ループする金曜日に陥れられた少年「志田」が、その元凶を見つけ出して全てを解決する超短編!

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デイフラワー・ザ・ゴールド

 志田は疲れ果てて眠った。サッカー部所属の健康的かつ前向きな中学生である彼は、その金曜日にて、全ての活力を一度使い果たしたのである。

 授業にも部活にも友人関係にも私生活にも、どこを探しても彼に欠けた物なんかは全く見当たらない。……強いて言えばまだ恋人はいなかったが……ともかく、よく学びよく遊び、誰しもに愛される好青年、それが志田という男だった。

 しかし彼がそんな一種の模範的な人間でいられるのは、ただ彼が人生を全力で生きているために他ならなかった。全力とはつまり、常に百パーセントの力を使って生きて、余力など何一つ残さないということである。

 よって「全力」で「一週間」という日々を駆け抜けた彼は、金曜日の夜空に月が光る頃、決まって灰のような深い眠りにつくのである。

 それは必ず翌日と翌々日に続く「休日」を前提とした安らかな眠りだった。……そう、彼の安らかな眠りには、その前提が絶対に必要なのだ。翌週からの彼が再び全力で生きるためにはそれが必要なのだ。

「起きなさい! 朝よ、起きなさい!」

 全力で一週間を駆け抜け、金曜日を終えた彼は、翌朝母親に叩き起された。

「ううん……。……母さん、今日は土曜だろ? 朝が来たくらいで、どうして起こされなきゃならないんだ」

 母親は呆れ返った顔をする。

「なにいってるの、今日はまだ金曜日でしょう?」

「なに……?」

 寝ぼけ眼をこすりながら起き上がった彼は、ほとんど自動操縦の動きでスマホを見て日付と時刻を確認する。その画面を母親に見せつけて「ほら見ろ」と言うつもりだったのだ。

 しかし、彼は逆に驚かされることになる。

「……なにィ!?」

 画面に表示された日付は、なんと確かに金曜日だったのだ。それも「昨日の自分」が「終えたはずの金曜日」が、「昨日の日付」が画面に表示されていたのである。

 志田は部屋を飛び出した。スマホだけがおかしくなったのかと思い、リビングまで行ってテレビを点けた。そして志田家の人間が平日の朝に決まって見るニュース番組へチャンネルを合わせた。

「う、嘘だろ……?」

 そのテレビ画面では、間違いなく昨日見た覚えのあるニュースが、かつてないデジャブを伴っていけしゃあしゃあと放映されていた。

 志田は己の認識を疑った。ニュース番組は、実は同じ話題を二日に渡って繰り返しているだけで、それがまったく同じ内容の放送に見えたのは何かの間違いか、気のせいなんじゃないかと彼は疑った。しかしバラエティ色の強い街角インタビューのコーナーまでもが、つい昨日見た覚えのある内容とまったく同じ物だったことで、その縋るような疑いも霧散したのである。

 朝早く起こしに来る母親、スマホの日付表示、ニュース番組の内容……何もかもがおかしい。決して勘違いや気のせいの類いではない。そんなチャチなものではない「何か」が自分の身に起こっている……!

 志田は悟った。自分は、昨日の金曜日に戻ってしまったのだと。

「(時間がループしている……!)」

 そう、彼はそんな風に、自らの置かれた状況を正しく認識した。が、しかしそれが、その時点での彼の限界でもあった。

 急かされるがままに朝食を食べ、諸々の支度をして、ふと我に返ると彼は、制服を着て通学路を歩いていた。

 志田はハッとする。「今日は土曜日だろう」という己の認識が、「ループした金曜日」という異様な環境によっていとも簡単に流されてしまったことに気付く。良くない流れだ。なぜなら曜日がループしようと、安らかな眠りがない限り、志田の活力は戻って来ないからだ。

 そしてその影響はすぐに現れた。

 我に返った途端に襲い来る眠気……! 土曜は昼まで寝ると決めている彼にとって、この金曜日のループは完全に想定外、致命的な強制起床だった。東京から大阪へ移動し終えたかと思ったその瞬間、渋谷のスクランブル交差点のど真ん中で立ち尽くしていたかのような感覚。そんな疲労感と絶望感が彼を襲う。

 重たいまぶたが落ちてこないように気を張りながら、志田は静かに決意した。

「(これは「異能力」による「攻撃」だ。俺は今……滑車の中を走るハムスターの状態に追い込まれている。ループした時間をどれだけ過ごそうとも、この金曜日から出られるようになるとは到底思えない……。「ループ」という滑車に乗せられている限り、俺は「明日」へと「進む」ことが出来ない……!)」

 だからこそ、「敵」を倒さなければならない。志田は、自分を「ループ」に落とし込んだ「敵」を必ず見つけ出して倒すと、すでに覚悟を決めていた。

 しかし、その見つけるべき「敵」とはいったい誰なのか。事の真相を欲する志田が、このループした世界で唯一頼りになる自分自身の記憶を手繰って行くと……やがて彼の頭の中には一つの心当たりが思い浮かんだ。

 そしてそれは、むしろ今まで忘れていたことの方が不自然に思えるような、極めて明確な手がかりだった。

「(まさか、いや、確実に「あれ」か……!)」

 ……それは昨日の、「一度目の金曜日」のことである。自分がループする金曜日に陥れられるとはまだ夢にも思わなかった頃の、のどかな昼休みの出来事である。

 教室に居た彼は、なんとなく窓の外……校庭を見た。その時視界の正面には支柱(ポール)で立てられた時計が見えたが……同時におかしな物も見えていた。

 支柱の隣に、もう一本支柱が立っていた。そしてその上にも時計が設置されていた。ただしそれは支柱共々異様なほどに激しく太陽の光を反射しており、眩しさのあまり時間を確認することは困難な物だった。もしも隣に普通の時計が立っていなければ、それが時計であると認識することさえ叶わなかったかもしれない。

 志田は偶然近くにいた隣の席の女子、美術部の花淵に声をかけた。

「なあ、あそこに変な物が見えないか」

 花淵はいつも、昼休みの時間いっぱいに絵を描いて過ごしている。そんな彼女は志田の質問に対してその手を止めず、顔を上げることすらしなかった。

「変な物って?」

「時計の隣にもう一つ時計がある……っていうかさ、何かすごく……光ってる物が立っているんだ」

 絵を描きながら、花淵は軽く笑った。

「そんなものあるわけないじゃない」

「いや、でもほら……あれ?」

 話しかける際、花淵の方に目を向けた志田が再び窓の外を見ると、すでに「二つ目の時計のような物」は、跡形もなく消え去ってしまっていた。

「変なこと言ってないで、次の授業の準備でもしたら? 休み時間、もう五分も残ってないわよ」

「それは君もそうだろ?」

 言いつつも、一心不乱に絵を描き続ける花淵に促されたことで、窓の外に見たおかしな物は気のせいだったのだと思い納得した志田は、助言通り素直に次の授業の準備を始めたのだった。

 それが彼にとっての、昨日の昼休みだった。

「(間違いなくあのおかしな物が原因じゃないか!)」

 そんな前日の昼休みのことを思い返しているうちに、志田は学校へ到着していた。そして彼は致し方なく普段通りの席へ着く。自分以外の人間はループを認識していない様子で、隣の席には相変わらず熱心に絵を描く花淵もいた。彼女はいつも通り無口で、こちらから話しかけない限りほとんど喋らないだろう。けれど今までの印象からして、会話が苦手というわけではなさそうである。

 志田は、まずはその花淵に声をかけようかと考えたけれど、そこで少し思いとどまった。

 見知らぬ誰かから狙われているというよりは、やはりクラスメイトのうち誰かが、自分に「ループ」という攻撃を仕掛けてきている可能性が高い。そう考えれば、迂闊にループのことを口にするのはリスキーである気がしたのだ。今の状況では、誰を信用していいのか分からないから。

 そもそも「ループに陥れること」はあくまでも「手段」であるはず。そうすることによって、「敵」はいったい俺をどうしようというのだろうか、それさえ分からないうちから大きく動くのは危険だ……と、志田はそう考えた。だから彼はしばらくの間、「少しの手がかりも見逃すまい」と教室の中で気を張って過ごすことになる。

 ……が、それから数時間。彼は一向に手がかりを見つけることが出来なかった。いや、そもそも、手がかりなんて無いのかもしれない。金曜日をループさせた時点で「攻撃」はとっくに完結していて、「敵」は志田という人間に望んだ影響が現れることを待っているだけなのかもしれない。

 何一つ進展のないまま、やがて昼休みがやって来る。志田は今日ずっと、不用意に「時計のある場所」へ目を向けないようにしていた。あの「光る物」が時計の傍に現れる性質を持っているのだとすれば、それを見ることでループの条件を満たしてしまうのだとすれば、ただ「見ない」ということが対策になるのではないかと推測したのだ。

 しかしそれはつまり、敵の能力に「ループ一回につき一度の攻撃が必要」という性質があることに賭けた行動であり、ほとんど気休めのようなものだった。

 その上、今後の生活でそれをずっと徹底するわけにはいかない。現代人にとって「時計を見る」という行為は必須の行動だ。この先まともな生活がしたければ、いずれにせよ元凶は倒さなければならない。そのためにはむしろ、手がかりとなるであろう時計を見るべきなのだろうか……? 虎穴に入らずんばなんとやらとも言うが……。

 自分だけがループを感知している世界で、志田は孤独に考えた。しかし穏やかな陽気ののどかな昼休みに、とっくにエネルギー切れを起こしている彼の体、そこへ堂々巡りの思考が組み合わされば……必然、抗い難い眠気を招いてしまう。

 考えようによってはこの「昼休み」という時間こそ、僅か一時間だけとはいえ、誰にも起こされずに眠れる貴重な時間なんじゃないか……? ついにそんな後ろ向きなことを考え始めた彼が、「ところで昼休みはあと何分残っているんだろう」と時計を確認しようとして……寸前で思いとどまった。あと少しでも眠気が思考を押しのけていれば、何も考えずに時計を見てしまっていたことだろう。

「(……ん?)」

 そしてその一連の行動によって、彼は気が付いた。眠りかけていた脳みそが徐々に冴えていく。

「(待てよ、なぜ花淵は「次の授業まで五分もない」と分かっていたんだ? 話しかけても顔を上げやしないほど、食い入るようにずっと絵を描いていたのに、まるで「時計を見た」かのように、五分もないだなんて言って……)」

 疑問が浮かぶにつれて、瞼の半分下がった彼は無意識に、花淵の方を見た。花淵の描いている絵が視界に映り込む。その一瞬で志田は、もう一つの重大な「疑問」に辿り着いた。ループした金曜日の中で、学校生活を半日も終えた頃になって、彼はようやくその疑問を「思い出す」ことが出来た。

「(あれ、そういえば昨日の花淵は、何を描いていたんだっけ?)」

 今日この日、この時、二度目の金曜日の昼休み。花淵の方を見た志田は、彼女の描いている絵を目撃した。……「見た」のだ、それを。

 大きなスケッチブックの中に描かれた時計が、チクタクと針を進めていた。それも秒針ではなく、長針がチクタクチクタクと異様なスピードで進んでいる。絵の中の時計が、ものすごい速度で時を刻んでいる……!

 そしてそれが突如、黄金に輝いた!!

「な、なにィィィィィーッ!?」

 金色の時計だ、金色の時計を見てしまった。また金曜日はループする。今晩眠りについても、明日はまた金曜日になる。また「攻撃」されたのだ。

 一度目の金曜日ならまだしも、ループを自覚している二度目の金曜日の自分でさえ、今の今までこの事態を予測することは出来なかった。なら明日の金曜日はどうだろう? 明後日の金曜日はどうだろう? 自分はいつか「どこに金色の時計が現れるのか」を完璧に予測出来るようになるのだろうか? いつかこのループから抜け出せる日は来るのだろうか……?

 いいや、このままではきっとそんな日は来ない。疲労だけを覚えたまま一生この金曜日を繰り返すことになってしまう。そして何度でも金色に輝く時計を見てしまう……いや、見させられる。

 だけど、そんな「運命」は真っ平御免だ。そう、志田が見たのは時計だけではなかった。彼は「敵」を見定めた!

「うおおおおおッ!! 「未開の備忘録(ギャラクシアン)」ッ! 花淵さん、君には全てを話してもらう……!」

 志田の持つ異能力、未開の備忘録(ギャラクシアン)。それは対象の人間が知る全てを聞き出す能力。そしてその方法は、対話の形式で行われる。

 次の瞬間には、教室にいるのは志田と花淵の二人だけとなっていた。椅子と机も二人の分しかない。そして志田は共用ロッカーを背に、花淵は黒板を背にして、身を乗り出して手を伸ばしても届かない程度の距離を保ち座っていた。

「花淵さん、君は異能力を持っているね」

「ええ」

「それを俺に使っているね? 詳細を教えてもらえるかな」

「ええ、使っているわ。能力の名前は花びらの散らない金曜日(デイフラワー・ザ・ゴールド)。選んだ一人にしか見えない金色の時計を生み出し、それを相手が「見て」くれたなら、私と相手にしか自覚できない、永遠に続く金曜日へ誘う物」

「能力を解除する方法は?」

「私が自分の意思で解除すること。その他には……私を殺すことだけね」

「何?」

 志田はたじろいだ。いくら「敵を倒す」という覚悟を決めてきたとはいえ、いくら明確な意思による異能力攻撃を受けてきたとはいえ、善良な彼にクラスメイトを殺すなんてことがそう簡単に出来るはずもない。それも命を狙われたならまだしも、せいぜい金曜日をループさせられただけではなおさらに。

 志田にとって、取り戻すべきは「自然な一週間」が循環する「普通の日常」なのだ。それを取り戻すためなら何だってするが、クラスメイトを殺めてしまったとなれば、彼はもうそんな「普通」なんかには戻れない。……しかし、ではどうすればいいのか? 明確な意思をもって自分を攻撃してきた相手にそれをやめてくれと頼んだところで、はい分かりましたとなるわけがない。

「(何か、何か手はないのか……?)」

 志田のギャラクシアンは「全てを聞き出す能力」である。その点に関して例外は絶対にない。彼の能力を前にして、嘘や隠し事は絶対に不可能である。……しかし逆説的な欠点として、対話の中で問いかけた事に対する「返答」だけが、彼が能力によって知ることの出来る全てとなる性質がある。まずは聞かなければ、何も知ることは出来ないのだ。

 だから彼は、必要な答えを探るべく問いかけた。

「君の目的は何なんだ?」

「金曜日を繰り返すことよ」

「なぜ繰り返したいんだ……?」

「そ、それは……」

 毅然としていた花淵が途端にうつむき、初めて答えを言い淀む。しかしそれは彼女の意識ではなく、彼女の深層心理がそうしているのだった。ギャラクシアンはその深層心理から全てを聞き出す。そして嘘や隠し事は絶対に許さない。

 だから花淵は、彼女の深層心理は……相手の反応を探るようにおずおずと口にした。

 彼女の頬は赤らんでいた。

「学校が休みの日は、志田君と会えないから……」

「……………………な、なにィィィィーッ!?!?」

 意外、それは恋慕! だが志田はまんざらでもなかった。

 後日、彼は花淵に告白して、二人は恋人同士となった。それにより金曜日のループは難なく解除される。そしてそれからというものその二人は、土日になると決まってどこかへ、二人一緒に遊びに行くようになったのだった。

 めでたし、めでたし。

 

 完

 



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