釣りバカ提督は今日も一人で。   作:匿名

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 今回は釣りもありますが、手軽にできる釣り過ぎてなんだか薄くなってます……。多めに見てやってください。。。


六投目 夜、響く水音

 部屋に漂う夏の匂い。窓枠に囲まれた夕暮れの紅い海がとても綺麗だ。どこからか風鈴の音も聞こえる。

 

「……うん。悪くない判断です」

 

 赤城さんが赤い線が引かれた書類を見て、そう頷く。

 

 この勉強を始めてから約一ヶ月。赤城さんから出された状況に対してどう判断を下すのか。その練習にも随分と慣れてきた。

 

「それはよかったです。でも、まだ上手くいけると思うんですよ……」

 

「うーん……まあ、戦いにはその時その時で時の運も絡んできますし、それに備えて色んな手を用意しておくのもいいですけど、これはその一手として十分機能する戦略ですよ。自信もってください」

 

「そう言ってもらえると嬉しいです。ここまで来れたのも赤城さんのおかげですね」

 

「いえ、そんな……笹原さんのお力も借りましたし、私なんてそこまでですよ」

 

 口ではそういうものの、頬を赤く染めているところを見ると褒められて喜んでいるらしい。彼女は顔に現れやすい。見せる顔見せる顔、その全部がちゃんと意味のある絵文字のように、何かを読み取ることができる。

 

「赤城さんも謙遜ダメですよ。自信を持つのが大事なんじゃないですか?」

 

 冗談交じりに言うと、赤城さんは僕の肩を軽く小突き、ありがとうございますと呟いた。本気ですよ、と僕が付け足すと彼女はもう一度肩を小突いてきた。ここ一ヶ月で彼女との距離がまた近づいた気がする。みんなともこのくらいの距離感になれるように、もう少し頑張らなければいけない。

 

 書類を片付けてから、彼女はいつものようにお茶を用意し始めた。鼻歌を歌いながら楽しそうにしている後ろ姿を見て、不意に口から質問が滑り出た。

 

「あ、赤城さん。そういえばですけど……」

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「最近お休みの度に出かけてますよね。どこに行ってるんですか?」

 

 僕がそう尋ねたその一瞬。赤城さんを取り巻く空気が固まったように見えた。ピクリとも彼女は動かなくなる。お茶も用意する手も、軽くリズムをとっていた足も、扇風機に弄ばれていた髪さえも、止まった。

 

 彼女が動いたのは数秒間を開けてからだ。関節が擦れる音が聞こえそうなほどゆっくりと、彼女は振り向いた。

 

「……ど、どうしてですか?」

 

 心なしか彼女の顔色が先ほどよりも白い。何か悪いことでも聞いてしまったのだろうか。肩が上下に大きく動いているのが見て取れる。

 

「えっと……赤城さんってご飯食べるの好きですよね。だから、どんなお店に食べに行ってるのかなって思いまして……」

 

「あ、そ、そうですか。そういうことですか……」

 

 大きく一つ、赤城さんは息を吐いた。例えば、大切なスピーチの終わった後に吐くような、そんなため息だ。

 

 湯呑みに氷を入れて、急須からお茶を注ぎながら彼女はうーんと首を捻らせた。

 

「……色々行ってますけど、お気に入りは『三八』*1ですね。ご飯がおいしいのはもちろんですけど、あそこは働いてる皆さんが優しくて、心も満たされます」

 

「へぇ……今度行ってみたいですね」

 

 いいことを聞けた。最近は色々と余裕がなく、鎮守府外に出かけることはほとんどなかった。たまには行ってみるのもいいかもしれない。

 

 まだ見ぬ麺に想いを寄せていると、執務室のドアが小さく4回鳴った。

 

「失礼します。提督、今大丈夫ですか?」

 

「いいよ。何か用かな、潮ちゃん」

 

 開いたドアの影から潮ちゃんが出て来る。彼女ともずいぶんと仲良くなった。釣りにも一緒に何回か行ったし、時には昼食をここで話しながら摂ることもあった。

 

 ドアの側から何故か離れない彼女は、後ろにチラリと目を向けた。それを追って、少し横から覗き込むように体を傾ける。するとぴょんと跳ねた髪の毛がひょっこりと現れた。誰か隠れているらしい。

 

「ねぇ、電ちゃん。出ておいで」

 

「……はい、なのです」

 

 潮ちゃんの背後から、彼女より一回りほど小さい少女が出てきた。小さなその体を一層縮こませて、顔を俯けている。

 

「電ちゃんが、提督と一緒に釣りに行ってみたいって……ね? 電ちゃん」

 

 潮ちゃんの問いかけに、顔を俯けたまま小さく頷いた。恥ずかしがり屋なのか、それとも僕が怖いか。どちらにしろ、彼女がここに来るのには相当の勇気がいるはずだ。僕に興味を持って、来てくれただけでもありがたい。

 

 椅子から立ち上がり、一歩近づくと電ちゃんはまた潮ちゃんの背中へと隠れていってしまった。リスとかモモンガとかそういった小動物を連想させる雰囲気をしている。

 

 彼女とは話した記憶がほとんどない。初めて会った時の記憶も定かではない。ただいつも、彼女の周りには誰かがいたことを覚えている。

 

 きっとそういう才能というか、体質なのだろう。みんなと仲良くできるいい子という印象が強い。でも僕とは話そうとしなかった。いつも僕がいると、離れたところからじっと様子を伺っていることが多かった。

 

「……電ちゃん」

 

 数歩離れたところで足を止め、屈んでそっと呼びかける。電ちゃんはまるで巣穴から顔を出すように、顔だけを覗かせた。

 

「釣り、一緒に行ってくれるの?」

 

 コクンと一回、首を縦に振る。僕はそれに微笑みで応えて、手持ち無沙汰に帽子を直しながら腰を伸ばした。

 

「それじゃあ、行こうか。潮ちゃん、ご飯の後に電ちゃんのも含めて、帽子とタオルと水筒を用意してくれるかな?」

 

「分かりました。行こ、電ちゃん」

 

 潮ちゃんの背中に張り付いたまま、電ちゃんも部屋を後にする。ドアから出る時にこちらを一瞥した目からは恐怖の色は読み取れず、むしろ好奇心に溢れたようにさえ見えた。

 

「……電ちゃん。好奇心旺盛な子なんですけど、ちょっと人見知りなんです」

 

「それなら、尚更僕に近づこうとしてくれて嬉しいですね」

 

「そうですね……では提督。本日はここまでということで、楽しんできてくださいね。電ちゃんとも仲良く」

 

「了解です。ありがとうございました」

 

 赤城さんに一礼して、部屋を出た。

 

 ……ドアを跨いで、安堵の息が聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 完全に夏の暑さにやられた僕は鳳翔さんに断りを入れて、夕食におにぎりを自分で用意している。自室で口に塩むすびを咥えながら竿を三本用意する。ちょっと長めの、渓流釣りに使えるものだ。

 

 今日やるのは夏の風物詩としても名高い"ハゼ釣り"*2だ。少し歩くことになるが、基地の敷地の隅っこに良さげな河口がある。そこで前々からハゼ釣りをしてみたいと思っていたのだ。

 

 クーラーに氷と缶ジュースを数本。イソメを買いに行く時間もないので、スーパーでなんとなく買ったボイルされたサクラエビと魚肉ソーセージを袋に入れて持っていくことにする*3

 

 準備ができたら、あとは制服からTシャツ*4に着替えれば、もう提督の面影すらない。まあ、いつもないのだが。

 

 目立たない黒い帽子を被って、鎮守府の門まで向かうと既に二人が待っていた。

 

 潮ちゃんはうなじを隠すように生地が伸びている蒼い帽子*5を、電ちゃんは大きめの麦わら帽子を頭に被るというより嵌めていた。水筒を肩にかけて並んで立つ二人は、家族映画の姉妹のようで微笑ましかった。

 

「ごめん。待たせちゃったかな」

 

「いえ、今来たところです。お気遣いありがとうございます」

 

「ちょっと歩くけど、水だけはしっかりとってね」

 

 分かりましたと頷く潮ちゃん。電ちゃんもほんの少しだけ顎を引いた。

 

 僕が先導して道を行き、その後ろを潮ちゃんが。そのまた後ろを電ちゃんがついて来る。まるでRPGの並び方だなと、思わずクスリと笑ってしまった。

 

 長い夏の日を横目に歩く僕らを(はた)から見たのなら、きっとどこか既視感を覚えるだろう。どこか哀愁の漂うような、懐かしい雰囲気を僕は感じていた。

でも、不思議と寂しくない。なんだか心地よかった。

 

「提督。風が涼しくなってきましたね」

 

「そうだね。昼もこのくらいだといいんだけど」

 

「電も……暑いのは苦手です」

 

 か細い声だったが、電ちゃんの呟きは確かにそう呟いた。振り向きたくなったが、なんとか堪える。今振り向いたら、何処かへ逃げていってしまいそうな気がした。

 

 夜風と共に歩くこと十数分。海から少し離れた川に着いた。川幅は広く、既に水中は闇に包まれかけている。川の周りはコンクリートで囲まれていて、水面は一段低いところにあった。

 

 手にかけた小さなランプに灯りをつけると、ほんのりと光が洩れる。ホタルのような柔らかい光だ。

 

 竿を二人に手渡し、袋からエサを取り出す。

 

「サクラエビと……魚肉ソーセージ? サクラエビはまだ分かりますけど、魚肉ソーセージで釣れるんですか?」

 

「そこそこ釣れるよ。切り方を工夫しないといけないけど」

 

 魚肉ソーセージの袋を剥き、ナイフで細く長く切り、*6二人に差し出した。

 

「これを針につけて……これでよし。タラシは1、2cmにしてね。あと、ここら辺は多分水深が腰までくらいだから、ウキ*7下はそれくらいに」

 

「ウキってどうやってタイミングとるんですか?」

 

「完全に沈み込んだら竿を上げてね。チョコチョコ動くだけのときは、まだ突いているだけで飲み込んでないから、焦らないように」

 

 自分の竿を用意だけしておいて、足元に置き二人の元へ向かう。電ちゃんはこんなので魚が釣れるのかとでも言いたげに、不思議そうな表情で仕掛けを眺めていた。

 

「電ちゃん。一回、やってみようか」

 

 一歩ほどの間を開けて、隣に立つ僕に視線を移した彼女は、二回続けて首を縦に振った。

 

「それじゃあ、まず針を沈めちゃおう。それ」

 

 掛け声に合わせて、電ちゃんは竿を前に出した。チャポン、という音と共に赤いウキがぼんやりと闇に浮かんで見える。ぷかぷかと円形の波を立てながら、それは漂い始めた。

 

「これで……どうするんですか?」

 

「待つんだ。魚が来るまで、のんびりとね」

 

 電ちゃんは立ったままじっと、ウキを眺め始める。ハゼは上手くいけばすぐに釣れるが、時間的にその状況になるのは厳しいかもしれない*8。ただボウズ*9になることもよっぽどないはずだ。

 

 夏の夜。時間はゆったりと流れる。

 

 僕は星がチラつく空を眺めて、ぼーっとする。ラインを垂れ流して、細やかな考え事をする。待ちの釣りの楽しみ方の一つだ。

 

 ふと、脳裏に鎮守府のみんなの顔が浮かんだ。僕が着任したばかりの頃の、まだみんなが笑っていたころの記憶だ。あの頃に戻れるのか、少し前まではとても不安だった。でも、潮ちゃんや電ちゃんを見ると常々思う。

 

「『想いと行動が一致すれば、結果はいつかついてくる』……」

 

 これは祖父の、僕に向けた最後の言葉だ。

 

 家の真っ白な布団の上で、海の男の面影を残した彼は弱々しくも芯のある声で僕に言ったのだ。

 

 お前は不器用な男だ。でもいい。不器用ながらも、いや、不器用だからこそ突き進める。想いと行動が一致すれば、結果はいつかついてくる。一致させるのはお前にとっては難題だ。でも、やるんだ。やってみせろ。俺がやれたんだ。お前がやれないわけがない、と。

 

 力なく首を枕に垂れた祖父の顔が目に、周りの泣き声が耳に。まだこびりつき、残っている。

 

 僕はようやく歩き始めることができた。祖父の言葉を実現することだって、できるはずだ。

 

「……し、司令官さん!」

 

 懐かしい記憶に浸っていた僕を、電ちゃんの声が連れ戻した。

 

「ウキがぴょこぴょこしてるのです……!」

 

「うん。落ち着いて。まだ上げちゃダメだよ」

 

 明らかに焦りの色が見える電ちゃんをなだめ、ウキに目をやる。彼女の言った通り、それは一層強い波を立てていた。

 

 横揺れしたり、時折静かになってそれから急に動いたりするウキは、まるで生きているようだ。

 

 まだ早い。まだ早い。

 

 電ちゃんと自分に何度も言い聞かせる。

 

 そしてついに、ウキがポチャンと音を立てて沈んだ。

 

「今だ!」

 

「え、えいっ!」

 

 電ちゃんが竿を持ち上げる。暗がりから現れた道糸の先に、小さな影が見えた。

 

 影は陸に上がると跳ね回る。電ちゃんは小さく悲鳴を上げながらも、それを両手で掴んだ。

 

「……釣れちゃいました」

 

 10cm程度のサイズで、何をするにも面倒くさそうな顔をした魚。紛うことなきハゼだ。

 

「電ちゃん、やったね!」

 

「やりました!」

 

 潮ちゃんと電ちゃんがハイタッチする。僕はとりあえずほっとして、クーラーを開くことにした。氷をまんべんなく敷き詰めていると、隣に電ちゃんが来た。肩が触れ合いそうな距離だ。

 

「……し、司令官さんとも、ハイタッチしたいのです」

 

「ああ、もちろん」

 

 僕が差し出した手に、彼女の小さな手が優しく打ちつけられた。小さくポンっと、音がする。

 

 電ちゃんは太陽みたいに明るい笑顔で、ありがとうございます、と言ってくれた。僕も微笑み返して、どういたしましてと答える。

 

「私も負けてられないですね」

 

「電ももっと釣るのです……!」

 

 目の色が変わった潮ちゃんも、僕に心を開きかけてくれている電ちゃんも楽しそうだ。釣りの魅力が伝わってくれていて、僕も嬉しい。

 

 置いておいた自分の竿を手に取り、僕も始めることにする。一番熟練者として、負けるわけにはいかない。

 

 しかし、仕掛けを投げ込もうとした瞬間、背後から冷ややかな声がした。

 

「……まったく。時雨と山城さんに聞いてきてみれば……何でこんな奴と一緒に釣りをしてるんだい? 電」

 

 涼しくなった空気が凍る。首筋に冷たい汗が線を描く。

 

 息を呑み、ゆっくりと振り向くと、そこにはこちらを睨む白い髪の少女がいた。

 

「響ちゃん……」

 

 静かな河口が緊張の色に染まる。

 

 どこかで魚の跳ねる音が響き、闇夜に消えていった。

*1
鎮守府から一番近い街にあるラーメン店。店主が長年の研究の末に作り出した"エビ辛味噌"を使ったスープは、離れた土地にも常連客を作り出す。赤城さん曰く「半ライスにスープ混ぜみな。飛ぶぞ」とのこと。

*2
竿と仕掛けだけがあればできる簡単な釣りで、家族で遊ぶのにも最適な手頃な釣りだ。難易度は低め。場所さえあれば毎日でも楽しめる。

*3
エサの代用がききやすいことが、ハゼ釣りの手軽さの理由の一つだ。

*4
今日は釣りTシャツ。背中に『釣り人魂 −三つ子の魂ツヌケまで−』と書かれている。※ツヌケとは、一つ二つといった数え方において、十になったときに「〜つ」と数えるのをやめることから、十匹以上魚を釣ったときに用いられる表現。

*5
僕がこの前プレゼントしたものだったりする。売れ残りで税込¥1,280の5割引だったのは内緒だ。

*6
イソメやゴカイをイメージするといい。

*7
釣りに使われる道具で、糸につけて浮かせることで魚が針を突くのが分かるようになるもの。様々な種類があるが、ここで使われているのは丸いタイプ。

*8
基本的に、日の出と日の入りの時間帯に魚は釣れやすい。それを「朝マズメ」「夕(ゆう)マズメ」と言う。

*9
何も釣れずに帰ること。家族がいると恥ずかしかったりする。




 この物語の電ちゃんはちょっと静かです。

 次の話でまた色々とゴタゴタがあります。頑張れ主人公!(無責任)


 そういえば、アンケートの結果から「釣り要素を潰さない程度にストーリーを織り混ぜていく」という体制をとることにしました。

 ただ、後半になってくると戦闘描写が多くなり、数話の間釣り要素が皆無になる可能性があります……ご了承ください。

 お気に入り登録してくれた方が多すぎて、面白い話を出さなきゃとプレッシャーがすごいのなんの……なんとか頑張りますのでこれからもよろしくお願いします。
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