『これは、わたくし、ピーター・ペティグリューの遺書である。』
卑劣で臆病な、そんな男に僅かな勇気があったなら。これはそんな、もしものお話

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ピーター・ペティグリューの遺書

1.

これは、わたくし、ピーター・ペティグリューの遺書である。

 

ジェームズ、シリウス、そしてルーピン。すまない。僕は死を選ぶことにした。

 

きっとここまで読んだ心優しき君たちはきっと、最後に伝えた僕のねぐらに、すぐさま姿現ししようとしていることだろう。「あのバカはいったい何を考えている」、「血迷ったのか、それとも錯乱の呪文でもかけられたのか」などとつぶやきながら。

 

もしそうなら嬉しいものだ。それはきっと、僕が君たちに感じていた友情を、君たちもまた僕に感じてくれていた証なのだから。

 

だが、それはもう手遅れだ。このフクロウ便を君たちが受けとっているころには僕はこの世にはもういないだろう。君たちのところに届いたフクロウには、僕の生命反応が消失してから発信できるよう特別な細工をしてある。そのフクロウが届いているということは、つまりはそういうことなのだ。計画通りなら僕は霊魂ごと焼き尽くされているはずだ。僕が素敵な死出の道を歩めていることを祈っておいてくれ。

 

さて。本題に入ろう。なぜ僕が自ら死を選ぶことにしたか。ちょっと長くなるが、僕の最期の長話だ。付き合ってほしい。

 

といってももったいぶるほどのことでもない。単に、僕は恐怖に耐えられなくなったのだ。

あの人やあの人の配下に追い回される恐怖に。そして僕の、ともすれば君たちを裏切りたくなる僕の心の弱さに。

 

そして僕がこんなにも苦しまなければならなくなったのはシリウス、ジェームズ、ルーピン。君たちのせいでもあるということをどうか覚えておいてほしい。

 

覚えているかな、シリウス。君が僕に秘密の守り人の話を持ってきた日のことを。

あの頃僕は、小さくて、素早くて、どこにでもいるネズミの動物もどきとして、闇の陣営への数々の諜報活動に参加していた。

 

それは騎士団にとってとても有意義で、僕自身すくなからず誇りを持っていたけれど、一方でとても危険な仕事でもあった。闇の陣営だって馬鹿じゃない。自分たちの情報が筒抜けになっていることがわかると、まず内通者を疑い、次に諜報員の存在を疑った。僕は潜入に際して、決して僕の痕跡を残さなかったし、追跡もことごとく阻害し正体をたどられないよう努めてきた。

 

だけど真実なんていつかはばれるものだ。

この闇の陣営が猛威を振るうこのご時世、ダンブルドアや君たちは否定するけれど、僕たちの中にだれかスパイがいて、僕が諜報員であることをばらしたのかもしれないし、あるいは拷問された騎士団員が僕の正体をしゃべったのかもしれない。

 

若しくは、かつていたずら仕掛人として一世を風靡したメンバー4人のうち三人までが騎士団で華々しい活躍をしているんだ、うわさを聞かない4人目だって何かをしているに違いないみたいな、そんなとばっちりじみたことから僕の正体が疑われるようになったのかもしれない。

 

とにかく僕は、闇の陣営から追われるようになり、それに気づいた僕も毎日のようにねぐらを変えなければならなくなった。そんな時だ、君が僕に秘密の守り人の話を持ってきたのは。

 

あれはしんしんと静かに雪が降り積もる中、ほんのり雲の隙間から顔をのぞかせる月がとてもきれいで、吐く息も凍りそうな、そんな夜のことだった。

 

どんどんどんと乱暴にたたかれるセーフハウスのドア。いよいよこのセーフハウスもばれたか、死ぬ前に一矢報いてやると杖を抜く僕の前に現れたのはべろんべろんに酔っぱらったシリウス、君だったね。

スパイである僕のところに騎士団員である君が現れるのはやめてくれといったじゃないかという僕の抗議も無視し、ずけずけと僕の家の居間に入ってきた君の姿はつい昨日のように覚えているよ。

 

我が物顔で君は暖炉の前の安楽椅子に座ると、確かこういったね。「ジェームズ夫妻が本格的に狙われるようになった。」と。それを聞いたとき、僕は正直「何をいまさら」としか思えなかった。

 

だってそうだろう?確かにジェームズは腕が立つ。何人もの闇の魔法使いをアズカバン送りにしてきた。だが明らかに暴れすぎだった。あそこまで正体も隠さず歯向かっていれば、そりゃあアンダーグラウンドで500か1000ガリオンぐらいの懸賞金をかけられたって不思議ではないだろう。

 

だがそんな懸賞金につられるほどの小物なぞジェームズの敵ではないはずだ。だからこそ不思議だった。なぜそのようなことをわざわざ訪れてまで僕に告げるのかと。その疑問を告げると君は苦虫を噛み潰したような顔でこう言った。「いや、闇の帝王直々に捜索チームを組織しているらしい」と。

 

僕は背中につららをねじ込まれたような心地がした。

さすがのジェームズも、闇の帝王直々の捜索から逃れられるとは思えない。そう長くはない期間に、見つかってしまうだろう。

そうなればどうなるか。ジェームズもリリーも、そして生まれたばかりだという息子のハリーも殺されてしまう。

 

ただ殺されるだけならまだいい。だがさんざんあの人に手を焼かしたジェームズたちだ。間違いなくいたぶられて辱められてから殺される。脳裏を苦痛に顔をゆがめたジェームズ、リリー、ハリーの顔がよぎった。

そんな未来、断じて許すわけには行けなかった。僕はあえぐようにしながら聞いていた。

「それで、ダンブルドアはどうするつもりなんだい」と。

 

シリウス、君はにやりと笑ってこう言ったね。「心配ない、秘密の守り人を使うことになっている」と。

それはいい、と。僕は安堵していた。秘密の守り人とは、忠誠の術の力を用いて秘密を守ることになった魔女や魔法使いのことであり、この場合、秘密は魂の奥深くに刻み込まれることになる。そして一度この術が発動すれば、だれも秘密を明かすことができなくなり、その秘密は本人が明かさない限り魔法で明らかにすることもできない。

 

これで信頼のできる「秘密の守り人」さえ見つけられればジェームズたちの安全はまず保障されたも同然のものだった。「ちなみに秘密の守り人は俺だ」と君はいう。なら安心だと思い掛け、ふと思う。秘密の守り人、それはその性質上敵から真っ先に狙われる役割である。だからこそ秘密の守り人は自分が秘密の守り人であると明らかにしてはいけない。それは子供でも知っている常識だ。ではなぜシリウスはそんな大切なことを僕に明かすのか?と、ふと疑問に思った。

 

そんな僕の怪訝そうな顔に反応して君は言った。「と、ここまでがダンブルドアの計画だ。だが俺は、この役目をお前に任せたいと思っている」と。この言葉を聞いたときの僕の衝撃と恐怖を、シリウス、君は理解できるかい?いいや、決して理解できないだろう。敵を真正面から打ち倒すことを喜びとする君には。君たちには。僕は君たちと違って臆病なのだ。

 

それに、僕は潜入工作員として追われる身だ。正体はばれていないとはいえ、恨みを買い、狙われている僕にさらに追われる原因となる秘密の守り人まで任せるなんて正気の沙汰ではない。馬鹿げている。そんなことをしたら逆にジェームズたちの身が危なくなるではないか。

しかも、と。この案を提案したシリウスの顔をちらりと見た。その顔はさも名案だろうという顔で、この計画の失敗を恐れる表情はみじんもない。常軌を逸した負担を押し付けることになる僕に対する申し訳なさなどといった感情も、みじんも見て取れない。別に謝罪の念や感謝の念まで抱けとは言わずとも、もう少し僕に対する思いやりってものはないのか。そんなことを思う。

 

ふとシリウスは僕に危険な、汚れ役だけを押し付けるだけではなかろうかなんて、そんな考えが僕の心を走った。僕は慌てて首を振ってそのよこしまな考えを吹き飛ばす。いや、勇猛果敢なシリウスに限ってそんなスリザリン的なことをするわけがないと。

 

そうはいってもこの案に賛同するわけにはいかなかった。何より、ジェームズたちを危険にさらす。そんなことはできなかった。

 

その案には賛同できない。そう伝えた後の君は、いくら酔っているとはいえ、正直ひどいものだったよ。最初は「これは俺がおとりになるからこそ有効な策なのだ」「絶対にワームテールの身に危険が迫るようなことにはならない」と冷静そうに反駁していた君も、その矛盾点を僕が指摘していくと、しまいにはわめいて、叫んで。

 

しまいには「お前は自分の命を惜しんで陰でこそこそするだけのクズだ、グリフィンドール生の面汚しだ」と杖を突きつけながら言い出した。そこまで言われてはさすがの僕もカチンとしたよ。

確かに僕は前線に立っていない。だが裏の妨害工作で少なからずの損害を与えたと自負しているし、何度も死ぬような目をくぐってきた。それでも何とかやってこれたのは、僕もグリフィンドール生だという自負あってのことだった。それをけなされては、僕も黙っていられない。気づけば、「いいだろう、その任務受けようじゃないか」といっていた。

 

この時の僕は、まだ思っていたのだ。そうはいってもまだ自分が工作員だというのはばれていない。シリウスがおとりになるというのも案外いい案だ。僕たちにはあの人の恐れるダンブルドアだっている。何とかなるだろうと。

 

だが、そんな漠然とした安心感がもろくも打ち壊されるのは案外すぐのことだった。

 

 

 

それは次の日の夜のことだった。その日もしんしんと雪の降り積もる、とても静かな夜だった。どんどんどんとノックされるセーフハウスのドア。てっきりシリウス、君が来たのかと思いドアを開けていた先に立っていたのは、例のあの人だった。「こんばんは、ピーター。」と穏やかに微笑む例のあの人。「外は寒い。中に入れてくれないか」とまるで10年来の友人に告げるように言うあの人を見て、悲鳴をあげなかったのは我ながら褒められてもいいはずだ。

 

「ええ、どうぞ」と居間に促す僕。昨日のシリウスとは打って変わって紳士的な足取りで居間へと進み、安楽椅子に深々と腰掛ける。たまたま自分用に温めていたお茶を差し出す。二三度その芳香を楽しむように鼻を鳴らすと、ゆっくりと飲み干した。その様は凍えつきそうな恐怖の中妙に洗練されて見えて、やけに美しく見えたのが印象的だった。

「美味しいお茶をありがとう」とほほ笑むあの人。そんなあの人に僕はくじけそうな心を抑えながら「私のようなしがないもののところへ、本日はどんな御用で?」といった。

 

「しがないだって?嘘はいけないなピーター。俺様はお前を非常に高く買っているというのに」といいながらカップを静かにソーサーに戻すあの人。

「とおっしゃいますと?」と問いかける僕。あの人はゆったりとほほ笑むとこういった。「いやいや、謙遜することはない。君の秘密工作で我々は甚大な被害を被った。たった一人でそれだけのことをした君を称賛せずしてなんとするのだ?」と。

 

完全にばれている。絶望しそうな心を押さえつけて、隠し持っていた煙幕弾を地面にたたきつける。爆発的に広がる煙幕。そのすきに姿くらましで逃げるつもりだった。どこでもいい、ここではないどこかへと。

 

だが。次の瞬間僕はあの人の前でどこからともなく現れた安楽椅子に座らされていた。銀色に輝く、とても座り心地のいい椅子だった。ただ、何か特別な魔法でもかかっているのか、指一本動かすこともできなかったが。

「逃げるとはひどいじゃないか。俺様はポッター家の秘密の守り人である貴様を勧誘しに来たというのに」。ゆっくりと立ち上がるあの人。僕のすぐそばまで歩み寄ってくると、その爬虫類のような手で僕の頬を撫で上げながらこう言った。「時間ならたっぷりある。楽しくお話ししようじゃないか」と。

 

そこからは楽しくお話という名の、僕の心を折るための尋問が行われた。尋問といっても一切拷問は受けなかった。ただこの日、僕は言葉だけで人間はあれほどまでに狂わされることができるということを知った。あの人の言葉は、一言一言が魔力を帯びているようで、その一言一言が僕の尊厳をめちゃくちゃにし、引き裂いていった。一言一言言葉を投げかけられるたびに、僕は絶叫し、涙し、失禁した。

 

そして僕の意識が狂気の向こうへ無限の安息を見つけ出しそうになったころ。「今日はここらへんにしておこう」とあの人は言った。消え入りそうになる意識の中で、「僕を殺さないのですか」と問いかけた。もういっそ殺してほしかった。楽になりたかった。

 

あの人は、そんな涙でクズクズの僕の顔をひとなでするとこういった。「殺さないぞ。俺様はお前に仲間になってほしいからな」と。そしてそのまま玄関から出ていく前に、振り返り、こんな言葉を投げかけた。

「それにしても、お前の仲間はひどい奴らだ。お前がこんなに苦しんでいるのに助けにも来ないとはな。」

 

その言葉は今までかけられたどの言葉よりも深く、僕の心の奥底に突き刺さった気がした。

 

 

そして今、僕はまた別のセーフハウスの地下室でこの手紙を書いている。僕はここで死ぬつもりだ。僕があの人の言葉に飲み込まれる前に。僕が君たちに親愛の情を抱けているうちに。

 

実は今だって必死なのだ。君たちへの恨み言を右手が勝手につづらぬよう必死に抑えている。君たちへの憎悪に心が飲まれるのを必死に防いでいる。

 

君たちの振る舞いに含むところがないわけではない。だが僕の人生は君たちにあえて実り多いものになった。君たちに会えて本当によかった。これだけは本当だ。信じてほしい。

 

僕は、僕が僕であるうちに自分に決着をつけることにした。そのことに悔いはない。恐怖も、もうない。

 

ただ自分が自分でなくなることが一番恐ろしい。

 

最期に。身勝手な理由で先に行く僕を許してくれ。ジェームズの身の回りの安全には最大限の注意を払ってくれると嬉しい。

 

 

マダム・オルキンの蜂蜜酒をもう一杯だけ飲みたかったなあ

 

 

2.エピローグ

長きにわたる闇の陣営との戦いにも、ついに終止符が打たれた。ダンブルドアとの一騎打ちの結果、双方が相打ちに倒れたのだ。町の皆が長きにわたる暗黒の日々の終わりに歓喜の声を上げる中、一つの墓石の前に三人の男が立っている。

蜂蜜酒のボトルから三人の持つグラスに等分にそそぐと、残りをすべて墓石にかける。

 

『友に』

唱和する男たち。中でも精悍な男が「俺が、俺が悪かった……!」と泣き崩れる。

 

「それで救われた命もある」といいながら肩を貸すメガネの男。

 

「私たちの罪は、決してすすがれないのだろうな」といいながら天を仰ぐ紳士然とした男。

 

 

その様子を青白い三日月だけが見下ろしている。

 




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