デイフラワー・ザ・ゴールド   作:氷の泥

1 / 1
デイフラワー・ザ・ゴールド

 志田は疲れ果てて眠った。サッカー部所属の健康的かつ前向きな中学生である彼は、その金曜日にて、全ての活力を一度使い果たしたのである。

 授業にも部活にも友人関係にも私生活にも、どこを探しても彼に欠けた物なんかは見当たらない。……強いて言えばまだ恋人はいなかったが……ともかく、よく学びよく遊び、誰しもに愛される好青年、それが志田という男だった。

 しかし彼が、そんな一種の模範的な人間でいられるのは、ただ彼が人生を全力で生きているからに他ならない。よって全力で「一週間」という日々を駆け抜けた彼は、金曜日の夜空に月が光る頃、降り積もった灰のような深い眠りにつくのである。

 それは翌日と翌々日に続く「休日」を前提とした安らかな眠りだった。……そう、彼の安らかな眠りには、その前提が必要だった。

「起きなさい! 朝よ、起きなさい!」

 彼は翌朝、母親に叩き起された。

「ううん……。……母さん、今日は土曜だろう? 朝が来たくらいで、どうして起こされなきゃあならないんだ」

 母親は呆れ返った顔をする。

「なにいってるの、今日はまだ金曜日でしょう?」

「なにぃ……?」

 寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった彼は、ほとんど自動操縦のような動きで、スマホを見て日付と時間を確認する。その画面を母親に見せつけて「ほら見ろ」と言うつもりだったのだ。

 が、しかし。彼は驚かされることになる。 

「……なにィ!?」

 表示された日付は、なんと確かに金曜日だった。それも昨日自分が「終えたはずの金曜日」が、「昨日の日付」が画面に表示されていたのである。

 志田は部屋を飛び出した。スマホだけがおかしくなったのかと思い、リビングまで行ってテレビを点けた。そして平日の朝には決まって見るニュース番組へチャンネルを合わせた。

「う、嘘だろ……?」

 間違いなく昨日見た覚えのあるニュースが、かつてないデジャブを伴っていけしゃあしゃあと放映されていた。

 実は同じ話題を二日に渡って繰り返しているだけで、それがまったく同じ内容の放送に見えたのは何かの間違いか、気のせいなんじゃあないかと彼は疑った。しかしバラエティ色の強い街角インタビューのコーナーまでもが、つい昨日見た覚えのある内容とまったく同じ物だった。決して勘違いや気のせいの類いではない。

 志田は悟る。自分は、昨日の金曜日に戻ってしまった。時間がループしている……! 志田は自らの置かれた状況を正しく認識した。が、しかしそれがその時点での彼の限界でもあった。

 急かされるがままに朝食を食べ、諸々の支度をして、ふと我に返ると彼は、制服を着て通学路を歩いていた。

 そして我に返った途端に襲いかかる眠気……! 土曜は昼まで寝ると決めている彼にとって、この時間のループは完全に想定外、致命的な起床だった。

 東京から大阪へ移動し終えたかと思ったその瞬間、渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で立ち尽くしていたかのような感覚。そんな疲労感と絶望感が彼を襲う。

 重たいまぶたが落ちてこないように気を張りながら、志田は静かに決意した。

「(これは「異能力」による「攻撃」だ。俺は今……滑車の中を走るハムスターの状態に追い込まれている。一度ループした時間をどれだけ過ごそうとも、この金曜日から出られるようになるとは思えない……。「ループ」という滑車に乗せられている限り、俺は「明日」へと「進む」ことが出来ない……!)」

 だからこそ、だからこそ「敵」を倒さなければならない。志田は、自分を「ループ」に落とし込んだ「敵」を必ず見つけ出して倒すと、すでに「覚悟」を決めていた。

 しかし、その見つけるべき「敵」とはいったい誰なのか。……記憶を手繰って行くと、やがて彼の頭の中にその心当たりが思い浮かぶ。むしろ今まで忘れていたことの方が不自然に思える、極めて明確な手がかりが浮かび上がった。

 ……それは昨日の、「一度目の金曜日」のことである。自分がループする金曜日に陥れられるとはまだ夢にも思わなかった頃の、のどかな昼休みの出来事である。

 教室に居た彼は、なんとなく窓の外……校庭を見た。その時正面には支柱(ポール)で立てられた時計が見えたが……同時におかしな物も見えた。

 支柱の隣に、もう一本支柱が立っていた。そしてその上にも時計が設置されていた。ただしそれは支柱共々異様なほど太陽の光を反射していて、眩しさのあまり時間を確認することは困難な物だった。もしも隣に普通の時計が立っていなければ、それが時計であるだろうと認識することさえなかったかもしれない。

 志田は偶然近くにいた隣の席の女子、美術部の花淵に声をかけた。

「なあ、あそこに変な物が見えないか」

 花淵はいつも、昼休みの時間いっぱいに絵を描いてい過ごしている。そんな彼女は志田の質問に対してその手を止めず、顔を上げることすらしなかった。

「変な物って?」

「時計の隣にもう一つ時計がある……っていうかさ、何かすごく……光ってる物が立っているんだ」

 絵を描きながら、花淵は軽く笑った。

「そんなものあるわけないじゃない」

「いや、でも……あれ?」

 話しかける際、花淵の方に目を向けた志田が再び窓の外を見ると、すでに「二つ目の時計のような物」は、跡形もなく消えてしまっていたのだった。

「変なこと言ってないで、次の授業の準備でもしたら? 休み時間、もう五分も残ってないわよ」

「それは君だって同じだろう?」

 言いつつも、一心不乱に絵を描き続ける花淵に促されたことで、窓の外に見たおかしな物は気のせいだったのだと思い納得した志田は、助言通り素直に次の授業の準備を始めたのだった。

 それが彼にとっての、昨日の昼休みだった。

「(間違いなくあのおかしな物が原因じゃあないか!)」

 そんな前日の昼休みのことを思い返しているうちに、志田は学校へ到着していた。そして彼は致し方なく普段通りに席へ着く。自分以外の人間はループを認識していないようで、隣の席には花淵もいた。彼女はいつも通り無口だった。

 クラスメイトのうち誰かが自分に攻撃を仕掛けてきているのか。それとも教師か。まさか部外者か。少しの手がかりも見逃すまいと気を張るが、しかし一向にそれらしき物は見つけらない。……逆を言えば志田にとって、自分を金曜日にループさせた時点で、攻撃は完結しているように感じられた。

 そして時は進み……やがて昼休みがやって来る。志田は今日この日まで、不用意に時計のある場所へ目を向けないようにしていた。あの光る物が時計の傍に現れる物で、それを見ることでループの条件を満たしてしまう可能性を考慮してのことだ。

 しかし今後の生活でずっとそれを徹底するわけにはいかない。現代人にとって「時計を見る」という行為は必須の行動だ。この先まともな生活がしたければ、いずれにせよ元凶は倒さなければならない。そのためにはむしろ、手がかりとなるであろう時計を見るべきなのだろうか……? 虎穴に入らずんばなんとやらとも言うが……。

 自分だけがループを感知している世界で、志田は孤独に考えた。……………………そして気が付いた。

「(待てよ、なぜ花淵は「次の授業まで五分もない」と分かっていたんだ……? 話しかけても顔を上げやしないほど、食い入るようにずっと絵を描いていたのに。まるで「時計を見た」かのように、五分もないだなんて……)」

 疑問が浮かぶにつれて、彼は無意識に、花淵の方を見る。花淵の描いている絵が視界に映り込む。その一瞬で志田は、もう一つのある重大な「疑問」に辿り着いた。ループした学校生活を半日終えた頃になって、ようやくその疑問を「思い出す」ことが出来た。

「(あれ、そういえば昨日の花淵は、何を描いていたんだっけ)」

 今日この日、二度目の金曜日。花淵の方を見た志田は、彼女の描いている絵も目撃した。……「見た」のだ、それを。

 大きなスケッチブックの中に描かれた時計が、チクタクと針を進めていた。それも秒針ではない、長針がチクタクチクタクと異様なスピードで進んでいる。絵の中の時計が、ものすごい速度で時を刻んでいる……!

 そしてそれが突如、黄金に輝いた!

「な、なにィィィィィーッ!!」

 金色の時計だ、金色の時計を見てしまった。また金曜日はループする。今晩眠りについても、明日はまた金曜日になる。ループを自覚している自分……今ここで金の時計を見てしまった自分自身でさえ、今の今までこの事態を予測出来なかった。どうやら時計の能力によって軽く記憶操作もされているようだ。ならば……ならば永遠にこのループからは逃れられないだろう……! 重要なことは忘れて、疲労だけを覚えたまま、一生この金曜日を繰り返すことになる。そして何度でも金色に輝く時計を見てしまう……! いや、「見させられ」る!

 しかしそんな「運命」は、真っ平御免だ……ッ! 志田は「敵」を見定めたッ!

「うおおおおおッ!! 「未開の備忘録(ギャラクシアン)」ッ! 花淵さん、君には全てを話してもらう……!」

 志田の持つ異能力、未開の備忘録(ギャラクシアン)。それは対象の人間が知る全てを聞き出す能力。そしてその方法は、対話の形式で行われる。

 次の瞬間には、教室にいるのは志田と花淵の二人だけとなっていた。さらには椅子と机も二人の分しかない。そして志田は共用ロッカーを背に、花淵は黒板を背にして、身を乗り出し手を伸ばしても届かない程度の距離を保ち座っていた。

「花淵さん、君は異能力を持っているね」

「ええ」

「それを俺に使っているね? 詳細を教えてもらえるかな」

「ええ、使っているわ。能力の名前は花びらの散らない金曜日(デイフラワー・ザ・ゴールド)。選んだ一人にしか見えない金色の時計を生み出し、それを相手が「見て」くれたなら、私と相手にしか自覚できない、永遠に続く金曜日へ誘う物」

「能力を解除する方法は?」

「私が自分の意思で解除すること。その他には……私を殺すことだけね」

「何?」

 これにはさすがの志田もたじろいだ。いくら覚悟を決めてきたとはいえ、いくら異能力による攻撃を受けたとはいえ、クラスメイトを殺すことがそう簡単に出来るはずもない。それも命のやり取りをしたわけではなく、ただ時間をループさせられた程度の相手ではなおさらに。

 彼にとって、取り戻すべきは「自然な一週間」が循環する、「普通の日常」なのだ。それを取り戻すためなら何だってするが、クラスメイトを殺めてしまったとなれば、彼はもう普通なんかには戻れない。

 そして、志田のギャラクシアンは全てを聞き出す能力である。その点に関して例外は絶対にない。彼の能力を前にして、嘘や隠し事は絶対に不可能である。……しかし欠点として、対話の中で問いかけた事に対する答えだけが、彼が能力によって知ることの出来る全てとなる性質がある。まずは聞かなければ、何も知ることは出来ないのだ。

 だから彼は、必要な答えを探るべく問いかけた。

「君の目的はなんだ」

「金曜日を繰り返すことよ」

「なぜ繰り返したいんだ……?」

「そ、それは……」

 毅然としていた花淵が途端にうつむき、初めて答えを言い淀む。しかしそれは彼女の意識ではなく、彼女の深層心理がそうしているのだった。ギャラクシアンはその深層心理から全てを聞き出す。そして嘘や隠し事は絶対に許さない。

 だから彼女は、相手の反応を探るように口にした。

「学校が休みの日は、志田君と会えないから……」

「……………………な、なにィィィィーッ!?!?」

 意外、それは恋慕! だが志田はまんざらでもなかった。

 後日、彼は花淵に告白して、二人は恋人同士となった。それにより金曜日のループも難なく解除される。そしてそれからというものその二人は、土日になると決まってどこかへ、二人一緒に遊びに行くようになったという。

 めでたし、めでたし。



▲ページの一番上に飛ぶ
Twitterで読了報告する
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。