綿々六花、深深と   作:しろん

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イースレイの戦争 Ⅰ

 

 

 

 

 

 

 イースレイは忙しい。巫女の世話に、広大な館の掃除。炊事や洗濯だって一人でやらなければならない。リイヴが界律だけに集中できるよう、彼女の身の回りは全て彼がこなさなければならないのだ。先代巫女の面倒も見てきたと言うこともあり、今となっては手慣れたものろう。しかし、今日はそうも行かない。昨日から客人が宿泊しているが故に、単純にやるべき家事が増える。

 今代の巫女とヤニカスメイドを送り出した青年は、まず寝室の掃除から始めた。リイヴの部屋はやたらと本が散らかっているので、一冊一冊を本棚に収める。それが済んだら部屋の換気を始め、暖炉の点検をしたり窓や壁を軽く拭き、床の掃き掃除を済ませて最後にベッドメイク。一通りやることを終わらせた彼は退室前にネロを呼び出し、ベッドの上に伏せさせた。次に向かうのは隣の寝室。昨日からシトリーが滞在している部屋だ。

 

「……んのっ、煙草吸い過ぎだろ……。あと酒は飲んだら片付けろ……」

 

 部屋の扉を開くなり、イースレイは鼻を摘まんだ。彼からすれば部屋中に充満する煙草の臭いがキツいようだ。一応灰皿が枕元に置かれているが、吸い殻の量が尋常じゃない。少しでも衝撃が加わろうものなら、白いシーツが灰で黒く汚れてしまうだろう。更には床に散らばる酒瓶の数々。空になっている物もあれば、まだ中身が入っている物もある。最悪なことに、栓が開きっぱなしの物まである。客人として家主に気を遣うなんて配慮は、あのメイドには無いらしい。

 しかめっ面となったイースレイは、まず枕元に置かれた灰皿から小山となっている吸い殻を全て塵取りの中にぶち撒ける。その際、宙を舞った灰を吸い込んでしまい激しく咳き込んだ。若干涙目となった彼は、踵で強く床を踏む。すると、彼に追従していた影が形を変え、無数の手となった。これも霊術だ。ネロと言う名の狼とはまた違った存在が、うねうねと動き出して部屋の隅々まで伸びていく。影の手は散らばった酒瓶を全て空とそうでない物に分別し、空の物については塵取りの上で粉々に砕いた。破片を通り過ぎ、砂になってしまっている。

 酒瓶を砕く音を背景音楽(BGM)とし、彼は迅速に部屋の掃除を行う。リイヴの寝室を掃除していた時と比べ、随分動きが雑だ。無礼な客人に尽くすつもりは毛頭無いらしい。

 苛々しながら片付けること数分。部屋は概ね整理整頓がなされた。パッと見では、汚れらしい汚れは無くなったように見える。

 

「灰皿、は回収しておこう。館は全面禁煙だ全く」

 

 最後にさらっとベッドメイクをして、文句を口走りながら彼は部屋を出た。次に取り掛かったのは廊下の清掃。ただこれについては、歩きながら影の手でてきぱきとこなしていく。館の廊下をぐるりと一周する頃には、廊下は隅々まで綺麗になっていた。

 霊術とは実に便利な力である。こんな風に掃除を終わらせられるのなら、人手など彼一人で十二分だ。

 一通り館の清掃を終わらせたイースレイが次に向かったのは浴場、つまり温泉だ。ここもまた影の手、そして自分の手でさらっと掃除すると石鹸が残っていることを確認し、最後に湯加減を確かめる為に湯の中に手を突っ込んだ。

 

「ん、異変は無し」

 

 ここはリイヴの体を癒し、清めるための場所。故にそれなりの気を使わなければならないのだろう。湯に浸かって赤くなった手を数回払い、浴場を後にする。最後の掃除を終わらせた彼が次に向かったのは、浴場に隣接している洗濯場だ。三人分の洗濯物が、網状のカゴの中に溜まっている。そのほとんどはこの館に住まう二人の物なのだが。

 水が張ってある大きなたらいの中に洗濯物を次々とぶちこむと、やはりまた影の手が動き出す。洗剤を撒いて、一着一着を丁寧にもみ洗いしていく。こうして霊術を使っていないと、手が凍えて大変なことになるだろう。

 影に洗濯をさせている間、イースレイは壁に寄りかかり欠伸を欠いた。目尻から流れる涙をそのままに、腕を組んで目蓋を閉じる。昨夜は遅くまで外を歩き回っていたのだ。多少疲労感があったり、睡眠不足なのは仕方がない。とは言え、あまりゆっくりしている時間も無さそうだ。リイヴとシトリーが外に出てから、大分時間が経っている。霊術で時間を短縮していたとしても、館は広い。結局彼は影の手に洗濯を任せ、洗濯場を出て行った。

 

「……さて、今日の献立はどうしたものかな」

 

 広いキッチンにやって来たイースレイ。黒いスーツの上に無地のエプロンを装着して食材が詰まった木箱の前にしゃがむ。食糧は沢山有る。向こう数日ぐらいは食材を調達しなくても良い筈だ。しかしリイヴの食は大の大人よりも太いので、もしかしたら木箱に一杯の材料は直ぐに無くなってしまうかも。

 

「……取り敢えず、ミネストローネは絶対だな。作っておかないとシトリーがうるさい」

 

 スープは決定。木箱に詰められていたじゃが芋、人参、玉ねぎにキャベツ、それからにんにくを取り出し、それらをシンクの上のまな板に向かって次々と放り投げる。野菜達が宙を舞っている間、彼は他の食材を漁り始める。次に目を付けたのは大きな丸鶏だ。

 

「全部使おう。バラせば何にでも使えるし」

 

 今日のメインを鶏肉に決まったところで、まな板の上の野菜達はブロック状に姿を変えた。彼の足元から生えている影の手は、料理にも対応しているらしい。この技術は元から持っていたものなのか、それとも先代巫女や今代巫女に仕えている内に習得したものなのか。どちらにせよ器用なものだ。今の彼は、何本もの腕を並行して動かしているのだから。

 

「……気合い入れて作るか。客人にいい加減な食事は出せないしな」

 

 両手で頬を叩いて、イースレイは本格的に調理を始める。今から約十時間後、界律から帰ってくるリイヴとシトリーの為に。

 

 

「いっただっきまーーすっ」

「どうぞ召し上がれ」

 

 夜になると、楽しい夕食の時間がやって来た。界律終わりのリイヴは一度は疲労で倒れたものの、一時間程休むと空腹で起きてきた。お腹が空くと不機嫌になってしまうのは、彼女がまだまだお子様である証拠だ。なので、現在リイヴとイースレイとシトリーは広すぎる食堂にて食卓を囲んでいる。食事の場では流石に煙草は吸わないヤニカスメイドではあるが、変わりにグラスいっぱいのワインをまるで水のように胃袋へ流し込む。放っておけば何本も何本も瓶を空にすることだろう。この女はどこまで自分の内蔵を痛め付ければ気が済むのか。

 本日の夕食は、フライドチキンにチキンカレー、鶏肉の串焼き、ミネストローネや飾り切りがされた山盛りのサラダ。主食の黒パンに、白パン。飲み物は温められたミルクだ。デザートも用意してあるようだ。

 腹ペコな巫女様は、夢中になって食事を進めていく。山盛りの料理達を次々と口の中に押し込んでいく様は、見事な食いっぷりである。そんなリイヴを見てちょっと眉間に皺を寄せた酒屑メイドは、串焼きにされた鶏肉を豪快に噛み千切った。完全に酒の当てにしている。ワインを三度口に入れては、肉をひと噛り。たまにスープを飲んでは、またワイン。それを黙々と繰り返しているようだが、酒が回って顔色が変わる事はない。彼女の体はどうなっているのだろうか。

 

「ん〜〜っ、今日もおいひいっ!」

「口の中の物を飲み込んでから話そうな?」

「……んくっ、今日もおいしいっ!」

「なら良かった。沢山作ったから、沢山食べて」

「〜〜〜♪」

 

 メインもサラダもスープもドリンクも、ご機嫌なリイヴによって凄まじい勢いで消費されていく。イースレイはと言うと、あまり食が進んでいない。酒ばかり飲んでいるシトリーよりも手が進んでいないようだ。

 

「相変わらず、全然食べませんね貴方。少食が過ぎませんか?」

「味見とつまみ食いで腹が膨れてるだけで、食べない訳じゃないよ」

「もーー、スレイは食いしん坊なんだから」

 

 それはリイヴにだけは言われたくない一言だろう。つまみ食いを咎められたイースレイは、苦笑いをしてスープを一口飲んだ。

 

「リイヴには負けるよ。シトリー、酒ばっか飲んでないでもっと食べてくれ」

「これでも少食ですので」

「酒の量を減らせば入るんじゃ?」

「お断りです」

 

 飲酒を控えろと言われて控えるなら、この女はとうに健康そのものになっていて、不健康そうな青白い肌なんてしていない筈だ。今みたいに何度口酸っぱく注意したところで、シトリーは絶対に煙草も酒も止めないに決まっている。何せ彼女は人間としては屑の分類だ。未来永劫、彼女は煙草と酒と共に生きるのだろう。

 

「シトちゃん、お酒の飲み過ぎは体に悪いんだよ? あと煙草も吸い過ぎちゃ駄目だからねっ」

「この世界から煙草が無くなったら禁煙しますよ」

「シトリー、館で煙草を吸うのは止めてくれ。今日からここは終日禁煙だ」

 

 彼女の部屋の惨状を目撃しているからこそ、イースレイは額に青筋を浮かべて怒る。部屋中を煙草臭くされて、更に吸い殻や酒瓶を散らかされては誰だって文句のひとつやふたつは出て当然だ。

 

「拒否します。巫女の前では控えますので、それで我慢してください」

 

 それは、ヤニカスメイドの最大限の譲歩かもしれない。彼女は彼女なりに、巫女の体調を気遣っているらしい。

 

「煙草、全部取り上げようか?」

「この館が埋もれるぐらいの量を持ってきてますが、試しに取り上げてみますか? いやぁ、貴方に教わった霊術は便利ですね、影に物を収納出来て」

「……教えるんじゃなかったな……」

 

 どうやらシトリーも、影を操る霊術を使えるようだ。ならば彼女が、どこからともなく煙草を取り出すのも納得出来る。が、それにしたって煙草を持ち運び過ぎだ。いい加減な事ばかり口走る彼女の言葉が本当かどうかは分からないが、もし本当だったならそれはそれで恐ろしい。願わくば冗談であって欲しいものだが、事実な気がしてならない。このヤニカスメイドは、昨日から吸い殻の山を作ってばかりだからだ。

 

「あっ、そーだスレイ。シトちゃんって本当は何歳なのー?」

「シトリー? シトリーは……確か十六だった気が」

「……シーートーーちゃーーんーー?」

 

 ご飯の最中ではあるが、巫女はご立腹だ。界律前に聞かされた言葉がやはり嘘八百だった事実を黙って見逃す程、彼女はいい加減ではない。そんなリイヴを見てシトリーは盛大に溜め息を吐き散らし、酒を呷った。

 

「実年齢の話ですよイースレイ。本当の事を言わないと、リイヴに煙草を取り上げられてしまいます」

「それはそれで、俺としては喜ばしい事なんだけど……」

「ご主人様♡ 今晩一緒に寝ましょうか♡」

「分かった、勘弁してくれ。て言うか、その件について話して良いのか?」

 

 満面の笑みを浮かべたメイドを見て、彼は直ぐに手のひらを返した。今のシトリーの笑みに、身の危険でも感じたのかもしれない。反射で自衛に走ろうとするぐらいには。

 

「話さないだけで隠してる事でもありませんし。そもそもこの件については、貴方が全面的にどうにかしてくれるんでしょう? このけだも」

「分かった、分かったから。ええっと、じゃあどうやって話すか……」

 

 皺の寄った眉間に指を押し当てながら、彼はうーーんと唸る。シトリーの実年齢を話すことについて、どうやら先に説明しておくべき事が幾つか有るらしい。そんなイースレイを見て、リイヴは首を傾げながらも食事を続ける。気が付けば、テーブルの上の料理達は半分も減っているようだ。小さな体のどこに山盛りの食べ物を詰め込んでいるのだろうか。

 

「……まぁ先に言ってしまうと、シトリーの実年齢は数百歳ぐらいだよ。見た目は十六歳ぐらいなんだけど」

「えっ……」

「信じられなくて当然だよね。霊術が深く関わってるんだけど、それについては今後授業で教えていくよ。ちょっと難しいけど」

「はいっ、せんせい!」

「だから先生は止めてって……」

 

 どうにも先生呼ばわりされる事が苦手らしく、イースレイは頬を掻いた。照れているのかもしれない。

 

「せーんせっ、煙草吸って良いですか??」

「駄目だって言ってるだろ。あとその呼び方は止めろっ!」

 

 食事の場が騒がしくなってきた。この後イースレイは、滅茶苦茶シトリーにからかわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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