それは合衆国決議を翌日に控えた夜の事であった。
エリア11…いや日本の太平洋沖沿岸に皇族のみが使用することを許された飛空艇であるログレス級浮遊航空艦、通称【重アヴァロン】は鎮座していた。
地上には饗団由来の歩兵を。宙にはヴィンセントを。肝心の重アヴァロンも常にブレイズルミナスを展開していてる。まさにネズミ一匹入り込む余地すら無い空間。
いささか、穏やかな海岸沿いには不釣り合いだがな。
と、そう武人らしからぬ感想を抱いたノネットは暗い館内を徘徊していた。
余分なエネルギーを消費しない為か、はたまた主のただの貧乏性か。
重アヴァロンの館内は暗い。
皇族専用機というだけあって、中身の内装は煌びやかで、外装も負けず劣らず…少なくともいかにもな重鎮が乗っていそうな見た目をしているのに、生憎この暗さではその細部までは見渡せない。
光源と言えば、廊下の淵をなぞるように均等に取り付けられた非常灯、もしくはガラス越しに注ぐ月明かりくらいのもの。
「グレート・ブリタニア…なんて言われていたが、ヤツにかかればただの船か」
重アヴァロンの中でも皇帝のみが使用するこの機は【グレート・ブリタニア】と言われている。文字通り、皇帝のその威光、権威を示す象徴であるのだが、こうも灯りを落とされればその辺の軍艦と大差が無い。
いや、そもそも。
とノネットは考え直した。最初からアレにそういう興味は無かったと。公務を除けば服は質素。食事なんかにも拘りは無い。
「粗衣粗食……というやつか?」
やはり貧乏性だな。ノネットは口角を上げる。ノネットにとって彼女のそういう所は大変好ましく思えた。時代が違ったら、本当の良き統治者になれたかもしれないのに…そう、心の底から思える位には。
足元の灯りに誘導される様に廊下を進んでいくと、他とは一線を画す様な大扉。そしてその前で困った様な顔をして佇む青髪の女性が居た。
悩まし気に狼狽えるその姿は少なくとも武官の類では無い。女性が着るオレンジ色の制服がそれをさらに物語っていた。
「セシル」
「あ…エニアグラム卿………」
ノネットで良い。
そう言葉に出掛かったが不毛と思い止めた。もう同じ様なやり取りを何回か繰り返しているからだ。それでいてこの女性は態度を変えないのだから、実は相当な強情なのだろう。
ノネット・エニアグラムから見たセシル・クルーミーはそういう女だった。
「……またか」
「ここ連日、ですね」
二人の目線は絢爛豪華で重厚な扉。
その先で起きている情事に関して悩まし気に双方は眉を下げる。
聞き耳を立てずとも人の気が無い夜間の館内。
多少なりとも声は漏れる。中から聞こえるのは幼い少女……今や皇帝の座に座り世界を引っ搔き回すアルカの嬌声だった。湿度の籠った艶やかな音は【言葉にならない途切れ声】と【ごめんなさい】という懺悔を繰り返している。
二人の会話通り、今日に限った話では無い。
ここ連日……いや、もしかしたら皇帝になってからずっと。決まって夜更けに行われていたのだろう。ハッキリと認知したのがここ数日……という話だ。
「…ごめんなさい……か」
相手はC.C.だ。
自体が発覚し、かの魔女に問い詰めたところハッキリと本人が答えた。そして、これはアルカにとって必要なことだとも。
「無理も無いかと…。全てを背負うにはあまりにも陛下は幼過ぎます」
「…そうだな」
アルカを苛む人々の声。
血塗られた玉座を手にする為の払ってきた犠牲の数々。加えて今までの歴史の歩みの中で積み重なった無念や怨念。そんな声が、嘆きが彼女にはずっと聞こえている。
死者と生者の境界線を無くすという、シャルル達の計画を否定したあの時……O.O.からコードを継承したその時から。
それが尊き血。コードAを継承するということ。
どうでもいい。と一蹴出来る豪胆さがあればまだ良かった。
ルキアーノの様に人を人とも思わない様な人格破綻者であれば幾分かマシだったか。
しかしアルカは違う。
時代が彼女をここまでの傑物に作り上げただけで、本来は優しい少女だ。魔女と罵られ、迫害されてきた魔女に寄り添い、生き別れた家族の為に身を粉にして剣を取る。彼女の原動力は常に他人。他人の為に動ける…そんな優しさが彼女の本質。
だから声を聞いてしまう。
そして精神が摩耗していく。
C.C.との行為は一種の防衛本能なのだろう。雑音を掻き消す為の、死者の声に知覚させられた心の奥の罪悪感と懺悔を上書きする為の。
皇帝に即位してから暫くは度々。ブリタニアの体制を破壊し始めてからは頻繁。そして今や毎日だ。
日に日に少女の精神は壊れていく。
だがこれから先、明日の合衆国決議が終われば、さらに少女を蝕む声は増えるであろう。
だからノネットにも、セシルにもアルカを責めることは出来なかった。
何かに依存しなければ正気を保てない。それは戦場においてもよく言えること。
「おい。見世物じゃないぞ」
途端、ドアが開いたと思えば件の魔女の声。相変わらずのぶっきらぼうな物言いをしながら、テラテラと光る指先を舐めている。
「C.C.…アルカは……?」
ノネットの視線は薄暗い部屋の奥…ベッドの上に投げ出された少女を見る。
多分な湿度と、独特の臭い。それらが立ち込める中
「ご…ごめん、なさぃ……。ゆる、して」
少女は息を切らしながら呟いている。
事後とは思えない悲痛な声。
「見ての通りだ。…まだ収まりそうにないな」
「しかし……明日は合衆国決議が。陛下のお身体に触る様なことは───」
セシルが意を決して異議を唱える。
ただの蜜事ならば言わなかったかもしれない。しかしここから確認する限り、セシルには少なくとも普通のまぐわいには思えなかった。細い手首と首には痣。点在する赤い点と噛み跡。快楽だけじゃ足りず、苦痛による上書きを施した…そんな様子が垣間見えた為だ。
「身体の事は心配するな。お前達と私達では作りが違う」
「しかし……!」
「くどいぞ。優先すべきはその心。廃人にでもなってみろ。それこそ使いものにならないぞ」
最後の言葉に対して返す言葉は見当たらなかった。
ここで皇帝を下げてしまえば、他国に付け入る隙を…つまりブリタニアにとってのアキレス腱をアピールする様な物。一触即発のこの情勢、特にシュナイゼルが上空から目を光らす中で、国の崩壊に繋がる様な隙は見せられない。
「しぃ……つぅ。…もっと、温めて……。寒いの……しーつー…………」
二人が顔を見合わせて黙っていると、新たに加わる少女の声。記憶よりも舌足らずで、震えた声。
媚びる様な声と共に、アルカはC.C.の手を取り、指を一本一本丁寧に口に含む。目には光は無く、焦点も合っていない。恐らくノネットとセシルが居ることも気付いていないだろう。皇帝としての恥も、人としての外聞も全てを捨てた様な少女の振る舞いは、スラム街に居る娼婦のそれよりも酷い。
「……ああ、すぐに良くしてやる。日本の夜は冷えるからな」
そんな少女に対してC.C.は驚くくらいの優しい微笑みと声音で返す。
「分かったならもう行け。人払いはしておけよ。護衛も要らん」
再びアルカから二人へC.C.は視線を戻すと、先程のなりは顰めていつもの横暴な物言いへ。
そして切れ長の瞳を閉じて、小馬鹿にしたように再び言葉を紡ぐ。
「嗚呼……ルルーシュとスザクには伝えるなよ。お前達より五月蠅そうだ」
そう言い残して魔女は少女を連れて、再び狭い世界に身を沈めた。
◇◇◇
アルカがアーカーシャの剣を手に取ってから………O.O.からコードを引き継いからというもの、彼女の頭の中に響くのは絶え間ない残響。
誰もが明日を望んでいる訳では無かった。明日を望んだのはアルカやルルーシュ、スザクの願い。しかし、それは少なくとも集合無意識の意志とは反した願いであった。
なぜなら、未知の明日を望めるのは、より良い未来を選びとれる一握りの強い人間。大抵の場合は【これ以上は悪くならない様に】と変化の無い地続きの今日を望む。
そんな中で、アルカはギアスで人類に【明日の継続】を強制した。
そのため、彼女の小さい身体には期待が、責務という呪いが圧し掛かる。
皇帝としては当たり前のことなのだろう。これを跳ね除けられる強い自我…もしくはこれを受け止め、期待に応える器量。それが王の証。
だからアルカは決して王では無かった。
それは単純に若さが、経験が、気質が。他の者よりも遥かに足りないからだ。
その点で言えば、シャルルやシュナイゼルは真の王なのだろう。前者は有無を言わさぬ強い意志、後者はその器量を持ち合わせている。
先代のコード保持者、O.O.こと皇櫻樺は、自分の役割は【願いを届けること】だと言った。即ち、届けるべき願いが分かると言う事は、それを聞くことも出来ると言う事で、それはコードを引き継いだアルカにも同じことが言えた。
彼女自身がどの程度の範囲で願いを聞いていたかは定かでは無いが、少なくともアルカはアーカーシャの剣を通して集合無意識にアクセスし、ギアスというパスで繋がり、そのパスは今も生きている。
王に直接意見を言える環境があるとしたら、きっと民は口々に己の願望を言うだろう。そしてそれが叶わなければ、期待は裏返って妬み恨みへ変わる。
今のアルカの立場はその王だ。しかもその下に過去から現在、その全てを内包した人類そのものが居る。
先程も言った通り、大抵の人間は明日を望まない。
たださえ、反感を生みやすい願い。当然、それを為されなかった場合の人々の無念は計り知れない。
だから日夜に渡ってアルカに届くのは大抵そういうもの。人間が心に持つ、負の感情。
ここまでの犠牲を払っても、世界は未だに良くならない。
お前が望んだ明日は、昨日よりずっと悪い。
そんな類の物。
改めてだが、決してアルカに優れた王の器は無い。
黒の騎士団程度の規模ならまだ良かった。しかし、人類そのものを相手では、その幼い虚栄心、ハリボテの意志も萎むというもの。
日中は公務に身を捧げ、夜分は色を求める。何かに依存しなければ、正気が保てない。
それくらいには皇帝はまだ幼かったし、王としての資質は持ち合わせていない。
「どうした。顔が怖いぞ?」
横で柔和に微笑む己が兄、ルルーシュ……否、ジュリアス。
「それでは警戒されてしまうな。正義の皇帝さん?」
VTOLのハッチが開き、目の前には講堂へ真っ直ぐ繋がるレッドカーペット。
そしてそれを囲う様にバリケードと黒の騎士団の兵士達が立ち並ぶ。眼下の大衆…取り分け日本人が多い…がアルカを一目見て歓迎の声を挙げていた。
世間の皇帝アルカの評価としては批判六割、肯定四割という割合だ。
前者の中身は、大抵本国のブリタニア人からで、旧貴族主義体制を破壊したこと、反発する声を弾圧した事による批判が主。
対する後者は逆に、貴族主義の破壊を称賛する声が主。取り分け今までブリタニアに虐げらてきた諸外国、各エリアに住んでいた原住民達からの支持が多い。
そんな肯定派から囁かれる異名がジュリアスの言う正義の皇帝。
元々、アルカが黒の騎士団の出というのもあって、彼女は亡きゼロの意志を継ぐ者と期待も大きい。
だがそんな声もアルカにとって気休めにしかならない。
たかが生者の声など、脳内の残響の何割にも満たず、その上きっと明日以降にはその称賛も全て裏変えるのだから。
「───今だけよ」
少女はそう呟いて一歩踏み出す。
浴びるほどの称賛、期待の眼を掻き分けて、その小さい背中に責務と怨念を乗せて。
彼女は優れた王にはなれない。
どう足掻いても、どう振る舞っても、他人の血でしか道を描けない。
そう、踏みしめるレッドカーペットの様に。
今後の更新について
今回は、お知らせも兼ねて単独で更新しました。
次の更新は少し待たせてしまうかもしれませんが、完結まで書き切ってから更新致します。
なので次の更新以後は完結まで毎日投稿致します。
ギアス二次が初めての作品で途中で、ペルソナ5二次を同時進行し始め、まさかのペルソナの方が先に完結したという愚行。
すみません。
処女作だったので今思うと構成甘かったり、過去話分と最新話辺りで温度感違かったりしますが、何卒大目に見て下さい。
もしペルソナも好き、興味ある、百合大歓迎という方がいらっしゃいましたら、そちらを見てお待ち頂けると嬉しいです。
全151話+オマケという内容になっていますので、そこそこ読み応えあると思います。
URL貼っておきます。
https://syosetu.org/novel/276595/
ではまた!