綿々六花、深深と   作:しろん

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霊術指導 Ⅰ

 

 

 

 

 

「さっむ……。東の神子がもう少し頑張ってくれれば良いんですが、まぁ良しとしましょう。人柱ですしね」

 時間が進むにつれて強くなる雪風に文句を言いながらも、煙草を吸うことは止めないヤニカスメイド。彼女の内に喫煙マナーなどは存在しておらず、煙草を吸っては吸い殻を通り道に吐き捨てる。そしてまた煙草を吸い出す。きっと彼女の肺は有害物質で真っ黒になっていることだろう。

 こんな女が、吸血鬼を狩るお殺戮(はらい)担当のシスターなのだから教会は何を考えて居るのか全く分からない。マナーなど糞食らえと言わんばかりの振る舞いの彼女でも、腕は立つということか。

 現在、シトリーは誰も出歩いていない街中を散策している。目的はのんびりお散歩、ではない。この街で悪事を働いた吸血鬼を見付けたり、可能ならばお殺戮(はらい)するためだ。

 

「……さて。分かりやすい痕跡は無し、と。血の乾き具合からして犯行からそんなに時間は経っていない筈なんですけどね」

 

 犯人を見付けるための手懸かりは全くの零。雪に残っていそうな足跡も、見当たらない。彼女の言った事が正しいのなら、吸血鬼は空を飛んで移動したことになる。であれば、もう犯人はとっくにこの街から出ていって次の獲物を求めて他の街へと向かっている頃合いだ。捕らえるのは、不可能そうだ。

 煙草を咥えたメイドが、歩くのを止めた。そしてその場で両腕を広げくるりと回転。向いている方向を百八十度変えて、来た道を戻り始める。これ以上街を見回っても無駄だと判断したのか、それとも寒いから捜査を打ち切りたくなったのか。どちらにしても、今の彼女にやる気は微塵も感じられない。

 

「はーーぁ。やってられませんよ全く。こっちは久しぶりの休暇だから湯治でもしようかと思ってたのに……」

 

 すっかりやる気を失っているシトリーは、肩を落としながらとぼとぼと歩く。誰も起きていない夜中に、無防備な少女が一人。それは血を求める化け物からしたら、絶好のチャンスかもしれない。

 三角形の建物の上を飛び回る黒い影がある。動きは俊敏で、とても人間の身体能力とは思えない。どうやら今回の事件の犯人は、尖った屋根の上を移動することで地面に足跡を残さなかったようだ。その化け物は、真っ直ぐメイドの背中に飛び掛かり、そして。

 

「ーーーっ!!? がぼぼっ!!?」

 

 溺れた。

 無防備な少女の背中に触れるその寸前、音もなく現れた大きな水球に包み込まれてしまったからだ。これはイースレイがやっていた影を操る力とは、また別のものなのだろう。

 如何に人間を惨殺する身体能力を持っていたとしても、相手が水なら相手が悪い。変幻自在の液体を叩いたところで、少し水飛沫が上がるだけだ。

 

「馬鹿で助かりましたよ吸血鬼。わたしはどうにも感知の類いが苦手でして。わざわざこうして出向いてくれるなら、手間が省けます」

 

 つまりこのメイドは、わざと諦めたフリをしていたらしい。先程の発言も、どこまでが本当でどこまでが嘘なのやら。降り積もる雪で真っ白に染まった通り道に浮かぶ水球は、よく見ると端の方から凍り出している。このままだと、水の中の吸血鬼は氷の飾り物になってしまうかもしれない。道の真ん中にそんなものが出来ても、邪魔になるだけなのだが。

 凍り始めた水球の中では、細身の男性がもがいている。如何にもひ弱そうな体つきをしているが、空気を吐き出す口の中には鋭く尖った牙が見えるし、瞳は血のように紅い。

 

「幾つか聞かせて貰いますが、最近は終焉信仰が流行っているようですね。先導しているのは誰です?」

「ごぼっ、ごぼぼぼっっ!!」

「それから、先程この街で人を殺したのは貴方ですね?」

「がぼぼぼぼっっ!!? ごばぁっっ!!?」

 

 水の中の居る溺れかけの吸血鬼に何を聞いたところで、答えなど返ってこない。もがき苦しむこの男は、いずれ意識を失うだろうし命も落とすだろう。それより先にこの水球が氷塊になるかもしれない。何にせよ、この状況じゃ尋問しても何も分からない。その事実に、このメイドは気付いているのだろうか。

 

「答える気になったら教えて下さい。それまで煙草でも吸ってるんで」

 

 新しい煙草を咥え出したメイドは、直ぐ側にある建物に背を預けて両手を組む。足まで交差させて、暫くその場から動くつもりはないようだ。まるで吸血鬼のように紅い瞳は、水の中でもがき苦しむ犯人を呆然と眺めている。少し口の端が吊り上がっているのは、苦しむ命を見て愉悦に浸っているからだろう。何とも悪趣味な女だ。

 

「がぼっ! ごぼ……、ぉ……」

 

 水の中の吸血鬼が藻掻かなくなってきた。肺の中の空気が尽きたのだろう。指一本すら動かなくなり、ただ水球の中に漂っている。しかしそれを見てもシトリーは煙草を吸うばかりで動こうとしない。これ以上放っておけば、この吸血鬼から何も情報を引き出せない。なのに彼女は、何もしないのだ。

 

「死んだフリは結構ですよ。血を吸ったばかりの吸血鬼が、そんな簡単にくたばりますか」

「……!!」

 

 動かなくなった筈の吸血鬼が、目を見開く。次の瞬間、宙に浮かぶ凍りかけの水球が勢い良く爆ぜた。四方八方に水が散らばり、雪を溶かしていく。こんな真似が出来るのなら、さっさとこうした方が良かっただろうに。

 ずぶ濡れになった吸血鬼は地面に着地すると、濡れた前髪を掻き上げる。赤い目が、平然と一服しているメイドをきつく睨んだ。

 

「……このアマ。なんて真似しやがる!」

「吸血鬼相手に情けをかける馬鹿は居ませんよ。それとも優しくされたかったんですか? 随分と情けない殿方ですね」

「調子に乗るなよ水使い! お前程度の術なんて、俺の炎で一発だ!!」

 

 売り言葉に、買い言葉。頭に血が上った吸血鬼は右腕を大きく上げ、巨大な炎球を宙に発生させた。これこそがこの化け物の力なのだろう。彼は炎を自在に操ることが出来るらしい。この化け物の言っていることが正しいのなら、シトリーでは太刀打ち出来ないらしい。

 確かに強すぎる炎は、水を蒸発させるだろう。だが如何に炎が強くとも、その勢いを上回る量の水をかけられたら消えてしまう。水の弱点は炎かもしれないが、その炎も水が弱点と言える。

 

「残念ながら、全ての水はわたしの支配下です。その意味が分かりますか?」

「ああ゛っ!?」

「わざわざ水を作ってくれてありがとうございます。血を吸い過ぎて、頭が回らないようですね」

 

 気が付けば、周囲が濡れている。建物も地面もびしょ濡れだ。理由は単純。宙に発生させた炎が、その熱で周囲の雪を溶かしてしまっているからだ。更に、空から落ちてくる雪さえも溶けてしまっている。

 つまりこの吸血鬼は自分の力を見せびらかす程に、自分が不利となっていくのだ。何も考えずに火力を上げるのは、止めておいた方が良かっただろう。

 

「では力比べと行きましょうか。もちろん加減はしてあげますので、精々足掻いてくださいね?」

 

 煙草を吐き捨てて、シトリーは人差し指を立てる。すると、音もなく宙に現れたのは巨大な水球。先程吸血鬼を溺れさせていたものとは、比較にならない程に大きい。下手をすると、この街全体を水没させてしまうのではないかと思うぐらいに巨大だ。巨大過ぎる。この水と比べたら、吸血鬼が出した火球と来たらなんとちっぽけであることか。

 

「い、いや……ちょっ、まっ……」

 

 流石にこれはマズいと思ったようで、吸血鬼は青ざめた。そんな怯えた化け物を見て、メイドは楽しそうに笑うのみ。

 

「待ちません。はい、どーーん♪」

「おぁああああっっっ!!?」

 

 街ひとつ飲み込みそうな水球が、落下を始める。吸血鬼は慌てて幾つもの火を産み出しては落ちてくる水にぶつけていくのだが、全くの無駄である。水に触れた途端、火は音を立てて消える。

 

「まてまてまてっ!? 街も沈むぞ!!?」

「ご安心を。死体になった貴方が街の外まで流されるだけですから」

「いやちょっ、まっ、うぎゃああああああっっっ!!!?」

 

 余りにも巨大過ぎる水球。それは凄まじい勢いの水流となり、抵抗する吸血鬼を押し流していく。下手すれば街そのものが沈没しそうな水量なのだが、流れる水は雪を巻き込むことはあってもそれ以外のものは何一つ巻き込まない。よく見ると、建物に触れてもいないようだ。

 このような微細な操作も出来るから、彼女はお殺戮(はらい)担当なのだろう。

 膨大で莫大な水流の中、吸血鬼は身体中の骨を砕かれながら流されていく。街の外に流れ着く頃には、バラバラ死体になっているかもしれない。

 

「っと、いけない。結局何も聞けませんでしたね」

 

 犯人は激流に呑まれて何処かに消えてしまった。これでは気になる事を聞くことも出来ない。とは言え、仕事は果たしている。街で事件を起こした吸血鬼を制したのだから、取り敢えずはそれで良しと言ったところか。

 ひとまずイースレイからの頼みをやり終えたシトリーは、また新しい煙草を吸いながら雪の中を歩いていく。流石に騒ぎを聞き付けた街の住民が目を覚まして、騒ぎ始めている。

 

「まぁ、また来るようなら殺しましょう。それより早く温泉に浸かりたいですね」

 

 一仕事終えたヤニカスメイドはるんるん気分で歩き始めたが、この後数時間酷い雪風の中で放置されることをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、前回どこまでやったか覚えてる?」

 

 シトリーの激怒を一身に受け、げんなりとしているイースレイは黒板のある部屋で教卓に手をついた。リイヴと彼が住まう館は広く、様々な部屋がある。この部屋は勉強部屋らしく、まるで学校の教室のようだ。もっとも、生徒が座る為の座席はひとつしかないのだが。

 勉強机に座っているのは、もちろんリイヴだ。白いショートジャケットの下に白いワンピースを着ている。今日の彼女は真っ白だが、胸元の黒いリボンが良いアクセントになっている。机の上には羊皮紙や分厚い書物が広げられている。こうして勉強しようとしている姿は、巫女ではなく年相応の少女にしか見えない。

 

「はいスレイ先生っ。前回はわたしの霊術の適正について調べました!」

 

 右手を上げて目をキラキラ輝かせているのは、早く新しい事を学びたくてうずうずしているからだろう。そんな少女を見て、イースレイは少し頬を緩めた。可愛いは正義で、活力の源だ。

 

「……先生は付けなくていいよ。そう、前回は適正があるかどうか調べたね。でもまぁ君の場合、適正が無いなんて事は有り得ないんだけど」

 

 これからリイヴが学ぼうとしている事は、霊術と言うものについてだ。イースレイが影を操ったり、シトリーが水を操っていた力の事なのだろう。リイヴが日々行っている界律も、霊術の一種なのかもしれない。

 

「じゃあおさらい。霊術っていうのは霊力を使って行う特殊な技術や現象。じゃあ霊力っていうのは?」

「はいっ。人が生きる為の力で、生命力とも言います! でも地脈や自然にも満ち溢れていて、わたし達は自分の霊力や自然の霊力を使って霊術を使います!」

「よく出来ました。基礎中の基礎、誰もが知ってる事なんだけど、それは決して忘れないように。忘れちゃいけない事なんだ」

「はいっ」

「じゃあ次。属性については知ってる?」

「ええっと……なんかこう、いっぱいある!」

「それはそうだね。じゃあ基本からやっていこうか」

 

 白いチョークを手に取って、彼はすらすらと黒板に文字を書いていく。その様子を、リイヴは楽しそうに眺めている。こうして何かを教えて貰えることが、嬉しくて堪らないのだろう。今にも歌でも歌い出しそうなぐらい、ご機嫌だ。

 そんな巫女の視線を背中に受けながら、イースレイは授業を進めていく。

 

「属性は全部で七種類。火・水・氷・風・雷。それと光と闇。これは産まれた時に決まるようなもので、最初から持ってるものは大きく延びる。逆に持ってないものは延びにくいかな」

「ふんふん……。じゃあスレイ先生は、火と闇? 暖炉つけたり、影を操ったりしてるよね?」

 

 確かにリイヴの言う通りである。イースレイは火を操ったり、影を操ったりしているのだ。であれば、彼の属性は火と闇なのだろう。

 

「んー、全部かな。俺が得意なのは氷と闇。ああそれと、闇を生まれつき使える人は俺以外に居ないよ」

「……そーなの?」

「そーなの。適正があれば誰でも使えるけど、人間で闇の適正がある人は見たことないかな」

「へーー。じゃあスレイ先生は特別なんだねっ」

 

 巫女の目の輝きが大いに増したのは気のせいではない。どの属性をも扱えると言うことは、リイヴがどの属性を持っていても指導出来るという事だ。

 

「……まぁ、ね。あと先生は付けないでってば。それじゃあ今日は、リイヴがどの属性か調べて、それで終わり」

「はーいっ。わたしの属性って何かなぁ? お母様と一緒だと良いなぁ……」

「予想は光と氷。他に持ってるとするなら風だけど、可能性は低いかな。ちなみに先代は闇以外の属性を全部持ってたよ」

「へーー! お母様ってすごい!」

「そうだよ。先代は凄い人だったんだ、とってもね。まぁ、料理だけはダメだったけど」

 

 思い出話をしながら、授業は少しずつ進んでいく。イースレイが調べた結果、リイヴの属性は光と氷。彼の予想は的中のようで、その事に彼女は大いに喜んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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