綿々六花、深深と   作:しろん

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巫女とメイドと温泉と

 

 

 

 

 

 かこーーーん。

 

 

 鹿威(ししおど)しが何とも呑気な音を立てる。空から舞い落ちてくる六花は音も波紋も立てること無く湯に触れて、そして溶ける。湯の上には徳利とお猪口を乗せたお盆が浮いている。

 湯の色は乳白色だ。その効能は多岐に渡り、肩凝り・腰痛・擦り傷・筋肉痛・神経痛・内臓疾患・霊障・霊力不足等を和らげてくれる。更に美肌になれると来たものだ。一人で入るにはあまりにも広すぎるこの温泉は、本来ならば巫女だけが使用出来る特別な温泉だ。何でも地脈と密接しており、特別な力が宿っているそうだ。日々の界律で肉体も霊力も酷使する巫女にとってはとても都合が良い。

 そんな温泉には、現在人影がふたつ。

 

「っはーー。やっぱこの館の温泉は良いですねぇーー」

 

 裸のシトリーが、蕩けきっている。今は珍しく煙草を咥えていない。ヤニカスな彼女ではあるが、流石に入浴中は自重出来るのだろう。煙草の代わりに、酒を持ち込んでいるのはどうかと思うが。そんな彼女の隣では、真っ白な襦袢に身を包んだリイヴがポカポカしている。体を休めるために入浴しているメイドとは違い、これから界律を行うために身を清めているのだ。

 

「えへへ。シトちゃんはお風呂が大好きなんだねぇ」

「こう見えて綺麗好きですから。そう言う貴女も温泉は嫌いじゃないでしょう? それと、シトちゃんは止めてくださいシトちゃんは」

「うん、大好きだよ! スレイは背中流してくれるし!」

 

 その時、空気が凍った。リイヴの突然の爆弾発言に、蕩けていたシトリーが真顔になったからだ。

 

「シトちゃん、どーーしたの?」

 

 しかしこのロリ巫女、自分が何を言い放ったのかまるで理解していないようだ。まだまだ幼さが残る少女とは言え、そろそろお風呂ぐらい一人で入れるようになるべきだろう。けれども、まだまだリイヴは甘えたがりの子供だ。来年には十一歳になるが、母親が居なければ父親も居ない。いつでも側に居てくれるイースレイに甘えるのは当然のことだろう。そしてイースレイも、何だかんだ言いながらリイヴを甘やかす。つまり、二人の負の循環を止めるものはこの館には居ない。

 

「ここに滞在してる間、一緒に入浴しましょうか。勿論、背中を流してあげますね」

「ほんとっ!?」

「ええ、暫くはこの館でお世話になりますしそのくらいはします」

「やったぁ! 約束だからねシトちゃん!」

「だからシトちゃんは止めてください。えぇ、はい。約束です」

 

 あだ名で呼ばれ少し苦い顔をしたシトリーだが、それでもリイヴとはしっかり約束を交わす。湯船の中で、二人はお互いの小指をしっかりと絡めた。すると巫女は、嬉しそうに笑う。

 

「それより、良いんですか? あまりのんびりしている時間は無いでしょう?」

「ぁ、そーだった。じゃあ行ってくるから、シトちゃんはゆっくり温まってね!」

「浴場で走ると転びますよー?」

 

 界律の時間が迫っているようだ。リイヴは勢い良く立ち上がると、駆け足で温泉を後にする。そんな巫女を見届けたシトリーは、お猪口で酒を呷る。温泉ですっかり温まった体に、少しずつアルコールが回っていく。

 酒を注いでは飲み、飲んでは雪空を見上げる。そんなことを四度も繰り返すと、彼女は静かに立ち上がり、そしてどこからか取り出した煙草を口に咥えた。酒器が乗ったお盆を片手に、シトリーもまた浴場を後にする。脱衣所にまで戻った裸のメイドは、バスタオルを体に巻いて煙草に火を点けた。

 

「さて、一服したら当代巫女の仕事でも見学しますかね。あのロリコンも見張らないといけませんし」

 

 思わぬところでロリコン認定されたイースレイだが、そう思われても仕方がない事をしでかしているので今回も自業自得である。

 

 

「さて、それじゃ行きましょうか。六花の巫女」

 

 館の門前。白いメイド服の上に紅いコートを羽織った青白いシトリーが雪の中でリイヴを待っていた。相変わらず煙草を咥えているものの、火は点いていない。

 

「あれ? イースレイは?」

「留守番です。今は夕飯の準備でもしてるんじゃないですか? だから代わりに」

「シトちゃんが一緒に来てくれるの!?」

「ええ、そうですよ。あとシトちゃん呼びは止めなさい」

 

 つい先ほど、キッチンにてロリコン認定されたイースレイは、ヤニカスメイドの冷たい笑顔に気圧されて従属を諦めた。なので、今日の界律はシトリーが付いていく事になる。街の中に吸血鬼が居るかもしれないと考えたら、聖職者でありお殺戮(はらい)である彼女が巫女の側に居た方が良いだろう。

 シトリーは自然に右手を差し出した。するとリイヴは嬉しそうに笑い、手を繋ぐ。しっかりとお互いの手を握り合った二人は、ゆったりとした歩調で歩き始める。目的地は勿論、街の中心にある氷の祭壇だ。

 

「シトちゃん、どのくらい泊まってくの?」

「……そうですねー、大きな仕事を終わらせた後ですし……。ま、呼び出しがなければ幾らでも居る予定ですよ。この街の温泉は最高ですし」

「ほんとっ? じゃあずっと一緒なんだねっ」

「その予定です。ま、教会が仕事を寄越してきたら話は変わりますが」

「ぇへへっ。嬉しいなぁ……!」

 

 友人の予定を聞いたらリイヴは、シトリーの腕に抱き付いた。甘えたがりな彼女のことだ。友人と言える存在が近くに居てくれることが、堪らなく嬉しいのだろう。今、この場に巫女は居ない。居るのはリイヴ・アミナスと言う一人の少女だ。

 そんな少女に腕を取られたメイドは、何とも言えない表情をして煙草に火を点けた。立ち上る白い煙は、どこからか吹いてくる冷たい風に逆らいながら空へと上る。これも霊術なのだろう。煙草の煙が巫女の体内に入らぬよう、ヤニカスなりに気を遣っているらしい。

 

「むーー、煙草、体に悪いよ?」

「そんな事を言ってる輩は人の嗜好品を取り上げる悪人や罪人ですよ。だから真に受けてはいけません」

「……ほんとに?」

「ええ。大人は幾ら煙草を吸ったって健康でいられますから。他人の言う事や書物に書いてあることを真に受けない方が良いですよ、巫女様」

「んー……? でもシトちゃんって確か十六さ……」

「十六と数百歳です。二十歳なんてとっくに越えてますよ」

 

 果たしてその言葉が本当なのか疑わしく思える。シトリーは十六歳程度にしか見えない。リイヴが言おうとした通りの年齢にしか見えなく、とても数百年も生きているようには思えない。背丈なんて百五十も無いだろう。パッと見では、まだまだ子供に分類出来る若さをしているのだ。もしヤニカスメイドの言うことが本当ならば、煙草を吸っていたとしても何ら問題の無い歳だ。

 それにしても、煙草を吸いたいが為に子供を騙そうとするのは大人として如何なものか。

 

「嘘つきは、泥棒の始まりだよっ」

 

 リイヴは信じていない。当たり前だ。彼女からすれば、シトリーは少し年上の少女にしか見えないのだから。

 

「本当の事なんですけどね。リイヴ、イースレイの実年齢を知っていますか?」

「ぇっ、えーっと、二十歳……ぐらい?」

「あれでも千年近く生きてますよ。まぁ彼も、人の理からは外れてますから」

「……???」

「霊術を使い過ぎるそうなるんです。詳しくはあの男に聞いてください。そう言う細かい説明は苦手ですので」

「……むー……。じゃあ今は、そういう事にしといてあげる」

 

 シトリーの言い分にまるで納得していないリイヴではあるが、今回は渋々と引き下がってくれるようだ。この分だと、後でまた実年齢について追及するだろう。

 

「ええ、そうしてください。にしても今朝は冷えますね。もうちょっとカミサマとやらも働いてくれれば凍えずに済むのですが」

 

 寒い寒い、とヤニカス少女(?)はポーズを取る。どこからともなく吹いてくる雪風は、肌を裂きそうなくらいに冷たい。そんなに寒がるぐらいなら、もう少し厚着をすれば良いものを。少なくとも、今着ている赤いコートを着崩したりしないでしっかりと着込んでいれば少しは寒さを軽減できるだろうに。

 

「……あんまりカミサマにお願いすると、罰が当たっちゃうもん。人の我が儘には優しくないから」

「なら全員罰が当たってしまえば良いと思いますけど。貴女一人に何もかも背負わせてる、西側の人間は」

「それは駄目だよー。そんな事になったら皆凍えて、死んじゃうよ」

「それで良いんですか?」

「わたしは巫女だから。この世界を護んなきゃ!」

 

 少し、健気が過ぎるように思える。自由な右手で小さくガッツポーズを取ってリイヴはふにゃりと笑うが、果たしてその笑顔は本当のものなのだろうか。たった一人で界律を行い、世界の寒さを和らげる。そんな事を毎日毎日、来日も来日も繰り返している彼女が、今の自分の立場や扱いに納得しているとは思えない。リイヴは、まだまだ子供なのだ。甘えたがりで、食いしん坊な、成長途上のお子様。なのに、世界を背負ってしまっている。その事に思うところがあるのは、どうやらイースレイだけでは無いらしい。

 

「心配してくれてありがとっ。でも、わたしはだいじょーぶ!」

「そうですか。ところで、この街の朝はこんなものですか? 人が起きているようには思えませんが」

「んー、もう少ししたら早起きの人は出てくるよ? お寝坊さんは、わたしが界律を始めたら起きてくる感じ」

「……呑気なものですね。ならさっさと界律を始めて、寝坊助を叩き起こしましょう」

「……うーん、もう少し寝させてあげても良い気がするけど。でも、早起きは得するって言うよね」

「ええ、早起きは銅貨の得です。大した得ではありませんが、寝惚けているよりは健康的ですね」

 

 なんて他愛ないような話をしながら、二人は凍えそうな雪風の中を歩いていく。シトリーは寒そうにしているのに、リイヴは平然としている。子供は体温が高いと言うが、その程度の事でどうにかなるような寒さではない。薄着でも平然としていられるのは、巫女ゆえの事か。或いは、巫女だからこそ我慢しているのか。

 歩くこと、十数分。巫女とメイドは氷の祭壇に到着した。リイヴは少し名残惜しそうに繋いだ手を話、一歩一歩踏み締めるように階段を上がる。シトリーは吸い殻を吐き捨て、新たな煙草を咥えながら階段に腰掛けた。その際舌打ちしたのは、尻が冷えたからだろう。

 

「……何ですか? まさか神聖な場所で煙草を吸うな、なんてふざけた事は言いませんよね?」

 

 祭壇の回りに、街の住民が集まり始めている。その内の何人かが、シトリーを目にすると顔をしかめてひそひそと話し始める。老人や大人は平然と煙草を吸い続ける彼女にわざわざ声を掛けようとはしないが、得たいの知れないものを見付けたかのように様子を見ている。近付こうともしない。やがて誰もが、祭壇の周囲で膝をついて頭を垂れた。しっかりと組まれた両手は胸の前。まるで、何かに祈っているかのようだ。

 

「……はっ。そんな事したって、カミサマとやらは話し掛けてはくれませんよ」

 

 吸いかけの煙草を指で挟み、白いメイドは灰色の空を見上げた。祭壇の上では、既に巫女が界律を始めている。

 

「そんな馬鹿な真似をしてると、そろそろ本当に世界が滅びますよ。全く……」

 

 再び煙草を咥えたシトリーは、両手を頭の後ろで組んで階段の上に寝そべった。雪が自分の体に降り積もっても、払おうとはしない。凍死でもするつもりだろうか。

 

 

「あ゛ーーっ、寒っ!! 煙草煙草……」

 

 

 十時間後。祭壇の前には吸い殻の山が出来ていた。寒さで震えたヤニカスメイドが、三分に一本ずつ煙草を吸ったからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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