「あ────────っ!!!」
突如鳴り響いた大声に、ビクッと黒髪のツインテールが揺れた。
聞き慣れた元気な声。こんな元気な知り合いは一人──いや、二人いれば充分だが。
「にこちゃん、発見にゃ〜!」
廊下の先で、ハツラツとした笑顔でこちらを指差すショートカットの後輩。
時刻はまだ朝。HRまではまだ余裕があるせいか廊下の人はまばらだが、ゼロではない。そこへ屋上まで突き抜けそうな大声で名前を呼ばれては、周囲の視線が全て注がれてしまう。
ただでさえ、μ'sが結成されてからは校内で認知されているのだ。そんな公衆の面前でおバカ代表に絡まれては、どんな風評被害を受けるか分かったものではない。
三年生であり部長の尊厳は保たなくてはならない。
「…………」
にこは緩やかに声の発生源に背を向けると、
「──あっ、逃げたにゃ!」
全力で廊下を蹴った。
「捕まえるにゃ〜!」
「何で追いかけてくるのよ!」
終業式で朝練もなく、優雅に余裕を持って登校した結果がこれである。
階段を駆け下り急転換すると、空いていた窓から中庭へ飛び出した。そしてすぐさましゃがみ込む。
「──あれ〜? にこちゃんいないにゃ」
すぐに凛の声が頭上から降ってくるが、廊下からこの位置は死角になっている。
「このまま移動すればバレずに教室に……」
屈みながらソロリソロリと歩みを進めるにこに、
「──おや、にこじゃないですか。早い時間から登校とは感心ですね。……ところで、どこか具合でも悪いんですか?」
弓道着姿の海未が声をかけた。
「げっ」
「あ、海未ちゃんおはよー!」
「凛もいたんですね、おはようございます」
「ねーねー、にこちゃん見なかった?」
「にこですか? にこならそこに──」
海未が指を差した時には、
「海未! アンタには今日一回も的に当たらない呪いをかけたわ!」
斬新な捨て台詞を残すにこの背中と、
「見つけたにゃー!」
それを追いかけるもう一つの背中。
「……何か個人練の最中だったんでしょうか?」
的外れな予想をした海未は、小さく首を傾げた。
昇降口と部室を避け、十分以上の遠回りをして自らの教室へと到着したにこ。
「やっと着いたわ……朝からとんだ苦労したわね……」
げんなりと肩を落としてドアを開けると、
「お、にこっちおは〜。やっと来た」
笑顔でこちらに手を振る副会長。
「希?」
「お届け物やで〜」
「お届け物って……誰からよ」
小さな紙袋を手渡されたにこは、少し警戒色の目で希を見上げる。
「“プレゼント渡したいだけだったのに、何でか逃げちゃうんだにゃ……”って言ってたよ?」
「…………」
「なーんかやましい事でもあったん? あんまり後輩いじめてると、ウチのワシワシが──」
「……ちょっと行ってくる」
「ありゃ、どこへ? もうあんまり時間残ってないけど?」
「バカで不器用な後輩のトコよ。間に合わなかったら、適当に誤魔化しといて」
肩をすくめる希を背に、にこはスタスタと歩みを進める。
「──凛!」
ガラガラガラ、っと。一つしかない一年生の教室には、すでにほぼ全員の生徒が着席して担任を待っていた。そこへ小柄な三年生が突撃してくれば、当然注目される。
しかしにこはそんな事は気にせず、一直線に目的の机の前へ。
「…………?」
あれだけ逃げて何故今になって教室まで来たのか、そもそも何故仏頂面なのか、凛の分かりやすい顔にはそう書いてあった。
「…………」
にこは一瞬視線を彷徨わせると、一度深呼吸。
それから、
「──人にモノを渡す時に大声でダッシュしてきたら、逃げるに決まってるでしょうが! バカ凛!」
「え、ええぇぇぇぇぇ〜?」
「──ホーント、にこっちも大概だけどね」
風に乗って聞こえてきた不器用なありがとうに、希は少しだけ広角を上げた。