移動手段はバベルに唯一存在する
この経済的な背景に前の世界で似た原理のものを使い慣らしていた経験がある水谷はもう少しその辺を解決出来れば普及して便利になるのにな、と技術者の視点の悩みと共に少し残念な表情を浮かべていたとか。
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「ここが20階か」
エリアの形は大きな円形をベースとしており、右か左の一方からずっと進んでいけば、最終的には元いた場所へと帰れるようになっていた。
二人は目的の場所まで道中にあるお店を眺めながら移動するが、ダンジョンに最も近いという場所に合わせて武具屋や攻略に必要なアイテムを売る雑貨屋のような店の割合が多い。しかも、神々も足を運ぶバベルだからか売られている商品の値段も大分高額なのである。
言わば『ブランド品』と言った所であろう。
売られている商品をよく見てみると、売っているファミリアのロゴがそれぞれ彫られている。ブランドというのは長い年月をかけて作った顧客との信用だ。長い年月をかけて多くの顧客から品質や使いやすさの面から信用されているからこそ、買い手が存在し、優れた価値を有している。
そういったブランドの顧客になりたい所だが、水谷が適当に選んだ剣の価格は800万ヴァリス。
つい先日まで火の車だったファミリアにとってブランド品が扱えるのはまだ先の事になるだろう。そう思いつつ、水谷は黙って見てみぬフリをして剣を元の場所に返すのだった。
「ここだ、着いたぞ」
「ここが輝夜が言っていた目的の場所か?」
「ああ、鍛冶で有名なヘファイストスファミリアのバベル出張店だ。ここに私の専属
色々と見て回り、辿り着いたのは赤茶色が目立つ武具屋。入り口の脇には誇らしそうに磨かれた武器や防具がショーウィンドウ内に飾られていて、その外観からは鍛冶師がいる工房というよりはファッションブランド店を彷彿とさせる。
店の名前には『ヘファイストス』の名のロゴ。
ヘファイストスファミリアと言えば、オラリオでは名を知らない鍛冶系統を専門とするファミリアだ。
その名を知らないのは冒険者が集うオラリオで探索専門ではなく、鍛冶専門という珍しい生産系ファミリアだからという理由だけではない。
ヘファイストスファミリアが有名なのは世界最高と噂される武具の品質が最たる要因だろう。
鍛冶の神であるヘファイストス並びにその主神が認めたファミリアの幹部達が作った武具はこの世のものとは思えない程の価値があり、冒険者や
そんなファミリアの関係者に専属
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「おーい、いるのか?」
店の中に入り、輝夜が中に人がいるのか呼び掛けをするが、返事が無い。行きつけのラーメン屋みたいなノリで訊ねた輝夜の声が武具類で埋まった店内に響き渡る。
だが、店内から返ってくる言葉は無し。店内も来店したばかりの水谷と輝夜しかおらず、二人しかいない店内が物寂しさをさらに一層醸し出していた。
「輝夜……いないようだが?」
「いや、店の裏だな。これは」
そう言って、輝夜は関係者以外立入禁止である店内の奥にある部屋へと目をやる。すると、店裏の奥から急ぐようにドタドタと走る音が近付いてくるのだった。
「すまない!店の奥で在庫確認をしていてな……って、輝夜ではないか!?」
「先月の調整以来だな、
現れたのは男性である水谷よりも長身の褐色肌の女性。服は和風を感じる動きやすい服装で、左目の黒い眼帯が特徴的だ。雰囲気的にもまだ少年少女と呼ばれる年齢の水谷や輝夜よりもかなり年上だろう。
にも関わらず、輝夜は彼女に向かって本性を隠さないタメ口。普段なら、お嬢様のような口振りで振る舞っているが、眼帯の女性も親友のように砕けた感じで話しているのを見ると、互いに気を許した仲に違いない。
「時期的に定期調整というわけでは無さそうだが、もしかして新しい刀を買いに来たのか?」
「違う。今日、用があるのは私の後ろにいる客。先月の私のように刀を調整しに来たんだ」
「後ろ?ほぅ……見ない顔だな。そもそも、輝夜が男を連れて来る事すら珍しいのだが……ついに輝夜も身を固める時が「何の挨拶と勘違いしている!!彼は新しいファミリアのメ・ン・バーだ!!」
口元に手を当てて、感慨深そうにしている眼帯の女性に対して、輝夜は怒気を露にして抗議する。静かに青筋を立てて怒る普段の彼女からすれば、こうして大声を吐き出すように怒る彼女も珍しいものだ。
「冗談よ、冗談。そんなに怒るなって。アストレアファミリアの新しい男性メンバーの噂はすでにウチのファミリアにも届いてる」
そう言って、軽い感じで輝夜を慰めた眼帯の女性は水谷の方へと興味を移す。
「紹介が遅れたな。私は椿・コルブランド。ヘファイストスファミリアの団長をしていて、そこにいる輝夜とは専属契約を結んでいる関係だ」
「初めまして、水谷聡人です。よろしくお願いします」
「うむ、こちらこそ!気軽に椿と呼んでくれ。私も期待の新星であるお主に会いたいと思っていたのだ」
初対面である二人が互いに簡単な自己紹介をし、友好の握手を交わした所で本題へ。
水谷は持ってきた刀を鍛冶師である椿に早速預け、刀の調整について話を進めるのだった。
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「ふむ……確かに刃こぼれはしているが、良い刀だ。丁寧に研ぎ直せば、再び扱えるだろう」
鞘から刀を取り出し、ジロジロと刀身を鍛冶師という職人の目で丁寧に鑑定する椿さん。俺の世界では鍛冶師というのが数少ない中々お目にかかれない職業なので、鍛冶師に会うのも初めてだし、武器を取り扱う仕事風景を見るのも初めてだ。
「確か闇派閥から取り上げた物だったな?闇派閥は極東でも活動しているし、大方そこで得た物だろう。錆びてはいるが、刃が微かに青色という美しい意匠も凝らしている…輝夜は何かこの業物の事を知っているか?」
ヒューマンとドワーフのハーフであるハーフドワーフという珍しい種族である極東出身の椿さんが言うには刀としては一級品で、何かしら有名な物らしい。だが、極東出身の彼女すらも検討がつかないそうだ。
そこで、椿さんが訊ねたのは極東の華族出身という経歴を持つ極東事情に最も詳しい輝夜だ。そう言えば、フィンさんも輝夜なら知っているかもしれないと言っていた気がするな。
「青色の刃……そう言えば、私が幼い頃にゴジョウノ家が保管していた倉から賊に名刀を盗まれた事件があったな。名前は確か『睡蓮』と言っていたような……」
まだ幼い頃だから覚えてないと話す輝夜。だが、もしその刀がその『睡蓮』という名刀なら、大変な事態ではないかと気付かされる。
「えっ、という事は、もしかすると輝夜の実家の物かもしれないということか?名刀なら向こうも探していると思うし、返した方が良いんじゃ……?」
「いや、探している素振りは無かったし、諦めていた感じもあったから返さなくて良いだろ。ていうか、実家に返したくもないし、わざわざ帰りたくもない。そのままミズヤが使ってしまえ」
まさか、返すべき家の血縁者にそのまま借りパクしてしまえという悪魔の囁き……まぁ、輝夜は家出した身だし、あまり実家に関わりたくもないのだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
輝夜が持つべきだと伝えもしたが、彼女は普段使う太刀の他に小太刀があるため、もう刀は必要ないと。受け取り手がいないなら、俺が引き取るしかない。
「そうだ……椿、来月にまでその刀の調整は終わるか?来月に我々のファミリアの遠征があるから、それに何とか間に合わせたい」
「あい、分かった。他の客の予約もあるが、私とお前の関係だ。優先的に作業をしよう」
「ありがとうございます」
輝夜のお願いにより他の客よりも優先的に刀を調整してくれる事になり、俺は刀の持ち主として輝夜の分まで椿さんにお礼をする。
「お礼なんて良いぞ、ミズヤ。私もお前とは鍛冶師としても冒険者としても良い仲を築きたい。また、調整やら武器の買い出しで困ったら、ウチのファミリアを訪ねて来ると良い」
こうして、俺と輝夜は刀をしばらく椿さんへと預けて、店を後にするのだった。
その後はもう1つの目的である衣装の買い出し。といっても、こっちは予約していた物を取りに行くだけ。アストレア様……俺が参加する事を見越してすでに発注していたのかよ。