雪の降る寒い日   作:三毛さん

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お待たせしました。第二章が始まります。


2章:臨界への空路
地獄遍路


 もう次の作戦が決まろうとしていた。

 

 ウスティオ解放と同時に周辺国への影響力が落ちてきたベルカは、徐々に後退する形で引き上げている。お陰でウスティオ以外の国家の解放も案外早くに終わりそうな勢いで、もう傭兵の出番もないだろうと思われていた。

 

 ウスティオ空軍第6航空師団に課された使命は、正規軍の戦力補充としての機能と本国を守り抜くこと、それだけだった。規模的に国の外へ侵攻することなど考えていない。あくまで正規軍の再編が整うまでの”時間稼ぎ”に過ぎないからだ。それが今、必要無くなったというわけである。

 

 そんな折、ガルム隊には連合軍本部から直々に戦力提供の依頼が届いたのだ。

 

「出来る奴には仕事が集まるって事ね」

 

 ピクシーこと、ラリー・フォルクは会議の後に言い放った。自分たちの戦果を考えれば分からなくもない判断ではあるが、白けた気分だ。

 

「ここから先に何の意味があると思う」

 

「もしかしたら、俺たちは地獄の切っ先になってしまったのかもしれないな」

 

 サイファーは空を仰いで答えた。

 

 こいつも同じ気持ちなのだろうか。それとも、自ら戦いに赴きたいのか。戦争がしたいようには思えない。だとすれば、サイファーなりに戦争に対する確たる考えがあるのかもしれない。だがそれを今日まで口にしたこともないのだ。

 

自分達地獄の番犬(ガルム)が、今度は災いの怪狼(フェンリル)にでもなってしまったのかもしれない。いや、まさに今変身を遂げようとしている最中で自分達は気付いていないと言えるのか。

 

 ピクシーはため息混じりに息を吐く。

 

 考えるのは止めよう。こんなことしても意味がない。既に始まってしまったことだ、地獄だろうがそれ以外だろうが行くところまで行くしかない。いや、行くしかなくなってしまったのだ。

 

「ラリー・フォルク少尉」

 

 薄い封筒を1枚持った将校に話しかけられた。

 

「なんでありましょうか」

 

「お前に手紙だ。受け取れ」

 

「自分に?差出人は?」

 

「書いてない。ただ送り主はオーシア人だな」

 

「書いてない?そんなものを受け取れと?」

 

「良いからさっさと取れ。中身については不審物の検査だけはしてある。紙切れ一枚だけだ」

 

 ほら、と伸ばされた手から手紙を受け取った。確かに封筒の裏表には宛先以外は書かれていない。見た目では誰が送ってきたのか判断がつかなかった。手紙を送り合うような友人もいなければ、送ってきそうな心当たりもない。

 

 ピクシーは、そのはっきりとオーシア語で書かれた宛名を読み返した。『ウスティオ空軍第6航空師団、ラリー・フォルク』。

 

 検閲はされていなかった。当然と言えば当然かと思い直す。しかし、未だにユークトバニアとベルカでは行われているらしいという噂はあるが。ポケットにしまって振り返る頃にはサイファーも居なくなってしまった。諦めてピクシーは自室に戻ることにした。

 

 机とセットの明りを点けて、慎重に封筒を切った。真っ白な綺麗過ぎるA4サイズの紙が一枚、山折りで丁寧に入れられていた。余程マメな奴らしい。

 

 手紙を広げて、ピクシーはまず下に目をやった。こういうのには必ず最後に差出人の名前を書くものだからだ。勿論、名前が書かれている。名前は『ジョシュア・ブリストー』。

 

 ブリストー?一瞬、ピクシーは自分の記憶を辿った。こいつはオーシア空軍のブリストーか。その昔の紛争で一緒に飛んだ馴染み深い旧友と言っても良い。未だに彼の飛び方も覚えている。”青い魔術師(ルーカン)”と呼ばれていた、巧みな戦闘機動と僚機の使い方。間違いなくエースだった。

 

『お前は使われているだけだ。それは戦う理由とは違う。お前の戦う理由はなんだ。』

 

 短い文面が、やけに立体感を帯びていた。いたずらか、と思ってしまいたくなる。自分に投げかけてきた問いにしては、やけに分かったような言葉を使っていたからだ。

 

 得も言われぬ気持ち悪さが身体中を駆け巡り、じわじわと血の気が引いていく感覚にも襲われた。横になろう。ピクシーは手紙を放ってベッドに横たわった。

 

 俺の戦う理由?そんなもの・・・。

 

 日が落ちかけている。

 

 あまりの寝覚めの悪さに頭をかいた。寝て忘れようという試みは失敗してしまったらしい。他人に聞こえないまでに落とした溜息を吐く。手は汗で濡れていた。手だけなら良かったのだが。

 

 放った手紙が冷たい風に飛ばされてベッドの側まで来ている。そのままにしておくのも気持ちが悪い。丁寧に畳んで逃げるように机に仕舞った。もうしばらくは引き出しを開けることは無いだろう。

 

 いつのものようにレクリエーションルームへ訪れると、傭兵仲間が声をかけてきた。

 

「ピクシー、見てみろよ」

 

「何、ってニュースか」

 

 オーシアからのニュース番組にチャンネルは合っている。この間見たものと同じだ。

 

『ベルカ、核兵器を保有か?』

 

 テロップがこれでは、嫌でも目に着く内容だった。核兵器だって?ピクシーの眉間には深い皺が寄った。

 

『連合軍はベルカが核兵器の開発、あるいは保有しているとする確たる証拠を掴んでいます。この中には核兵器以上の大量破壊兵器も含まれていました。この戦争を終わらせる為にも、一刻も早い核査察が必要でしょう。既に連合軍はベルカ国境まで戦線を押し返していますが、更にベルカ国内へ踏み入れる理由も適当であるとして――』

 

「ついに親玉の大将をぶん殴れるってか」

 

「俺たちの分まで残してくれよな」

 

『加えて、ベルカが開戦の根拠に主張している天然資源の権利についても不当であることは事実であり、これを放棄させなければならないでしょう。元来帰属している国家の資源も含まれていますので連合軍の手によって再分配が必要です。この根拠については旧ベルカ連邦の構成国家の独立から紐解いて行かなければならないのですが――』

 

「なあ、ピクシーは行くんだろ。連合軍から指名だもんな」

 

「行くって、俺は行かされるだけだ。それが仕事だ。羨ましがられる言われはないね」

 

「それ嫌味じゃないだろうな」

 

「変われるものならとっくに申請してる。言わせるなよ」

 

 溜息すら吐く気が失せてしまった。

 

 ウスティオ方面の戦線に関して、ここの傭兵が成し遂げた功績は大きい。皮肉にもウスティオ最強の戦闘航空部隊として宣伝されてしまった。国内のみならず、諸外国ですらそうだった。当然期待の眼差しは熱く注がれ、今や戦果報告を待ちわびるメディアもある。特にガルム隊のものは。

 

『連合軍によりますと、今後数時間から数日以内にベルカ本土への攻撃について発表するとのことです。既に一部の情報筋では本土侵攻の許可を出したとされ、発表と同時に攻撃が始まると予想されます』

 

 喉が渇いたとバーカウンターを見やると、サイファーがいた。それも真っ直ぐピクシーを見ている。目が合うことに気が付くと、カウンターに視線を戻してしまった。どうせならと彼の隣に座り、同じものを頼んだ。

 

「サイファー、さっきのことだが」

 

 傭兵仲間との会話を切り出す。

 

「いや、良い。俺もお前のように答えてたさ。ピクシー」

 

「そうか。でもあの視線は鋭かった」

 

「どうしてだろうな。相棒だからかな」

 

「それだけか?」

 

「それだけだ」

 

 サイファーは誤魔化すように残りを一気に飲んだ。酔っている様子はなく、適当に言っているようでもない。やがて自分のグラスが来ると、ピクシーも酒を飲んだ。ただのジントニック。辛めのだ。

 

「そういえば俺たちがどこへ行くのか、何か分かったことはあるか」

 

 半分くらい飲んだ後に、ピクシーは言った。

 

「何も。だけど連合軍がベルカに攻め込むつもりなのは、本気らしい。明日にも概要を話すって」

 

「オーシアか」

 

 連合軍の盟主的存在であるオーシアは、連合軍戦力の大多数を占めている。ベルカ国外の戦局が傾いた今、これはオーシアの戦争になりつつあった。

 

「それに、行かされるのは俺たちだけではないかもしれない。あいつらもだ。きっと」

 

「結局は全員地獄行きか」

 

「そうだ。あの空は地獄だ。人の命を無際限に吸う地獄だよ」

 

「一体どれだけの血が流れたら、止められるんだろうな」

 

 テレビの映像では、資料として核兵器実験の爆発が映し出されていた。

 

 

「今思えば」

 

 深呼吸をするように言葉を出した。

 

「奇妙な雰囲気だったんだ。誰も落ち着いていなかった。あいつでさえ、そうだったと思う。得体の知れないものに食われる前ってあんな感じなのかもしれない。漠然とした何かが傭兵連中にはあった」

 

「これからベルカへ攻め入る、という時なのに?普通は盛り上がりそうですが」

 

「盛り上がりはしていた。最初だけは。あの時間は、今でも思い出せる」

 

「受け取った手紙との関係は?」

 

「正直、分からない。あの頃は手紙の意味をさほど理解出来ていなかったんだ。気味の悪い内容だとしか思わなかった。自分の奥底で燻っていた問題が出てきたような感覚だ。それがグラグラ揺れる、分かるだろう?雲がかかったような気分だよ。あいつも、そんな相棒の俺のことはお見通しだったのだろうが」

 

「恐らく、ブリストー元大尉の活動(・・)もこの時期からだったと記録されています。勧誘だったのでは」

 

「そう言われれば、勧誘の始まりだったかもしれない。だが俺にそれを理解する余裕は無かった」

 

 無かったのだ。今だから思えるが、ウスティオで戦う理由と向き合う準備が出来ていなかったのだと言える。ベルカへの侵攻は、もっと違う戦いになるのだと頭で分かっていなかった。

 

 自嘲気味に笑った。当時の自分にだ。

 

「そんな中、ベルカ領内侵攻が始まってしまう。ガルム隊は先頭を切っていたとあります。戦争の本質はここからだ。そうは思いませんか」

 

「誰もが正義にも悪にもなる。それを決めるのは誰なのか」

 

 呟くようにピクシーは言った。

 

「良い言葉です」

 

「あいつが言ったんだ」

 

「『彼』が?」

 

「いつ言ったのかは覚えていないが。ちょうど今みたいな話をしていた時だと思う」

 

「そうですか。しかし、そのような事を話すのですね。『彼』は」

 

「もしかしたらこの戦争について一番分かっていたんだろう。他の誰よりも」

 

 あいつがインタビューを受けたら、一体何を話すだろう。こんな自分の言葉よりよっぽど重みがある。この記者だって、聞きたいのはあいつの事だから。憶測で話してしまうのも記者にとって悪いことだとは思うが、サイファーのことについては少なからず確信を持って言えるのだ。真実がどうであれ。

 

 記者も座り直す。物語の第二幕が始まる。

 

 5月17日。南ベルカの地獄の門を開いた日。

 

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  • ソルジャー (戦場を変える力。)
  • ナイト (強きを挫き、弱きを鼓舞する)
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