中学生棋士はトラウマ
「どうも、タマキンTV、玉木金治です! イェイイェイ!」
俺はいつもの挨拶をしたのち、ネット将棋で対局を始める。
「お相手は勝率8割の6段ですね、よろしくお願いします」
先手番となった俺は飛車先をつく初手2六歩。相手は3四歩と角道を開け、7六歩に4四歩と居飛車対振り飛車の対抗形に進んだ。
「これは振り飛車、ですかねぇ……? それなら伝家の宝刀いっきまっすよ〜」
順調に序盤戦が進み後手は四間に飛車を振り美濃囲いに組み上げる。一方で俺の囲いは珍妙な恰好となっていた。
「7八玉7九金6八銀、タマキン囲いで振り飛車党を捌いていくぅ!」
見た目以上に意外と堅いこの囲いによって、美濃の堅さに慢心した振り飛車党を幾人も屠ってきた。
もっとも、タマキン囲いはオリジナルではないのだが、この世界ではそれを知るのはただ一人俺だけだった。
相手の投了の後、一人感想戦を行い録画を停止する。あとはこれをmiitubeに投稿するだけだ。
「ふぅ……。最近はチャンネル登録者も増えてきたし、俺の時代が近づいてるぜ」
初めは戸惑った。三段リーグを年齢制限で退会した俺は、うわの空で彷徨っていたところをトラックに撥ねられ死んだのだ。それがどうだ、気づけば俺は幼児となっていた。
二度目の人生をどう生きるか。将棋などに関わらず真面目に勉強でもすれば、今度はまっとうな人生を送れるだろうか。そんなことを考えてもみたが、将棋を手放すことはできなかった。
それならばとプロの道に進むことも一瞬考えたがすぐにやめた。
俺にとって奨励会はトラウマそのものだった。いつもあと一歩及ばない。それでもめげずに励み昇級を逃すこと数回、最後のチャンスは中学生に吹き飛ばされた。
もうあんな思いは懲り懲りだった。俺に将棋の才能はない、あるのは前世の知識だけ。
それならばと始めたのがmiitubeだった。毎日廃指しを続け十数年、史上初の将棋系miituberとなり、広告収入だけで食っていくのが今の俺の夢だ。
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鏡州飛馬は今日もとあるサイトをチェックしていた。
『ブゥンブゥンEverywhere, タマキンTV!』
『飛車先不突き矢倉を~、ぶっ壊す!』
その動画の投稿者は、相も変わらずふざけた調子の実況に反して精確な駒運びだった。忽ち攻撃陣を敷き、鮮やかに矢倉を崩壊させていく。
飛車も角も叩き切る大胆な攻めに、先手陣は耐え切れず潰れ形となる。
不思議なことに、一見無理攻めにも思える攻めが、しかし検討してみるとギリギリのところで繋がっているのだ。背後にどれほど膨大な研究が潜んでいるのか…。
このタマキンという男の将棋は間違いなく奨励会で、いやプロでも通用するレベルだ。だが将棋の世界観はまるで違う。この世のものとは思えない、将棋星人が指したと言われたら信じてしまうほど現代将棋の感覚とは離れていた。
「ありがたく使わせてもらいます、タマキン師匠」
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今現在、将棋はそれほど流行しているとは言えない。そんな中、一人miituberとして活動するその男のチャンネルに将棋フリークたちが一人、また一人と集い始める。