釣りバカ提督は今日も一人で。 作:匿名
前半ストーリー、後半釣りです。本日は砂浜での投げ釣りです。
昨夜の雨のせいか、アスファルトが光を反射している。降り始めは涼しく感じた空気も、上がった後はただ蒸し暑いだけだ。
張り付いたシャツを何度も引き剥がしながら、広い本部の敷地を歩く。
本部は大きな入江の中にその身を隠すようにしてあって、作るために小さな街を一つ潰したとも言われている。正直、ここの空気は好きではない。どこか粘性のある雰囲気で、それが喉に詰まるような感覚がするからだ。
何度来ても思うことだが、ここは無駄に広い。本部は基本的に大規模作戦の発案、人員の収集、艦娘の研究を責務としている。一番後ろの理由で、さまざまな設備が建設されていて、一つのテーマパークと言ってもおかしくはないようの見た目をしている。もちろん、楽しいことなどさらさらないのだが。
額に汗を垂らしながら、たどり着いた建物を見上げる。四階建ての、無機質な白色の壁にデカデカと『主要海域奪還・防衛軍』*1と書かれた木札がかかっている。足が進まないのは、果たして疲れたせいだろうか。
入り口に立っている憲兵に軽く頭を下げて、中へと重たい足を進めた。
クーラーがあるおかげで、室内は肌寒いほど冷えていた。ただ、まとわりついてくる空気は変わらない。
指定された部屋への道の途中で何人かとすれ違ったが、軽く会釈をするだけで色のない目をしていた。もちろん、ある程度普通の生活ができているとは言えども、あくまで今は戦争中。そうなっても仕方ないとは思うが、こうも暗いと勝てるものも勝てなくなってしまいそうだ。
威圧感のある厚いドアにノックをすると、すぐになかから「どうぞ」と声が聞こえた。失礼します、と軽く頭を下げながら入ると、そこには薄いフレームの眼鏡のしたに静かに三白眼をたたえる男がソファに腰掛けていた。
「どうも。とりあえずそこに座りなさい」
「……失礼します」
男が指指したソファに座り、机を挟んで向かい合うような形となる。男は手元にあった茶封筒の中から紙を取り出して、眼鏡を一度、親指で押し上げた。
「私は
「僕は……」
「いや、別に構わないよ。もう分かっている」
指を舐めて、男は書類をパラパラとめくり、その内の一枚を取り出した。
「どうだい、提督業は? 一年近く経っているようだが……」
「まあまあと言った具合かと……」
「そうか。君がそう言うならそうかも知れんが、書類は嘘をつかない」
机に書類を置き、胸ポケットから取り出した赤ペンで青柳さんはそこに丸を書いた。僕の鎮守府の戦闘記録のようだ。決して空白になっていたり、負けが続いていたりはしていないはずだが*2、何か不満があるらしく、裏映りも気にせずに何度も同じところを小突いていた。
「君はちょっと負けが少ないね」
「……え、ええ。負けることはほとんどないかと」
「それ、実はちょっと問題なのよ」
「……何故ですか?」
「うんとねー。ちょっと失礼」
男はどこからかタバコを取り出して、慣れた手つきで火をつけた。
吸わないとこんな仕事やってられないよ、と薄ら笑いで呟く。苦い匂いが鼻の奥を刺激しているが、止めるのもこの状況では良くない気がして、結局何も言えずじまいだった。
「えっとー、そうそう。負けが少なくて何故問題かって、分かる?」
「……いえ、全く」
まあ、そうだよねー。タバコを咥えたまま、青柳さんは頬杖をついた。眼鏡の光の加減で目が見えなくなる。
「あのねー、負けが少ないってことは轟沈数が少ないってことで、ちょいと
「はぁ……」
「それで何が問題かって言うと
タバコを灰皿に押しつけながら、青柳さんはため息を吐く。煙が僕の鼻を掠めていったような気がした。
「ぶっちゃけ、この軍って結構腐っててねー。だってほら、相手が人間じゃない戦争やって、それで今経済も凄い回ってるの。罪悪感もなく、むしろヒーローみたいな立場で、さらにお金がどんどんもらえる。そんなここを辞めたい人なんているはずないだろ? アンタも、結構貰ってるはずだしな」
「………」
「まあ、そんなことしてるから今ちょっと劣勢になり気味なんだけど。完全に負けない限り、永遠とこれを続けるくらいの勢いなんだろうね、上は……おっと、話を戻すか。それで、君のところはちょいと甘すぎだって話ね。もしそんなんで
「そ、それは……」
「君は優しすぎだねー。
ケラケラと肩を震わせると、青柳さんは二本目のタバコに手をつけた。
彼の言いたいことが分からないというわけでもない。でも、本当にそれは正しいことなのか。僕にはよく分からなかった。
「まあ、もうちょっと奴らには厳しくな。多少負けたところで大丈夫だから。よっぽど人員不足の今、クビにされることなんてさらさらねぇーさ。さて、本題はこんだけ。こんなので呼び出すのもあれだが、
放り投げるように書類を渡された書類には、どう見たって法外な時間設定が書かれている。それを手に取ると追い出されるように部屋から出されてしまった。
まさか十分程度で終わってしまうとは。
『この軍って結構腐っててねー』
頭の中で青柳さんの言葉が反響している。確かに、話を聞く限りこの軍はお世辞にもクリーンとは言えない。
なんとかしたい、なんて提督としても成り立っていない僕が言えることではないだろう。
「……でも、僕は僕らしくやりたい」
青柳さんにも言われた。そうそうクビになることはない。だったら、せめて僕のところだけでも
「……よし、頑張るか」
昨日海の声が聞こえた時から、僕の中の何かが変わった気がする。本当の意味で、前に進んで行けるような気がし始めた。もう、弱いだけの、軟弱なだけの僕ではない。それを証明しなければ。
手に持っていた書類を適当なゴミ箱に突っ込んで、僕は鎮守府へ帰ることにした。
……はずだったのだが、つい魔が刺してしまった。気がつけば近くの砂浜に足を運んでいた。道具はないが、今度来た時に釣りできるように下見というわけだ。
海水浴ができるような雰囲気ではあったが、ここも一応海軍所有の土地。一般人は入って来れない。
見る限りでは延々と砂地が続いているようで、投げ釣り*3でもできそうだ。キス*4などが期待できるだろうか。
水平線を眺めていたら、すぐ横から音が聞こえた。風が細い穴を通っている時に聞こえるような音だ。聞き覚えがある。多分、スピニングリール*5の音*6だろう。
「……よーし、八色*7飛んだ」
「なっ?! 流石は司令官……ただ朝潮も負けていられません!」
「食べる役割は球磨にまかせるクマ。七輪は用意しておくクマー」
リールの音に続いて聞こえた声の方を向くと、少し離れたところに三人、内二人は長めの竿を持って立っていた。格好と話の内容からすると、どうやら提督と艦娘らしい。
「てぇーい! ……あれ?」
「朝潮……仕掛け絡まってるぞ」
「んなぁっ! 何たる不覚!」
「一人でお祭り*8とは、ちょっとドジっ子クマ」
「くぅ……って、あれ? 司令官、あそこに誰かいますよ?」
「ん?」
仕掛けを絡ませた少女が、僕の方を向く。司令官と思わしき男性もそれに続いた。
視力が悪いのか、それとも僕が怪しいのか。男性は目を細める。
「あ、ど、どうも……」
「どうも……アンタも司令官かい?」
アンタも、ということはやはり彼も司令官のようだ。ただ、先程の雰囲気を見る限り、本部からの指示を徹底しているわけではないらしい。
「ええ、そうです」
「へぇ、そうか。で、何か用でも?」
男性の目が更に鋭さを帯びた。おそらく僕と同じくらいの年齢だと思うが、雰囲気は明らかに格上だ。
「いや、あの……ここって釣れますか?」
「えっ? あっ、ああ。そこそこってとこかな」
男性は不意を突かれたような顔になる。ひょっとしたら、僕のことを本部の人間だと思っているのかもしれない。
「本部に久しぶりに来たんですけど、ちょっと海が気になっちゃって。釣りバカの
僕は苦笑いして、そう付け足した。本部の人間だと思われて、いい気はしない。
「へぇ……アンタも釣り人か。投げ釣りやってるのかい?」
「たまに、ですけど。基本的にいろんな釣りをしているので、これしかしないって訳ではないです」
「オレもまあそんな感じだ。ここらの海はある意味荒らされてないからな。いい釣り場が多い……って言うのは皮肉になるのかね」
男性は水平線を眺めた。海面に反射する光が彼の顔に舞う。その目はどこか空っぽのようにも見える。
「……アンタは、なんで司令官になった?」
なんの前触れもなく、男性が尋ねてきた。その視線は海面に漂わせたままだ。
「そうですね……恥ずかしながら、あんまり深い理由はないんです。ただ妖精と話せて、海のことをよく知っているから連れてこられた感じです」
「……」
「本当なら今頃、父の船で漁師をやれていたはずなんですけど、戦争が激化してきてるそうですし、ひょっとしたらそれもできてなかったかもしれません」
脳裏に父の顔が浮かぶ。
僕の家系は代々漁師だった。父さんも、お爺ちゃんも、ひいお爺ちゃんもみんな海と暮らしてきた。海の声が聞こえるのは、もしかすると才能ではなくて遺伝なのかもしれない。
「……それで、どうしたい?」
彼はスピニングリールを巻き上げる。竿先が少し唸った。
「戦争で
「……どう、なんでしょうか。分からないんです、そういうの。
ただ、今は色々と必死で先のことなんてどうも考えられてなくて」
正直な気持ちだった。
僕はみんなに認められる司令官になりたい、とは思っていたが、その先を、結局どこへ行き着きたいのかをはっきりさせていなかった。そんなことを考える余裕なんてなかった。だから改めてそんなことを聞かれても、しっかりとした受け答えはできない。
……でも、一つ思っていることはある。
「とりあえずみんなが、艦娘が、人が、海が、笑えるようにしたいって、そう思ってます」
自然と口角が上がって、スラスラと言葉が出た。
男性は何も言わず、ただリールを巻き上げ続けている。光が眩しくて、その表情はよく確認できない。
僕は彼の言葉を待った。何を言われるかは分からない。厳しいことを言われるかもしれない。でも今の僕には、そんなことでは折れないだけの自信があった。
ふと右手がぐいっと引っ張られた。突然のことに驚き、思わず少しよろけてしまう。ズレた帽子の影から手を見ると、僕の手は小さな指で包まれていた。
「……朝潮、感動しました。艦娘も人間も同じように幸せにしたい。そんな風に言ってくれるのは、司令官だけだと思っていました。でもそれは間違いだったみたいです。他にもそんな人がいてくれるなんて……」
黒髪の少女が強く僕の手を握る。目を潤ませ、頷きながら、嬉しいですと何度も繰り返す。
茶髪の少女もいつのまにか近くにいて、僕の肩に手を置いた。
「やっぱり人間も捨てたものじゃないクマね。提督も喜んでるみたいクマ」
そう言われて男性に目を向けると、ちょうどリールを巻き上げ終わっている。彼は竿を静かに置き、ゆっくりとこちらへ歩いて来た。
そして僕の目の前に立つと、そっと右手を差し出して来た。
「……今まで、同業のやつに何を話しても伝わりゃしなかった。誰一人、この娘たちに優しくしようとしなかった。ただ戦争をして、今自分が幸せならそれでいい。そんなやつらばかりだった。
でも、よかった。同じように考えてくれる奴がいて」
彼は白い歯を見せて笑った。細めた目は不思議と柔らかく見える。
「オレは
「僕は
差し出された手を握り、僕は軽く首を下げる。
話を聞くと、笹原さんは僕の鎮守府からしばらく南下したところにある鎮守府に勤めているらしい。
彼は元々この辺りで土木会社に勤めていたが、戦争中に妖精が見えることに気づき、提督に志願したそうだ。
最初は自分が安定した暮らしができればいいという気持ちでやっていたが、本部から危険とも言われていた艦娘と接するうちに、次第と彼女たちを幸せにしたいという思いが芽生え、今では全員で平和な世界を生きる、という目標の元戦っているとのこと。
優しい人だということが、話し方からも伝わって来た。
今日はたまたま本部に出頭する用事があったため、帰りに釣りがしたくなったからここに来ていたらしい。一緒にいる黒髪の少女は朝潮型駆逐艦一番艦、朝潮と球磨型一番艦、球磨で、彼の鎮守府の中でも釣り好きな二人ということだった。
「本部の奴らはこの娘たちを"モノ"として扱えと言ってくるが、オレはどうもそれに納得できねぇんだよなあ。どうみたって可愛らしい女の子じゃないか?」
「し、司令官。可愛らしいなんて、そんな……」
「照れるクマー」
「お世辞じゃないからな、二人とも。みーんな可愛いオレの仲間さ。アンタのところはどうだ? 仲良くやれてるのか?」
彼の何気ない質問に、胸を締め付けられる。
仲良くやれているか……?
脳裏に鎮守府のみんなの顔が写るが、そのほとんどが笑っていない。思い出せるのはせいぜい嘲笑の顔と陰湿な声だけだった。どうもこめかみのあたりが痛くなってきた。
額に冷や汗を浮かべて答えられない僕。すると彼は何か察してくれたのか、黙って何かのメモを一枚差し出して来た。
「……何かあるなら、ここに電話してくれ。オレで良ければ聞いてやるよ」
見てみると電話番号が書かれている。きっと彼の鎮守府のものだろう。
「いえ、それは、なんというか……申し訳ないです」
「大丈夫だって。釣りバカに悪い奴はいねぇだろ? もっと仲良くしようぜ」
結局彼に押されて、メモを貰ってしまった。こうなってしまっては、頼らない方が無礼だろう。困ってしまったら電話してみよう。
僕が暗い顔なままなところを見てか、球磨さんが背中を軽く叩いた。
「色々あると思うクマ。でも、明けない夜はないクマ。止まない雨も、永遠に続く冬もないクマ。それでも耐えきれなくなったら、みんなで温め合うクマ」
「そうですよ、三本の矢は折れません! あと三人よればなんとやらです。みんなで助け合いましょう!」
「そうだ。せっかくだし、アンタも釣りして来なよ。オレのタックル*9貸すから」
笹原さんはそう言って投げ竿を僕に手渡して来た。メーカーを見て驚く。ガチガチの本気のロッドだ*10。
「そいつだとよく飛ぶんだよな。アンタ投げは得意か?」
「いえ、そこまでですかね……」
「んじゃあ、オレが教えてやるよ。ほら、行くぞ」
彼に手を引かれて、波打ち際で竿を握らせられた。近くに置かれた木製の餌箱から、ニュルニュルとしたミミズのような生物を取り出してくる。これは青イソメ*11だ。
「餌の付け方は……まあ分かるよな。一応確認がてらやるけど」
「あ、球磨は上手くできないからしっかり説明してほしいクマ」
「そうか。分かった。じゃ、失礼して」
笹原さんはポケットから糸切りバサミ*12を取り出して、イソメの頭をちょんと切り落とした。
「可哀想だが頭は硬いからな*13。これで頭を切ったところから針を通す。このとき曲がらないようにするんだぞ」
「なるほどクマ」
「んで、この尻尾(?)の方。この針が届いてない部分のこと"垂らし"っていうんだが、この垂らしを全体で針の1.5倍くらいの大きさになるようにして切る。こいつで餌はオーケーだ」
球磨さんは朝潮ちゃんの竿ですぐに実践を始めた。噛まれたのか、痛いクマ! と叫んでいる*14。
笹原さんはそれを尻目に、少し笑いながら近くにあった流木を拾った。どうやらそれを釣り竿に見立てて教えてくれるらしい。
「まあ、教えるっていっても当たり前のことばっかだけどな。
まず垂らし*15は……そうだな。とりあえず一メートル位でやるか。慣れたらもう少し長くてもいいが、最初はこのくらいがちょうどいい。
次にロッドの振り方だ。意外と勘違いされがちだが、こいつは力で飛ばすんじゃなくて技で飛ばす。しなりをうまく使うんだ」
流木を地面と平行に寝かせて持ち、体を斜め後ろに笹原さんは構えた。
「こっから竿を振るわけだが、力任せには振らない。初めはゆっくりでもいいから、ラインを出すタイミングで最高速が出るようにするんだ。あと、真上からじゃなく、若干サイド気味のほうが安定する。野球で言えば、スリークォーターってとこか?
あとそのラインを出すタイミングだが、これが難しいんだな。竿が45度になったときってよく言われるが、正直感覚論だ。動画とか参考にするのが一番いい。
あ、もちろん後ろは要確認な。テンビン*16がぶつかったら痛いじゃ済まないかもしれん。
……そうだそうだ。こいつ付けないとな」
手袋のようなものを笹原さんは差し出して来た。釣り用のもので、メーカーのマークの刺繍が入っている。釣り人的にはすごくカッコいい*17代物だ。
「そいつ付けないと、ラインで指痛くなっちまうからな。
……さて、さっそく一本やってみてくれ。話はそれからだ」
「分かりました。じゃあ、行きます」
先ほどの笹原さんの動きを頭の中で再生し、それを自分の体に適応させる。
ベールアーム*18を立てしっかりと構えて後ろを確認。竿をしっかりと持ち、なるべく足をぶらさないようにステップを踏む。真上より少し横から竿を出し、離すタイミングは45度!
指を離した瞬間、リールからラインが出て行く音がする。上手くいった、と思った矢先、案外すぐにその音が止まってしまった。ラインの色は……三色しか変わっていない。
「うーん。ちょっと離すのが早かったかな。こいつは慣れだからなあ。よし、本当はあんまよくない*19けど、もう一回やっちまおう」
「了解です」
スピニングリールを素早く巻き取り、もう一度構えを作った。
自分の投げる姿を頭の中で想像する。
「……えいっ!」
「おっ……」
掛け声と共に、リールが息を吹いた。それは長く続き、スプール*20の色が床屋の看板のようにくるくると変わっていく。
今度こそ上手くいってくれたようだ。
「六色までいったなぁ。悪くない。いいセンスだ」
「ありがとうございます」
「でも、これからが本番だ」
彼のいう通り、キャスティングはスタートに過ぎない。ここからの動作も非常に大切だ。
「オレが教えるのは引き釣りだ。そら、リールをゆっくり巻くんだ。イメージとしては三秒間で一巻きくらい」
彼のいう通りに、僕は心の中で三秒数えながらリールを巻いた。竿先から砂地を這っている感覚が伝わってくる。
しばらく引き続けていると、ブルブルと小刻みな震えが手元に届いた。間違いない。アタリ*21だ。
「来てるな。リールをもっとゆっくりにしていいぞ。焦らずゆっくりだ」
アタリが来たり、止まったりを繰り返す。このアタリが楽しみで投げ釣りをする人も多い筈だ。そして、ついに竿が少し重みを増した。
「食いついた! でも焦るなよ。ゆっくり、ゆっくりだ。急いてはことを損ずる、だぞ」
「はい!」
指示通り、出来る限り慎重に巻き上げる。リールの色はまたゆっくりと変化していく。
そして、ついに砂浜に白い魚影が姿を現した。
「よーし。オッケー。いいサイズのシロギスだ」
「結構大きいですね」
「ま、皮肉な海だからな」
竿一本、魚一匹。それだけでも、人は仲良くなれる。笹原さんのブラックジョークにも近いそれを聞き、僕らは一緒に笑い合った。
その後も三時間ほど、投げては巻いてを繰り返して、投げ釣りを楽しんだ。球磨さんとどちらが先に釣るか勝負してみたり、朝潮ちゃんと遠投対決なんかもしてみた。
とても、楽しい時間だった。ここまで純粋に笑ったのは、いつぶりだろうか。
黄昏色に染まった水平線を見て、僕はふとそう思った。
「……さて、今日はこのくらいにしとくか」
「分かりました。えっと、今日は本当にありがとうございました。楽しかったです」
頭を下げようとすると、笹原さんが肩に手を回してそれを止めた。
「いいってことよ。オレも釣り仲間が増えて嬉しいんだ。朝潮も球磨も、楽しそうだったしな」
釣り道具を片付ける二人を見て、笹原さんは笑みを溢した。
「あー、本当ならアンタが釣ったやつはアンタに食べて欲しかったんだが……クーラーがねぇな……氷もそんなに買ってきてないし……」
「釣りができただけでも楽しかったですから、大丈夫ですよ。笹原さんのところの"可愛い仲間"たちと食べてください」
「もう笹原でいいよ。じゃ、ありがたく魚はもらうことにするか」
クーラーボックスを持ち上げて、肩にかけながら彼は言った。慣れた様子で、軽々と持っている。
「〈提督〉さん! 今日はありがとうございました。またお会いした時はもう一回対決しましょう!」
「球磨も楽しかったクマ。負けたのは残念だったけど、また練習するクマ。魚は美味しく食べるから安心して欲しいクマね」
道具を片付けた二人は、感謝の意を述べてくれた。僕のほうこそ感謝すべきなのに、何もお礼できないのが辛い。
でも笹原さん……じゃなくて、笹原の言うことには、いつか海で返してくれとのこと。その言葉に甘えさせてもらうことにした。
家路の途中、ポケットから電話番号の書かれたメモを取り出して眺める。心強い味方であり釣り仲間でもある友達ができた。釣りというのは不思議と友情も繋いでくれる。
……いつか、僕の鎮守府のみんなでも、釣りに行きたい。
頭の中にそう浮かぶ。そうだ、それを一つの具体的な目標にしよう。
僕は僕らしく、いつかみんなと一緒に……
釣りバカな僕は今日も一人。でも、いつかはみんなで笑おう。一緒に楽しく釣りをしよう。
確固たる決意を胸に、僕は鎮守府へと急いだ。
※投げ釣りは私の専門ではないため、間違っていることがあれば指摘して頂けるとありがたいです。