雪の降る寒い日   作:三毛さん

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スティール・アライブ

 高度4000フィートでも空にすがる山脈。B7R。

 

 山以外には何もない。飛ぶ為だけにある場所。勝つか負けるか。空戦を単純化すれば世界はこのくらいシンプルになる。

 

 ウスティオとの国境のここは、飛んでもそれほど遠くは無い。増槽を積んで少し飛べば空中給油機なんていらない程に。

 

 171号線奪還から、今回もAWACSがついてきた。あれはウスティオの虎の子だ。かつてはベルカ連邦の一つで、その名残から空軍力に力を入れて来たウスティオが、戦闘機の拡充よりも優先して導入した早期警戒管制機という代物。名前はイーグルアイと言った。

 

 こちらイーグルアイ。と無線で呼びかけて来た。

 

「B7Rに侵入し周辺の状況を探れ」

 

「ガルム1了解」

 

「ガルム2了解。俺たちにお似合いの場所と任務だ」

 

 サイファーが翼を揺らして合図する。

 

「レーダーに敵性反応、警戒せよ」

 

「くそ」

 

 イーグルアイの警告間もなくして、一番近い動体目標がレーダーに映る。いないわけがなかった。ベルカ空軍機。一体何機がここにいる?

 

 しかしながらベルカのやり方は変わっていない。2機3機、あるいは4機の編隊でしか来ない。ロッテ、ケッテ、シュヴァルム。大昔、戦闘機がプロペラで飛んでいた時代にベルカが生み出した空戦術。このベルカ語は、国を越えて定着している。

 

 向こうも気づいたようだ。横動く敵機がこちらに南下してきた。

 

「ガルム隊、交戦を開始せよ」

 

 マスターアームオン。MRM、レディ。

 

「生き残るぞ、ガルム1」

 

 翼をひるがえしてブレイク。一番近い敵機にロック。

 

「ガルム1、フォックス3」

 

「ガルム2、フォックス3」

 

 イーグルは増槽を切り離す。サイファー共に身軽になった。アフターバーナーに点火する。

 

 けん制で撃ったミサイルが命中したのを横目に国境内へ強行突破。全部を相手にできない。

 

 速度計と高度計が目まぐるしく動いて行く。機体は素直に敵機に見つかっていると報告してくる。この一瞬たりとも計器が休まないのがB7Rだ。

 

 どうするサイファー。俺はお前についていく。

 

 更に2機編隊が突っ込んでくる。素早く装備を選択し直す。SRMにRDYの文字が付く。

 

 ヘッドオン。捉えたら直ぐに発射した。フォックス2。

 

 派手に旋回するベルカ空軍のミグ。ブレイクが間に合わない。ミサイルの近接信管が作動して翼を根っこから持っていく。もう1機は火球となっていた。

 

 空域を四角く見て、斜めに対角線状に伸びた山脈が国境。それを今、越えた。

 

「警告。エリアB7Rに高速で侵入する機影、新たに捕捉」

 

 どうやら遊覧飛行とはいかないらしい。聖域、というべきか。

 

「ガルム2から1へ。敵の増援、おそらく本隊だ」

 

 機数は4。ベルカのエースは大抵4機編成という話を聞いたことがある。味方の部隊を突っ切ってやってくる。友軍に『どけ』と言っているように。

 

 さぁ来い。空戦で確かめてやる。

 

「ガルム隊へ撤退は許可できない。迎撃せよ」

 

「だろうな。報酬上乗せだ。そしてここは『円卓』、死人に口なし」

 

 敵機がダイブして飛び込んでくる。サイファーが右にブレイク。俺は左。ドッグファイトを仕掛ける前に加速して旋回。上昇。遠目に敵機が見えた。タイフーンか。

 

「奴らはタイフーン乗りか。あいつの機動を甘く見るなよ」

 

 イーグルと違って三角形状の翼と頭に付いたカナードが意外にも軽やかな機動性を生み出す。ベルカが近年導入した格闘戦用の新鋭機。もうエースが乗るとは、流石だ。

 

 翼端から伸びる飛行機雲(コントレール)にサイファーが噛みつく。後方から見ても凄まじい機動。同じことをすれば操縦桿から手が落ちる。

 

 アラート。側面から。ガルム2ブレイクと宣言。

 

 ミサイルが掠める。誘導が甘い。格闘用の武装じゃない。

 

「あいつら遠距離から狙ってくるぞ。気を付けろよサイファー」

 

「ガルム2、散開して良い。こちらは任せろ」

 

「了解した」

 

 サイファーを引きはがそうとする敵機に食らいつく。右旋回でブレイクされる。一瞬おいて大回りに追随。180度のローリング。降下しつつ水平機動。捉えた。

 

 僅かに水平に戻る瞬間を見逃さない。敵のタイフーンがイーグルのHUDに飛び込んでくる。目標指示がガラスの向こうの実体を捉えた。ロック。

 

「ガルム2、フォックス2!」

 

 連続した高G機動はいくらベルカンエースでも無理だ。回避が間に合わない、命中。

 

「ガルム2!チェック・シックス!」

 

 後方警戒レーダーが警告音を響かせる。敵機後方、ロックオン警告。

 

 スロットルレバーを後方に倒して急減速。操縦桿を上に、斜めに捻り込む。楕円形機動(バレルロール)で回避。敵機が下方を通り過ぎる。が、向こうも速い。再上昇でこちらを回避する。他の僚機よりも数段速い。

 

 警告。ロックオン。

 

 こちらはまだ半分しか旋回し終えていない。機体に取りつけられているバックミラーには赤いタイフーンが見えていた。

 

 くそ。

 

 切り裂く音。機関砲が曳光弾を煌めかせて機体をかすめる。次は当てられる。愛機の悲鳴は『円卓』に届かない。コックピットにこだまする。

 

 360度ローリング。翼を動かし続けなければ負ける。間髪入れずに操縦桿を前に倒してダイブ。敵機が再度機関砲を発砲。ちくしょう、なんて食らいつき方だ。

 

 機体の高度計が反時計周りに回転して行く。急降下。近づく地面に逆らって操縦桿を後ろに引いて引き起こし。加速とGに身体がシートに張り付いた。

 

 ミサイルアラート。

 

 後ろに引き続けた。大きな弧を描くループ機動。機体が頂点に、降下態勢。

 

 瞬間、こちらを追う敵のタイフーンと高速ですれ違う。赤い以外分からない。ひょっとしたら2機がくらいついているのかもしれない。1機しか映っていないのに?

 

 ここはもう、ダイブするしかない。サイファーの位置は?

 

「ガルム1、フォックス2」

 

 サイファーが俺に食らいつく敵機を引きはがすようだ。敵機がブレイクする。敵機とは反対方向に旋回。サイファーの後方に入れる位置に立て直す。

 

 動きのそれは恐らく隊長機なのだろう。サイファーでさえロックオンしきれない。残りのエース部隊機は掩護が遅れていた。

 

 もっと隊長機がピンチになる想定を飛んでおくべきだったな。チャンスは逃さない。ミサイルロック。フォックス2。

 

 エンジン部に命中した敵機が胴体二つにえぐれて落ちて行く。

 

 追いついた。サイファーが機関砲を発射。敵機の旋回に差し込むようなビームアタック。黒煙、爆発。まき散らす煙を切り裂いてサイファーが飛び抜けた。

 

 上がる息をなんとか抑える。こんな空戦は久しぶりだ。イーグルアイより帰投が宣言される。敵の残りは撤退して行く。

 

「連合軍作戦司令部より入電。『連合軍海上部隊は進軍を開始。貴隊の活躍に感謝する』」

 

 はあ。と俺はため息をついた。少し頭が冷える。

 

「なるほど。俺たちは捨て駒だったようだ」

 

 捨て駒。傭兵らしい使い方。代わりはいくらでもいる。雇う雇われだけの関係。死に難く生き続けて来た奴が背負う、カルマ。

 

 俺たちは綱渡りをする。生き死にが最も近い場所で。その外側にはいられない。だが、今日は生きた。

 

「よう相棒。まだ生きてるか?」

 

 サイファーは答えない。

 

 

 

「壮絶な空戦。彼との初『円卓』が、こんなにも凄まじいものだったとは」

 

「あんたのことだから、俺たちが撃墜したエースにも会っているんだろう?どんな奴だった」

 

 トンプソン記者に問うた。あの時は敵がどういう奴かなんて調べることもしなかった。

 

「あなたたちが撃墜したのは、ベルカ空軍でもプロパガンダに使われていた男の部隊でした。誇りと威厳に満ちている、ベルカ空軍を地で行く人物。傭兵なんかそれこそ嫌いだったそうで。未だに当時の事は鮮明に覚えているそうです」

 

「誇り、ねえ」

 

 プライドに生きたエースだったわけだ。なるほど、それは俺たちとは相いれなかったわけだ。そんな俺たちに落とされるなんて、なんとも気の毒に。

 

「彼とはあの後話は?」

 

「戦果報告くらいか。流石にあいつも直ぐに自室で休んでいたよ」

 

 思い出すとこちらまで疲れて来た。当時の疲れが呼び起こされたのかもしれない。

 

 次の話をする前に、俺は水を飲んだ。

 

 

 

あなたの好きなエーススタイルは?

  • マーセナリー (ただひたすらに強く。)
  • ソルジャー (戦場を変える力。)
  • ナイト (強きを挫き、弱きを鼓舞する)

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