下品な名前してますが、中身は純愛です。その筈です。
ちなみにリンクを切ってこの作品を投稿しましたが、果たして私の本名に気づく人は居るんでしょうか。
「紫さまー」
とてとて、と軽い足音を立てながら屋敷を徘徊する橙。
彼女は上記の言葉から察せるように八雲紫を探していた。
「あっれー、居ないのかな...聞きたいことがあるのにー」
「橙、どうした?」
彼女に声を掛けたのは、当の八雲紫の式神である八雲藍。橙は彼女の式神である。
「あ、藍さま。紫さまを探しているんですが...」
「紫様なら今は寝ているよ。起きてくるまで待っていなさい」
「はーい」
橙は返事をすると、お菓子を取りに戸棚まで行った。そして藍は自分の分も持ってきてくれると信じて、お茶を淹れるのだった。
「それにしても」
藍がとある方向を向いた。その視線の先には主の寝室がある。
「気配も感じさせない程に眠るとは...」
よっぽど疲れているのだろう、と藍は思った。そして、今度の結界管理の仕事は私が受け持とうと決めた。
「今日は」
「やぁ、紫ちゃんか」
今日もまた来てしまった。昨日の夜に、別れを告げる決意をしたのに。でも、言えるはずが無い。
いったいどうして彼にここまで惹かれるのだろう。
妖怪の餌を探すために、外を見た。そして色んな人間を回収していく中で、彼に会った。
その瞬間に、私の心は経験した事が無いほどに高鳴った。彼は剰りに魅力的に映った。
若々しく、なのに年老いて見える人だ。常に寂しがっているような表情を浮かべ、傘を杖代わりにして歩いていた。
最初から私の姿をさらすような真似はしなかった。あくまで監視に留めていた。
あくる日、たしか監視を続けて一九日経った時、私は彼の前に立った。
「今日は」
彼はそう言い放った。目の前にはスキマから出てきた胡散臭い女がいるのに。
「貴方、どうしてそんな顔をしているの?」
初めて彼に掛けた言葉はそれだった。挨拶を返すこともせず、気になっていた事を質問した。
彼は不思議そうな表情を浮かべた。
「生まれ落ちた時からこんな顔だけど」
「言い方を変えましょう。どうしてそんなに寂しげなの?」
この質問に、彼は少し顔を歪ませた。
言いにくい事だったようで、話すことを躊躇っていた。
「ほんの少し長い話になる。部屋に来るかい?」
「お邪魔します」
こうして、私は彼の家に招待された。
その家は木造の大きな家で、しかし所々錆びたトタンなどが付いていた。
彼は一つしかなかった湯呑みにお茶を注いで、私の前に置いた。
「それで、僕が寂しげに映る理由だったかな?」
「ええ。貴方ほど若い人間には似つかわしくないので」
彼は小さく唸り、ぽつぽつと語り出した。
私は彼に見惚れて所々聴いていない箇所があったが、大まかな所は理解出来た。
曰く、彼は人に迷惑をかけることでしか生きる事が出来ないと。よって人に嫌われ、人を避けるようになったと。
「やっぱり人恋しくて、でも人に迷惑はかけたくなくて」
そして彼はこの過疎地に移住し、ぶらぶらと生きているのだと。
「人から疎まれる事は理解できるし納得出来る。それでもね...」
これで彼の話は終わった。話は解った。しかし理解は出来ない。
迷惑をかけながら生きるのは、それは普通の事ではないのか。
そう言うと、彼はこんな風に答えた。
「僕が弱いからさ。常人なら割り切れるんだろうけど、僕はそうはいかない」
「優しい考えだと思うけれど。結局、人に迷惑をかけたくないという事でしょう?」
心にも無いことを言った。が、こういう解釈も出来るだろうということだ。
「ところで、君は何者なのかな?」
びっくりするほど唐突に話をずらされた。とはいえ、彼に少しなりとも私の事を知って欲しくもあった。
「ふむ...そんな場所が」
彼は真摯に私の話を聴いた。どうやら信じてくれたようだ。
「貴方も来てみる?」
「いや」
彼がぽんぽん、と床に手を当てる。この場所がいい、という事だろうか。
沈黙が訪れた。彼には私と話す事など無いのだ。
「...ねぇ。また、会いに来てもいいかしら?」
気づくと私の口はこう言っていた。情けなくも、そう言ってしまう程に深い恋情だと、自分自身気づいていなかった。
「止めてくれ。君に迷惑をかける」
「構わないわ」
本心から出たその言葉に、彼は驚いた表情を浮かべ、そして私の目を見つめた。
「ありがとう」
にっ、と彼が笑顔になる。その不慣れな笑みに、やはり私の心は高鳴った。
そうして、こんな関係に至った。
彼の生活に、ちょっとだけ介入する。彼が眠くなったら膝を貸した。彼に話したい事ができたらその話を聴いた。
「君には苦労をかけるね」
そんな事を彼はよく言った。なかば笑い混じりに。
彼の生活は単調で、淡泊なものだった。
必要な分だけご飯を食べ、それからは本を読んだり散歩をしたりだ。それ以外の時はぼーっとしていた。
私は常にその傍らに居続けた。肩を寄せ合って時を繰った。
「じゃあね」
「ええ」
いつまでも一緒に居れる訳も無くて、夜になると屋敷へと戻った。でも、やはり私の思考は彼に埋められているのだ。頭まで侵食されるとは思ってもみなかった。
だが、その侵入を許したのは私だ。そして、頭の芯まで彼に侵食されるのは、心地好かった。
「やぁ紫」
「隠岐奈」
「最近はよく外に入り浸ってるね。何か良い物を見つけたのかい」
「貴女には関係無い事よ」
「はっは、そう邪険にしてくれるなよ。言いたい事があるんだから」
「言いたい事?」
「妖怪と人間の境界線について」
「......」
「まさかとは思うが、本当に添い遂げるつもりか?あの男と」
「それが何よ」
「お前らしくない。人妖の線引きは御手の物だろう」
「下手なジョークね」
「話が終わるまで、そんな茶々は入れないで欲しい」
「なら、早く用件を言いなさい」
「あの男の寿命を延ばさないか?」
その言葉を吐き終え、直後に摩多羅隠岐奈は無意識の内に死を覚悟した。
他でもない紫からの殺気にあてられて。
「余計なお世話よ」
「...そうか」
彼と会う度に、私は時間というものを心から憎んだ。
それは、無慈悲に淡々と彼から命を奪っていった。彼の黒かった髪は灰色になってゆき、顔の皺も増えていった。
「苦労をかけるね」
彼が冗談のように言っていたその言葉に、もはや昔のような赴きは無かった。その言葉を聞くと、私はいつも思い悩んでしまうのだ。
彼をなんとしても生かせないかと。
だが、私は頭に浮かんでくるその考えを否定した。恐らく彼は、こうやって老いて死んでいくべきなのだ。
床についた彼が咳き込んだ。
帰ろうとしていた私は、すぐさま彼のもとに行く。
「もう、寿命が近いかな。なんてね...」
彼はまた、笑い混じりにそう言った。
「...もう、お別れだね」
「ええ」
「君には今の今まで迷惑をかけた。すまなかったね」
「...最期に、いいかしら」
「言ってごらん」
「名前を教えてくれる?」
「ふふ、ふ...嫌だ」
「なっ...ど、どうしてよ!?」
「そしたら、君は覚えてしまうじゃないか」
「......」
「死んでさえも迷惑をかける訳にはいかないさ。それならいっそ、忘れられた方がいい」
「......」
「紫ちゃん...?」
抱きしめる。彼の、私が愛した人の温もりを忘れないために。
「...ありがとう紫ちゃん。君の...」
彼の言葉が最後まで紡がれることは無かった。
彼の魂は、もう此処には無くなってしまった。
「あ、そうだ!」
「どうしたの、橙?」
紫の膝上に乗っていた橙が、何かを思い出したようだ。
「紫さまに、前に聞こうとして忘れてた事があるんです」
「あら、何かしら?」
橙は自らを抱き抱える紫の顔を見上げるようにして言った。
「恋、ってなんですかー?」
「...そうね...」
その質問に、紫は過去を思い返しながら答えた。
「橙、恋というのはね...相手を忘れないこと」
「忘れない?」
「ええ。何があろうと、その人を想い続けるの」
「難しそうですー...」
「難しいことなんかないわ。きっと、貴女にも解る日がくるわよ」
「ふーん...紫さまは恋したことありますかー?」
「...前に、一度だけ。そして今も」
「へぇ...」
その答えにきらきらと目を輝かせる橙。
女の子なのねと思いながら、紫はすぐ側にある紙を手に取った。それは依代と呼ばれる、式神を使役するための道具であった。
「愛しているわ、貴方」
自らの愛する者に向かって、そんな言葉を吐いた。