ディレクタス解放戦です。シリーズの小ネタを要所に入れました。(ポーカーの手札など)
お楽しみいただければ幸いです。
時折、聞こえてくる銃声に耳を澄ました。
遠いが散発的に戦闘が起こっているようだった。義勇兵は義勇兵。所詮軍隊の真似事でしかない。優れた装備もあるわけではない。そう理解出来ない奴から、死んでいく。
風が吹いた。瓦礫から巻き上がる砂煙は、室内にもやってくる。首に巻いたシュマグを口に当ててやり過ごす。抱えたAKはうっすらと砂で茶けていた。砂を掃って抱えなおすと記者が口を開いた。
「ここに来てどのくらいなのですか」
「長くはない」
「では、どうしてここに?」
「そうだな。何か、思い出すものでもあったからだろうな」
わざとはぐらかすように答えた。「どうしてここにいるのか」の答えは、まだ自分の中で固まっていないからだ。そしてそれは、彼について語り切った後に出てくるものだと思っている。物語は続いているのだ、きっと。だから締めに話すべきだろう。
何か響く音が静かな空気に乗ってやってきた。
カーンと聞こえた。記者も思わず外を見やっている。金属を弾いたような、何度も鳴らされるような、そんな音が。
「鐘。か」
また一つ。いや、忘れるべくもない。あの鐘の音は耳に焼き付いている。あれこそ本当に自分が空にいる意味だと感じた。
あの鐘の音は、誰の為に鳴らされたのだろう。
5月12日、午後。
オーシア軍を主とする連合軍の空挺作戦は成功裏に終わった。早朝の蒼天に舞った勇者たちは、確かにウスティオの国民にとって希望となり得ただろう。
このところヴァレー空軍基地に所属する作戦機は、必ず半数は出撃している。半数と言っても10数機しかないところの「半数」なわけだが。こんな状態でも連合軍からアテにされていることを正規軍の仏頂面は声高にして語っていた。戦果を挙げる度に、その声量は大きくなる。もちろん傭兵たちはそんなことに興味はないのだ。次の出撃はいつなのか、それだけが最大の関心事に過ぎない。
基地のレクリエーションルームにあるブラウン管テレビが、連日の連合軍の勢いを語っている。電撃攻勢のベルカ軍を尽く打ち倒し、今にもベルカ本土へ脚を踏み入れることだろう、と。こんな分かり易いプロパガンダなど誰が真に受ける?我ながら咳払いにも似た悪態をつく。まるでもう戦争に勝ったかのような報じ方だからだ。
「俺たちのことは取り上げてくれねえのか」
「全部オーシア様が一人でやってることなんだろう。正規軍の司令官を見たか?あいつもそんなもんだ」
「俺たちは傭兵だぜ。ニュースで取り上げたってヒーローにはなれねえのさ」
全くだ。手を止めていたカードも再開して拾い上げる。手札は時化ていた。
「サイファー。お前の番だぞ」
「キングのフルハウス」
「なんだって?」
サイファーがテーブルに並べた。キングが3枚、6が2枚。なんだこれは、と何度も見る。
「お前は、ピクシー」
「酷いカードだよ。お前、イカサマとかしてないだろうな」
「日頃の行い。かな」
サイファーが賭けていた嗜好品を手元に引き寄せた。内容は甘味だ。
「気の利いた曲をかけろよ」
サイファーに向かって言う。彼が立ち上がると、すっかり黙り込んでいたジュークボックスに手をかけて吟味し始めた。
まだ一緒に飛んで短時間だが、時々サイファーのことを考えてしまう。あれ程筋の良いパイロットが何故傭兵パイロットなんてやっているのか。傭兵として戦う意味はあるのだろうか。金ではないのは分かる。あいつは本当に興味が無いのだから。
やがてフラメンコが流れ出した。
「こんなのが好きなのか?」
「”気の利いた”って言っただろ」
隣国サピンの有名なフラメンコ。闘牛のような激しい文化にあって、曲調もアップテンポばかり。名前を象徴するダンスは、サピン空軍の空戦機動にも例えられている。
いつの間にかテレビも消して、フラメンコの音色を楽しんでいるのかのように傭兵たちはリラックスした顔つきになっていた。首で音頭を取る奴もいる。皆、これが好きなのだ。嫌いではない自分もいる。寄せ集めの一体感が心地良い。
たまにはリラックスするか。と背もたれに深くもたれれば、そこにもうサイファーはいなかった。
手筈は整った。
ソーリス・オルトゥスへ降りた奇襲部隊からの暗号通信「シャクヤクは西陽に咲く」が無事に届いた。だが重要なのはウスティオの首都、ディレクタスの奪還と解放であること。喜ぶのにはまだ早い。
ディレクタス解放作戦は予定通り実行される。第6航空師団の傭兵は全機出撃する手筈だ。文字通りウスティオにとっては残された全軍で首都へ突入することになる。この戦争の目的は、まさにこの為にあると言っても良い。今日まで生き残っていたパイロットも、何が起ころうが構わない腹積もりで臨む。
全ての戦闘機は休むことなく整備が続けられている。翌日の夕方にはもう出撃するから、十分な休息は人間も機械も平等に与えられないというわけだ。格納庫だけが太陽のように明るく、整備の喧騒はまるでオーケストラの様相か。
ピクシーは外の空気を吸いに、そこまで来ていた。5月というのに底冷えする。ウスティオの春は7月からだと言われたことを思い出した。その通りだが嫌いではない。この国で好きなものを挙げるとしたら、この気候だから。身体が冷えるまで思いきり息を吸い、そして吐き出す。これを数度繰り返して、リフレッシュとしていた。
「ラリー」
自分を名前で呼ぶ人は少ない。若いのにすっかり古強者の担当整備士が、その1人。ウスティオ人だ。
「お前に恨み言を言いに来た」
「なんだ。俺にそんな恨みでもあったか」
「いいや。たった今生まれたのさ。自分がパイロットじゃなかったことを、今日以上に恨んだ日はないね。悪いが言わせてもらう」
「今日で最期になるかもしれないからな、聞いてやる」
「この手でベルカをぶっ潰してやりたかったよ。ディレクタスを解放して、国を取り戻す。俺たちが生きる国だ。俺たちで取り戻さなかったら、誰がウスティオを導ける?ましてや外人部隊のお前らが先陣を切って突っ込むんだ。お前にこの悔しさが分かるか、ラリー」
戦争が始まって、自力で国を守れなくなったウスティオが決断した外国人傭兵部隊の登用。正規軍の9割が損耗してもなお、今日まで生き残ってきた意味は功績が物語っている。だがしかし、傭兵を見る目はどこか変わらない部分もある。「外国人のくせに」などとは口が裂けても言えなかったのだ。ついに彼らはジレンマに耐え切れずに、憎まれ口をぶちまけるしかなくなったのかもしれない。
目の前の彼は、言葉は選んでも同じことを口にしている。彼は赤かった。冷たい風すら、ここでは熱い。
自由の為、民族の為、誰彼の為…、いくつもの戦いに赴いても戦いの意味などというものに価値を見出してはこなかった。それが仕事だから。それでもこの戦争は、もっと違うものがある気がする。
誇りか。
「そうだよ。誇りだ。それだけは絶対に譲らねえ。自分の手で戦えなくたって、国の為に戦ってるんだよ、ラリー」
ベルカに踏みにじられようと、戦える手段が無かろうと、最後までこの国の人間としての誇りを捨てない。生きている限り、生きている力をぶつけに行く。ベルカ戦争に勝ったとすればこの勝利は、彼らのような人々に捧げられるべきものだろう。
「国を持たないお前らでも、何かの為に戦える理由があるなら、俺たちが戦闘機を最高の状態にしてやる。俺たちの意志を、機関砲弾とミサイルに込めてやる。その代わり、失敗は許さないからな。ベルカにビビってディレクタスから逃げてきたら降りる場所は無いと思え。俺がお前を撃墜する」
改めてその整備士に向き直ると、静かに深く頷いた。何かを言うよりは頷くことくらいが、自分にできることだから。整備士は言いたいことを言い終えてすっきりしたのか、爽やかな顔つきに戻っていた。頼むぞ、と肩を叩くと整備に帰って行った。
「ピクシー」
声で誰か分かる。
「聞いてたか?」
「いや」
「お呼びか」
「ああ。指令室に来るようにって」
「すぐに行く」
作戦名が告げられた。「コンスタンティーン作戦」。
作戦開始時刻は1630時。ヴァレー空軍基地を1530時には飛び立つ。全機フル装備で、弾も燃料も持てるだけ持っていくことになる。話の通り、第6航空師団の傭兵は全機出撃する。その中でも対空と対地に対応するチームに分けられた。
サイファーとピクシーのガルム隊は空対空のチームになった。傭兵部隊で最も腕の立つ2人だから、という評価の下だ。両者共に異存はなかった。その上で、航空部隊の中では1番最初にディレクタスへ突入する。大役だね、と呟く。
ベルカの対空陣地は軒並みディレクタスへ引き上げていて、道中の対空砲火の心配はないと司令官は伝えた。だから全速力で迎えと、やはり声高に語るのだ。彼も作戦に興奮している。悲願成就の大役を、自分らと同様に任されたのだからと納得した。
「サイファー、良いか」
指令室から傭兵たちが引き上げていく中で、ピクシーは声をかけて引き留めた。
「なんだ」
「俺たちでやるぞ。必ず」
「そのつもりだ。パイロットの誇りに懸けても、成功させる」
二人は拳を合わせて、それぞれの部屋へと向かって行った。
その夜は全員早めに寝ることとお触れが出た。そこそこに夜更かしをして反抗する傭兵たちも、今日ばかりはすんなりと受け入れたようだった。片付けられたバーカウンターやレクリエーションルームに違和感を覚えるくらいに。
部屋に設けられた唯一の窓を開け、滑走路を見渡す。誘導灯の明りだけが静かに照らついて綺麗だ。その誘導灯が1人の影を浮かび上がらせていた。
サイファーだ。
宿舎の外でじっとしているかと思えば、深呼吸をしている。数度繰り返すと今度は軽く走り出し、数分かけて格納庫の方を往復する。少しだけ見ているつもりが見つめてしまっていた。
やはり、俺と同じか。
窓を閉めて外気と同じになったベッドに寝転んだ。冷えた心地良さが眠気を誘う。良く眠れそうだ。
そう言えば向こうには鐘があったか。町中にあった大小の鐘たちを、鮮明に思い出すことができる。あの地にいる誰もが嬉しそうに、自分のことのように話すのだ。ベルカに占領されても鐘の音は変わることはないだろう。
誰が為に鐘を鳴らすのか。
ピクシーはそれ以上考えることを止めて、寝ることに集中した。
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