(めちゃくちゃ疲れました)
5月13日。
最終調整のブリーフィングを行う為に改めて傭兵が集められた。早朝早くには、ウスティオ正規軍第4航空師団の指揮官がやってきている。やがて部屋は暗くなりプロジェクターの起動する音だけが響いた。
「首都ディレクタス解放戦備は整った」
ヴァレー空軍基地司令官が、高まる期待を隠しながら淡々と語り始める。
「これにより、ウスティオ空軍第6航空師団による首都奪還作戦任務の遂行を発令」
作戦詳細が手短に語られる。
首都ディレクタスは、中心を流れるグレースケレ川に沿った5つの地域行政区画で構成される都市で、今回の作戦はその5つの区画を解放することにある。占領したベルカ軍はここにウスティオ方面軍司令部を置いており、地上部隊を中心とする部隊が広範囲に展開していることが分かっていた。
「今作戦の敵部隊殲滅は、ウスティオ全土解放と同義であり、我々の命運を分ける戦いでもある」
司令官が特に強調するように、「全土解放」という言葉に力を入れて喋る。ウスティオ国内に残されたベルカ軍は事実上、これだけと言っても良いのだ。
「未確認だが、周辺には強力な敵航空勢力が配備されているとの情報もある」
ちらりと一瞬、自分たちを見やる視線にピクシーは気付いた。言われなくても、と投げやりに視線を返した。何機来ようともサイファーとならやれる気がする。思わず握りしめた拳を意識する。
「ディレクタスを解放すべく、ベルカ軍を殲滅せよ。全力を尽くすのだ」
画面が暗くなり部屋の明りが灯る。傭兵たちは立ち上がって敬礼、司令官も返す。そのままでいろとの声。先ほどの正規軍航空師団の指揮官がきた。高身長でまだ若い。戦争初期で生き残った正規軍の1割らしかった。制服はまだ汚れていて、辛うじてしわが見えるかどうかでしかない。残された者の顛末を垣間見ることができた。
「諸君ら第6航空師団を、我々第4航空師団がエスコートさせて頂く。必ずや、諸君らがウスティオ解放の礎とならんことを期待する」
彼もまた力強い敬礼を見せて、熱いまなざしを向けるのだった。
出撃まで30分を切った。
傭兵たちは各々の愛機の側で、プリチェックを済ませていることだろう。スクランブル用のアラートハンガーに縦列で格納された2機の
機体を1周してこちらもチェックを済ませる。機体の左側に設置されたボーディングラダーからコックピットへ乗り込み、シートベルトやヘルメットを装着していく。自分でも分かるくらいに丁寧に。不思議だな、と思う。こんなに意識したことないのに。
機体の主電源を入れる頃に、トーイングカーでハンガーの外へ牽引された。左右のエンジンが立ち上がり咆哮に包まれながらキャノピーを下ろす。サイファー、ピクシー双方に発進準備完了の合図。無線から1番最初に離陸せよ、と指示が出された。
タキシーウェイの側で整備員が敬礼して送り出している。手を振るとか、そういうのは無い。皆黙っている。
「ガルム隊、離陸を許可する。行って来い」
ランウェイに着いた。サイファーが右、自分が左。ガルム隊は揃ってフォーメーション・テイクオフ。猟犬は西陽に傾く空に舞い戻った。
エスコートする戦闘機はたったの4機しかいなかった。デルタ翼の単座戦闘機は翼を振って合図すると、進路を開けて編隊を組みなおす。彼らは後方で空中警戒待機という任務が待っている。彼らも彼らで、文字通りの最後の砦なのだ。
「第4航空師団より第6航空師団全機へ、幸運を祈る」
正規軍の戦闘機が順番にブレイクして遠ざかっていく。後は、自分らの出番だ。操縦桿を握り直して備える。イーグルアイも準備完了を知らせてきた。
午後16時25分。概ね予定通りにディレクタスの空域に突入した。高度は3000フィート、大体地上がはっきり見えるかどうかの高さだ。サイファーが加速する合図をかけた。アフターバーナーに点火、あっという間にディレクタスが大きくなる。
左脚の太腿に貼り付けた地図に示したラインを今、超えた。作戦開始。マスターアーム、オン。搭載武装の全安全装置解除。短距離、中距離ミサイルレディ。
「ベルカ制圧下にある5地区を解放しろ。作戦開始!」
「サイファー。作戦は成功する。俺たちの誇りは何よりも強い」
「行くぞ。ピクシー」
「了解」
第1区が見えてきた。レーダーに感あり。2機。中距離ミサイルを選択する。速度そのまま、高速で突っ込む。イーグルが敵機を識別。格闘戦闘機のMiG-29。
「ガルム1、交戦」
「ガルム2交戦」
「あいつらをやる。いけるかピクシー」
「了解。いける」
ミサイルロック。特徴的なビープ音がコックピットに響き渡る。
「ガルム2、フォックス3!」
「ガルム1、フォックス3」
やや正面の敵機にミサイルが伸びていく。爆発炎が2つ、1機は墜ちた。もう1機は手負いだ。高度を下げながら離脱コース。サイファーは構わない。第1区の上空をそのまま飛びぬける。
対地攻撃部隊が突入したのだろう。AWACSから攻撃開始の指示が飛ぶ。レーダー上の味方機の表示が賑やかになってきた。第2、3区の上空で敵機を捉える。格闘戦闘機が数機来た。
「ガルム隊、援護位置に着く。そのまま行け」
傭兵の
「ガルム1、フォックス2」
ミサイルが容赦なく敵機に命中した。ナイスキルと送る。傭兵を振り切ってやってきた片割れが突っ込んできた。自分が射撃位置、操縦桿を倒して相対する。敵機が機関砲を発砲。バレルロールで回避。そのまま操縦桿を引いてループ機動で上方に付ける。自分を一瞬見失った敵機にロック。発射。
「ガルム2スプラッシュ1」
「ナイスキルだ。ピクシー」
機体をバンクさせて下方を確認する。1機だけ外れに向かっているのが見えた。戦闘機ではない、ヘリか。行政ビルから飛んで行ったのか。
「こちらイーグルアイ。ベルカのヘリが戦線を離脱中、奴ら逃げ出したか?」
「どうする?サイファー」
「構わない、いや・・・」
サイファーが言い切る前にミサイルの白い軌跡が飛び込んだ。爆発。ヘリは墜ちたろう。だがここまで来て手を抜けるわけもない。傭兵を止める理由は上空に無かった。もう対地攻撃の部隊はなだれ込むように飛んで行っている。1区から2区までは解放を宣言する声を地上部隊が挙げ始めていた。
ベルカ空軍は各区上空の防衛から残りの戦闘機を集結させるようだ。
「こちら連合軍第1歩兵大隊、鐘の音が聞こえる!市民だ!市民が鳴らしている!」
「市民が通りに出てベルカ軍を追い出そうとしている!空の連中、絶対に当てるんじゃないぞ!」
歓声が無線越しに聞こえてくる。勝負はあったかもしれない。
「行こうサイファー。仕上げにかかろう」
機体を深く横転させて右旋回。高G機動に身体が張り付く。サイファーはそんなこと気にしないかのように鋭く旋回し続ける。だが相手もエースだろう。派手目なカラーリングを施したF-15の新型だ。カナードが生えていて動きが機敏に見える。単純な旋回なら向こうが速い。
サイファーが左へ切り返した。意図が分かる。ピクシーはそのまま旋回し続けろということだ。一瞬でも遅くなれば敵エースは直ぐにでも背後に着くだろう。付いてこい。推力を上げて操縦桿を強く握りしめる。取り巻きが隙を見て攻撃してくるとかは考えない。仲間の傭兵を信じた。
首を目一杯後ろに向けて旋回。敵機が追随してくる。攻撃レーダーを指向されている警告音が鳴り響く。おまけ程度でしかない
「ピクシー、そのまま行け」
「ガルム2了解」
派手に機体をローリングさせて下降し、180度ターンのスプリットS。サイファーはいた。
「ガルム1フォックス2」
爆発炎が見えた。夕陽に照らされて眩しい。
「連合軍の傭兵か!恩に着るぜ、ありがとよ!」
「第4区の地上部隊を排除!市民が自由の鐘を鳴らしている!」
地上部隊からも歓声に似た宣言が聞こえてきた。勝ったのだろうか。
カーン、カーンと戦闘機のジェット音にも負けない鐘の音が聞こえてくる。市中にある全ての鐘が鳴っているに違いない。独立を勝ち取った時も、同じように鳴ったのだろう。
「懐かしい音だ」
傭兵が一人呟く。
レーダー上から残り2機程になった敵機が撤退していく。この空を邪魔するものは、もうどこにもいない。機体をゆるりと旋回させながら、気が付けば鐘の音を聞いていた。自由の証か。これこそが、戦う理由なのだ。
「こちらイーグルアイ。全区解放されたようだな」
「彼らには戦う理由がある。勝敗はついた」
ピクシーは1人呟く。戦う理由がある時点で、既にベルカは負けていたのかもしれない。
サイファー、と話しかけるところに緊急信号の波長が飛ぶ。イーグルアイの慌てた声が続けて飛び込んできた。
「警告!警告!敵増援部隊の接近を確認!」
「今さらかよ?」
思わず声に出す。サイファーは何も喋らない。だが編隊を組み直す。戦闘態勢に。
「機影は2機、高速で接近中!」
レーダーに映った。捉えた機影の速さが分かる。こいつらは、恐ろしく速い。ならば相手が出来るのはサイファーと自分しかいない。2人は揃って胴体に抱えた増槽を落とした。
「ここは俺たちで相手しよう」
「今までの奴らより速い、攻撃開始!」
オフにしていたマスターアームを再びオン。愛機の火器に火を灯す。速度を上げてヘッドオン。翼を垂直に立ててブレイクしつつすれ違う。コックピットにまで風圧が飛んできそうな勢いで飛び抜ける。間違いなくエースだ、ピクシーは唾を飲み込んだ。
良いだろう。
「この2機をやらないと、基地には返してくれなさそうだな。サイファー」
交戦を宣言。右旋回して視線を上に見やる。敵機がもういない。ロックオンの警告音が鳴り響く。ちくしょう。
スロットルを叩きこむ。加速した勢いのまま操縦桿を手前に引いてピッチアップ。加速感とループ機動に入った高Gに息を入れて、インメルマンターン。後ろを振り返る。やや大回りに上方へ飛び出す敵機が見えた。振り切れてないか。
瞬間的に見たレーダーにはサイファーともう1機がダンスのように入り乱れている。このままでは勝ち目はない。
「サイファー、こっちが見えるか?」
「了解。援護する」
機体を上昇させてもう一度加速。サイファーが前方からやってきた。左にブレイクして後ろに着けるように素早く旋回機動に入る。敵機もブレイクして編隊を組み直すようだ。2機なら2機で、ベルカの騎士道精神がここに現れた。動きは完成されている。
「ガルム2、被弾したか?」
「ピンピンしてるよ」
特徴的な黄色い敵機が目の前に迫ってくる。こちらを挟み込むような態勢で左右に旋回してくるつもりだろう。サイファーが右に切る。ピクシーも続いた。
ガルム隊が2機同時に上へ跳ねる。面食らったようにブレイクした敵機が真上をすり抜けた。後方につけたもう1機が猛然と迫る。ピクシーはスロットルレバーを手前に倒して急減速、ひらりと後ろへと後退。サイファーが似た機動を繰り返し、いよいよ敵機を前方に捉えることができた。片割れが追いつく前にとトリガーに力が入る。
ミサイル警告。後ろからではない。前から。
「サイファー!」
照準が甘かったか、ミサイルが外れる。後ろ向きにミサイルを撃ったか。しかし捉えて逃がす猟犬もいない。サイファーが噛み付いた。機銃を発射。敵機が火炎を吹いた。推力を失ってスピンしながら落ちていく。
残りの1機は動揺せずに突っ込んできた。機関砲が掠めていく。ダイブして回避。ガルム隊は縦に別れるようにして散会した。
敵機が止まったかのようにその場で奇妙な機動を繰り返して、飛んでいる。この状態で戦えるというのか。鳴った警告音に背中がひやりと震える。
サイファーに向けてミサイルを発射した。回避して直進。任せた、と言われたようだった。素早くミサイルのリリースボタンに手をかけて、押す。失速機動で抵抗するSu-37にスローモーションで吸い込まれていく様が見えた。爆発。
ピクシーは乱暴に酸素マスクを外してため息をついた。
「当該空域の脅威、ゼロ。ガルム隊作戦完了だ」
ガルム隊の2機はディレクタスをフライパスする。なるべく低速で、見守るように。
「この地区は俺たちが取り戻した!もうベルカのものじゃない!」
「我々は街を取り戻した!」
誰かがラジオ放送で流しているのだろう。花屋や時計屋の歓喜する声も聞こえてきた。自由の声が身体に応える。ピクシーは小さく拳を握りしめた。
「サイファー、自由を手にする民衆の声が聞こえるか!これが俺たちの戦いだ!」
彼は喋らない。だが、その背中には確かに届いていることだろう。
「1995年5月13日。ウスティオは解放されましたね」
トンプソンという記者は言った。
「俺たちの戦いは、そこにあった。ディレクタスの熱がどれだけのものだったか分かるか?今も焼き付いているんだ。鐘の音が」
思い出すと、当時のコックピットのように拳を握りたくなる。
「ええ。駆け出しの新聞記者だった私でも、そのニュースは鮮明に覚えています」
「当時の記録はあるのか?ニュースの」
「ありますよ。地上にいた兵士と共に旗を振る様子も」
やや焼けた写真を差し出された。歓声と笑顔、全てが写真から届きそうだ。
「戦争の風向きも、ここで変わりました」
「俺たちの仕事は終わった筈なんだ。あそこで。だが現実はそうじゃない」
「例のことについても、その頃から?」
「おいおい。そこまで知っているのか。俺が話す必要あるのか」
「あなたの口から聴きたいのです」
そう言って記者はカメラを降ろす。
「あの時、一つ手紙が届いた」
「差出人は?」
「ジョシュア・ブリストー」
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