一応、復讐でもしますかね。 作:エメレンシア / 観察端末
「今や世界中どこを見ても獣種化した人間ばかり。アレとも契約は可能なようだけど、私は前の愚かで馬鹿な人間の方がいいわ。無様なのだもの。でも、こうなってしまったら人間はもう生まれないの?」
「まさか。獣種化した生命がこの地にとどまり続ける限り、獣種化した生命が産む命はすべてテルミのエメレンシアに溜め込まれた魂から使用されていくのよ。だから、本来の地獄で整列している魂の方は、今までの再生と同じく、500年をかけて人間になるの」
「破滅が無いから、それらはもう人間として生きていけるのね」
「ええ、けれど……獣種というのは二つで一つの命だから、いずれ"魂の摂取"に溜め込まれた魂が枯渇するわ。死ぬ方が少なくなって、生きている方が多くなる。そうなればこのシステムも終わり。テルミのエメレンシアは転生を続けるだろうし、獣種が死ぬわけじゃないけど……とある時点から、獣種は子供が生まれ難くなるでしょうね。魂が足りないから。そうなるまでには幾千年かはかかるでしょうけど、ずっとじゃない。また人間の時代が来るわ。今度は破滅が訪れない、高次な知識を得るに至る程の人間時代が」
赤い──悪魔の世界。
小さな妖精のような姿をしたリリスと、露出度の高い服を着たゼヌニム。クナンサティーはコレクションのポージングに忙しく、アブラヘルは生体の世界で行われている醜い食物争いに思いを馳せている事だろう。
ここにいるのはその二人と、もう一人。
「ううむ、ううむ。いや悪魔というのは慣れぬな……いえ、いえ、私という自意識は昔を覚えているわけではないのだが、ううむ」
「独り言が多いわよ、マハラス」
「それは済まない。何分先ほど生まれたばかりなもので。これこの通り、口調も安定しない。というか何故女の身体に? いや前が男だったのかすら覚えていないが」
「"至高存在"が男性人格だからね。影である悪魔は全員女性人格になるの。体はまぁ、自分で適当に変えて」
「折角生まれる事が出来たんだから、もっと喜べばいいじゃない。ナトゥムだって結構大国だったのよ? 融合に用いられた魂の量で言えば、クナンに次ぐわ」
「む、む、む……。まぁ、自己問答は後にするとしよう。リリスと言ったか。我らが母。我らが主。私は自由にしても、良いのだったな」
「問題ないわ。人間に与するのも、敵対するのも、好きにして。まぁ今人間はいないんだけどね」
顔の半分が薄黒く染まった少女。名をマハラス。
シェルダンの魂はテルミのエメレンシアによって守られていたが、ナトゥムはそうではない。本来であればミグエルも巻き込めたのだが、あろうことかミグエルの人間は誰一人として絶望しなかった。あとに残す者に、託すべき相手にすべてを託して、安らかに死んだ。あれでは悪魔が生まれようもない。
阿鼻叫喚の果てに土塊となったナトゥムの民からのみ、新しい悪魔が生まれたのである。
他の大陸には、人間など──生物など、存在しないから。
「それで、獣種のサンプルは捕まえられた?」
「良いのが奴隷として売られていたから、ちょちょっとね。クナンのポッドに保管してあるわ」
「悪魔の血と獣種の血を良い具合に配合すれば、降りるための身体を都合できるようになる。暇なときにやりましょう。ちなみに、どんなコ?」
「狐の男の子。絶望に打ちひしがれていたからこれ幸いと思って」
「狐……ねぇ。あんまり良い思い出は……まぁ、それなりに楽しかったから、良しとして」
それじゃあ、と大きく手を広げて、リリスは言う。
言う、というか、宣言する、というか。
「貴方が何を考えているのかは知らないし、知りたくもないけど……"至高存在"。精々楽しい舞台を用意して、私達を楽しませてね。貴方の手の届かないこの世界を、私達は面白おかしくひっかきまわさせてもらうわ」
だから。
「これからも、終わらないダンスを踊り続けましょう」
Pool Suibom。出口のない循環よ。無粋な観測は、ここで終わらせなさい。
その子も、解放してあげるように。
「ん?」
「む」
おお。
すげぇ、珍しいというか、久しぶりというか。
懐かしい奴に出会った。
「よぉ、ダンディ犬。お前生きてたのか」
「いつぞやの、狐か。お前こそ生きていたのか……とは言うまい。史上最も多くの人間を殺した狐だろう。その醜聞は地下にさえ届いていたさ」
「人間に恨みがあるんじゃあねぃのか、お前さんら。醜聞なのかい?」
「奴隷だった者や棲み処を追いやられた者、人間たちに拒絶された者はまぁ、人間に恨みがあるのかもしれんな。私が恨みを持っているのはエメレンシアだけで、人間に対してはさしたる興味もない」
「でもお前さん、元人間なんだろ」
「ならば聞くが、狐。お前は狐に興味があるのか」
「……ねぃな」
確かに。言い負かされたわ。
「それで、んなトコで何してんだ。死ぬ気か、お前さん」
「男には崖の上で黄昏れたい時期というものがあるのだ。女にはわからんだろうがな」
「踏み外しゃあ死ぬぞ。この国取り囲んでるこの谷、どんだけ深いと思ってやがる」
「理解はしているさ。なんせ、この傷跡を付けたのは私だからな」
「……は?」
いやぁ、あの頃は若かった、などと。
ダンディ犬は言う。そういえばコイツ何歳だ? 他の獣種化した生命って基本10~20代っぽいんだけど、こいつは……もっと年上感あるぞ。
で、なんだって? この谷が傷跡で、それをつけたのがコイツ?
「正確に言えば私の元の人間となる。ギルド、というものは知っているか」
「散々世話になったよ」
「元々そこに所属していた。いつまでもダンディ犬などと呼ばれているのもなんだ、自己紹介をするとしよう。私はライオット。ライオット・ホルンだ。我ら依頼のみで動く英雄集団なれど、今は犬の身。自由気ままにやらせてもらっているよ」
「そうけ。元の人間の方は、俺が殺しちまったよ」
「どの道この大災害で死んだだろう。自分の土塊が皆に壊されるのを見るのは好ましくないからな。結果論とはいえ、感謝さえあるさ」
「余計なお世話だろうよ、アイツにとって」
「はは、違いない」
ダンディ犬改めライオットの見つめる眼下。
そこには深く暗い谷が広がっている。この地の底のどっかには、落ちたデイルの住人の死体もあるのかね。あるいはもう、虫だの獣だのに食われたか。食った奴らも土になって、いやはや全く、と。
「……正直に言うとね。私は、あの地下集落から……逃げてきたんだ」
「へぇ」
「皆が皆、エメレンシアへの復讐ではなく、人間への復讐を主眼においてしまった。大災害の後の凄惨さを見れば逃げ出したのは正解と、そう思う。最初は悪趣味な人形だと、人間を模した人形だと思っていた彼らも、それらが全て生活の途中であることに気付いた途端、悪鬼のようになって砕き始めた。ネズミやカラスが土塊になっていたのも大きいだろう。ソレが人間であるとわかったら、もう手のつけようがない程……ああ」
「善悪の区別はある、つってたな、人間の方のライオットも」
「無ければ英雄になどなっているものか。況してや女性や子供の土塊を並べたり、晒したり、その上で砕いたりと……そこらにいた盗賊よりも下卑た、余りにも悍ましい行為に走る者もいた。地下にいた時は彼らが弱者であったから、彼らを守らんと奔走していたが……これではな」
「善性と悪性の見分けくらい付けられるようになれよ。ああ、まぁ、見分けられねぇから全部守ったのが英雄か。は、馬鹿だな」
「元の私と戦ったのなら、わかるだろうが……私にはこういう能力がある」
言って、爪を素早く振るライオット。
それだけで、向こう岸の地面がぱっくり裂けた。
こわ。
「過ぎたる力だ。加えてこの身体になってから、元の身体とは比べ物にならない程の力を出せるようになった。膂力も、腕力も……何もかも。一個人が持つには余りにも、だろう。そういう奴らの集まりだったのだ、ギルドというのは。自分が怖いから、誰かの依頼に従う事で自身の行動の理由付けをする。誰よりも弱者だったのは私達さ」
「はン、そりゃあお前達、獣に向いているな。精々楽しめよ犬生を。もうお前に依頼を出す人間はいないぜ。いるのは畜生共ばかりだ。ああ、まぁ、ミグエルに行ってみるのはアリかもな。あそこは……善性の奴らばかりだった。苦しくなる程に」
「ありがたく従うとするよ。どうもこの国では、私が息が苦しくてたまらないようだ」
「あっちについたらメリンダって猫によろしくな。アルジナって狼がいる可能性もある。元気でやってるって、まぁ言っておいてくれ」
「自ら行って言えばいいだろう」
「面倒が勝る」
「最低だな。了解した、その託確かに預かったぞ」
踵を返すダンディ犬……じゃねえ、ライオット。
本当に黄昏れてただけかよ。馬鹿じゃねぇの。
というか踵を返してどうするんだ。ミグエルは向こう岸だぞ。
「すぐには行かんさ。私とて挨拶の一つもしなければ」
「逃げてきたんじゃなかったのかよ」
「何、会いに行くのは彼らではないからな。それでは、これで失礼しよう。狐……いや、ラナエよ。またどこかで」
「おう。じゃあな、ライオット」
手を振って。
別れる。
……それもまた、かね。
さて。
頭ぁ吹き飛ばされても死なねえことが発覚した俺が棲み処に選んだのは、例の学校だった。破滅の制御権を渡さねえために殺されないようにしろ、との話だったが、老衰以外で死なねえんならどこに住んだって一緒だ。なら騒がしい地上より、未だよくわかっていないこの学校の方がまだ興味がある。
実際、入ってみて……図書室に真っ先に向かってみりゃあ、びっくらぎょうてん。
「日本語……だな。うん。そうじゃねえかと思っちゃいたが、やっぱりここは……この建物は、日本の学校だ。それも小学校……しかしどこのかはわからねえ。んー? "思考存在"がここを用意したのか、エメレンシアが用意したのか、はたまた元からあったのか」
一冊一冊、懐かしい文字を読んでいく。
所々読めない漢字があって衰えを感じたり、覚えている神話だの民話だのがあって笑ったり。
その中で、一冊。一冊だけ、この世界の書物を見つけた。
「『ディム』……?」
簡素なタイトル。
本を開くと、そこにあったのは、なんだか幼稚な絵。光の玉の前に一人の人間のようなものがいて、それのせいで影が出来ている。その影が恐ろしい何かを映し出している。ただそれだけの絵が両ページにでかでかと描かれていて、その中心に描かれた一人の人間のようなものに、今度は英語で"DEM"と書かれていた。
その次のページは先ほどのページをコピーしたものに四つの人影を足したもの。その次は地形を足して四つの影を消したもの。その次は地形を増やして人影を増やしたもの。その次は地形を足して動物が増え人影が消えたもの……。
そうして、光と影とDEMはそのままに、周囲の様々が増えたり減ったりを繰り返して変わっていく。
あ、影も増えた。低頻度だが、影も増える。光とDEMの位置だけは変わらずに、増えたり減ったりを繰り返す。
一体幾枚、ページを捲ったか。
最後の方は適当になっていて、白紙になったタイミングで手を止めた。
その直前のページを見る。
「DEMの位置が……動いたな。ふむ。まぁ順当に考えりゃあそういうこったろうが……」
じゃあこれを、誰が描いたんだ、という話。
そんなことを知っている、そんなことを覚えている奴なんて。
「"思考存在"……か?」
アレが、絵なんか描くのか。
──本を閉じる。
「どうでもいいか、そんなこと」
多分、次のページが描かれる頃には俺ぁ死んでいる。
今のページを精々楽しめって話だ。
そういうわけで。
あっさり、締めくくらせてもらおう。