ザーザーと、波のさざめきが聞こえてくる。
青い空にあおい海。薄い雲に果ての見えない水平線。
光を照り返す砂浜はまっさらな白。
そこに、一人の女が佇んでいた。
腰まで伸びる淡い青緑の髪を白いリボンで結わえ、白魚の様に白く滑らかな体を、膝まで丈が伸びている深藍のワンピースが包んでいる。
顔立ちは端正だが、世に在る美男美女の様な芸術じみた美しさとは違い、ふわふわと現実離れした、どこか『異質』な怪しさが女にはあった。
女は濃い蜂蜜色の瞳をスッと細め、あおく果ての無い大海原の向こう側をじっと見つめる。
そして、溜め息をひとつついた。
空を見上げる。高く昇った太陽が、雲ひとつ無い青の中で大きく輝いている。
しかし、女はそれを恨めしそうな目で見て、やはりまたため息をついた。
先ほどから言っているこの『女』の名前は『クラーフ・トゥール』。太古の昔、かつて地球を支配していた『大いなる者』の意識から出来た化身である。
「・・・さて。」
トゥールはくるりと後ろを向いた。
海からの風が吹いていく先には、白い帆を張った大きな風車が並ぶ小さな村がある。トゥールはその景色をぼんやり見つめる。
「・・・ここは、どこ?」
その肩書きにそぐわない可愛らしいきょとんとした顔で、トゥールは目を瞬かせた。
そう、偉大なる海の王の化身は、現在進行形で迷っていた。
口元に手を当てる。
自分はここまでどう来たのだろうか。眠りに着いた後、何処で起きたのだろうか、そもそも眠っていたかのだろうかーーー
ぐるぐると渦巻く疑問は止まらない。頬を掻いて、腕を組み、頭を揺らす。
首をいくら捻ろうと、自分の中の解は見つからない。
だから、改めてもう一度、目の前を見てみる。
目の前には、人間達がポツポツと見えている。はて、ここは地球のどこだろうか。
トゥールは小さく唸る。
トゥールがいた地球とここは明らかに違っていた。海はこんなにきれいではないし、こんなに人の髪はカラフルではない。見たことがない生物もいるし、上空で輪を描くカモメでさえ違う・・・?
そこまで考えたとき、彼女の中ではっきりとした『疑問』が生まれる。
そもそも、ここはもとの世界なのか。
トゥールはくるりと周囲を見渡す。
そうだ、何かが違う。分からないが何かが違うのだ。現実か、はたまた思い込みか、小さな違和感が喉をつかえている。
欠伸をひとつして
真偽を確かめるため、トゥールは本体と連絡をとることにした。
頭の中で、テレビの砂嵐のようなホワイトノイズが流れる。
それは途切れることもなく、延々と続く。
「・・・ありゃー。これはちょっと遠いねぇ。戻るのに時間がかかりそうだ。」
頬をポリポリと掻きながら、気の抜けたような声で彼女はそう呟いた。
この世界は少し“異質”だ。
海の中に普段なら存在しない大きな魚の気配が潜んでいる。
いや、それは大した事じゃない。
世界そのものに未知の力がある。意思とイコールの関係に在るような不思議な力。
化身だが人間の形になっているトゥールにもこの世界に入ったからなのだろうか、例外無く『それ』があった。
魔力とは違った“何か”が。
「…面白い。」
迷い込んでしまったにせよ連れ去られたにせよ、この世界は少なくとも眠っているよりは楽しそうだ。
ぐぐっと伸びて、もう一度くるりと回る。花妖精のようにかわいらしく、どこか不気味さを滲ませて。
微笑む。
それに、だ。
帰るのに急ぐ必要は無い。なんたって、時間“だけ”はたっぷりとあるのだから。
トゥールはぐぐっと伸びをした。
「さて、探検探検♪」
軽い調子で、彼女は足を踏み出した。
目指すは、赤い髪と麦わら帽子。
つづくかもしれないし、つづかないかもしれないよ