釣りバカ提督は今日も一人で。   作:匿名

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 時間が空きましたが物語が随分と固まってきました。

 今回、試しに流れを意識するために脚注を減らしてみたのですが、いかがでしょうか?


第二章 釣りバカ提督は誰かのために。
八投目 暖かい海上で


 

 午後三時。僕は執務室の机の上に広げたノートと睨めっこしていた。

 

「……酸素魚雷は他の方式と比べて雷跡を引きにくい。雷跡っていうのは魚雷が通ったところに出てくる空気のことで、それが少ないことで居場所がバレにくいっていうことか」

 

 ノートに置いた重石の消しゴム。扇風機の首振りは解除してあってずっと僕の方を向いているから、これで留めて置かないとページが次々とめくられてしまう。

 

 今日この部屋には僕しかいない。赤城さんは外出届を出して、どこかに行ってしまった。もちろん時には休息が必要だろうし、仕方がないことだ。自分一人でも出来ることはたくさんある。それに、いつまでも頼ってばかりはいられない。

 

 このノートは赤城さんが昔からコツコツ書き続けてきたものらしく、何度も読み返した痕がついていた。これを見る限り、彼女はセンスでなく努力であそこまで辿り着いたのだろう。その事実は努力しかできない僕に、大きな勇気をもたらした。

 

「……さーん!」

 

「うん?」

 

 どこからか、誰かを呼ぶ声が聞こえた気がする。窓は開いているし、外に誰かいるのだろうか。

 

「提督さーん!」

 

「……えっ、僕?」

 

 確かに今、提督さんと呼んでいた。しかし一体どこから。

 

 窓の外へと身を乗り出して辺りを見回してみたが、日の照りつける地面と伸び伸びとした青草しかない。かと言って廊下側からでもないはずだ。もしそうだったらノックでもしてくれるだろう。

 

「提督さん! 下です。足下です」

 

「下? ……あっ」

 

「やっと気付いてくれましたね。ちょっと遅いですよ」

 

 声に従って見下ろした床の上には、小さな少女が立っていた。精一杯の背伸びをして、両手でメガホンを作って。

 

「こんにちは、フユちゃん」

 

「こんにちはです。提督さん、釣竿の修理が終わりましたので報告に来ました」

 

「ありがとう。ごめんね。いつも頼っちゃって」

 

「いいんです。提督さんはいい人だって、私は分かってますから」

 

 そう言ってフユちゃんは顔をくしゃくしゃっとまるめて笑った。

 

「提督さんのおかげで、私たちの使命がまっとうできてるんですよ。妖精の言葉が分からない人間だと、こうはいきませんから*1

 

 フユちゃんはこの鎮守府の妖精の中でリーダー的存在の子だ。大きさは掌サイズで、妖精の中でも小さい方。それに彼女は他の妖精のように機械をいじったりすることがあまり上手ではない。でも彼女はみんなから信頼されている。

 

 理由は至極簡単で、彼女は自分のことを一番理解していてみんなのことも一番理解しているからだ。一人一人の性格と得意不得意を完全に覚えて、時間やペースを管理することができるという能力にもそれが表れている。

 

 僕はそんな彼女のことを尊敬していて、目標の一つの参考として色々と最近は学ばせてもらっていたり。

 

「にしても、釣竿やリールの損傷具合を見る限り、前と比べて多少マシになったみたいですが、イジメがなくなった訳じゃなさそうですね……提督さん、無理はしてないですよね?」

 

「大丈夫だよ。今は前と違って仲良くしてくれる子もいるし、釣りにも行けるし」

 

「だったらいいんですけど……あ、そうだ。これ提督さんのですよね。落ちてましたよ」

 

 フユちゃんは用事を思い出したようで、机の下から何かの冊子を引っ張り出してきた。

 

「娯楽スペースの端っこにあったんです。シーバスってスズキのことですよね。釣れたら私も食べてみたいです」

 

 渡された冊子はどうやら釣り雑誌らしい。表紙にデカデカと『シーバス好調! 今年の流行はシャロー狙いだ!』と書かれている。

 

 シーバスというのは海で釣れる魚で、大きいものでは80センチを超えるものもいる。小型のサイズも少なくないわけでなく、大きさによって名前が変わる出世魚としても有名だ。分からない人に説明する時は、どう○つの森で釣られる度に「またお前かー!」って言われるスズキという魚のこと、といえば大抵理解してくれたりする。

 

「提督、少し気になったんですけど"シャロー"ってなんですか?」

 

 フユちゃんが顎に指を当て、尋ねてきた。

 

「シャローっていうのは水深が浅いところのことだよ。シーバスなら、基本はルアー釣りだから、そのルアーが浅いところ用のものってことかな」

 

「ルアーってあれですよね。魚の模型みたいなやつ」

 

「そうそう。でも、僕、ルアー釣りあんまりしないんだよね。この雑誌も僕のものじゃないし……」

 

「あれ、そうなんですか。おかしいですね。酒保にも置いてない雑誌で、わざわざ街に買いに行かないと手に入らないものですから、てっきり提督のものかと」

 

 手に持った雑誌は今月の初めに出たもののようだ。でも僕は今月釣具屋には行ってないし、別の専門誌を定期購読しているから他のものを買うことはまずない。だったら一体これは誰のものなのだろう。潮ちゃんは最近竿を欲しがっていたけど、投げ釣り用の万能竿を買うと言っていた。電ちゃんと響ちゃんは時折ハゼ釣りに行ってるみたいだけど、そこからシーバスに飛躍することは考えにくい。かと言って他に釣りに興味がありそうな子に心当たりはない。

 

「誰のかなぁ、これ」

 

「私にも心当たりは……あ、そういえば赤……」

 

 フユちゃんはなにかを思い出したのか小さく声を上げた。でも、口を開いたままその先を言おうとしない。フリーズしたパソコンのように、動きが止まってしまっている。

 

「ふ、フユちゃん?」

 

「……テイトクサン、ワタシ、ナニカイイマシタカ?」

 

 高低の全くない機械のような声に、圧を感じた。

 

 首を横に振るとフユちゃんは「シツレイシマシタ」と言い残し、そのままカクカクとした動きで窓から飛び出していってしまった。妖精は身軽なのでよくそういうことをする。だからその行動自体、別段驚くことでもないが、状況からどう考えてもやましいことがあったようにしか思えない。かと言って追いかけて問い詰めるような趣味は僕にないので、彼女の言いかけたことは扇風機のせいで聞こえなかったということにしておいた。

 

 机の上に取り残された雑誌を手に取り、なんとなく開いてみる。

 

『夏本番到来! 夏の風物詩、テナガエビを釣りに行こう』

 

『筏ダンゴの新定番、新商品"ギョギョ魚スープ"の使い方徹底解説』

 

『今野プロが教える、オカッパリシーバスの心得』

 

「結構ポップな雰囲気だなぁ……最近はこういうのも増えてきたのかな」

 

 僕が読んでいる雑誌はかなり真面目な雰囲気のもので、下手したら教科書と間違われそうなほどマニアックなことまで書いてある。しかし最近は十代、二十代の人も釣りを趣味にすることに多くなったからか、手軽に取り込むために明るい雰囲気にした雑誌や店も増えてきている。

 

 ページをパラパラとめくっていく。すると、折り目がついていたのか、あるページが開かれたところで紙が止まった。

 

「……あれ、このページ切り抜かれてる」

 

『アマチュア投げ釣り大会、一位は三年連続の大川さん! 上位に常連が並ぶ中に謎の美女現る?!』という見出しで始まるそのページの下部の方が、真四角に切り取られていた。釣り人の中には記事を集めてスクラップブックにする人もいるから、不思議なことではない。でも、大会の記事を切り抜くときなんて大抵の場合、自分もしくは知り合いが入賞したときくらいだ。

 

「……ひょっとして誰かこの大会に」

 

「失礼します。提督、お茶を淹れに……って、なにしてるんですか?」

 

 扉の方に目を向けると、そこには加賀さんがいつもと変わらない顔で佇んでいた。いや、いつもより若干視線が鋭い気がする。その視線の先が、僕が持つ雑誌に突き刺さった。眉毛がほんの少しだけピクリと動く。加賀さんは間を置いて、わざとらしいため息を吐いた。

 

「……赤城さんに『提督がきっと頑張って勉強してるからお茶を淹れてあげてください』と頼まれたので渋々来たというのに……サボっているとは何事ですか? 赤城さんの想いを踏みにじっています」

 

「い、いえ、それは誤解で……」

 

「誤解でもなんでもないです。ただの事実です。それは没収です。お茶もなしです。赤城さんにも報告します」

 

 加賀さんは素早く雑誌をむしり取って、僕に背中を向けた。無駄のない動きに、抵抗もできずただそれを眺めることしかできなかった。

 

「少しだけ見直そうかと思っていた私が馬鹿でした。では、失礼しました」

 

 重苦しい扉の音が部屋に反響する。

 

 扇風機の風が僕を慰めるように頬を撫でていく。世界はどうしてこうも上手くいかないのだろうか。

 

「……でも、加賀さん、ちょっとだけでも見直そうとしてくれてたのか……よかった」

 

 未だに僕は無線機から聞こえる苦しむ声と、帰還した時に見た血塗れの背中をよく夢に見る。ずっと頭にこびりついて離れなくなったそれは僕の首を絞め続けていたけど、ちょっとだけそれが緩んだ気がする。

 

「これも挽回しないといけないし、また頑張るか……」

 

『いい姿勢だ。成長が感じられる』

 

「えっ?」

 

 後ろから聞こえた声に振り向く。しかし、執務室にはやはり誰もいない。窓の外にも人がいる気配はない。ただ、絵画のように海の見える景色が広がっているだけだ。

 

 前にもこんなことがあった気がする。確か響ちゃんと龍驤さんに絡まれた時だった。あの時もよく分からない声が聞こえたんだっけ。

 

「聞き間違いかな? でも、確かに……」

 

 窓の外から日が燦々と降り込んできている。暑さで頭がおかしくなってしまったのかもしれない。

 

 なんにせよ、この声の正体は分からない。考えたって仕方がないことだ。

 

 とりあえず今は忘れて、自分のやるべきことをやらなければいけない。

 

「……コーヒーでも買ってくるか」

 

 頭を冷やす意味も兼ねて、階下にある自販機に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎの鎮守府にはあまり人がいない。演習に出ていたり、訓練をしていたりするからだ。それは僕には好都合なこと。周りのことを気にせず歩ける。

 

 自販機の端の方にいつもある缶コーヒーを買って、その場で空けて一口飲んだ。

 

 キンキンに冷えた感覚が喉元を通り越して、体を覚ましていくのが分かる。苦いものが好きなわけではないけど、落ち着くときにはこういう味のものが一番いい。

 

「せっかくだし、釣竿も貰いに寄って行こうかな」

 

 妖精がいる工廠は一階の奥の渡り廊下を行った先にある。執務室からは遠いので、今行った方があとあと楽になるだろう。

 

 コーヒー缶を一気に煽って、ゴミ箱に落とす。カランカランと心地よい音が鳴った。

 

 真っ白な清潔感のある廊下は浮世離れしていて、改めてここが普通ではない場所だということを認識させる。ふと、その奥から誰かが歩いてきた。手には僕の釣竿が握られている。向こうも僕に気づいたのか、手を振って駆け寄ってきた。

 

「提督、ひと段落ついたのでとっどけに来ましたー!」

 

「あ、明石さん。ありがとうございます」

 

「釣り好きなのは分かりますけど、もっと道具は大事に、ですよ!」

 

「は、はい。気をつけます」

 

「まあ私は修理ができれば楽しいのでいいんですけどね!」

 

 明石さんはそう言って鼻を掻いた。手にオイルがついていたのか、掻いたところが真っ黒になっている。

 

 明石さんはこの鎮守府で数少ない僕の味方……というわけでもない。言ってもただの知り合いか、その程度の間柄だ。でも、他の子と決定的に違うところがある。それは彼女が"イジメに関して無頓着"というところだ。正確にいうと、無頓着というよりそのことについていっさい知らないのだ。

 

 大規模作戦にほとんど参加しないこの鎮守府では、四六時中工廠に篭りきりで彼女は何かを作り続けることしかしていない。他に工廠に興味がある子もいないここでは、話す相手も妖精さんだけでその内容も機械のことばかりらしい。そのせいか、いつになっても彼女は僕に対して何の隔てもなく接してくる。他の子と関わりがないというのは心配だ。でも、彼女はそれでも幸せそうなので放っておいているけど……やっぱりどうにかしたほうがいいのだろうか。

 

「少しは日の光を浴びてくださいよ。吸血鬼じゃないんですから」

 

「ははは、溶接の光なら浴びてますよ! まあ、誰か機械よりも興味を持てる人でも現れれば嫌でも出ますから、しばらく放置しててやってください」

 

「そう言ってずっとじゃないですか……」

 

「そんなに心配なら誰か紹介してくださいよ。では、私はまた機械いじりの続きをしてくるので!」

 

 冗談をスラスラと言った彼女は、待ちきれないと言った様子で駆け出していった。やっぱり幸せなのかもしれないけど、心配なことに変わりはない。かと言って紹介できる相手なんていないし……今度笹原にでも会わせてみようかな?

 

 なんだかいつか彼女が戻ってこれない場所に行ってしまわないか心配になった僕は、真面目にそんなことを考えた。

 

 執務室に戻る前に竿を自室に戻さなければならない。来た道を帰って、階段を上がる。踊り場まで登り切ったところで、背後から鉄の音がした。脊髄反射で振り向くと、何故か空き缶が階段を踊り落ちている。カランコロンと音を響かせながら。

 

「一体どこから……? 捨ててこないと」

 

 そう言って登った階段を降りようと足を踏み出したその時。

 

 ドンっと、背中に衝撃を受けた。そして景色がスローモーションになる。何も分からぬまま、階段の角が近づいてきて僕の額にぶつかった。頭が真っ白になる。

 

 それから世界は等速に戻った。空き缶を追って、僕は階段を踊り落ちた。体のあちこちに強い衝撃と鋭い痛みを覚えながら、大きく音を立てて。

 

 ようやく体の回転が止まったとき、仰向けに僕は寝転んでいた。首だけがどこかへ飛んでいってしまったのではないかと思うほど、体に感覚はない。ただ、腕だけは酷く傷んでいて、首を傾けると横たわっているのが見えた。

 

 見えるものは白い天井と階段と、おかしな方向に曲がった僕の腕。階段の上に立ち尽くす誰か。そして、それらが赤く染まっていくところだった。

 

 意識が、込み上がってきた暗闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づくと、僕は海の上にいた。

 

 穏やかな波音と日差しが僕を包んでいる。体はふわふわとしていて、足元にある海面が地面のように支えてくれていた。

 

『まったく、欲望というのは銃弾よりも怖いものだな』

 

 横から柔らかな声が聞こえた。いつからか時折、どこからともなく聞こえてくるあの声だ。首を横に回すと、声の主人(あるじ)はそこにいた。

 

『こうして君が私を見るのは初めてだな。まあ、いつも今のことを見ていた私としては、特に違和感はないんだが』

 

 肩までもない灰色の短い髪とそこに巻いた黒い鉢巻。話している女性はそんな格好をしていた。

 

 腕を組み、遠くを見ながら彼女は話し続ける。

 

「……君は誰なんだ?」

 

『さあな。それを知るにはまだ早い。今回こうして君の頭の中に入った理由は別件だ』

 

 こちらに目を向けた女性はとても澄んだ瞳で、端正な顔立ちをしていた。しかし、背中に背負っている四基、計八門の主砲が彼女が人間ではないことを物語っていた。

 

『時間もあまりないから本題に入らせてもらおう。聞きたいこともあるだろうが、今回は我慢してくれ』

 

「……分かった」

 

『ふむ、物分かりがいい奴は嫌いじゃない』

 

 彼女はそう言い、ゆっくりと海面を歩きながら近づいてきた。目の前まで来ると、僕の服の襟を掴み、引き寄せた。吐息がかかるほどまで近くに彼女の顔がある。

 

『ドキドキするか? こんな美人が至近距離にいると』

 

「……残念だけど、混乱が勝ってます」

 

『はっはっはっ。まあ、それが普通だ』

 

 女性は上げた口角を押し戻し、目を細く真っ直ぐ僕の目の中に向けた。低く、重たい声で尋ねてきた。

 

『質問だ。君はどこを目指している?』

 

 どこを、目指しているか……?

 

 そんなことは決まっている。

 

「僕はみんなから尊敬される司令官に……」

 

『そうじゃない。それはこの前も聞いた。私が聞きたいのはその先だ』

 

「その先?」

 

 聞き返した僕に、彼女はああ、と頷いて応える。

 

『そんな司令官になった後、君はどうする? 物語はエンディングにたどり着いた後も続く。理想としている人間になることは簡単じゃないが、君ならできると私は思っている。だからこそ、その後はどうしたいかを知りたい。単なるエピローグにするには勿体無いほど長い時間だ。ただ堕落的に、形式的に過ごす。それでいいのか?』

 

「……」

 

『確かにまずは目先にある目標を達成するのは大切だ。でも、その先も見ろ。そこには、何がある? 何があってほしい?』

 

 彼女の言いたいことは、頭の良くない僕にもよく分かった。

 

 きっと彼女はこう言いたいんだ。

 

 "君は、この戦争をどうしたいんだ?"

 

 ……考えたこともなかった。今あることをやることにいっぱいいっぱいで、その先に何があるかなんて。

 

「分からない。まだ、分からないな……」

 

 僕が正直にそう答えると、彼女はそうだろうな、とでも言いたげに鼻でため息をついた。

 

『これに関しては期待していなかったから、まあいい。でも、忘れないでくれ。

 

 "夢が達成された段階で、人生が終わるわけではない"

 

 この泥沼の戦争をどうしたいのか、よく考えておいてくれ。それが私の、いや私たちの願いだ』

 

 彼女は襟から手を離し、ズレた鉢巻の位置を直した。

 

 彼女の正体が何かは分からない。でも、少なくとも敵とは思えなかった。

 

『今度会うときは、他のやつも一緒に挨拶に来てやった方がいいかもしれんな。それぞれ言いたいこともあるかもしれんし、アドバイスしてやれるかも分からん。残念だか、私は戦術などを考えるのが苦手でな』

 

「他にも君みたいな子がいるのか?」

 

『さて、どうだろうか。またのお楽しみとしておこう。それじゃあ、またな』

 

 彼女はゆっくりと僕の頬に手を寄せ、そして思いっきりつねった。

 

『痛みは一番の薬だ! こいつも覚えておくといいぞ!』

 

 彼女の声が頭に反響する。次の瞬間、僕は暖かい海の中に落ちていた。

 

 意識が、今度は白い光に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……目を覚ますと、白い天井があった。起き上がろうとすると、右手に激痛が走った。よくよく見ると、包帯でグルグル巻きに固定されている。

 

 痛みによって一瞬で荒くなった呼吸を落ち着けてから、辺りを見回す。

 

 白い棚に並ぶ薬品。窓から見える穏やかな紅い海。ここはどうやら鎮守府の医務室らしい。時刻は夕方だろう。

 

 何があったのか、海を眺めながらぼーっと思い出す。痛む腕のおかげで目はもう覚めていた。

 

 そうだ。僕は階段から……。

 

 大体のことを思い出した辺りで、扉の開く音が聞こえた。

 

 首だけを動かして目を移すと、赤城さんが扉を閉めているところだった。彼女はこちらに体を向けて、僕の顔を見た。そして目があったことに気づいたのか、一瞬動きを止める。それから、勢いよく駆け寄ってきた。

 

「提督っ! よかった……よかったぁ」

 

 彼女は僕の左手を痛いくらいに強く握った。その手はとても、暖かかった。

*1
妖精の言葉が分かる人間と分からない人間の差は明らかになっていないが、今の段階では潜在能力的な要素が強いと考えられており、努力うんぬんではないとされている。


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