風がそよぎ、 海が凪ぎ、空に虫と鳥が戯れる。木々は今青々と、四季の変わり目にさんざめく。
そんな、ある日の出来事。
「海に行こう、よし行こう、すぐ行こう、ほら行こう、さあ行こう!」
海……?
Wの一言に私は思わず難色を示した。
海といえばシエスタだろうけど、いやしかしなぜ急に。
「……はあ、あのねえ、最近の私たち、あなた理解してる?」
うん?それはまあ、最近といえば。
いつもの様に会議、軍議、または資料作成、外交、食事、そしてお酒。
うん、なんてことの無いいつも通りの平和な1日をここ最近は毎日と言って良いほど過ごしている、なんと心地良いだろうか、無理もしていないので体の調子も悪くない、目眩もしなければ吐き気もしない、たまに疲れはするがただそれだけだ。
うん、今日も良い一日。
「そうね〜〜〜良い一日〜〜……じゃないわよ!」
ドン!っと机を叩くWにわっとびっくりした、何事。
「毎日のように仕事!仕事仕事仕事!そりゃあねえ、大きな戦争も小競り合いも減ってきたから休日もあるけど、息抜き出来るような場所に行きたいのよ私だってねぇ!」
えぇ……なら行けば良いのでは?
「ええ行くわよ!あんたも付いてきなさい!」
何故そこで私も付いていくのか、これがわからない、別に私なんかより、それこそフロストノヴァと行けば良いのでは?仲良いし。
「良くない!」
顔に出てますよ?
「うるさい!……っ〜〜〜あー!もう!たまにはミラー!あんたも休めって事よ!一度も有給取った事なんて無いんじゃないの?」
おや、心配してくれているかな、優しいね、ありがとう。
「べ、別にそんなんじゃないけど?」
いやでも心配しなくても大丈夫だよ、過度な仕事はしてないし、したくても出来ないし……有給も使ってるよ、実は誰にも言ってないけどロドスに遊びに行った事もあるんだ
「へぇ〜ロドスに……っは?!なんで!?」
なんでって、うーん、まあ、興味?
「何その漠然な……っまあそれは良いわ、と・に・か・く!行くわよ、シエスタに」
うーん。
とは言っても流石に私のとWが今抜けたら色々と問題が起きそうだし、まあ今度また別の埋め合わせするからーーー
「何言ってももう決定だから、ジジイも来るし、ファウストもメフェストも……まあ乗り気だし?他の幹部も全員参加よ、不本意だけどフロストノヴァもね」
え、えぇ……?
まじか、みんなちゃんと休みを作ってあげたと思うし、可能な限り環境も良くしたと思うんだけど、何か足りなかったのだろうか?
まだまだ私の頑張りが足りないって事なのか、尚更行くわけには行かないのだが。
「あーもうこの解らずや!なんでそっちに思考が行くのよほんと……」
……ん?全員参加?もしかしてだけど、いや、まあ流石にあり得ないと思うけどーーーーーーと。
Wに思った事を聞き出そうとした時、コンコンと扉をノックしてくる。
控えめに、だが力強く叩くこの癖は。
ーーーーータルラ。
「……Wもいるのか」
「何よ、いちゃダメ?龍女」
「別に、そうは言ってない」
「は、はぁ?何よ、調子狂うわね……」
あの時から少しだけ素直になったタルラにWはやりにくそうな顔をする、その様子を見て私は思わず頬が緩んだ、私が見たかった世界にまた一つ近付いた証拠が、目の前のこの光景が、私がこの体で生きている事を許しているように思えて。
きっとあの時付いて行く事を辞めて、身を隠してしまった彼女も喜ぶ筈だ、最近やっと消息を掴めた、タルラも喜ぶだろうし、私の選択が身を結んだんだって今になって実感したんだ。
っと、タルラ、何か用があって来たんじゃないのか?
「ん、ああ、そうだ」
「ミラー、シエスタに行くぞ、祭りだ」
その言葉に呆気になった私を見てニヤついたWと、悪戯が成功したかの様にほんの僅かに表情が変わったタルラは、まあなんというか、初めて見た顔で、そんな顔も可愛いなとか何処か上の空で考えちゃってて。
ーーーーーーーあぁ……タルラも行くんだ???
と、言う事で私達レユニオン・ムーブメント御一行はシエスタに遊びに来たのだった。
「あら?あーらあら?何々?そのかっこ〜!変ね!変!」
「人のこと言えるのか爆弾魔」
「は〜〜〜?!言ってくれるじゃない白兎!上等!炭まみれにしてあげるわよ!」
「大体私は変な服じゃない、そうだろう?ミラー」
ん?うん、かわいいよ。いつもより少しだけ露出が多いんだね、綺麗な肌だと思うよ、フロストノヴァの雰囲気と似合ってるし、良いと思う。
「ふふん、そうだろう」
「こっ、この、ねえミラー!私は?かわいいでしょ?」
え?うん、かわいいよ。Wはあれだね、過激だね、でもスタイルが良いから、とっても似合ってるよ、カッコ良さまで感じられるかな、良いと思う。
「でしょ〜?」
「むっ……この色魔」
「は?!ファック!もう許さない!今日こそ潰してあげるわ」
あぁ……どうして彼女達は争ってしまうのか、二人ともかわいいのだから別にそれで良いのではなかろうか、それではダメなのか、何故なのか。
「いやミラー、それわかって言って……るわけないか、ミラーだもんな、うん」
……はて?何かスカルシュレッダーに何か言われた気がするような。
「お兄ちゃん、私たちも遊ぼうよ」
「わかってるよ、ちょっと待っててくれ」
喧嘩しながら何処かへと行くフロストノヴァとWを眺めながら、近付いてくるスカルシュレッダーに気付いた、戦闘を目的として来ていない彼はいつものあの格好を着ていない。
ラフな服を着て、一人の青年として、今のこの時だけはとその仮面を外している。
そんな彼の後ろで他の……スカルシュレッダーの部隊の子達だろうか?と遊んでいる彼似のあの少女は、もしかして。
「ミラー、俺達は少し離れた所で楽しんでくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
「それから……ありがとう、色々……これからも」
少し照れた様にその場を後にするスカルシュレッダーの……アレックスの後ろ姿は、いつか見たあの記憶なんかよりよっぽど今を生きていて、素敵だ。
その後ろ姿を眺めてたら、何処かで見たような服をした人が、見知っている服をした人と話している、というか……あの人。
思わず体が動いていたので、感情に従ってその人物に近づけば、その人物も此方に気づいた様で、何処か大袈裟なリアクションをしながら、私の事を歓迎してくれた。
「はっは!まさか将軍サマと会えたと思えば、ミラーとも会えるなんて、おや?あそこにいるのは将軍サマの娘さんじゃないか!」
久しぶり、ボブおじさん。
「おうおう、久しぶり、なんだってシエスタに?」
いや、えーっと、まあ何と言いますか。
「休暇だ」
言い淀む私を見かねてか、失礼だけどこの中で一番画風が違う人が、大真面目にそう口に出した。
その言葉にボブおじさんは吹き出して腹を抱えて笑おうとして咳き込む、その様子に心配になったが「これが咳き込まずにいられるか!」と言われたので、思わず笑ってしまった。
「ひ、ひひ、は〜……まさか将軍サマも一緒なんてこの後火山が爆発して天変地異が起きたっておかしくねえなあ!?」
「縁起でも無い、辞めろ」
「それもそうだな、っと……?」
何かに気付いた様子のボブおじさんの目線の方向を見れば、ボブおじさんの仲間達がボブおじさんを呼んでいた。
「すまん、そろそろ戻らねえとな」
元気でね、ボブおじさん。
「おうよ……ミラー、元気でな、また会える事を祈るよ、おっと勿論将軍サマもな!」
そう言って背を向けて仲間達の元へ帰ろうとするボブおじさんは、何かを思い出したかの様に急に立ち止まって、振り返る。
その表情はフルフェイスに隠れて見えないが、確かに私と目があって。
「タルラによろしく」
それだけ言って、今度こそ仲間達の元に帰っていった。
「……彼奴について、色々思う事はある、だが、それもまた道だ」
「ミラー、この今の光景は、景色はお前自身が作った、そしてこれからも、お前が作り続けなければならない道だ」
真剣に語るパトリオットは決して私の方を見ない、空を眺めながら、一言一句私に語りかける様に言葉を話す。
だけどその厳しいようで、優しい言葉に私は何処となく安心する時がある、彼は愛国者であり、感染者の盾だからなのか、それとも何か別の要因だろうか。
「お前の序章はまだ始まったばかりだ、だが」
「今日ぐらいは休むと良い」
ゆっくりと、私の頭に手を置いてパトリオット…… ボジョカスティは静かに立ち上がって、見守る様にその
……休み、か。
確かに、今このひと時ぐらいは、純粋に楽しむのも良いかもしれない。
勝ち取った私の平穏を、他でも無い私自身が楽しまないでどうするのか、そうする事も出来なかった前の私と、今の私とでは……っと。
考え事をしていた私に何かを口ずさみながら近付いてくる二つの影を見かけた。
「ミラー!どう?歌えてた?」
うん、歌えてたよ。
「えへへ……」
私の言葉にメフェストは照れながら、
わかってる、これが歌でも何でも無い事に、それはメフェスト自身が一番わかってる、それでも口ずさむ、そうする事がメフェストにとっての唯一の”癒し“だから。
だから私も歌えてたよって嘘を言う、こんな気休めの嘘がメフェストの……イーノの傷を少しでも癒せるなら、私は吐いた嘘をいつか必ず真実にする為に、言い続けるんだ。
その様子を静かに見ていたファウストは、何度かの瞬きの後に、口を開いた。
「ミラー、体は大丈夫か」
平気だよ、心配しなくても大丈夫。
「……そうか、なら良いんだ、何も無いなら、それで」
寡黙な彼はそれっきり、メフェストと私の会話を聞く事に専念するかのように沈黙する、それがファウストなりのコミニケーションで、彼なりの人と人との関わり方なのだろう。
私はそんな彼に色々任せ過ぎてるかもしれない、でも、一人じゃ全てが変わらない事の方が多い、私が何も出来ない時、ファウストは……サーシャは私の代わりになり得るのだろうか。
……そんな日は来させない、私の代わりは何処にでも居るかも知れないけど、サーシャの代わりは何処にもいないのだから。
「……そういえば、クラウンスレイヤーを見なかったか?」
サーシャに言われて、おや?と気づいた。
言われてみれば見てない、少し探して見るかと、二人に後でねと別れを告げて、クラウンスレイヤーを探してみる事にした。
クラウンスレイヤーと初めて会ったのはタルラの紹介からだった、内に燃える強い炎の瞳は今でも覚えている、それが何なのかは、今でこそ少しだけわかってる気にはなっているけど。
狂気に傾きそうな彼女とは、最初の頃は全く気が合わなかったと言えば、何人が信じるかな、あの時の記憶を知っているのは、タルラと私と、クラウンスレイヤー、たったの三人だったり。
そういえばーーーーーあの時も一人の彼女を探していたっけか。
こんな所にいたんだ、クラウンスレイヤー。
「ミラー」
一人海から離れた所にいたクラウンスレイヤーは、もう少しで夕暮れ時になるであろう海を……いや、この世界を見つめて何かを思考していた。
「ミラー、私より他に……それこそタルラと行動する方が楽しいんじゃないか?」
そんな事ないよ、誰の隣でも私は楽しい、それこそクラウンスレイヤーの隣もね。
「そうか……それならミラー、話半分に聞いてくれないか」
良いよ、何の話だろう。
「もし私がレユニオンから抜ける、って言ったら、ミラーは……止めるか?」
……難しい質問だ、でもクラウンスレイヤーの表情は真剣そのものだった、だから私も真剣に考えて、答えを出す。
数分か数秒かの後に、私は言葉にした。
止めない。
「そうか、止めない、か」
でも、それはクラウンスレイヤーが……リュドミラがレユニオンを抜けて何をするか、何をしたいか、その果てに何になりたいのか、ちゃんと聞いてからだよ。
それを聞いて、私が納得したら私は止めない、だからもしその時が来たら私を納得させてみてよ、リュドミラ。
「ーーーーーーは、ははは!そう来たか!……大丈夫、冗談だから」
どうだろう、リュドミラは偶に大胆な嘘を吐くからね。
「冗談だよ、少なくとも、暫くは、私の中の答えが見つからない限りは」
嘘つきだな、その答えがとっくに出ているだろうに。
でもそれならつまり、そう言う事だ、彼女はまだ私達と行動したいと思ってくれている、着いて行きたいと思ってくれているんだ。
ならその信用を、信頼を私は裏切りたくない、だから彼女の中に眠る炎も私も力になれたらと、その思いは変わらない。
……お節介は、嫌いそうだけどね。
「さ、もう行った行った、これ以上ミラーといると氷漬けにされた後に燃やされて爆発されそうだ」
……そんなひどい。
「酷いのはミラーの天然……まあそう言う所嫌いじゃないけどさ」
リュドミラに追い出されるように海に戻れば、何処かで見たシルエットを見かけたので、近づいて挨拶して見る。
やあ。
「わぁ!」
こっそり近づいて後ろから挨拶をしてみれば、予想通りの反応をしてくれた、良い反応だ、こうしてみるとどこにでもいる少女の様に思える。
だけどこの小さな背に、色々な、様々な思いを乗せていると思えば、彼女は立派な一人の指導者でもあるのだろうか。
「ミ、ミラーさん?!どうしてシエスタに?」
休暇だよ、アーミヤ。
「なるほど、じゃあ私たちと似た様なものですね」
へえ、奇遇だね。
「そうですね!……えっと、その、ミラーさん、体は大丈夫でしょうか」
大丈夫だよ、こうしてしっかり生きてる。
「生きて……はい、はい!本当に良かったです!折角ですし、もっとお話ししませんか?」
もちろん、喜んで。
それから暫くたわいのないーーーーお互いの日常の話を代わり代わりに話した後に、アーミヤは真剣な眼差しで、私を見つめた。
「……私は、まだレユニオン・ムーブメントの方々を詳しく知りません、それでもあの時私達は確かに協力できました、ドクターを助けてくれた事も、感謝してます」
「だから、いつの日かまた、ロドスとレユニオン・ムーブメントが手を取り合えるような、そんな未来を私は目指したい」
「……って、その、改まって言う事じゃないかも知れませんけど……これからも、よろしくお願いしますね、ミラーさん」
そう言い切って、握手を求める様に手を差し出してくれたアーミヤに、私はーーー万年の思いが叶ったかの様な感情を覚えて、ゆっくりとアーミヤのその手に触れた。
ああ、いつか見たあの記憶の彼女なら、限りなく最善に近い選択を進んでいた、その最善の選択に、
だけど、ああ、されど、あの記憶ではない、確かなこの今ならば、或いは。
「温かい手ですね……」
アーミヤこそ。
二人して同じタイミングで笑い合うと、アーミヤを呼ぶ声が聞こえて来た、この声はーーー
「ドクター……!あ、すいませんミラーさん、ドクターが呼んでいるので、その」
うん、行っておいで。
「はい!」
元気に返事をしてこの世界の
……あぁ、彼女も居るじゃないか、あの黒猫め、全然気付いてない、それとも気付いてないフリかな?……ロドスは居心地良いか、今度こっそり近づいて聞いてみようか。
「ーーーーーへぇ、あいつ、こんな所にも居たんだ」
わ!
「びっくりした?ミラー」
後ろから耳元で言葉をかけられて、思わずびっくりした私にニヤつきながら、その目は私の後ろにいる人物に向けていた。
と思えばすぐに視線を切り替えて、私を見る。
……まさにトリックスター、爆弾魔の異名はその性格にも表れているのだろうか?
「ね、ミラー、少しは気は休んだかしら」
もちろん、このひとときを過ごせて私は幸せだよ。
「そこまで言えって言ってないけど……まあいいわ」
ちょっと不満げな彼女は、地面に座ると、隣に座れと言葉でなく目で語るので、隣に座った。少しだけ距離が近い、わざとかな。わざとっぽい。
「ミラー、実はね……自分でも意外に気に入ってるのよ、今のレユニオン」
……それは、初めて聞いたかもしれない、何処かで聞いたようにも思える、でもこれが嘘ではなく真実だと言う事はちゃんと理解できた。
だから少しだけ驚いた、素直じゃない彼女が素直にそう言うことに。
「……少しだけ懐かしい気持ちになるのよ、あんたと居るとね」
Wの言うその懐かしい気持ちは、彼女の中にしか存在しない、知り得ないのだろう、少なくとも私は知らない、Wが誰と私を重ねて見てるのか。
気にならない、と言えば嘘になる、知りたい気持ちも少しぐらいある、だけど自分から聞くのは多分、Wに嫌われてしまうだろうから。
私はその心に干渉する事は辞めた。
「……長生きしてよね、私これでも涙脆かったりするかも知れないわよ?」
それはそれで見てみたいな、涙もろいW。
「バカにした?!」
ふふっ。
「笑うんじゃないわよ!……はー、もういいわ」
……ん?何処に行くの?
「ちょっと会いたい奴いるから、だからミラーは白兎でも探しなさないな」
……やっぱなんだかんだ仲良いじゃないか。
「ふん!……まあ、認めてあげなくもないけどね」
そう言って何処かに向かおうとするWは、「あっ」と何かを思い出して、私に振り返る、珍しく、何の邪気の無い笑顔を浮かべて。
「特別に教えてあげるわミラー、別に意味なんてないけど、私だけハブなのもムカつくし、良い?ちゃんと覚えなさいよ」
私の名前はねーーーーーーーーー
Wに言われた場所に向かえば、もうすっかり夜になっていて、火が見えたと思えばスノーデビル小隊が卓を囲みながら、砂浜でバーベキューを開催していた。
というか、見ないと思ったら私の部隊もいるじゃないか、すっかり仲良くなって……私は嬉しいよ。
「隊長!」
「ミラー姉さん!」
みんな、楽しんでる?
「そりゃ勿論!僕ナンパって初めてしたんですけどアレっすね!全然っだめっすね!」
「そのちんちくりんな髪がだめなんだよ」
「えぇ!そんな事ないっすよ!ねえ?ミラー姉さん?……なんで目逸らすんですか?」
あいや、まあ、うん。それよりフロストノヴァは?
「雑っすね!姉さんはあっちに居るっす!」
「雑ぐらいで丁度いいんだよ」
「酷いっすよぉ〜!」
「ふふっ……じゃあ甘やかして欲しい?」
「え」
おや、おや、これは本格的にお邪魔みたいだ。
無口の子だと思ってたけど、こう言う時は結構攻めるんだね、10年前に見かけた君がこんな幸せそうな顔をするのを、あの時の私に教えてあげたいよ。
さておじゃま虫は退散するとして……っと、いたいた。
「ミラー、何処に行ってたんだ?」
いろいろ。
「ふっ、そうか……一杯、飲むか?」
もちろん。
フロストノヴァから貰った瓶を手に取って、互いに乾杯する、グビッと喉に酒を流し込めば、その独特の苦味と甘みが私を内側から包み込んで、気を良くさせる。
程良い冷気が風と共に運んできた、気持ちの良い涼しさだ、私はこの涼しく、何処か温かい風が好きだ。
「……ミラー、初めて会った時を覚えているか?、ウルサスの、忘れたくも忘れる事のない、あの日々を」
覚えているかと言われれば、勿論覚えている、レユニオン・ムーブメントが形になる第一歩と言っていい、その瞬間の時だ。
「私はミラーが実権を握ると思った、ミラーの発言は、軍略は、一切の間違いをしなかった、だから指導者が、レユニオン・ムーブメントのトップがタルラになった時、少しだけ嫌だったんだ」
……驚いた、そんな事を思っていたのか、初めて知った。
ファウスト程ではないが、フロストノヴァもまた寡黙な方だ、当時の心境をこんな風に聞かされるのは、なかなかに新鮮味がある。
「今でこそ納得しているが、あの時はまだ若かった、だから同じぐらいの年なのに、何処か大人びて、正解を選び続けたミラーを私は頼って……頼り過ぎてた事に気づいた時には、もう遅かった」
……そんな事ない、私は頼って欲しかったし、それで良かったんだ、私がもう少しだけ強い体を持ってれば良かっただけの話だよ。
「なら私はミラーに頼る必要のない自立した大人になれば良かったんだ」
それは……そう言うのを言い出したらキリがないと思う。
「言い出したのはミラーだろう?」
……たしかに。
ぐいっと飲もうとして、もう瓶の中身が空になってる事に気付く、気付いたら空けていたのかと思わずフロストノヴァに目を向ければ、苦笑しながら開けてない瓶を私に渡してくれた。
「これからは私にも頼れよ?」
そうだね、うん……もちろんだよ、エレーナ。
すっかり夜になって、私はいまだに続く……というか白熱して来た(主にスノーデビル小隊の)喧騒から少し離れて、彼女が居そうな場所に向かう。
こう言うときは大抵、離れ過ぎず近過ぎない、景色が良く見える場所にいるんだ、何年も一緒にいるから自然とわかる様になっていた。
だから向こうも、私が探すのを分かっていたのだろう、だからほら、ここに居た。
タルラ。
「抜け出してよかったのか?ミラー」
そう言うタルラこそ、参加しなくて良いの?
「私には少し眩し過ぎる」
小さく笑みを浮かべる彼女の隣に座れば、ちょっとだけ、体がくっつかない程度にタルラが近付いた。
「懐かしいな、この喧騒」
そうだね。
「忘れていた訳じゃないんだ、思い出そうとしなかっただけで、先の見えない未来に押し潰されない様に必死なっていたら、自然とこの感情すらも無くしてた」
そっか。
「……エレーナを、覚えているか」
優しい人だった、あの村で出会った、かけがえの無い同胞。
「私は炎に、身を焦がす程の怒りに身を任せそうだった」
そう思えば、チェルノボーグの時はまるであの日の続きみたいだった、あの日と違うのは、全てをぶつけ合ったか、合わなかったか。それだけ。
「今は、もうこの怒りの本流は止まった。だがこれからは?私は偶に不安になる」
不安になる必要はない、その怒りを向ける先は然るべき場所に向かうんだよ。
「キミがそうさせるのか?」
ううん、少し違う。
私達で向けるんだ。
「二人で?」
そう、二人で、もう離れないし、離さないよ、タルラ。
「ふっ……少し怖いぐらいだな」
怖いって……いやまあ、ちょっと変に言い過ぎたかもだけどさ。
「ミラーらしいと思うよ」
私らしい、か。
海から見える、空の向こうにある星々と共に輝く月は、綺麗な満月を浮かべ、まるで私達のこれからの門出を、この先の未来を祈っているようだ。
なんて、ドラマチックな感情を面と向かって言ったら、キミは笑うかな、タルラ。
「……私は、私達は変える、この
うん。
「私達に出来ない事は無い、必ずやってみせる」
そうだね。
「だからまずは……改めて、この手を取ってくれないか?ミラー」
差し出された手を、私は何も言わずに手に取る。
「……ふふっ、少し酒に酔わされたらしい」
それを言うなら私もかもね?
「さ、戻ろうか」
手を繋ぎながら、私とタルラは喧騒に戻る、戻りながら、私はつい最近知ったあの事をタルラに話す事にした。
実はタルラーーーーー
「っ、それ、は、本当か?」
今度会いに行こう、きっと喜ぶよ。
「……そうだな、行く時は、一緒に来てくれよ」
これから先の未来は、きっと必ず……どれだけ苦境であろうと、困難な道のりであろうと、必ず、切り開いてみせる。
……ああ、本当にキミとなら出来る気がするよ。
だけど、まあ、一先ずは。
風がそよぎ、 海が凪ぎ、空に虫と鳥が戯れる。木々は今青々と、四季の変わり目にさんざめく。
そんな、ある日のこの『断章』を、ひと時を、心から。