BanG Dream! 厳選集   作:蒼星緋咲


原作:BanG Dream!
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pixivにて投稿していたバンドリ作品の転載になります


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お気に入りのひとつです


八月の夜(ろくあす)

「明日香ちゃん。お疲れ様」

 更衣室に入ってきた、水着姿の明日香ちゃんに、スポーツドリンクを渡す。最初は驚いてたけど、ありがとって言って受け取ってくれた。渡したペットボトルの中身がどんどん減るのを見て、奇しくもあの香澄先輩と姉妹なんだなって、そう思える。

 その姿をじっと見ていると、明日香ちゃんからジト目でみられる。さすがにそこまで常識がないわけではないし、何よりそれでおばあちゃんに叱られたことだってあったから。私はそっと更衣室を出て、外で明日香ちゃんを待つ。

 

 ……なんだか、こんなことするのは地元の中学校でバンドを組んでた時以来だなって。半年以上も前のことを、ふと思い出す。羽丘への進学のために、二学期から勉強に打ち込んでたから。それを機に、メンバーで音を合わせることも少なくなって、しまいにはみんなと会うことも少なくなって。

 だから、久しぶりのこの行為に、軽い感動さえ覚えてしまう。そう連想して、ひとりで笑う。

「六花?」

「ひゃっ!」

 そんなことを考えていたら、更衣室から出てきた明日香ちゃんに気付かなくて。急に声をかけられた私は、驚いて変な声を出してしまった。それを見てなのか、隣で明日香ちゃんが笑ってる。正直、穴があったら入りたいくらい、恥ずかしい。

「ふふ。ごめんね、六花。驚かせちゃって」

「ううん、私がぼーっとしてただけだから」

 明日香ちゃんが謝ってきたからそう返すと、やってやったって顔で私を見てた。一杯食わされて、なんだか悔しいから。照れ隠しで、手を引いて歩く。待ってって声が聞こえた気がするけど、耳を貸す余裕なんてなかった。あったとしても、本当に止まってたかはあやしいけれど。

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、六花」

 私の好きなところって、どこ? 交差点で信号待ちをしている最中。車の音でかき消えるか消えないかくらいの声で、明日香ちゃんが尋ねてくる。その質問は自虐気味に放たれて。でも、少しだけ期待の声色も混ざってて。

 あこちゃんたちと話してると、無邪気に笑うところ。今みたいに、一緒に帰ってると、キュッて口角が上がるところ。羽丘に入学して、最初の友達になってくれたこと。香澄さんの妹として、でなくても。明日香ちゃんの好きなところなんて、数えきれないくらいある。

 照れながら、好きなところを挙げていく。キミは笑いながら「合格」って言ってくれた。なにが合格なんだろう。明日香ちゃんの考えることは、ときどきよくわからない。一体、キミは何を見ているのかな。私の知らない世界を見ているキミが、少しだけ羨ましい。

 

 夏真っただ中のこの時期は、日が沈んで、お星さまの時間になっても暑くて。それは岐阜にいた頃と変わらない。あの頃に友達と、他愛のない話をしながら歩いたことも、今では思い出になってる。

 ただ、ひとつだけ違うのは、この町の明るさ。やっぱり、夜の人工灯の明るさには、まだ慣れない。

 ふわっと、風が吹きつける。それは、今の私たちの距離を表しているようにも見えて。そんな微妙な風と、夜なのに陽炎が昇る蒸し暑さに耐えられなくて。私は、目の前に見えた看板を指さした。なんだかんだ言って、遅い時間にコンビニに入るのも初めてかもしれない。明日香ちゃんは、やれやれといった表情で、でも少しだけ微笑んで、頷いてくれた。

 

 

 

 じめっとしてるのに、雨は降らない。なかなかカラッとしない、もどかしい天気。天気は心の鏡とは、よく言ったものかもしれない。現に、私の心も、明日香ちゃんに向けているこの感情も、この天気みたいにもどかしくて。岐阜にいたころには感じることさえなかった、この街での空気と心境。それに気付かずに、隣でガードレールに腰掛けながらアイスを食べているキミ。

 こんな私だから、なんだかいてもたってもいられなくて。解決策なんて見当たらないのに、立ち上がりながら明日香ちゃんに向き合う。この感情を伝えるだけなのに、なかなか口には出せない。さらさらと、時間だけが流れている。

「……どうしたの? 六花」

 そう、キミから問いかけてくれたのに、返す言葉なんて見つけられない。どうにか伝えようとしても、なかなか伝わらない、この心。こんなの、全然ロックじゃない。

「何か変だよ、六花。ずっとそわそわしてるし。アイス、落としてるよ」

 この、微妙な距離に、私は酔ってるのかもしれない。漂っている、生暖かい空気。だから、落としたことには気付かなかった。

 経験したことなんてないのに、なんだか懐かしいような。岐阜で、バンドのみんなと同じようなことをした記憶がよみがえってくる。忘れていた、懐かしい記憶。結局、もう会えないからって忘れちゃったんだっけ。

「ほんとだ。えへへ」

 変、なのかもしれない。大した時間なんて立ってないはずなのに、こんな風に記憶を冷凍していたから。じゃあ、なんで溶けだしたんだろう。

「明日も、また一緒に帰ろう? 明日香ちゃん」

 必死に考えて出てきた、また会える理由。明日も、もしかしたら明後日、明々後日って、続くかもしれない、でも続かないかもそれない、そんな儚い約束だけど。それでも、ずっと探していた、また会える理由。

「なんだ、そんなこと。いつもいつもしてるじゃん」

 変な六花。そう、最後に付け加えてきた。溶けだした記憶の、その奥にあったもの。その記憶はゆっくりと、今の記憶に塗り替えられていった。まだまだ始まったばかりの、東京でのこの生活と……明日香ちゃんに。

 

 

 


 

 

 

 

 キミの好きなところ。香澄さんのことを話してると、どこか誇らしげなところ。あこちゃんの話を聞いてるときとか、たまに無邪気な笑顔を見せるところ。私やあこちゃんが鼻歌とかしてるときに、合わせてくれるところ。そして……

 

 今、こうやって一緒にいてくれて、一緒に笑ってくれてるところ。

 

 地元の岐阜の夜は、とっても暗くてお化け屋敷みたいだったけど、都会の夜はなんだか迷路みたい。いたるところで看板が「こっちにおいで」って手招きしてるみたいで、どれも目移りしてしまいそう。

 そんな私を気にも留めずに、明日香ちゃんは進んでいく。それでも少しは気遣ってくれてるみたいで、心なしか歩く速さが少し遅い。

 ありがとって、心の中でつぶやく。本当は声に出して伝えないといけないんだけど、車の音でかき消えそうだし、何より恥ずかしい。

 

 はっと我に返って、顔を前に向ける。思っていた以上に明日香ちゃんとの距離が開いてしまっていた。急いで距離を縮めて、彼女の手を握る。

 不意打ちを受けたキミは、少し焦ってたけど、いつもとあまり変わってない。本当に、少したじろいで、それだけ。でも、それがなんだか愛しかった。

 キミはちらっと手元を見て、視線を前に戻す。小さなため息を、私は聞き逃さなかったけど、これは気づかないふり。それでも、口角は上に上がってるし、いやそうな顔なんてしてない。キミの考えていることは、時々難しい。

 

 夏もそろそろ終わりで、この蒸し暑さから解放されるのは嬉しいんだけど、季節の分かれ目はやっぱり寂しさのほうが勝ってしまう。花火を見るためにちょっと遠くまで来たのはいいけど、人はやっぱり多くて相変わらず溺れそうになる。人混みに溺れるっていう表現はおかしい気もするけど、実際に前にそうなりかけたし。だから、はぐれないように。キミの袖をぎゅっと握りしめる。

「大丈夫?」

 キミからの問いかけに、小さく頷く。やっぱり、GALAXYでバイトしてても、人混みは苦手。銭湯もだけど、人が多いときはあまり入りたくない。

「そんなところじゃなくて、手、繋ご?」

 そう言って差し出されたキミの手を、私は掴みかける。その時の影は、なんだか香澄先輩に似ていた。やっぱり、姉妹なんだなって思う。それを感じた瞬間、なんだか気恥ずかしくなって、頬に熱が集まるのを感じる。

 なんだか、かっこいい。明日香ちゃんの手が、急に遠く感じてしまった。私は、キミの指先をそっと握るのが精一杯だった。もう、そのひと言を挟んで握りなおされて、頬が火照っていく。とても恥ずかしいというか、恐れ多い。なんだか、自分でも意味が分からなくなってきたけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なんとか、花火がきれいに見えるところまでこれた。東京のこういう場所っていうのは初めてだったし、何より土地勘が乏しかったのもあって、幾分か迷ってしまったけど。

 少しでもリードしてあげようって思って、慣れない土地でから回りして。都会に出ること自体初めてなのに、こんなことして恥ずかしかった。素直に明日香ちゃんに頼ればよかったって、今更悔やんでみる。そんなことしたって、もうどうにもならないのに。

 それでも、どうにかここにはこれたから、私的には結果オーライ。ため息とか、苦笑いとかしながらも、ここまで付いてきてくれた明日香ちゃんにも感謝してる。「こういうとこ、お姉ちゃんみたい」って言われたときは、流石に焦ったけど。

 

 着いたころにはもう花火は上がってて、ちょっと損してしまった。迷ってなければって、自分を責める。初めての場所だからっていうのは、ただの言い訳だから。でも、怪我の功名ていうのかな。たどり着いたここは穴場みたいで、他に人気はしなかった。歩き疲れたから地面に腰を下ろすと、その隣にキミも腰掛けてくれる。

「ありがとう」

 花火にかき消えそうな声で、そう呟いて。どういたしまして、って返す。こんな場所で花火か、こんなにきれいに、こんなに近くに見えるのが、まるで夢を見ているくらい現実だとは思えなくて。でも、この胸のどきどきが、良くも悪くも夢じゃないって教えてくれてる。どうにか抑えているこのどきどきの理由は、もうわかっている。『好き』単純で短いけど、複雑で難しい、この感情。香澄先輩たちポピパさんに抱いた好きとはまた違う、好き。

 隣のキミの横顔は、とってもキラキラしていて。ついつい見惚れてしまうほど、綺麗で。こんな時間がずっと続いてくれればいいのにって、思ってしまう。永遠なんてないって、わかってるのに。こんなこと、今までで一度も経験なんてしたことなかったから、余計に戸惑ってしまう。こんなの、キミにだけは気付かれたくない。ロックの欠片もない、今の私なんて。

 そんな私なんて見向きもせずに、キミは花火に見惚れている。それが、今はありがたかった。夏の終わりの、この花咲川下流の花火大会。この花火が打ちあがり終わったら、また会えるかはわからないから。1秒でも長く、この空気に酔っていたい私が、花火を手に収めようと腕を伸ばす。頑張って伸ばしたところで、その距離は遠すぎて掴めないけど、手の中にその花は収まった、気がした。

「何やってるの」

「えへへ……花火、掴めるかなって」

「六花、やっぱりお姉ちゃんみたい」

 そう、はにかみながら、キミは言ってくる。その表情は多分、誰よりも輝いていて。そっくりそのまま、その言葉を返したいくらいに。

 2人並んで、大きな音のなるほうに向きなおす。その大きな花は、さっきより少し高いところに上がってるように見えた。ずっと地面に座っていたから、お尻が痛くなってくる。あたりを見回すと、ちょうどいい縁側があったから、そこに明日香ちゃんを誘って座る。どうやら、神社の裏に出てきちゃったみたい。どうしてここに人気がしないのか、少しだけ疑問に思った。

 明日香ちゃんが座ってから、さっきよりもちょっとだけ、距離を詰めて座る。キミはびっくりしていたけど、よけられなかったから一安心。えへへって笑ってみると、キミはわざとらしくため息をつく。なんだか、ライブ前後によくみる香澄先輩と有咲先輩みたいって、やっぱり笑ってしまう。

 夏のせいなのかな、花火のせいかな。それとも、キミとの距離が少しだけ近いせい? 体温の高まりを感じる。もう1歩、あと1ミリだけ。キミに近付きたい。そんな思いが、私の中に漂っている。

 

 

 

 


 

 

 

 

 さらさらとなびく、キミの髪。今日はたぶん、いつも以上に頑張った。最後の花火が打ち上ってからしばらく、花火の余韻に浸りながら思う。花火が上がり終わった直後。空は、星が隠れてしまっている。それは、花火の明るさからなのか、それとも火薬のせいなのかはわからないけれど。いずれにしても、華やかだった空が、星も見えない静かな空になってしまうのは、寂しい。

「綺麗だったね。六花」

 煙も引いてきたころに、キミは呟く。いつもよりも距離が近いせいか、その声はよく聞こえた。

「ほーやて。ほんでも、終わっとってちょいとたるいかも……」

 興奮冷めやらぬうちに、そう返事をする。そのまま明日香ちゃんの方を向くと、まるで頭の上にはてなマークが乗ってるような顔。……しまった、やってしまった。

「うぅ……ごめんね、明日香ちゃん」

 力なく笑いながら謝ると、思ったよりも明日香ちゃんは気にしてなかったみたいで、ひと安心。思わず、抱きついてしまった。『大好きが止まらない』って、こういうことだったのかもって、心の中で感じる。その時に、そっと。私の唇を、キミの頬に。

「ちょ、六花?!」

 その直後に、キミに引きはがされて。「どうしたの?」って聞いてみても、顔をそむけてしまう。そんなキミの姿を見て、なんだか勝った気分になる私がいて。それでも、私も恥ずかしくなって。今更だけど、まだ人通りの少ないところでよかったって思ってしまう。誰かの前でやるのは、やっぱりすごく、恥ずかしいから。

 

 

 

 


 

 

 

 

 八月の夜。夏も終わりだっていうのに、まだまだ蒸し暑い。天気だけじゃなくて、人だかりもあるから、余計に。

 かなり時間を空けて帰っているつもりなのに、どうしてこんなにも人が多いんだろう。つくづく、花火にこんな魅力なんてあるわけないのにって、思ってしまっていた。花咲川の花火大会にすら、私は行ったことがなかったから。誰かと見る、なんてことも当然。

 お姉ちゃんはともかくとして、やっぱり花火大会の魅力なんてわからなかったし、わかることもないとまで思っていたから。

 でも、何かの縁なのかな。六花に出会ってから、あこと六花と話すようになってから。何もかもが変わってきた。そんな気がする。ううん、これは気のせいじゃない。なし崩し的とはいえ、ここに来て、なんだかんだ楽しかったし。

 

 そっと、右の頬をさする。ここに、さっき六花の唇が触れたんだよね……。やっぱり、思い返せば返すほど恥ずかしい。六花にドキッとさせられたのは、文化祭以来かもしれない。

 そういえば、前にもお姉ちゃんにされてたなって、これまた思い出したくないことを思い出す。右だったか左だったかは、忘れちゃったけど。

 お姉ちゃんも六花も、不意打ちで来るから、ずるい。

「はぁ……」

 小さく、ため息をこぼす。昔から放っておけなかったお姉ちゃんに加えて、六花にあこと。身の回りに危なっかしい人が増えてきた。当の本人は、まるで自覚なんてないんだろうけど。それでも、そんな人といると、いつも通りのものが、少しだけ輝いて見えてくる。

 ……たぶん、これはきっと、気のせいなんかじゃない。花火大会なんて興味すらなかったのに、帰りがけには「また来年も来たい」って思わせるなんて。今度は、六花には内緒でお姉ちゃんたちも誘おうかな、なんて。

 誰かと見る花火は、ひとりで眺めるよりも、何倍もきれい。だから、あんなに人気なんだなって、納得のいく体験だった。でも、人混みはあまり好きじゃないから、もう行かなくてもいいかも。あわあわしてる六花を見ているのは面白いけど。

「明日香ちゃーん!!」

 悶々とそんなことを考えていると、いつの間にか先に行っていた六花に呼ばれる。どうやら、当の本人はそんなことはどうでもいいらしい。やっぱり、どことなく六花はお姉ちゃんと似てる。

 きっと、六花もお姉ちゃんみたいに、誰かを変えていくんだろうな。そんな六花が、少し眩しくて、羨ましい。

「今行くよー」

 そう返事をして、小走りで向かう。右手に持った溶けかけのアイスを、落とさないように。どんなに輝いて見えても、今だけはその輝きは私だけのものだから。

 今の私は、君にはどう見えているのかな。足は簡単に追いつけても、心はそう簡単には並べない。どうしてかな。お姉ちゃんと、六花。どうしても、この2人が重なって見えてしまう。このままじゃ、六花も私から離れていきそうで、なんだか寂しい。それに、親しい人の知らない面があるのは、悔しいし。

「明日香ちゃん?」

「へ?」

「大丈夫? なんか難しい顔してたけど」

 やっぱり、その本人はそんなことなんて気にせずに突き進む。こうなったら、私じゃどうにもならないことが、なんだか悔しい。周りはまだ騒がしいはずなのに、私と六花の間には、なんの音もない。そう感じているのは、私だけかもしれないけど。

 一度遠くに離れたら、また会える理由なんて見つからない。だから、それ以上離れないように、距離が開かないようにしなきゃいけない。そんなの、私にはできない。だから──

「六花、ずっと、友達でいてくれる?」

 静かに、震える手で掴みながら。顔色を伺うと、六花は笑っていて。

「びっくりした。そんなことだったんだ」

「そんなことって。もう」

 なんだかんだ、恥ずかしかったのに。そんなことって流されたのが、気に食わない。

「もちろん、明日香ちゃんはずっと友達だよ。もちろん、あこちゃんも!」

「……そっか」

 予想はしていたけど、やっぱり伝わってない。小さくため息をこぼすけど、六花には届いてない。このにぶちんめ。でも、みんなといる時間が楽しいのも、事実だから。

 

 いつ、会えなくなるか。いつ、この距離が離れるのかなんてわからないけど。でも、明日は、明後日は。きっとまた、一緒にいられるから。

 また会える理由が、隣を歩ける理由が、見つかった。今なら、さっき見た花火に免じて、この感情が溢れ出すのは許されるかな。

 そっと、六花の手を取る。しばらくは、その背中を、横顔を。見失わないように。

 


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