞いて

 海が涙を溜めている。

 

 遠くから聞こえる波音から、そう思った。おそらく今夜は雨だ。

 

「海ばかり見てどうかしましたか?」

 

「いえ、大きなことではないんですけど……雨で夜釣りに行けなさそうです」

 

「えっ? 天気予報では降水確率10%でしたけど」

 

「多分降りますよ、7時過ぎくらいからだと思います」

 

 僕の誇れる数少ない特技の一つ。それは海の天候や潮流が読めること。生まれてからずっと海と触れ合っていたからか、感覚的にそれが分かるようになっている。自分でもよく分からないが、海が語りかけてくるとでも言おうか。

 

 明日は雨だ、今日はベタ凪*1だ。

 

 そんなふうに、声ではない声で話しかけてくる。

 

 机の上に並んだ戦闘記録*2が扇風機の風になびいてるのを見て、僕は消しゴムを重石代わりに置いた。つい数週間前までは十分に重石となったそれも、いつの間にか角が削れて転がっていきそうになっている。しかし残念ながら、僕の知能は身を削って頑張る彼の努力と釣り合っていない。

 

「……未だに天気予報しかできないのがなんとも」

 

「すごい才能ですけどね。まあ、まだ始めたばかりですから、じっくりやっていきましょう。少しでも指揮能力が身につけば、それはただの天気予報ではありませんよ」

 

「そうならいいんですけど」

 

「弱気になっちゃダメですよ。提督にとっては自信過剰くらいになるのが丁度いいです。はい、お茶入りましたよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 赤城さんが差し出した湯飲みを受け取り、そっと口につける。渋みのある、冷たい感覚が喉元をするりと通っていった。まだ夏本番ではないのに、炎天下が支配する昼間を生きるには、この感覚が必要不可欠だ。

 

 ここ数日、僕は赤城さんの力を借りて大量の資料の読み取りをしていた。一つ一つノートにまとめて、考えて、覚えて。その繰り返し。でも頭の中にはどうも積もっていかなかった。時間をただ浪費している気がして、だんだんと憂鬱になって、五月病のような状態に陥っていた。

 

 やらなければならないことは分かっている。でも、足が進まない。生命反応のない海を前にした釣り人*3は、大抵こんな気分だろう。

 

「誰か、もう少し教えるのが上手な人がいればいいんですけどね……」

 

 静かに耳に入ってきた声に、一瞬肝が冷えた。赤城さんが頑張ってくれているのに、僕はなんてことを言っているんだろうかと。

 

 でも、幸いなことにその言葉は僕のものではなかった。

 

「私はどうも感覚派というか……理論的に教えるのが下手ですから」

 

「いえ、そんなこと……ないと思いますよ」

 

「ありがとうございます、とだけ言っておきますね」

 

 赤城さんが苦笑いしながら小首を傾げた。そして静寂が訪れる。

 

 自分の発言が間違っていることは分かっている。よくしてもらっているのに、これだけしか言えないというのはないだろう。でも、どう言えばいいのか。僕には分からなかった。どうすれば上手くフォローできるのか。戦術書も、海の声も、何も教えてはくれない。

 

 僕の五月病が彼女にも伝播してしまったのか。最近、元気な表情を見せてくれることが少なくなった。

 

 肩にのしかかる空気を入れ替えるために、窓を開けて風を取り込む。どこからかホースで水を撒く音が聞こえた。

 

「……あっ、提督!」

 

「えっ? ……うわ」

 

 ぼーっとしていたせいか、入り込んだ風が記録書を盗み出して行ってしまった。消しゴムが転げ落ちていることに今気づく。扇風機との見事な連携プレーだ。アライバ*4もびっくり、と言ったところか。

 

「僕、とってきます!」

 

「え、あ、ちょ、ちょっと……」

 

 赤城さんの声をかき消すように厚いドアを閉め、僕は廊下へと飛び出した。

 

 ただ、肩には未だに重い空気が乗ったままだった。

 

 

 

 

「ふぅ……よかった。無事だ」

 

 幸いなことに飛んで行ったのは数枚で、カラカラに乾いた地面はそれに軽く砂を付けただけだった。

 

 誰かに会わないうちにさっさと執務室に戻らなければ。

 

 胸に戦術記録を重ねて、そそくさと廊下を歩く。階段の角に差し掛かり、体を横に向けたその瞬間、ちょうど肘の辺りに誰かがぶつかった。突然の衝撃に思わずよろけてしまった。相手もそれは同じようで、階段に腰掛ける形で尻餅をついた。

 

「いてて……あっ、提督。ごめんなさい」

 

「あ、いやこっちこそごめん。不注意だったね」

 

 ぶつかったのは潮ちゃんだった。良かった、と言っては彼女に悪いかもしれない。

 

 でも、他の艦だったらどうなっていたか。ほっと胸を撫で下ろす。ただそれも一瞬のことだった。

 

「何をしてるんだい、提督」

 

「艦娘に怪我させる司令官ちゅーのは、ちょっちいただけんなあ」

 

 潮の後ろに、小さな影が二つ。鋭い眼光でこちらを睨んでいた。

 

「……ひ、響ちゃん、龍驤さんも。提督が悪いわけでは」

 

「潮姉さん。そんなことないよ。悪いのは"ソイツ"だろう?」

 

「そうやで。こういうのは男が詫びるもんや」

 

 ゆっくりと二人は階段を降り、距離を詰めてくる。視線が下から突き上げられる。俯いても逃げる事はできない。

 

 

「なあ、なんとか()ったらどうなんや?」

 

「さっさと謝った方が身のため、かな。今ならまだ土下座くらいで勘弁してあげれるよね、潮姉さん」

 

「え、えっと、その……」

 

 座ったまま、潮ちゃんは狼狽(うろたえ)る。僕は何も言えない。どうすればいいのか、やっぱり分からない。頭が空っぽになってしまう。

 

 二人の声がひたすらに僕のことを責める。内容は入ってこなくとも、そのことだけは分かった。

 

 ……遠くから波の音が聞こえる。

 

『本当に、それでいいのか?』

 

 耳の奥に、いや頭の中に、ふと言葉が入り込んできた。自分が思っていないのに、言葉が次々と浮かんでくる。何人もが囁いているような、不思議な感覚だった。

 

『あなたは成長したいではないのですか?』

 

『そのままだと、少々厳しい、と私は思う』

 

『まあ、君がそれでいいなら……構わないんだけど』

 

『で、どうなんだ? 君が思っている理想の人物像は延々と黙りこくっているようなやつなのか?』

 

 違う……僕が理想とする人物像はそんなものではない。

 

『ほう。どんなふうになりたいんだ? 言ってみろ』

 

 ……みんなに尊敬されて、指揮も上手くて、人間としても完璧で。

 

『ふむ。そうか。そいつはちょっと出来過ぎだな』

 

 ……そうかもしれない。でも、僕はそうなりたい。ならないと、いけない。

 

『なら、この状況でどうすれば良いのか。考えてみせろ』

 

『君にだって……脳味噌はあるだろう?』

 

『"人間は考える葦である"と、先人は言った。君は藁くらい脆いかもしれんが、考えることができるというのは同じはず、と助言する』

 

『あなたなら、できると思います』

 

 ……僕に、できること。そんなこと、釣りくらいしか……。

 

『それが君のダメなところだろう。一発、ガツンと行くのも一手だぞ!』

 

 一発。ガツンと。できる、のか?

 

『ああ、できるとも。みな諦めているだけで、誰だってできる。世の中の半分は諦めているだけでできることなんだ。やってみせろ。君の勇姿を私は見たい』

 

 ……。

 

『行け、君の後ろには大きな味方がいる。海という、大いなる味方がな……』

 

 背中から風が一陣、駆け抜けて行った。まるで僕を押すかのように。

 

「……ちょっとそれは、違うと思うな」

 

「……は?」

 

 気づいた時には口に出してしまっていた。一度生み出した言葉を戻す事はできない。もうやるしかない。

 

「た、確かに僕が悪かったかもしれないけど、互いに怪我はなかった。潮ちゃんも、僕のことを咎めてはいない……よね?」

 

 チラリと目線を潮に届けると、彼女は小さく頷いた。

 

「……うん、だから、そこまでのことはしなくてもいいかなって思うんだ。情けない姿を、僕はもう見せたくない」

 

 僕の反撃を予知していなかったのか。二人はぽかんと口を開けたまま、しばらく動かなかった。そしてようやくそれを閉じたかと思えば、ため息と舌打ちが聞こえた。

 

「……まあ、今回は潮姉さんも怒ってないようだし、許してあげるよ」

 

「まったく、悪びれる様子もないやなんて。調子狂うわ。響、もう行こか」

 

「そうだね。でも、次はどうなるか……しっかり覚えておきなよ」

 

 睨みを残して、二人は去って行った。見えなくなってから、大きく息を吐く。肩の力がすっと抜けて、思わず潮ちゃんの隣に座り込んでしまった。

 

「こ、怖かった……」

 

「て、提督。あの、なんて言えばいいか……その、ごめんなさい」

 

 潮ちゃんは立ち上がって僕の前に立ち、頭をそっと下げた。慌てて立ち上がり、それを止める。

 

「潮ちゃんが謝ることじゃないよ。元はと言えば、僕が全部悪いんだから」

 

 僕がそう苦笑すると、潮ちゃんは僕の顔を覗き込んで首を傾げた。何か、不思議そうな表情をしている。どうかしたのだろうか。

 

「あの、提督。こんなこと言っていいのか分からないですけど……」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんだか少し、雰囲気が変わった気がして。何というか、強く? 勇しく? 芯がしっかりとしてきた感じが……って、う、上からですみません」

 

「そう、かな? 本当にそうなら嬉しいけど」

 

 潮ちゃんは本当です、と首を縦にブンブンと振った。

 

 なんだかとってもかっこよかったです、とも。

 

 そんなこと初めて言われた。なんとなく、むず痒い感情だ。頬が赤くなるのが分かった。

 

『……やればできるじゃないか』

 

 また頭の中に声が響く。

 

 ありがとう。誰か分からないけど、君の、君たちのおかげだ。

 

『いや、これは君の力で、私たちはちょっと背中を押してやっただけに過ぎない。よくやった、と言っては立場がおかしいか』

 

 不思議な言葉はふっ、と空気を漏らす。そんな些細な動作まで分かるほど、近くにいてくれているのだろうか。

 

『まあ、これからは背中を押されなくても突き進むんだぞ。そうしていけば、いつか……私たちも……』

 

 ……君たちも?

 

『……何でもないさ。忘れてくれ。それでは"また"な』

 

 次の瞬間には、頭の中から言葉はなくなっていた。まるで溶けた氷のように、跡形もなく。

 

 一体何なのか。僕の深層意識が作り出した幻だったりしたのだろうか?

 

 結局、正体は分からない。ただ、僕のことを助けてくれたことは確かだった。

 

「……ありがとう」

 

「……提督、何か言いましたか?」

 

 小さな声で言ったが、彼女に拾われてしまったらしい。

 

 なんでもないよ、と軽くごまかして、僕は彼女に別れを告げる。まだ、勉強の途中だ。

 

 潮ちゃんは頑張ってください、とポーズ付き*5で励ましてくれた。

 

 まだまだこれから。

 

 憂鬱な気分なんて、どこかに飛んでいった。なんと軽い人間だろうか。でも、見方によってはそれも長所なのかもしれない。

 

 階段を登り切ると、赤城さんがこちらに向かってくる途中だったようで、手に何かを持って歩いていた。

 

「あ、提督。遅かったですけど……何かありましたか?」

 

「まあ、ちょっと。でも、なんともないから心配しないでください」

 

「そう、ですか……」

 

 赤城さんは少し不安気な表情を見せたが、僕が微笑んで見せるとそれもすぐに消えた。いつもより上手く、微笑めた気がする。

 

「それで、赤城さん。それ、なんですか?」

 

 赤城さんが手にしているものを指差して、尋ねた。どうやら何かの書類のようだ。

 

 あっ、と短く声を上げて、赤城さんは思い出したようにそれを差し出してくる。

 

「本部から送られてきました。どうやら、面談らしきものがあるようですが……」

 

 書類に目を通すと、第四次個別報告面談、とデカデカと見出しに書かれていた。

 

「なんですか、面談って?」

 

「書いてある内容から見るに、その鎮守府の内情調査ってことかと。ほら、実際に調査官が来るのって無理じゃないですか*6。だから呼び出しという形かと。秘書艦も連れてくるなって書いてありますし、ひょっとすると少しディープなことにも触れるかもしれませんね……」

 

 ディープなこと……。いくつか、心当たりがある。

 

 例えば、艦娘の運用方法についての指導など、だろうか。

 

「明日の午後からだそうです。えらく急ですが、明日は勉強もお休みですね……」

 

「本部からですし、仕方ないですね。でも、行く途中にも記録書読んでおくので、冊子型にしてもらうことってできます?」

 

「ええ、できますよ。提督、やる気が出てきましたね」

 

「ちょっと、ですけどね」

 

 廊下の隅から流れる夏の風が頬を撫でていく。

 

 背中を押された感覚が、まだ微かに残っていた。

 

 

*1
風がほとんどなく、非常に"静かな"海のこと。

*2
軍の規定で、どんなに小さな戦闘であっても、その記録を綿密に報告しなければならないと定められているため、かなりの数の記録が残っている。それを見るだけでも相手の動きの特徴、指揮官の采配が読み取れ、とても勉強になる。

*3
もちろん諦めはしないが、そんな状況と長いこと向かい合って変化がないとなかなか辛い。結局は自然との戦いであり、人知を超えた何かを相手にしている。潔く諦めるのも一手だと思う。

*4
プロ野球球団、中日ドラゴンズに在籍していた二塁手「荒木雅博」と遊撃手「井端弘和」コンビで、衝撃的とも言える連携プレーの数々を披露した。彼らのことを誰しも一度は見たことがあるのではないだろうか。ちなみに僕は父が見ていた過去の試合の再放送で見た。

*5
ガッツポーズのようなものだった。うん。可愛かった。

*6
実は鎮守府に立ち入りできるのは海軍の中でも一部の人間だけとなっている。妖精からの要請(決してシャレではない)で、そうなっているそうだ。理由は正直よく分かっていない





 龍驤の関西弁ですが、あまり方言には詳しくないので間違っていたら教えていただきたいです。彼女も史実では横浜生まれの横須賀育ちですので、そのくらいがいいのかもしれませんが……。
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