「そういや、レミリア」
「なーに?」
紅魔館では、時々パーティが開かれる。それは基本的に城主の気紛れであり、このような質問が出たのもパーティの中であった。
「お前ってほんとに血吸うのか?見たことないが」
「...じゃあ、味わってみる?」
レミリアの紅い目が、魔理沙の目を捉えた。
その時ばかりはいつもの幼さは鳴りを潜め、蝶を誘う薔薇のような蠱惑さを湛えた。
「お、おう...」
吸血行為。喉元に牙を突き立てられ、血が吸われるだけ。
そう思いながらも、魔理沙は生唾をのみ、その感触を想像した。
「...なんてね。冗談よ、冗談」
くすくすと笑いながら場を濁すレミリア。ワインを口に含み、そして少しだけ思案した。
「...今でも毎日吸ってるのだけどね」
「レミィ、この子なんてどうかしら」
「どれどれ...お、いいじゃないか」
パチュリーが指さした先にあったのは、腕に錠が嵌められ鎖で壁に繋がれている少女だった。
その青い目はあまりに虚で、もはや何も見えていないかのようだ。
「ちゃんと働けるかしらね?」
「教育すれば何とかなるだろう。おい、コレはいくらだ?」
ざっとこのくらいだ、と店主が三本指を立てる。奴隷商は出来るだけ声を出さないようにする了解がある。
魔法で掌から金貨を創り出すレミリア。受け取った店主はしげしげとそれを眺め、ちゃんと使用出来ることを確認したうえで商品を渡した。
解放された少女は細い足でなんとか立ち上がり、声を出した。
「...お買い上げありがとうございます」
水しか口に入れていなかったせいか、少女の声は醜くしゃがれていた。
「それで、どうだったパチェ?」
「仕事は完璧。覚えが早い子ね」
レミリアが少女を買ってからおよそ二週間ほど。教育期間はその内六日ほどである。
パチュリーが言うように、メイドの仕事をこなせるように成るにはかなり短い時間といえる。
「それじゃ、戻るわね。後は
「ふん。おい、メイド!」
パチュリーが図書館へ戻ると、レミリアが大きな声で少女を呼んだ。まだ名前が定まっていないため、メイドと呼んでいるのだ。
「...御呼びですか、お嬢様」
呼ばれてから数分、少女がレミリアの前に立った。
少女は数分も待たせて到着したわけだが、広い紅魔館の中で呼びかけに応じて来れるだけでも褒められたものである。ちなみに小悪魔なんかは呼んでも全く来ない。
「うむ。今から私について来い」
「...はぁ」
部屋に来いと言われ、少女は死ぬ覚悟を定めた。もとより命を大事に思っていないので、今から死ぬんだな、くらいのものだ。
「ハッハ、綺麗になったじゃないか」
今は、夜が朝になり替わろうとしている時間帯だろうか。
大きな天蓋付きのベッドに、棺桶が載せられている。それならベッドは無くてもいいじゃないか、というのは野暮だろう。
今から死ぬというのに、私の頭はそんなくだらないことを考えていた。
「そう緊張するな」
ベッドの上に座ったお嬢様に手招きされる。まさかあの棺桶は私のだったりするんだろうか。
ギシ、とベッドを軋ませながら上に乗る。お嬢様が私の左頬に手を添えた。
「......」
お嬢様の目が、私を覗き込む。
―ああ、こんなにも美しい人に殺されるんだ。幸せだなぁ。
そんな考えが頭をよぎった。私は目を閉じ、静かに死の安息が訪れるのを待った。
しかし、いつまで待っても何も起こらない。不思議に思って目を開けた途端に。
「ん...」
―お嬢様の牙が、私の首元を穿った。
その瞬間、私の体は稲妻に打たれた。
じんわりと拡がっていく、快楽の毒。気が狂ってしまいそうだ。
ちゅうちゅうと血が吸われる度に、頭の中がどろどろに溶かされていく。
背中から倒れ込みそうになるのを、お嬢様の細腕が受け止めた。そのまま縫いぐるみをそうするかのように、優しく抱き締められる。
私は上を向き、だらしなく口を開いて涎を垂らした。
気持ちいい。
...気持ちいい。
昨日の事が頭から離れない。
私は吸い尽くされて死んだと思っていた。だが今日の朝、確かにあのベッドの上で目が覚めた。
鮮明な悦楽の記憶と共に。
掃除中も、料理の勉強中も、吸血された時の事を考えてしまう。
「痛っ...」
指先を少し切ってしまったようだ。そこから流れ出す血を見て、殊更に思い出される。
「お嬢様...」
「んーッ...」
棺桶は寝心地こそいいが、狭い。だが少女用の棺桶なんてレア物はそうそう無いのだ。我慢して使っていくことにしよう。
「ん?」
唐突にノックされた。私が起きるのを待っていたのだろうか。
「入っていいわよ」
ドアを開いて入って来たのはメイドだった。
「なにかしら、こんな暮れに」
「...えと、あの」
煮え切らない様子だ。なんとなく察しがついてはいるが、このメイドの口から言ってくれないと面白くない。
「...何かしら。まさか悪戯でもしに来たの?」
「ち、違います!違います...」
「じゃあ、何の用かしら?」
やはり黙ってしまう。
「...血を」
「血を?」
「...吸ってください。...私の命が無くなるまで」
「嫌よ」
絶句してしまうメイド。少し焦らすのも、趣向があって愉しめるものだ。
「お願いしますお願いします!どうか血を、吸って...」
縋るように懇願するメイド。涙すら浮かべて吸血をねだる様は、なかなか滑稽である。
「吸って...吸ってよぉ...」
とうとう口調すら崩れ、子供を曝け出しながら嗚咽する。まぁ、これくらいでいいだろう。
あとは一押しするだけだ。
「血を吸って欲しいだなんて...変態ねぇ」
ビクッ、と体を震わせるメイド。そんなに気持ちいいのだろうか?こうして罵られることが。
「人間失格ね...快楽のために命を投げ出すなんて...」
がくがくと膝を震わせ、その場に崩れ落ちるメイド。これで従順になってくれるはずだ。
「ほら、来なさい」
「...あぁ...ああぁ...」
ベッドまで吸血されるために這ってくるメイド。ひどく無様である。
「それじゃあ...」
前と同じ箇所に、牙を刺し込んだ。
(あれから毎日吸ってるのよね...)
今にして思えば明らかに教育方法を間違っているのだが。
「...可愛かったなぁ」
あまりにかわい過ぎたために、どうしても木偶にしたかったのだ。
まぁ、吸血の度に流れていった魔力が咲夜の能力を目覚めさせたのだから、一概に間違いだとは言えないだろう。
そんな風に自分を正当化した。
追想を終えて宴会に意識を戻すと、ちょうど咲夜が給仕の役割を終えたところだった。
「...咲夜」
「はい、何か御用でしょうか?」
「...あとで、ちょこっとだけ吸わせて?」
そう小さな声で言うと、咲夜はふっと笑い、
「今からでも構いませんよ」
そう言って首元を晒した。