ニット帽とライダースジャケットがよく似合う彼は多忙な人だった。
それでも時間があるときは、彼の殺風景な家でお茶をしていた。見かけによらず紅茶をいれるのが上手で、コーヒーが苦手な私のためにわざわざいれてくれた。(ちなみに彼はコーヒー派)
そして、彼とお茶をするときは必ずといっていいほどアップルパイが出てくる。
別に私の好物ではない。彼の好物でもない…はず。
一つだけ思い当たる節はあった。
過去に、アップルパイが有名なカフェで彼とひとときを過ごしたことがあった。多分、そのときの「美味しいね」という何気ない私の一言をずっと覚えていたのだろう。好物だと認識されたらしい。
不器用な気遣いが嬉しくて、愛おしくて、訂正することなく彼の前ではアップルパイ好きでいる。
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「アップルパイ…」
紅茶と共に用意されたそれは随分とご無沙汰で、記憶の隅に追いやっていたものを揺さぶる。
ニット帽とライダースジャケットがよく似合う多忙な彼は突然音信不通の行方知れずになったし、私は彼との思い出、彼の面影がちらつくアメリカから日本へ逃げてきた。
こちらで過ごすようになって数年経つ。どういうわけかこの街は犯罪率が異様に高いが、それでも居心地はいい。
「お好きかと思って」
じっと皿の上を見つめる私の向かい側のソファに沖矢さんが腰を下ろした。
沖矢さんとは最近見つけた喫茶店で出会った。コーヒーとサンドイッチが美味しくて足繁く通っていたらいつの間にか沖矢さんの姿が視界に入るようになり、ある日声をかけられたのだ。真面目そうな印象なのだが意外と軟派な人なのだろうかと思ったものだ。
喫茶店で他愛のない会話をするようになり、自然な流れで連絡先を交換し、買い物につきあうようになり、やがて彼の家(本人曰く仮住まいらしい)に招かれるまで至った。やっぱり軟派な人だ。
今日も私はこの立派な屋敷でお茶をしているというわけだった。
「まあ、嫌いではないですよ。わざわざありがとうございます。いただきますね」
リンゴのほのかな酸味、サクっとした生地の食感、口当たりの軽いカスタードクリーム。
彼と会わなくなってからずっと食べていなかった。元々そこまで好きではなかったわけで、勘違いしていた彼がいなくなってしまえば食べる機会などほとんどなかったからだ。
ふと沖矢さんの方へ視線を向けると、なぜか意外そうな顔をしていた。
「好きではないんですか…?」
「え?」
「いえ、失礼しました。僕の勝手な偏見です」
私はそんなにアップルパイが好きそうに見えるのだろうか。
思えば、沖矢さんは彼に似て空回りしたサプライズが多かった。あなたが好きそうだと思って、という口上を添えて。
もちろん、沖矢さんと彼の容姿は全然似てない。顔もそうだが、柔らかな口調やニコニコとした愛想のいい笑み。紳士然とした振る舞い。それも彼とは正反対。
「事前にあなたの好みを聞くべきでしたね」
今さらですね。
微笑んではいるが、どこかしゅんとしたその様子に、まるでこちらが悪いことをしてしまったような錯覚を起こして申し訳なくなる。なんでだ。
「…あー、嘘です。やっぱり好きでした、アップルパイ。うん」
仕方がないので沖矢さんの前でもアップルパイ好きでいることにしたのだった。
以前ツイッターで載せてたものを加筆した駄文です。
ハーメルンで投稿するのは初めてで雰囲気とか機能がまだまだよくわかりません…(/・ω・)/