悲鳴が聞こえる。
救えども救えども、人の悲しみは聞こえてくる。隣を走る彼女が慰めと鼓舞の言葉を投げかけながら、救助をしていくが、僕達で救える数などたかが知れている。
――緑谷たちは、無事だろうか。
この、地区一帯を火の海に陥れ、絶望の渦に巻き込んだ敵を打倒しにいった彼らの安否が気になる。かつて、雄英高校の生徒としてともにヒーローとなり、その後も協力しながら活動している仲間たち。
僕と、隣に居る彼女――耳郎響香――は先日結婚することが決まった婚約者だ。まだ式こそ挙げていないが、それでも幸せの絶頂期だった矢先にこんな凄惨な事件が起こり、仲間たちは僕達二人を敵の打倒から外してくれた。最も危険である現場から離れての救助活動を割り当ててくれた。
そんな彼らに感謝する自分がいると同時に、今にも飛び出していきそうな僕もいる。
「……私、やっぱり行くべきだと思う」
唐突に、彼女が立ち止まる。それにつられて僕も足をとめた。
不意の言葉に、思わず彼女の目を見る。彼女がたまに気にする三白眼には、熱いくらいの覚悟が滾っていた。彼女も迷っていたのだろう。悩んで、葛藤していたのだ。
空を見上げると、火の粉が舞って、目を乾かせる。延焼し続ける街では、移動も困難だ。
「……分かった」
だけど、僕は違う。
僕の能力は『クモ』。蜘蛛のような糸を手首から射出することができるし、壁にも張り付いたりできる。なにより、身体能力は常人のソレを数倍するモノがある。
転じて彼女の個性は移動には向かないものだった。それこそ、緊急時は僕が先行し、後に彼女が合流する形が多かった。
「僕に捕まって。片手でしか支えられないから、ちゃんとくっついてて」
頷いた彼女が僕の首に手を回す。彼女の腰に手を回して、落とさないように力を込める。んっ、と彼女から声が漏れたが、我慢してもらう他ない。
「じゃあ、行くよ。特急スパイダー号は、法定速度度外視だから目を瞑ってた方がいいよ」
「分かってるよ、もう目を回したくないから」
ジョークを交えると、彼女は少し口角を上げて答える。既に見慣れた筈の顔に、なぜだか強く惹かれる。
――勝たないといけない。響香を守るんだ。
僕は糸を射出して、空へと身を投じた。
「ぁぁあああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!!!!」
――腕の中には、目を閉じたまま目を覚まさない彼女の姿があった。
とめどなく溢れる涙が視界をぼやけさせる。どれだけ視界はぼやけても、彼女の体の冷たさだけは腕が確かに感じ取っている。周りには、既に事切れたヒーローたちが山となっている。
もちろん、その中には友人でヒーロー仲間だった彼らの亡骸も混じっている。
「やぁ、最後のヒーロー。元気かい?」
嘲り混じりに近寄ってくる男は、この場に相応しくない程小奇麗であった。白いスーツに革靴、華美なサングラス越しの視線は酷く冷たい。
「私はね、とっても元気さ。なんせ、大っ嫌いなヒーローどもがこうして大勢死んでいるんだからねッ」
光速となった彼が僕を蹴り飛ばす。スパイダーセンスも、反応したと同時に攻撃が来ては回避は間に合わない。瓦礫にツッコんだ僕の体から、骨が折れる音がした。
「光になる個性……」
字面だけ見れば何とも輝かしいものである。だが、その正体はただの絶望。光明はささない。暗闇が未来に広がっている。
間もなく、僕も同じように殺されるだろう。僕よりも優秀で、屈強なヒーローの多くが相手にならなかったのだ。それこそ、かつての平和の象徴――オールマイト――からその役目を受け継ぎ、名実ともにその役割をこなしていた緑谷ですら、既に息絶えている。
(あぁ……、もうダメだ)
心の折れる音がした。
婚約したあの日、お互いを守ることを誓い、そして人々を救うことを目標とした愛する人。彼女を失い、友人を失い、そして、絶望はいまだ目の前に。
――諦めていいのか?
それで彼女を愛していたと、誓い破った僕はのたまうのだろうか。あの世で? 天国なんてものがあるのなら、僕はきっと彼女に愛想をつかされてしまうかもしれない。いや、彼女のことだから、溜息を吐きながら「仕方ないなぁ」とでも言いながら慰めてくれるだろう。彼女の優しさと懐の広さはよく知っている。いつもギリギリで、ジョークで余裕を演じている僕のことを、彼女はいつも見守ってくれていた。ただ、寄り添ってくれた。
なら、
「僕は」
そう、この場でヒーローはただ一人。敵を残して逝けはしない。この後、悲しみに巻き込まれる人を減らさないとならない。
だから、
「――諦めない」
僕は、敵に向かって走った。周囲の瓦礫を糸で牽引して投げながら、周囲に糸を張り巡らす。光はあちらこちらへと駆けている。遊んでいるのだろう。敵の個性なら僕をすぐに頃殺せる筈だ。
(それを、後悔させてやる)
僕は瓦礫とともに突っ込む。張り巡らした蜘蛛の糸は、正に蜘蛛の巣といった様相だ。糸の張力を利用して、複雑な方向転換を入れながら近づいていく。
「お前の個性には、欠点が三つある……」
「欠点……? くくっ、それがどうしたというんですか。たとえ私に欠点があったとしても、光速についてこれないならば意味はありません」
こいつの個性には疑問があった。光になる能力ならば、声や耳、視界はどのような原理で有効になっていて、こちらへ届いているのか。個性は非常識だが、絶対的に肉体という檻からは抜け出せないという普遍性もある。ならば、こいつにもそういった兆候は必ずある。
「一つ、お前は直線的にしか移動できない」
おそらく、こいつの感覚自体は常人か、それより少し上程度でしかない。光速を捉えることが不可能なのは、相手とて同じなのだろう。それでも、決まった場所へと光速移動がなされているのは、きっと鍛錬の結果なのだと考えられる。
ならば、直線的な移動を見越して、その先に攻撃を置いておけばいい。しかし、
「そう言いますが、先ほどから一度も私は傷ついていませんよ?」
言うのは易くとも、行うのは至難だ。故に、牽制としてしか、この欠点は利用できない。だが、それで十分だ。
「二つ、お前は物理的にこちらに干渉する際、かならず光から戻る」
考えてみれば当然のことなのだ。光では、想像を絶する熱量をもったそれでない限り、人体への殺傷能力はもちえない。だから、これが鍵となる。
僕は蜘蛛の巣を縦横無尽に飛び回る。決して直線にはならないように。そして、瓦礫で行動を制限していく。そうすれば必然ととれる行動は決まっていき――
「そら、鬼ごっこは終わりだ」
空中へと逃れた光が実体化するのを狙って飛びつく。敵の首に腕を回し、顔を片手で覆い、骨を折ろうと力をこめる。
「っ!」
だが、目論見ははずれ、光となって逃げられてしまった。乱れたスーツを戻しながら、光から戻った男はこちらを睨む。
「今のがあなたの作戦ですか? くくっ、だとしたら惜しかったですが、残念。首を折るには数瞬足りなかったですね」
余裕を崩さないその姿を、じっと見つめる。……大丈夫、繋がってる。
僕はおもむろに腕を掲げる。
「何を……――っ!?」
そして、目いっぱい引くと、敵の付けていたサングラスが外れ、瓦礫と共に粉々になった。
あの一瞬の接触の時の目的は二つあった。一つはもちろん、頸椎を折ることだったが、光になられてしまえばこちらの目論見は失敗する。だから、次善の策として、サングラスに糸をつけておいた。だから、その糸を引っ張るとサングラスは外れた。
「お前が光になって動く時、その軌道と動きを見ていて気付いたことがある」
僕が瓦礫を投げていたとき、光ならば当たることを気にせずに光になっていればいいハズなのだ。だというのに、そうはせずに回避していた。回避した、ということは当たる危険があった、ということだ。つまり、
「三つ、お前は全身を光に変換することは不可能で、必ず一部分の実体化している」
個性という特性上、残った肉体も光も同じ肉体として扱われるがゆえに、実体を持つ部分も移動していたのだろう。そして、
「お前は、必ず顔の方から全身へと実体化していた」
ならば、導き出されるのは実体としてい残っている一部分からの肉体の再構成。
「お前、サングラスないけど、光になれる?」
これは、賭けだ。
ただ一つ、残された蜘蛛の糸にぶら下がっているだけで、いつ切れてしまうのかは分からない。残す実体が顔――推測では脳や目だと考えられる――でなくともよいのならば、僕は、きっと
これから見当違いのことをする。
だけど、もし……。
僕の仮説が当てはまるのならば……。
――瞬間、光が走ったと近くすると、僕の胸には腕が突き刺さっていた。
目の前では、血で濡れた白いスーツがいやに映えている。
「はっはっはっはっ!! そうだよ、私は目だけは残さないといけなくてねぇ! 目で見た先に光速で移動する個性の性質上仕方ないんだけど、まさか、サングラスなんてものが戦闘の鍵を握るなんて……。くくく、考えても実行しようとはしないだろう、普通。はぁ、やられたよ、正に藁にもすがる思いだったんだろうけど、そんなものに一杯食わされるなんて、ねぇ!」
僕を貫く腕が乱暴に引き抜かれる。倒れて、見上げると、目が光でやられたのだろう、焦点の合わない目で何処かを見ながら、高笑いする男の姿があった。
「でも、これで終わりさ。君の肺を潰れた。重要な血管はぐちゃぐちゃで、もう長くはないだろう。まさか、最後にここまでやられるなんて……。窮鼠猫を噛むとはこのことだね。別の街では遊ばず「――よっ、つ、」……は?」
勝利を確信したからか、饒舌になっている所に申し訳ないが、そういえば、四つ目を言い忘れていたんだった。
「ゆ、だん、が……多い、ね」
直後、巨大な瓦礫を降り注ぎ、男の肉体を潰した。巨大な岩は、投げていた瓦礫の内の一つ。あらかじめ投げていたものだ。
それまで、高らかに響いていた嘲笑が嘘だったかのように消え失せ、辺りは物が燃え上がり、爆発するような音のみ。未だに街は燃えているが、元凶は既に瓦礫の下。直に消防隊が現れて消火作業が行われていくだろう。救えない人も、いるだろう。今苦しんでいる人もいるだろう。だけど、とりあえず、これ以上悲しみは増えない。
「さ、すが、は、スパイダー、マン、って、ね。だろう?――」
――響香
隣を見ると、彼女の姿があった。彼女が気にする三白眼も、瞼の裏で見ることはできない。
僕と同様に胸を貫かれている、どうやら僕も助かりそうにないみたいだ。お揃いだね、なんて言ったら、きっと「不謹慎だ」って言って君は僕を睨むんだろうなぁ。僕のジョークが不謹慎なことを彼女はあまり好んでいなかったみたいだしね。
震える腕を伸ばして、彼女の頬をなでる。相変わらず冷たいままの筈なのだが、なぜだかそう感じられない。僕の体温が彼女と近くなっていっているからだろう。彼女を近く感じて、彼女と一緒にいるような気がして、僕は少し嬉しかった。でも、彼女の顔を見ていると、思う。
――これからあった筈の未来
僕達は夫婦となれるはずだった。
僕達は一緒に笑い合う筈だった。
僕達は喧嘩になることもある筈だった。
僕達に子供ができたかもしれなかった。
僕達は家族になる筈だった。
僕達はもっと愛し合うことを誓っていた。
僕達はもっと――
――僕はもっと、一緒に生きていたかった。
(響香、ごめんな。ほんとに、ごめん……)
だんだんと意識が薄れていく中、彼女の亡骸を見続けていた。
(願うなら……また、君と出会いたい。今度こそ守るから――)
僕の意識は、そこで途絶えた。
――喧噪が聞こえる。
子供の声だ。中高生くらいだろうか。ソワソワしているようで、声には喜色が混じっているのが分かる。
「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の製作者方に申し訳ないと思わないか!?」
そんな中でも、諍いはあるようだ。どこか、少し外れたことを言っているようにも思えるが、聞く限り、真面目な生徒が不良を注意しているのだろう。
「思わねーよ! てめー、どこ中だよ端役が!!」
不良も不良で、かなり極まっているようだ。端役って、すごい言葉使うね……。
「ボ……俺は私立聡明中学出身、飯田天哉だ」
どうやら、真面目な生徒は飯田天哉というらしい。
……ん? 飯田、天哉……?
急速に意識が浮上していく。今までの意識の沈みが嘘だったかのように、思考も澄み渡っていく。
まてまて、飯田? しかも天哉? あいつは、確かにあの現場で死んでいた筈。というか、なんかこの会話聞いたことあるぞっ? 雄英の入学初日の時にこんな会話してなかったかあいつら?
ガバッと、起き上がり、目を開けると、眩しいばかりの蛍光灯が目を焼く。すわっ、敵かっ! と少し身構えてしまうのも、さっきまで光の個性の敵と戦っていたからだ。気付くと、周りは急に静かになっていて、皆が僕に注目していた。
どうやら、今まで机に突っ伏していたというのに、いきなり立ち上がったから目立ってしまったようだ。訝し気な視線が四方八方から向けられている。
だけど、僕にそんなことを気にしている余裕はなかった。
緑谷、爆轟、轟、麗日、飯田、他にも見たことがあり過ぎる顔ぶれがそこにはあった。しかも、驚くことに、皆若い。というか、僕の視点もいつもより低い。
僕が混乱していると、後ろから声がする。
「ねえ、ちょっとアンタ、大丈夫……?」
心の底から心配するような声音。そして、心の底から僕が待ち望んでいた声。後ろを振り向くと、そこには――
「ぁ……」
――耳郎響香がいた。
愛しい。謝りたい。感謝したい。好きだといいたい。抱きしめたい。抱きしめられたい。温もりを感じたい。見つめ合いたい。
色々な感情が錯綜し、乱れ、破裂し、増幅し続ける。そして、
「好きだ……」
僕は再度、意識を手放した。
残されたA組の皆は、きっと混乱しただろうなぁ……。
読んでくれてありがとうございます。一応タイトル回収はしたので、続きは書くか分からないです、申し訳ないです。