高校三年の夏。
予備校の夏期講習帰りの比企谷八幡は、同じ予備校に通う川崎沙希と晩御飯を一緒に食べることに。

そのメニューは──




【告知】
本日、2020.7.9は「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完」の放映開始日。

それに便じょ……3期放映を記念して。

「勝手に俺ガイル短編祭り」

を開催しております。
詳しくは私の活動報告にてお知らせしております。

タグ「勝手に俺ガイル短編祭り」で検索すると、他の参加作品もお読みになれます♪

では、これにてあらすじ終了(


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はちさきです。
サキサキです。
黒レースです。
原作とは違う世界線になります。

では、どうぞ♪


やはり18歳の誕生日を川崎沙希と過ごすのはまちがっている。

 

 

 曰く、若者には無限の可能性があると云う。

 だが、そんなものは嘘っぱちだ。自分は自分の枠の中でしか生きられないのだから。

 

 プロ野球選手になりたい。

 Jリーガーになりたい。

 海賊王に俺はなる。

 カカロットよ貴様がナンバー1だ。

 

 ──なんか違うのも混じっているが、つまりは可能性なんて自分の経験の集合体でしか無いのだ。

 万が一、無限の可能性があったとしてもだ。

 一つを選択すれば、他の可能性の大半は消える。

 

 要するに。

 俺──比企谷八幡は、大いに悩んでいた。

 

「ハンバーグ……いや待て、スパゲティが良いかな。いやいや和食も──」

「まだ夕食に食べたい物が決まらないの?」

 

 いやだってさ。お前のメシって大概美味いじゃん。でも胃袋はひとつなんだぜ。

 溜息混じりに呆れるのは、同級生である川崎沙希だ。

 こいつとは、深いのか浅いのか判らない因縁があるのだが、それは原作を読んでほしい。

 原作ってなんだよ。

 

「しかしだな、今日の夕食は生涯一度きりの大イベントだぞ?」

 

 川崎は知らないだろうが、今日は俺の18歳の誕生日なのである。

 つまり、大人と子供の境界線を越えてしまう日なのだ。

 いわば最後の晩餐。

 何を食べるか慎重になるのは当然の帰結といえよう。

 未だ空っぽの買い物カゴを手に、野菜コーナーの前で腕組みをすること、すでに5分。

 焦れた川崎は、俺に催促の視線を繰り返し送ってくる。

 あ、とうとうスマホを見始めた。

 やばいな、そろそろ決めねば。

 

 ふと、子供の頃の夢を思い出す。

 しかし、言えない。

 恥ずかしい。

 どうやら最底辺の住人である俺にも、少しはプライドが残っていたようだ。

 

「──もういい。あたしが勝手に決める。文句は言わせないよ」

「……はい」

 

 スマホをスキニージーンズの後ろポケットに突っ込んだ川崎は、手早く野菜を選び始めた。

 

 つか、どうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 ──発端は、夏期講習の予備校での世間話だ。

 

 昨日から比企谷家は家族旅行。夏期講習がある俺は、たまたま旅行に参加できなかった。

 その話をしたら、川崎が哀れな目を向けてきた。

 聞けば、川崎家も一家で祖父母の家に行っているらしい。

 

 で、なぜか比企谷家で一緒に晩メシを食べる話に……どうしてこうなった?

 

 

 

 

 

「あちぃ……」

 

 情緒もクソもない蝉の大合唱を聞きながら、両手にエコバッグを提げて川崎の隣を歩く。

 アスファルトに立つ陽炎の向こう、我が根城である比企谷家が見えてきた。

 

 はやく、はやくエアコンを。

 いやその前に冷えたマッ缶を。

 

「急ぐぞ、川崎」

 

 ラストスパートとばかり、足を速める。

 

「半分持とうか?」

「いや、大丈夫だ。もうすぐだから」

「……そ」

 

 そっけなく答える川崎も、汗だくだ。

 

 なんで八月ってのはこんなに暑いのだろう。

 こんな中、外で働く人たちはすげぇな。

 だが、俺たちはまだ高校生。

 この立場に、今は存分に甘えるとしよう。

 

 玄関の鍵を開け、ドアを開ける。

 川崎のスリッパだけ出してキッチンへ行き、食材を置くと同時に倒れこむように蒸し風呂状態のリビングへ。

 エアコンのスイッチを入れつつ、ソファーへダイブ。

 

「……あちぃ」

 

 そうだ、マッ缶だ。

 早く水分と糖分を摂取しなければ。

 

 コト、とソファーの前に置かれたローテーブルが音を立てる。

 

「麦茶、冷蔵庫から勝手に出したよ」

 

 目線をやると、水滴のついたコップがあった。

 カサカサと這いずるように移動した俺は、コップの中身を秒で飲み干す。

 

「美味い、美味いよおっかさん……」

「誰があんたの母親よ」

 

 川崎は、立ったまま俺を見下ろして、麦茶を呷っていた。

 

「ま、とりあえず1時間くらいそこで涼んでな」

「いや、手伝う」

「いいから、あたしがやるから」

 

 立ち上がろうとした俺は、柔らかく白い川崎の手に、強引にソファーに押し戻された。

 

 

 

 

 

 柔らかな感触で、目を覚ます。

 いつの間にか眠ってしまったらしい。

 

 髪を撫でる手が、温もりが、かつてない優しさをもって俺を包む。

 

 微睡(まどろみ)の中、目を動かすと、見慣れた天井と、川崎の顔が視界に入る。

 

「……起きた?」

「あ、ああ、悪い」

「別に謝んなくていいから。さ、ごはん出来てるよ」

 

 気だるい身体を強引に起こして、ダイニングテーブルに……え?

 

 テーブルの光景に、思わず目を見張る。

 赤、緑、黄色、茶色。

 鮮やかな色彩が、所狭しとテーブルに並んでいる。

 

 赤は、ミネストローネか。

 緑は、生野菜のサラダ。

 黄色は、オムライスだな。

 茶色は、ハンバーグだ。

 

「さ、座って」

 

 促された席に着く。

 

「すげぇな。これ全部ひとりで作ったのか」

「いつも家でやってるよりは、全然楽だったよ」

 

 サキサキすげぇ女子力高い。

 多少なり料理を嗜む俺には解る。

 これだけのメニューを作るには、効率的な段取りが必要になる──ん?

 

 あれ?

 

「え、なんで」

 

 テーブルの向こう側に座る川崎に視線を向ける。

 

「あんたの夢、これでしょ?」

 

 もう一度、食卓を眺める。

 

 スープがある。

 サラダがある。

 ハンバーグがある。

 オムライスのその脇には、ナポリタンスパゲティが。

 

「お子様……ランチか」

 

 妹の小町が生まれたのは、俺が2歳の頃だ。

 小町が大きくなり、外食に行けるようになると、決まって小町はお子様ランチを注文していた。

 お兄ちゃんぶって別のメニューを注文していた俺は、いつも小町のお子様ランチを眺めていた。

 

「……よく、わかったな」

「分かるよ。あたしも同じだったから」

 

 川崎家は、兄妹が多い。

 お子様ランチを目にする回数は、俺より多かったはずだ。

 しかし、それは自分の食事では無かった。

 

 つまり。

 

「あたしも、夢だったんだ」

 

 はにかむ川崎の笑顔には、なんとも形容しがたい可憐さがあった。

 

 順調にいけば、来年は18歳。

 18歳になれば、大学生とはいえ選挙権も得る。

 胸を張って「子供」の名乗れるのは、今年までなのだ。

 

「さすがにミニカーは無いけどね」

 

 冗談混じりに笑う川崎は、食卓に手を伸ばす。

 オムライスの上で止まった川崎の手が、引き戻された。

 

「うぉ……マジか」

 

 オムライスのてっぺんには、つまようじの旗が立っていた。

 旗には小さな文字で、

 

『HAPPY BIRTHDAY』

 

 と書かれている。

 

「今月、誕生日でしょ?」

 

 俺は、泣いた。

 

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 当然のように川崎の料理は美味かった。

 お子様ランチ然としたメニューは、どれも少しだけ大人向けの味付けで。

 

「ありがとな、川崎」

 

 思わず捻くれぼっちの俺が、素直にお礼を言いたくなる程だった。

 

「ん、喜んでくれたならいいよ」

 

 食べ終えた食器をシンクに運ぶ川崎は、ポニーテールをなびかせて笑う。

 

 なんだよ、これ。

 すっげぇ嬉しい。

 絶対に言わないけどな。

 言えば、きっと何かが変わってしまうから。

 

 場所をリビングのテーブルに移して、川崎と二人、プリンを食べる。

 

「さすがだなサキサキ」

「やっぱりお子様ランチのシメはプリンでしょ。あとサキサキはやめて……ちょっと恥ずかしい」

「了解だ、さーちゃん」

「それもやめてってば!」

 

 見ると、川崎は耳まで真っ赤に染まっていた。

 

 時刻は、夜の8時。

 そろそろ良い子は帰る時間だ。

 が、ぼっち二人には、そのタイミングが判らない。

 

 時計の針だけが、無感情に動き続ける。

 

「「……そろそろ」」

 

 思わず声がハモる。

 そしてまた、沈黙の時間が流れ出す。

 

 しかし、このままではいけない。

 きっかけ作りに膝を軽く叩いて、立ち上がる。

 

「送って、いくから」

「う、うん……」

 

 川崎も、おずおずと立ち上がる。

 が、そこから動かない。

 

 川崎の柔らかそうな唇が、震えている。

 思わずその唇を凝視してしまった俺も、その場で固まってしまった。

 

「たっだいま〜!」

 

 突然、玄関から声がした。

 小町の声だ。

 

 とたとたと足音が聞こえて、リビングの扉が開いた。

 

「じゃじゃーん! お兄ちゃん、お誕生、日……さ、沙希さん!?」

 

 今度は小町が固まった。

 

 

 

 

 

 

「──ほほう、それで沙希さんを連れ込んでしっぽりと」

「し、し、しっぽり……」

「やめて小町ちゃん、色々と語弊があるから」

 

 リビングのソファーには、俺と川崎。

 その向かいでは、ニヤニヤ顔の小町が身を乗り出してきて、根掘り葉掘りと事情聴取を繰り広げていた。

 

 幸いにも両親は、早々に自分たちの部屋へ引き上げていった。

 

「あとは若い二人に、ね?」

 

 などと余計な一言を残してくれちゃったりしたが、初めて女子を連れ込んだ事を追求されるよりは、遥かにマシだ。

 

「つか、そろそろ帰らなきゃまずいだろ、川崎」

 

 小町の追求を断ち切ろうと、強引に水を向ける。

 

「そ、そ、そうだね」

「でもでも、帰っても沙希さんお一人では、心細いですよね。なんならウチの愚兄を」

「やめれ小町」

 

 川崎を見ろ。

 真っ赤だぞ?

 そのうち界王拳とか使い始めるぞ?

 

「じゃあ沙希さん、ウチに泊まります?」

「は、はぁああああ!?」

 

 ほらみろ、とうとう川崎が戦闘力を高め始めちゃったじゃないかよ。

 

「あら、是非そうしてくださいな、沙希さん」

 

 振り返ると、ちょっとオシャレめな部屋着に着替えたお袋が、これまたニヤニヤしながら立っていた。

 

 これはダメだ。

 戦略的撤退しかない。

 

「──麦茶とってくる」

「あ、お兄ちゃん、4人分ねー」

 

 妙にテンション高いな、小町。

 

 冷蔵庫のあるキッチンへ行き、コップを4つ──ん?

 

 シンクの横に、つまようじの旗が2本、置いてある。

 

 捨て忘れか?

 

 ふと見る。

 片方は、俺のオムライスの旗。

 自動的に、もう片方は川崎の旗になるのだが。

 

「なんだよ、LOVEって」

 

 川崎の旗に書かれた4文字のローマ字に、俺の心はぐちゃぐちゃに搔き回されるのだった。。

 

 

 

 




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この短編は、仲間との合同企画
「勝手に俺ガイル短編祭り」
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