(白鳥歌野は勇者であるの前日談にあったかもしれない物語です。)
あれは数年前、まだ西暦の出来事だった。まるで夢のような話だったと今では思う。
僕は夏休みの始め1週間、親戚の家に預けられていた。ここ徳島からは遠く離れた長野の親戚のところにだ。正直気は乗らなかった。親戚なんてここ十年会った記憶はない。
「あら、よく来たわね。疲れたでしょ。」
「いいえ、僕は…大丈夫ですから。」
親戚のおばさんは僕を明るく迎えてくれたはずなのに僕は目も合わせずにぼそぼそと答えた。はたから見た印象は最悪だったと思う。気まずくなって荷物を置くとすぐに親戚の家を出た。さきほどのことが気になって夕飯時になっても僕は家から少し離れた川の側に座り込んでいた。
「怖い顔してるけれどもユーはどうしたの?」
ふと声のした方を見ると僕と同じぐらいに見える少女が立っていた。白いワンピースに麦わら帽子。彼女をみたとたんに自分の心臓がその存在を示すかのように鼓動し始めた。
「あっ、あのっ!」
声までも上ずっている。今まで感じたことのなかった感覚だった。
「ユー面白い!急にフェイスを真っ赤にしちゃってどうしたの?」
彼女は僕の顔を見て笑っていた。その笑顔は青く澄んだ空のようだったと思う。今でも彼女の笑顔を思い出すと顔が赤くなる。僕はうわずったままの声で事情を話した。
「あはは、それでユーはふさぎこんでたってわけね。」
僕は急に恥ずかしくなって顔を俯かせ、ただコクリと首を縦に振った。
「ねぇ、明日の朝もここに来てくれない?」
「え?」
ふっと顔を上げて彼女の方を見た。
「本当は諏訪を案内しようと思ったんだけどさ、この時間からだと私も怒られちゃうから。」
そう話す声はさきほどまでとは少し違って聞こえた。
「どうして…どうしてそこまでして僕にやさしくしてくれるんですか?まださっきあったばかりなのに。」
「どうして?それはユーが…いや、困っている人を助けたいから…かな。」
少女は少し照れくさそうに呟いた。
「…じゃあ、よろしくお願いいたしましゅ!」
噛んだ、一番大事なところで噛んだ。僕は元々赤かったであろう頬をさらに赤らめた。
「よかったぁ、じゃあユー!またトゥモロー会いましょ!」
少女はまたあの笑顔を見せながら頬を真っ赤にした僕をよそに夕日の中に駆けて行った。
翌日の朝5時、僕はあの川の側に座っていた。昨日、結局家に帰ったのは日が暮れた後。親戚のおばさんから帰ってくるのが遅いと怒られたけれどもその最中も気分は上の空だった。朝5時というのも予定して来ていたわけではない。彼女とまた会える。そう思うと目が覚めて居ても立ってもいられなくなったからだ。
「ねぇ、ねぇってば!」
目を開けると昨日の彼女が側にかがみこんでいた。日がかなり昇っている。どうやら座って眠りこんでいたらしい。
「あっ!ごめんなさい!!」
「ユーって本当にファニーね!さあ、レッツゴー!」
そう言うと彼女は僕の腕を引っ張って駆けて行く。
「どこに!どこに行くんです!」
僕はぐいぐいと腕を引っ張って行く彼女に聞いた。
「とにかく全部!ミーがユーにオススメのプレイス全部行くわ!」
それからまずは諏訪大社下社に寄ってから下諏訪駅に行き上諏訪駅に行く。間欠泉を見て、高屋城を見て諏訪大社上社へ。道中蕎麦も食べたしデートと言えば聞こえはいいが正直徒歩で回りきるのはきつかった。それでも彼女は疲れた様子も見せずに楽しそうであった。それを見ると僕も楽しくなったし、疲れなんてどうでもよくなっていた。
それでも最後あの川の側まで帰ってきた時には2人とも息があがっている。
「とてもファニーだったわ、またトゥモローもここに来てくれないかしら!トゥデイほど早くに来てなくていいから!」
「わかった!また明日!」
楽しい時間はあっという間に過ぎるというものだ。次の日も、また次の日もあの川の側で会ってあの川の側で別れる。七夕の織姫と彦星みたいだなと思った。そんな夢も時期に覚めるだろうに。
ついに最後の日になってしまった。僕は彼女のことを一切親戚にも数回電話をよこした両親にも話していない。だから滞在を伸ばすことをお願いすることはできない。あの川の側に行きたくなかった。しかしそれだと彼女は裏切られたと思って悲しんでしまうだろう。僕は絶対にそんなことはしたくなかった。彼女に会いたい。でも会ってしまうと終わってしまう。そんな気持ちを胸に抱えて僕は川の側に座り込んでいた。
「ねぇ、また怖いフェイスになってる。」
彼女の声だった。今日の彼女は初めて出会ったときの白いワンピースと麦わら帽子を身に着けていた。
「あの…今日が最後なんだ。だから…その。」
様々な思いがこみあげてきて泣き出しそうだった。
「ねぇ、今日が最後なら見せたいものがあるの。」
彼女はまた僕の腕を引っ張っていく。上諏訪駅まで行って、さらにそこからずんずんと歩いていく。それまでの彼女とは違う雰囲気だった。それまでなら道中もいろいろなことを話していたのに今日は一切口を開かない。
「立石公園…。」
「そう、いつかユー…いいえ、あなたが帰るときが来ると思ってて、最後は絶対ここにしようと思ってたの。」
2人は芝生の上に腰をおろした。目前に広がるのは広大な諏訪湖。確かに彼女がここを選んだ理由が僕にはわかる。
「ねぇ、初めて会ったときのこと憶えてる?」
しばらく湖を眺めているとふと言葉を口にしていた。
「当然よ、怖い顔してると思って声を掛けたら今度は真っ赤になるんだもの。」
「ははは…。あの時は早く帰りたいと思ってたんだ。」
「うん。」
「それがね、今じゃ帰りたくないんだよ。えっと…ファニー、だよね。」
「ええ、とっっても面白いわ。」
ここ数日、ずっと迷っていたことがあった。でも今を逃すと一生後悔しそうで、勇気をふり絞って腹をくくった。
「一つ聞きたいことがあるんだけれども、いい?」
「何?私の聞きたいこと?」
「君の名前、初めて会った時からずっと聞いてなかったから。」
「ああ、そうね。私は白鳥歌野。白鳥に歌う野と書いて白鳥歌野よ。」
「聞いて良かった。…その、いい名前だね。」
「センキュー、あなたは?」
僕は自分の名前を彼女に伝えた。
「あなたもビューティフルな名前ね。」
「あ、ありがとう。」
また心臓の鼓動が高まるのを感じる。
「あはは、また赤くなっちゃってる。そうだ、ユーにプレゼントがあるの!」
歌野はバッと立ち上がって小さい袋を取り出した。
「何?これ。」
「蕎麦の種よ、何かあなたにあげたいなと思ってもらってきたの。」
「あ、でも僕は何も持ってない…。これじゃ悪いよ。」
「うーん…じゃあさ、ハグしてよ。」
「え?」
「私は蕎麦の種をあなたにあげる。だから私はあなたとハグしたいの。」
頭の中が真っ白になった。どうすればいい、何をすればいい、パニックになって立ち上がって両手を開いてついこう口走った。
「ど、どうぞ!」
「ほんっとユーってファニーね!」
また会えると思っていた。実際また会う約束さえもしていた。
その夢を醒ましたのはあの化け物だった。西暦2015年7月30日夜。徳島に帰ってきてから1週間もしない頃の事だ。しだいに規模が大きくなっていく地震で僕は近くの小学校に逃げ込んでいた。その時だ。小学校に何かが落下して、辺り一面を真っ赤に染めた。人は散り散りに逃げていく。僕は無我夢中に茂みに飛び込んでずっとうずくまっていた。その時歌野からもらった蕎麦の袋を握りしめて祈った。
「君!君大丈夫か!」
気が付くと夜が明けて自衛隊員が側にいた。
「ねぇ、諏訪は!歌野は!」
当然だが答えてはくれなかった。諏訪が生存していると聞いたのはさらに1か月後になってからだ。四国には神樹が出現しあの夜の化け物はバーテックスと呼ばれた。壁の外へ行くことは禁じられ、また同時期に勇者と呼ばれる少女達が取り沙汰されるようになった。さらに2年ほどたつと勇者の本州調査が行われ、諏訪が生存していたというニュースが連日流れていた。彼女は、白鳥歌野は生きている。そう信じていた。
しかし次第に諏訪が話題にあがることがなくなり、時代は神世紀へと変わった。明言はされていないが僕は直感的に諏訪はあの化け物に殺されたと悟った。その時は絶望に沈んだ。自分にナイフを突き立てようとも思った。しかしそのたびに自分に言い聞かせていた。
「それは本当にファニーなのか。」
ふと、彼女からもらった袋を開いた。まだ中には西暦の香りが残っている気がする。僕は本を読みながら蕎麦の種を巻いた。
そろそろ初めての収穫の時期だろう。あの夢のような話を本当にあったと言えるその実が、そして次へとつながる種が。
本作品は大赦の人さん(@PKEx1GB4vHMW6rU)がツイートした内容に作者の私がいろいろ書き足した結果できた作品になります。この場を借りてお礼申し上げます。