1話完結の短編小説です。フィアンマ×オッレルスのIF話です。警告タグに「ボーイズラブ」を追加しましたが、BL要素は少な目のコメディ系です。少し時期が早いですが、フライングで書かせて頂きました。

pixivにも同じ白滝という名前で投稿しました。よかったら覗いてやって下さい。




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「雷神伝 ~常戦飢闘のルサンチマン~」
「インテリビレッジの座敷童 ~フェイト・ロンダリング~」

なども読んで頂けたら嬉しいです。

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感想・評価など気軽にお願いします。暇潰しになれば幸いです。
※追記
オッレルスの一人称を修正致しました、すいませんでした。


魔神とホワイトデーと『私』

 ――――オティヌスが創造し、体験してきた数多の世界。今となっては、もはや本人達さえ気付かない。起きるはずだった戦いは平和に時を流れ……これは、もしかしたらあったかもしれない、そんなとある世界の魔神と『私』の物語。

 

 

 三月に入って、もう数日。降り積もる雪が溶け始め、春の兆しが見え隠れするそんな季節の頃合いだった。

「納得いかないねぇ、そこへ直れ!!」

「ちょっと!シルビア!!その辺にしときなって!!」

「いいや、もう我慢ならないね!もうこの際だ、徹底的に文句言わせてもらうわ!!」

 そんな問答を既に小一時間ほど繰り返し、まるでレスリングのように揉みくちゃになっている男女が一組。怒り狂う姉御肌な女性がシルビアといい、細身で好青年なのだがその柔和な笑顔が引きつり台無しになっている男性がオッレルスという。

 二人とも魔術という神秘が織り成す界隈では屈指の実力者であり、一度騒げば山が潰れると表現しても比喩にならないレベルの危険人物である。

「そもそも私はこんな奴を拾うなんて反対だったんだパーンチ!!」

「アレイスターの企みを挫くためには必要な人材だったじゃないかガード!!」

 一見するとただの子どもの喧嘩のように見える。が、シルビアは多重の結界魔術を数秘分解的に無限に重ね掛けし、家を一軒丸々吹き飛ばしかねない程に力を増幅させたパンチを放っている。対するオッレルスは、ギリシャ神話とアステカ神話という接点の薄い宗教体系を強引に曲解して融合させた超スーパーウルトラA級魔術で力を分散し拡散して受け流していたりする。

 要は、めちゃめちゃすごいのだ。

 その辺を歩いている魔術師なんかが彼らを目撃したら、思わず口をあんぐり開いて茫然とするような高度な魔術戦を繰り広げている。数世紀を跨いで日の目を見る事がない国宝級の秘術が、まるで呼吸するように応酬される。

 そんなギャグさえギャグにならない口(?)喧嘩を前にして、この騒動の原因となった人物はティーカップをゆっくりと口に運び、優雅に紅茶を啜って、こう言った。

 

 

「不味いな」

 

「私の淹れた紅茶が不味いだとォぉぉおおおおおおおおおおおお!!???」

「お、落ち着くんだ、シルビア!!ほら、今日の風呂掃除は俺がやるから!!」

 ちゅどーん!!と、岩さえ砕くシルビアの結界魔術がフィアンマを襲うが、オッレルスがサッカーのゴールキーパーかの如く顔面ブロックして急場を凌ぐ。オッレルスの顔面に弾かれた結界魔術が家の天井を突き破り、流れ弾がとなりの民家を消滅させた。

「いや、そうは言ってない。紅茶の淹れ方は素晴らしいの一言に尽きるな。流石は王族に遣える巫女だ。だが、俺様の好みには合わなかったよ。英国王室エリザベス女王二世御用達のH.R.ヒギンスとは中々に恐れ入ったが、『伝統』や『格式』がやたらと鼻を突いて、俺様は好かん」

「……こ、の、若造が~~~~!!女王陛下が御飲みになられた香味を馬鹿にするとは~~!!許さん!!奥義、結界魔術の一〇八式弾幕!!」

「早まるなァ、シルビアぁぁぁあああああああ!!!今日の夕飯の買い出しは俺が代わりに行くから!!……って、うわぁぁぁぁああああああああああああああああ!!」

 国一つを滅ぼしかねないシルビアの死の弾幕を、バッティングセンターのマシンの如くオッレルスが全て弾き返す。打ち返された弾幕は夜空を描く流星となり、国境を越えてエリザリーナ独立同盟国に落下した。国が本当に一つ潰れた。

「まぁ、気にする事はない。俺様はあくまで居候だ。命の恩人である貴様らにそこまで不躾な要求などはしない」

「どの口がそんな台詞を言うか!!」

「落ち着こう、シルビア!!深呼吸をしよう!!ほら、吸ってー」

「すーっっ」

「吐いてー」

「はぁーー」

「はい、じゃあ次は君の番だよ、フィアンマ。シルビアに言わなくちゃいけない事があるよね?素直に言ってみようか。せーのっ……『ごめんな―――」

「おい、今から二、三日かけてロンドンまで旅行に行ってくるぞ」

「「フィアンマぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」」

 直後、全く反省の色が見えないフィアンマに怒り狂ったシルビアの剛拳が飛来し、身代わりとなったオッレルスが魔術の盾を発動したせいで魔力が爆発して家が粉々に吹き飛んだ。

 ……同刻、ヨーロッパでは非常に珍しいマグニチュード五・八の地震が観測され、世間を賑わせる話の種になるのだが、彼らには知る由もない話であった。

 

 

 

 

 ワルシャワ・フレデリック・ショパン空港。

 ポーランドの空の玄関口だ。例え歴史を塗り替えるような『魔神になり損ねた男』オッレルスや特異な体質を持ち『世界を救う力』を有するフィアンマであっても、海外へ渡る手段は一般人と同じである。

 さながら観光気分だ。

 これから「打倒!魔神オティヌス!!」と日本へ旅立とうと意気込んだところで、オッレルスの両手には空港内のお土産品、フィアンマが引っ張るスーツケースには高価なブランドの洋服が詰め込まれている。

 異常で異形な異端でも、異変がなければ一般人。

 にこやか空港を散策する彼らは、周りの観光客と大差ないように感じられた。

「フィアンマ、見てくれ!これが本場のイースター・エッグだよ!季節外れだってのに、客商売ってやつには見境がないねぇ。伝統を軽視しないで欲しいよ!」

「そう言いつつも、ニヤニヤしながら買っているじゃないか。おい、遅れるなよ。あと一〇分もしないで俺様達の便が出るぞ」

 子どものようにじゃれつくオッレルスをもう何度目になるか分からない程あやして、フィアンマは空港の電光掲示板に目をやった。どちらが保護者か分かったものではない。

 嬉々として土産物を手に取るオッレルスを引っ張り、やんちゃな子どもに手を焼く母親のようにフィアンマは搭乗ゲートを潜った。

 オッレルスは問題なく通過したが、フィアンマはベルトの金具が金属探知機に引っかかってしまい、検問の男に呼び止められてしまった。

「おーい、フィアンマー。時間がないって言ったのは君だろー。ふふっ、どうやら君は―――」

「いいから先に行っていろ!!子どもか、お前は!!」

 フィアンマを茶化すオッレルスを思わず怒鳴ってしまい、先に飛行機に搭乗するように促した。急いでベルトの金具を外し、ゲートを潜る。

 と、そこで、

「おーい、忘れ物だー」

 ゲートの向こう側からシルビアの声に引き止められた。何やら手包みを持って手をブンブン振り回してくる。

「なんだ、シルビアか。確かお前は『明け色の陽射し』のボスと接触を図る段取りではなかったか?もうイギリスに向かっていたのかと思っていたが?」

「なーにクソ真面目な事を言ってんのよ。ったく、これだから仕事一辺倒の男はやんなるわ。……その様子だと、今日が何の日か知らないでしょう?」

「?」

「ホワイトデー、でしょ」

 ああ、そうか。と、彼女に言われて初めて気付いた。

 今日は三月一四日。

 一般的に、男性が好きな女性に想いを込めてチョコを贈るホワイトデーとされている。

「……『マンガ』や『アニメ』の台頭には目を見張るが、日本文化の浸透は凄まじいな。これはもはや、学園都市が既存の宗教体系を破壊するための文化的侵略でも企んでいるんじゃないか?」

「そういうシリアスな考察なんてしてるから世界を救うなんて発想が出てくるのよ。はいはい、よく分かりました。いいからこれ、もらっときなさい」

 そう言って、シルビアは手包みをこちらに投げ渡そうとしてくる。検問の男が怪訝な顔を向けた。

「いらん。荷物はもうベルトコンベアに乗せてしまった……そもそも、ホワイトデーは『男性が女性に』チョコを渡すイベントだろう?お前から貰っても立場が逆で筋違いじゃないか」

「そういう細かい事なんて気にしなくてもいいのよ、面倒臭い。知ってる?日本人は我らが父の生誕祭を祝った七日後には、新年の祝杯を違う神に捧げるそうよ。楽しんだモン勝ちってコトよ」

「それとこれとは話が――――」

「いいから貰っときなさい!わざわざ私が出向いて作ってやったんだ。英国の近衛侍女の手作りチョコだ、一般人では手が届かない値打ち物だぞ」

「チッ……ああ、分かった分かった。好きにしろ、俺様は今、時間がなくて急いでいるんだ。誰の所有物か見分けがつくように、オッレルスと俺様の名前でも包みに書いておけ。じゃあな」

 そう言って、面倒臭そうにフィアンアは搭乗ゲートを後にした。

 

 ―――これが、後の悲劇を生む全ての引き金となるのだった。

 シルビアはフィアンマに言われた通り、チョコレートの箱の包装紙に彼の名前を書いた。チョコ自体は確かに彼女の手作りであったし、彼女の言に嘘はない。しかし、シルビアは市販の『ホワイトデーチョコ 包装用』を買って包んでいたのだ。包装紙でチョコを包むと、ちょうど包みの上面に『愛しているよ』などの定型文がプリントされている商品である。

 彼女は特に意識などせず適当にオッレルスとフィアンマの名を包みの上面に記入したのだが、不運にも『To_~~』と『From_~~』という欄に、彼らの名前を書いてしまったのだ。

 そう。

 

 『To_Ollerus

     あなたへの愛を込めて

            From_Fiamma』、と。

 

 

 

 

 フィアンマとオッレルスが日本に降り立ったのは、翌日の夜が更け始める頃合いだった。

 イギリスよりも遥かに美味しかった夕食のビーフオアフィッシュに感激していた、ちょうどその頃。手荷物の受け取りを待ち、ベルトコンベアの前で二人で佇んでいた。

「あっ、きたよ」

 オッレルスの荷物が流れてきた。これでようやく出発できる。観光気分はもうお終い。

 ここからは魔神オティヌスとの抗争に本腰を入れるため、日本で拠点を作るために忙しい日々を送る事になる。

 お互いにその事を意識し、気を引き締めるように深呼吸をした。

「さぁ、行こうか、フィアンマ」

 そう言いながら、オッレルスが自分の手荷物へ手を伸ばそうとした時だった。

 

 

 ――――『オッレルスへ あなたへの愛を込めて フィアンマより』と書かれた、ピンク色でハートの装飾が煌びやかに彩られたチョコレートの箱が流れてきたではないかッッ!?

 

 

「―――ぶふッッッッッッッッ!!」

 深呼吸して肺に溜め込んだ息を、思わずまとめて噴き出した。

(な、ななななななな、なん、なん、だ…………ッッ!?)

 なんだこの誤解を生みそうな愛の告白は!?と、言いかけて我に返る。彼の明晰な頭脳は、一瞬で全ての状況を把握した。この即断即決が、フィアンマを窮地から救い出すことになる。

「え?どうかしたの、フィア―――わっ!?」

 こちらに気を取られたオッレルスがチョコの箱に気付く前に、彼を押し飛ばして、箱に駆け寄った。

(―――――ど、どどど、どどこかに隠すしかないッッ!!)

 シルビアに毒づいてる暇なんてない!!ヤバイ!!

 このままではあらぬ誤解を受けてしまう!!

 ヴェントが虚空からハンマーを取り出すように、アックアが自身の影から巨大な金属棍棒(メイス)を取り出すように、魔術師は物を収容しておく魔術を持っている。フィアンマの場合は、自分の装飾品へと変化させる魔術であった。

 周囲の人間に構っている状況ではない!チョコの箱を急いで耳ピアスへと変化させる。

「痛たたた……どうしたんだ、フィアンマ?何か変な物でもあったのかい?」

「あ、ある訳ないだろう。何を言っているんだ、お前は。全く意味が分からないなぁ。俺様はただ自分の荷物を取っただけだ」

「その耳ピアスが、かい?……でも君は以前、耳にピアスを付けるのが嫌いだと言っていたような?確か、前方のヴェントがピアスを使って魔術を利用しているとかで……」

「……そ、そうそう、そうだ!俺様は別に自分が付けたい訳ではない。お前へのプレゼントと思ってな。は、ははは……」

 顔を引き攣らせながら、フィアンマは微妙なラインの言い訳で難を逃れようとする。

 しかし、

「ほ、本当かい!?それは嬉しいよ!君が俺に感謝の心を抱いているなんて!!これはシルビアに赤飯を炊いてもらわないとね!!」

 と、予想外な反応が返ってきた。

「あ、ちょ、おい!?」

 オッレルスは嬉しそうにフィアンマの手からピアスを掠め取り、その場で耳にピアスをつけた。

「どう、似合う?」

「……あ、あぁ」

 これは、マズイ。そこまでオッレルスがプレゼントを喜ぶとは思ってなかった!?

 非常にまずい事になってしまった。

 実を言うと、フィアンマはその体質上、一般の魔術師用に調整された術式は得意ではなく、ピアスへの変化の術も維持できる時間がそれほどないのだ。

 長く見積もっても、三〇分。

 それを過ぎれば、魔術が解けてピアスが元のチョコの箱へと戻ってしまうだろう。

「さぁ、行こうか、フィアンマ」

 今まさに、第三次世界大戦を主導した『右方のフィアンマ』による、世紀を揺るがす大いなるチョコレート(恋文付き)奪還作戦の幕が上ったのだった!!

 

 

 

 

(まずい、まずいぞ……)

 フィアンマは困惑していた。

 いや、ぶっちゃけもうそんなレベルではなかった。もはや魔神オティヌスとかどうでもよかった。そんな世界の存亡が関わる歴史的大事件よりも、目の前のピアス型霊装(恋文付きチョコレート)を奪い返す方が今のフィアンマには大事件なのだった!!

 オッレルスが歩きながら、魔神オティヌスの攻略だとかなにやらを色々と説明しているが、全ての質問に「あぁ」やら「そうだな」と言って適当に相槌を返す。そんなクソ面倒な事よりも、今はもっと頭をフル回転させる優先事項があるではないか!!

(愛の告白!!その誤解だけはまずい!!なんとか違和感なく自然に取り返さねば……制限時間はもう三〇分ないぞ!!)

 オッレルスがタクシーを呼び停めた。本拠地までは車で移動するらしい。

(しめた!!これはチャンスだ。座席が近い分、顔をオッレルスに接近させても違和感はないはずだ!!)

 『世界を救う力』を持つ男とは、世界が、そして運が味方をする素質がある者のことだ!好機を呼び寄せるのも彼の実力の内である!おみくじで大凶を引こうが、手相占いで「同性の知人と新たな関係が生まれるでしょう」などと予言されようが、選ばれた素質を持つ人間は毎日がラッキーデイなのだ!

 だからこそ、車の後部座席という密室空間はチャンス!ピアスを外す事は無理でも、もう一度ピアスに触れられればチョコの箱の変化の時間を延長ぐらいはできるだろう。あとはオッレルスの寝込みを静かに襲えば、彼に気付かれずにピアスを外すくらい朝飯前なのだ。

 今はタイムリミットを延長し、延命処置を施さねばならない。そのために、オッレルスに接近する契機を待っていたのだ!!

 神はフィアンマに味方した。これはツイている!!

 迷うことなく、先に乗車したオッレルスに続いてフィアンマも乗車した。腰と腰が触れ合うほど近くに座る。オッレルスが流暢な日本語で運転手に目的を告げた。東京の夜景も意外と綺麗だねぇ!と子どものようにはしゃぐオッレルスが、ふと違和感を感じたようにこちらを向いた。

「……フィアンマ?」

「なんだ?」

「……なんだか今日は、近くないかい?」

「近い?なんの事だ?俺様は至っていつも通りだ」

 オッレルスが怪訝な顔をして、窓を覗くようにして腰を浮かせる。外側に少しだけ距離を取った。

(チッ……防備が堅い!?もっと一気に攻め寄るべきだった!!ここは強引にでも話題を繰り出し、オッレルスの顔をこちらに向けさせるのが正解だったか!不覚……ッッ!?)

 後悔しても遅いが、まだ大丈夫だ。フィアンマが「おい、あれはなんだ?」と窓の外を指差しながら景色について質問すれば、何気なくオッレルスの顔に自分の顔を近づけられる!

 このフィアンマ、そんな程度で躓くほどヤワではない!

 

 ……が、一つ問題がある。

 

 オッレルスは右耳にピアスをしている。そして、フィアンマはオッレルスの左側に座っているのだ。ピアスに手を伸ばすのは不自然な位置取りなのだ。『誤って偶然に手がピアスに触れてしまった』という状況が狙いにくい。少しでも強引なアプローチをすれば、オッレルスに勘付かれてしまう。魔神になり損ねた男……彼の実力は図り知れないのだ!!

「クッ……痛恨のミス!!日本は左側車線だったか!?いつものように後から乗車すれば右側を陣取れるはずだったのに……ッッ!!」

「……そこまでのカルチャーショックではないと思うんだけど」

 思わず言葉が口に出てしまったが、オッレルスは気付いていないようだ。どこまでも鈍感な奴だった。ラッキーである。

 

 ―――――第二ステップ!!

 

 オッレルスへの接近自体は、何気ない会話のやり取りで自然にできる。問題はないのだ。

 が、そこから「顔の右側を覗き込む」というアプローチまで攻められるのか?

 厳しい。怪しいと勘付かれるに違いない!!

(なにか、この二つのアプローチを一手で熟す策があるはずだ!!考えろ!!考えるんだ!!)

 既にタクシーに乗って一五分近くが経過している。時間もない。

 と、タクシーの真横をけたたましい音を響かせてバイクが駆け抜けていった。どうやら日本にも爆音マフラーを装着して騒音アピールをするチンピラもいるらしい。

(――――悪い!!尊い犠牲だ!!世界平和のための必要悪だ、許せ!!)

 フィアンマがカーブの慣性に揺られた振りをして、オッレルスの方へ寄りかかった。

「わわっ、ちょっ、フィアンマ!?近いよ!?」

 そんな風にオッレルスが顔を真っ赤にして動揺するのも計算の内である。彼が動揺したタイミングに合わせて、彼に見えないように背中に回した右手を小さく振った。フィアンマの放った『聖なる右』が、タクシー内だという物理的制限すら超えて、外を爆走するチンピラのバイクに被弾する。

 直後、バイクの後輪がパンクした。派手に転倒して、前の車が急ブレーキをかける。そのまま、ドミノ倒しのように立て続けに急ブレーキが連鎖した。当然、フィアンマが乗っているタクシーも慌てて急ブレーキをかけた。

 ぐん!と、前方につんのめる。フィアンマもオッレルスもシートベルトを締めていなかったため、前の座席にぶつかる程つんのめった。

 そこで、

「ウ、ウワー(棒)」

「ちょっ、なんなのさーっっ!?」

 フィアンマがオッレルスをごく自然に(と本人は思っている)引き倒した。さも「あ、何かに掴まろうとしたら、オッレルスの服を掴んじゃったよー、てへぺろー☆」と言わんばかりの勢いで、横倒しになったフィアンマの上にオッレルスが引き倒された。

(―――――計画通りッッ!!)

 鼻と鼻が触れ合い、互いの呼吸が頬を掠めるような距離で、オッレルスが顔を真っ赤にしながら慌てて離れようと身体を起こした。

(――――させるかァ!!)

 このチャンスを逃したら、もう時間がないのだ!!最後のチャンス!!もう一度顔が離れる前に、霊装化の魔術を上書きして、タイムリミットを延長させねばならない!!

「ナ、何ガドウナッテイルンダー(棒)」

 座席に横になり、オッレルスが上に覆いかぶさって身動きが取れないフィアンマは、オッレルスの脇から腕を通して闇雲に手を伸ばし、さも偶然にシートベルトを掴んだように見せかけた。そして、思い切り引っ張った。結果、シートベルトがオッレルスの頭を抑えつけ、フィアンマの顔から離れられなくなる。

「ち、ちょっと!?フィアンマぁぁあああ!?まずいよ!!この体勢は色々とまずいよ!!触れちゃいけないところが、ちょっと!!ねぇ!??」

「そんなことより、お前、今の転倒で右耳に怪我をしてるぞ。見せてみろ」

「え!?この体勢で!?ま、まずは起き上がろうよ!!ちょっと!!シートベルトが首に引っかかってるよぉ、フィアンマ!!」

「『そんなこと』じゃあない!お前の怪我を看る方が大事だろう!!魔神オティヌスとの決戦も近い訳だし、無理はするな!」

「いやいやいや、それは過保護すぎるでしょ!たかが耳の擦り傷くらいどうってことないよ!って言うより、そもそも全然痛くないよ!たぶん怪我してないよコレ!!」

「いや、お前が痛くなかったとしても、お前を見ている俺様にとっては心が痛むんだ。つべこべ言わずにいいからよく見せてみろ」

「なにその理屈!??そこまで堂々と言われると、むしろそんな気がしてきたよ!!」

「……お客さん達、本当に大丈夫ですか?手を貸しましょうか?」

「あ、じゃあ、ちょっと助けて――――」

「全然問題ないぞ、構わず車を発進してくれ」

「フィアンマぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!??」

(――――――ここだ!!)

 カッ!!とフィアンマが目を見開いた!まるでペルソナ的ななにかがカットインされそうな勢いだった。

 オッレルスの注意は今、完全にフィアンマの手に向いている。耳を手当てしようと言ったからだ!この隙を逃がさない!!

「しょうがない、傷の手当ては後にしてやる。まずは起き上がるか」

 ここで方針を急転換する手のひら返し!!

 フィアンマが顔を起こして起き上がろうとした。

 自然とフィアンマの耳とオッレルスの耳が触れ合う形となる。ここでオッレルスの右耳の側に自分の顔をもってくることまで計算通り!!

「―――ふっ!」

 短く息を吹く。そのまま、下唇を前歯で噛んで血を出した。舌を使って血を上唇に塗る。

(―――『赤』の象徴!!我が血を以て契約を結ばん!!)

 呪文詠唱と共に、口紅のように血を塗った唇でオッレルスの右耳を小さく噛んだ。耳たぶの柔らかい感触が唇に伝わった。オッレルスは顔を真っ赤にしていたせいか、耳まで真っ赤になっており、耳が少し暖かかった。

 ピアスにフィアンマの魔力が充填され、霊装化のタイムリミットが延長される。

(――――勝ったッッ!!)

 やり切った漢の顔をしているフィアンマに対して、オッレルスは、

「ちょ、ちょっと、フィアンマ!?なにするのさ!??」

「民間療法だ。ほら、唾をつけとけば傷は治ると言うだろう?」

「過保護なノリから一転して急に投げやりになったね!!!……ってか、怪我をしてるのは君の方じゃないか!唇を切ってるよ!大変だ、絆創膏を買ってこよう!!」

 今度は自分のことにように心配し出すオッレルス。そんな二人を見て、タクシーの運転手は申し訳なさそうにこう呟いたのだった。

「……あのぅ、さっきのバイク事故で渋滞が大きくなっちゃいました。目的地は遠くないので、降りて歩いてもらった方が早いかもしれません。どうしますか?」

 

 

 タクシーから転げ落ちるように降りた二人が疲労困憊気味に立ち上ったのは、繁華街だった。目的地までのルートはタクシー任せで考えていなかったため、地図の準備などしていなかった。食事は済ませているため宿さえ取れれば問題はない。二人は、もう今晩はこの近くで宿を取ってしまうという結論で一致した。

 道行く人々に道を尋ね、質問していくオッレルス。しかし、フィアンマは彼のペースで宿を決められては困るのだった!耳ピアス型霊装(恋文付きチョコレート)を外すためには、少なくともオッレルスの寝込みを襲えるように「二人が同室」な環境をセッティングしなければならない!いつものようなノリで「あ、じゃあ、シングルを二部屋予約したよー」とオッレルスに決められてしまっては計画がご破算なのだった。そうなれば最期、フィアンマの愛の告白が意図せぬ意味でオッレルスに伝わってしまう!!それだけはなんとしてでも阻止せねばならぬのだッッ!!

 安宿の情報を着々と収集するオッレルスに対し、思い切ったようにフィアンマは、

「ふん、そんな安宿、この俺様が泊まれるものか!」

「え、えぇぇぇぇーー……フィアンマ、子どもみたいなワガママを言っちゃ駄目だよ。資金調達だって大変なんだから、せめて今晩くらいは我慢しよう」

「いいや、断る。仮にも魔神オティヌスとの決戦前だぞ。魔術サイドの防備は俺様達で施すとしても、それ以前の問題として、ホテル自体のセキュリティがガバガバでは話にならん。世間知らずで節穴な貴様の目では信頼できん!俺様が自分の目で探して選んでやる!」

「いや、世間知らずなのはどちらかと言うと君の方なんじゃ……?」

 はぁ、とオッレルスは思わず溜息をついた。こうなったフィアンマはテコでもその意志が揺らがない。しょうがないなぁと諦めて、彼に手を引かれるままに夜の騒がしい繁華街の人混みを抜けていく。

(でもまぁ、変なところに連れて行かれることはないだろうから、安心してはいるんだけどね。フィアンマは『純正なもの』と『粗悪なもの』に対する嗅覚は一流だしなぁ、問題ないだろう。なんてったって、シルビアの淹れた紅茶の味を見極められるくらいだし。危ない雰囲気の宿に引っかかるようなヘマは絶対にないだろう)

「このホテルにするぞ、来い」

 そう言って、ようやくフィアンマが寝床を見つけたようだった。

 いつものような微笑ましい強引なノリに思わず笑ってしまいながら、オッレルスが店の看板の方へ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラブホだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、ラブホに二人で入ってしまった。

「ああ、気付かなかったよ。本当だ。俺様の目を見てくれ、本当なんだ。日本のことはよく分からんからな。まさかここがラブホテルなんてまるっきり予想だにしなかった」

「…………」

「でも活動資金も無駄にはできないし、今晩はここに二人で泊まるしかないな。今から別室を予約取るのも、面倒だしな。この部屋に二人で一緒に泊まろう」

「…………」

「貴様の目を節穴などと言ってすまなかった。きちんと反省もしている。この通りだ、申し訳ない」

「…………」

「そんなことより、お前、今日はよく汗を掻いたろう。どうだ、風呂に入りたいんじゃあないか?俺様は後で構わんぞ。あぁ、せっかく日本にやって来たのだし『セントウ』に入りたいとか思ってるかもしれん。が、別にいかなくていいと思うぞ。そんな必要などない。この部屋のバスルームで俺様は充分に事足りると思うぞ。というより、お前はこの部屋の風呂に入るべきだ、そうしろ」

「…………」

「入れ」

「…………」

 怪しい!!

 怪し過ぎるよ!!

 フィアンマが怖いよぅ、シルビアぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!

 なんか企んでる時の顔だよ!!これ、『ベツレヘムの星』を起動させた時の顔だよ!!

 なに?俺ってなんかしたっけ?なんかフィアンマに恨みを買うような真似したっけ?

 ど、どうしよう……

 やたらと先に風呂に入る事を誘導してくるぞ。不自然だろ、これ!!それでも本人がこの一連の会話の流れをまだ自然だと思ってることがさらに不自然だよっっ!!君のその自信は、一体どこから生まれるんだっっ!!

 今まで他人とどんなコミュニケーションを取ってきたんだよ!!俺、心配です!!

 ……なんて言ってる場合じゃなかった!!このままフィアンマの誘いに乗るは危険だ。

 ここは逃げ道の確保が最優先!!

「ちょっとお腹が空いちゃったから、おやつを近くのコンビニで――――」

「買ってあるぞ」

「!?」

 お、恐るべし!??

 何気なくパチンと指を弾いた瞬間に、バフン!という煙と共に彼の指輪がコンビニ袋に早変わりしたよ!袋には菓子が目一杯詰め込まれてるし!!

 俺のこの台詞もフィアンマは想定内だってことか……

「どうした、これでいいだろう。コンビニに行く必要はないな。あぁ、でも、食後にすぐに風呂に入ると身体に悪いと聞いた事があるな。ならば、食事前に風呂に入るべきだな。そうだ、それがいい。よし、入れ」

「…………」

「入れ」

「…………」

 敗けた。

 これ以上の言い訳は、ちょっと不自然だしなぁ。しょうがない、何とかなるだろう。

「分かったよ。じゃあ、君の言葉に甘えさせてもらって、先に風呂に入らせてもらおう」

 そう言って、この部屋にたった一つしかないベッドの上に畳まれたバスローブを一着手に取る。

 はぁ、と溜め息をついてバスルームの鍵をかけたところで、つい男性用のバスローブを持ってきてしまったことに気付いた。これでは、残されたフィアンマが着るもう一着は女性用のバスローブではないか!?

(か、返した方がいいのかな!?)

 と思ったが、また男二人でカウンターに戻るのはめちゃめちゃ気まずい。少し引き気味な受付の女性の冷たい視線で、心が抉られそうになるのはもう勘弁だ。

(い、いや、フィアンマは割と細身だし、ボディラインも中性的だから女性用のバスローブでも全然問題な……って、何を考えているんだ、俺はッッ!!)

 思わず頭の中で女性用バスローブに身を包んだフィアンマを想像しかけて、急いで想像を振り払った。顔が赤くなっていることが自分でも分かる。服を脱ぎ、シャワーから出るお湯でパシャパシャと顔を洗った。

(今日のフィアンマがちょっと変だから、俺も調子が狂ってるのかな?意識するから駄目なんだ!……はぁ、なんだかどっと疲れたよ)

 シャワーを浴びながら今日一日をそう振り返った、その時だった。

 

 

 シャワーから出る水が、糸状の細くて赤い蛇となってオッレルスの右耳に襲いかかった。

 

(――――魔術!?)

 反応は早かった。

 蛇がオッレルスの耳ピアスを引き千切ろうと噛みつく前に、『北欧玉座(フリズスキャルヴ)』が蛇を相殺する。

(魔術!?敵襲か!?いや、場所の特定が早すぎる!!事前にここに術式を仕掛けておかなきゃ、こんな精度で俺らを狙い撃ちなんてできないはずだ。そして、俺達は偶然にこのラブホに立ち寄ったんだ!敵が予測できる訳がない!あらかじめ術式をこの部屋に仕掛けておくなんて不可能だ!!)

 一瞬、ベッドに腰を掛けていたフィアンマも襲われたのでは!?と心配になった。

 

 

 が、

 

(いや、ちょっと待てよ)

 

 冷静に振り返ってみよう。

 今から十数分前。

 オッレルスとフィアンマがこの部屋に入った時、フィアンマは「トイレを我慢していた」と言って、五分近くバスルームに籠りっぱなしではなかったか?

 そして、フィアンマが指輪に荷物を変化できたのならば、彼がオッレルスの目を盗んでこっそりバスルームに霊装の材料を持ち込み、術式を仕掛けることもできるのではないか?

 

 

 

 …………、…………。

 

 

 

「フィアンマ!!」

「……な、なんだ!?」

 部屋の方から、壁越しにフィアンマの声が聞こえる。なんだか慌てているように聞こえなくもない!怪しい!!

「二つ質問をしていいかい?」

「な、なんだなんだ急に改まって。全然構わんぞ」

「さっき君がトイレに入った時に、バスルームで何をしてたんだい?」

「な、なななにもしてない!俺様は普通に用を足していたいただけだ!わざわざ口に出させるな、恥ずかしい!!」

「じゃあ、次の質問だ。君が俺に敵対する理由もないよね?」

「当然だ、当たり前だろう」

(……むぅ)

 こちらの質問は即答だった。彼に敵意がないことは、オッレルスだってここ数ヶ月の共同生活で分かっている。分かっているが、ではなぜこんなことをフィアンマがするのか全く心当たりがないのだ。

(あくまで白を切るつもりかぁ。うーん……なんでだ?)

 全く分からない。イタズラにしてはやり過ぎな気もするが、彼なら真顔でやりかねない気がしないでも……いや、さすがにしないだろう……いや、するかもしれないなぁ。

 フィアンマの仕業だと仮定すると(いや、多分そうだろうけど)、ひとまずは命の危機はないと踏んで安心していいのだろうか?

 そう思い、ボディソープを手につけた時だった。

 赤色のボディソープが血のように発光し、虚空より出現したチェーンソーのような円盤の刃がオッレルスの右耳めがけて飛来した!!

(――――――ってどうみても洒落になってないでしょこれぇぇぇぇええええええええええええええええええええええええ!!)

 

 

 ヘロヘロになってバスルームから出てきたオッレルスは、ノイローゼ気味な顔でベッドに倒れ込みながらこう呟いた。

「……死ぬかと思ったよ」

「ん?何かあったのか?顔色が悪いぞ」

「…………」

 フィアンマは完全に素知らぬ顔である。ここまで堂々としていると、逆にすがすがしさを感じる。

「あぁ、俺様は風呂を遠慮しておこう。もうバスローブに着替えたしな。日本人ほど細目に風呂に入る習慣は、俺様の肌には合わんからな。朝起きた時にシャワーでも浴びよう」

「……なぜかバスルームに俺を襲うような術式が組まれていたんだよ。俺の顔に目がけて十発くらいね。それも、なんだか火属性の魔術が多かった気がするよ。君は敵の魔術師に心当たりはあるかい?」

「……さ、さぁ、知らんな。というより、魔術師から攻撃を受けた可能性があるなら大変じゃあないか。今晩は俺様が見張って起きておいてやるから、お前は安心して寝ておけ」

「…………」

「寝ろ」

「…………」

 もはやフィアンマの女性用バスローブ姿にツッコむ気力すらないよぉ、とオッレルスがベッドに飛び込んだ。君を信じてるんだからねっ!という謎の発言と共に、スヤスヤと寝息を立て始めた。相当に疲れが溜まっていたのかもしれない。

 

 

(―――――さぁ、ここからが本番だ!!)

 

 フィアンマはその双眸を怪しく輝かせた。

 寝込みを襲う!!これしかない!!

 そのための下準備だったのだ。あわよくばバスルームに仕掛けた術式で入浴中の無防備なオッレルスの耳ピアス型霊装(恋文付きチョコレート)を破壊できたら万々歳だったのだが、フィアンマは一般人用の魔術が苦手なのでしょうがない。さすがに無理だろうと薄々と感じていた。

 だが!ここからが本番だ!!

 霊装の変化が解けるタイムリミットはあと数時間!夜が明け朝の日が上るまでに耳ピアスを取り外さねばならない!!女性用バスローブに身を包むなんて屈辱、そう何度もあってたまるか!!今晩中に蹴りをつけてやる!!

 ふぅーーっっ!と大きく深呼吸した。

 まずは接近。

 忍び足でゆっくりとベッドに乗り、馬乗りになる形でオッレルスの上に覆い被さる。オッレルスはピアスを外さずに耳につけたまま寝てしまったので、身体の左側を下にして、横向きに寝ている。

 ちょうどいい位置だ。

 そのままゆっくりとピアスを外しにかかる。緊張で指が震えた。

 そーっと。

 そーっと、ゆっくりとピアスを掴み、外そうとする。

 そこで、オッレルスが寝返りをうった。

 フィアンマの左足が寝返りをうったオッレルスの腕に払われて、転んでしまう。

(―――――なっ!?)

 このままではオッレルスの身体に落下してしまう!??

 感覚が研ぎ澄まされ、体感的にスローモーションになった世界を知覚する!

 な、なんとか上手く着地せねば!!

(ふん!!)

 ベッドに左腕をつき、ドスンと大きな音を立てずに済ん―――――

 

 

 ―――――だと思ったが、そのまま片腕の着地ではバランスが悪く、前のめりに倒れてしまった。

 フィアンマの顔が、寝息を立てるオッレルスの顔へと迫る!!

 

(―――――まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい!!!)

 

 唇と唇が触れ合うまで、残り三センチ!!!

 このままキスなんていう事故が起きてしまったら、既成事実の上にさらなる既成事実が上塗りされて後戻りができなくなってしまう!!????

 残り五ミリ!!!!

「んんんんんんん!!」

 唇を真一文字にキッと結ぶ!そのまま、とっさの瞬間移動術でベッドの外に回避した。

「あ、あ、あ、あ、危なかった…………」

 放心状態で汗だらだらになるフィアンマだったが、オッレルスは気付いた素振りもない。未だスヤスヤと寝息を立てている。

(……し、心臓に悪すぎる。もうちょい静かに寝れないのか、こいつは!!)

 愚痴を言っても始まらない。

 再び慎重にベッドに乗る。こんどはオッレルスの上に馬乗りになるなんていう危ない橋は渡らない。横から手を伸ばして少しずつ外すことにした。

 プルプルと震える指を動かし、寝返りに注意しながら慎重にピアスを外そうとする。

 ピアスが耳に引っかからないよう、ゆっくりと。ゆーっくりと指を操っていく。

(よし!よしよしよーーっし!!!上手くいった!!!あとは術式を解いて変化を戻し、紙を破り捨てれば完璧だ!!)

 勝った!!

 耳ピアス型霊装の変化魔術を解き、バフンという音と煙と共に恋文付きのチョコレートの箱が現れた。

「よし、あとはこれを捨てれば――――」

 

 

 

 

 

 

「なんの話?」

 

 

「!?????」

 

 ビックリして後ろを振り返った。

 背後にオッレルスが立っていた。

「な、ななん、なん、で……?」

「いやぁ、寝る前にも言ったけど、バスルームで魔術師に攻撃を受けたんだよ。だから、俺が寝てる間に魔術が発動されたら夢で警報を知らせてくれる術式を使っておいたのさ。北欧神話にて最も優雅で、最も慈悲深く、最も美しく、最も賢く、誰からも愛された光輝なる神バルドルの術式だよ、便利だろう?自動警報システムさ」

「じゃ、じゃあ、貴様はもしかして」

 

 

「うん、君が瞬間移動をした時から起きてたよ」

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

「君がくれたこのピアスが、まさかチョコレートの箱だとはねぇ。あ、メッセージつきだ」

「だぁぁあああああ!!見るなぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 フィアンマの必死な抵抗を物ともせず、メッセージカードを掠め取り、オッレルスは文章に目を通した。

 

 ―――――目を通してしまった!!

 

 

 

 『オッレルスへ あなたへの愛を込めて フィアンマより』

 

 

 フィアンマは めのまえが まっくらに なった!

 

「ちちちちち違うんだ、ほら、そういう意味ではなく、アレだ!!ほら、ホワイトデーとかじゃなくて、その、あの、違うんだ!落着け!!一旦冷静になれ!!俺様と冷静に話し合おうではないか!!お前は今、すごい勘違いをしている!!よーし、分かった!全てを話そう!!今のお前が誤解しても仕方のない状況だというのは理解している!!だがその上で落ち着くんだ!!お前の勘違いだ!!文章をそのままの意味で受け取るんじゃないぞ!!大丈夫だ、俺様に任せておけ!!冷静になれば、きっと俺様達はこれからも上手くやっていける!!だから、早とちりだけはするんじゃないぞ!!まずは深呼吸しろ!!」

 言い訳が言い訳になっていなかった。

 言い訳すればするほど、なんだか本当な意味になってしまいそうだった。むしろ誤解を受けやすい!!

 無表情のまま固まるオッレルスを前に、遂にフィアンマも言葉を失ってしまう。

 あわあわと口を開き、絶望しかけたフィアンマに対して、無表情だったオッレルスはフィアンマに向けてこう言った。

 思わず反射的に耳を塞ごうとするフィアンマに対して、

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

「………………へ?」

 

「いやぁ、君からそんなことを言われるとは思ってなかったよ!君の気持ちに真摯に向き合わなくてはね!俺も君が好きだ!これからも良きパートナーとして共に頑張っていこう!!」

「…………………………!!??????」

「それにしても、感謝をそんなドッキリみたいな形で決行しなくてもいいじゃないか。本当にびっくりしたよ」

「え?……感謝?」

「ああ。日頃の感謝を込めて、って意味なんだろう?ったく、ドッキリでプレゼントなんて凝ってるねぇ」

 

 こ、これは――――ッッ!?

 フィアンマは、オッレルスがとある想定外の勘違いに行き着いていることにようやく気付いた!!

 

 

(―――――――天然なのかッッ!??)

 

 この男、オッレルスは気付いていない!フィアンマからの愛の告白がホモホモしいなにかだと全然気付いていない!!嬉しすぎる程に嬉しくないほどの誤算!!オッレルスは稀にみるほどの鈍感な男だった!!まるで、普通のドッキリイベントか何かだと勘違いしているのだ!!

 恐るべし『魔神になり損ねた男』!!異形の怪物は、おそらく愛情の受け止め方さえも常人と全然違うのだろう!!なんかよく分からないが、すごく助かった!!!うん、結果オーライだ!!

(まぁ、この際なんでもいい!!そういう事にしておこう!!)

「いやぁ、そういう事だったんだ。俺様なりに気を遣って大変だったんだぞ。喜べ、今世紀に一つあるかないかの貴重なプレベントだ」

「まったく、つくづく気の強いワガママ女王様みたいな奴だねぇ、君は」

 そう言って、オッレルスはくすくすと笑った。つられて、フィアンマも思わず顔がほころんだ。

 なんだか今日一日の気苦労が馬鹿みたいな茶番に思えた。ベッドに二人で横になりながら、窓の外の夜景を眺める。寝返りをうったらお互いに目が合って、なんだか気恥ずかしくなり、もう一度寝返りをうった。

 背中合わせになりながら、くすくすと思わず笑ってしまう。なんだか意識するのも逆に恥ずかしくなり、同じ枕に顔を寄り添わせるのだった。

「これからもずっとよろしくね」

「あぁ。俺様に任せておけ」

 

 

 

 

 

 こうして、彼――――オッレルスと『私』――――フィアンマの物語は続いていく。

 別の世界……未だ尚オティヌスが君臨する戦火が飛び交う世界の中で彼らの関係が紡がれようと、彼らの胸の内に、燻ぶるように淡い想いの火種を残して。

 

「どうしたんだい、そんな顔をして。魔神オティヌスを前に、不安にでもなったかい?」

「まさか。ただ単に、この菓子を見ていたらなんだか不思議な気分になってな」

「そのチョコレートが?……確かに、俺もなんか変な気分になるなぁ。『妖精化』の術式は完璧だし、手持ちの霊装に不備はないはずだけど……忘れ物でもしてるとか?」

「案外、そうかもな。もしかしたら、忘れ物でもしてきたのかもしれん」

 

 そう。

 

 ―――――心に、

 

 

 

 




という訳で、1話完結の短編の投稿でした。
「朝起き~~」の方で投稿しようかと迷ったのですが、ホワイトデーネタはこちらでやらせて頂きました。
ガンマンSSも少しずつ書いているのですが、もうしばらく(おそらく半年くらい)投稿できないかもしれません(汗)

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