転生。
神様転生。
貴方はどんなものでも、一つだけ願いを叶えられる。



へえ、面白いじゃねぇか。
だったら僕は――――――

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物事に良いも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる。

     ――――――ウィリアム・シェイクスピア


神様に願った、たった一つの転生特典(ネガイゴト)

 もし、転生する時に「記憶持越しの上、一つだけ願いをかなえてやる」、と言われたら。あなたは、何を願うだろうか。

 この先の人生の幸運? チートコード? 或いは二次元へ転生?

 

 けど、その中にトチ狂ったことを考える奴がいる、ということも忘れないでほしい。

 

 ああ、さっきの例だけれど、あれは実際に僕の経験したことだ。

 つまり、何が言いたいのかってことだけど。

 ま、よくある転生談だよ。楽しんでみてってくれ。

 

 

 

 

 

 

 僕の生まれ変わった世界は、少しだけ変な世界だった。どこが変なのかっていうと、まあ、世界が。

 基本的に僕の居た現代と変わりは無いのだが、何故か細かなところが違う。おかげで社会は覚え直しだ。もとからさして覚えてないけど。

 これが並行世界ってやつか、何て幼心に関心できたのも束の間。僕がこの世界で最初に聞いた音は「罵声」だった。

 幸い、言語系統は前の世界と同じように進化したらしい。僕にも聞き取れる日本語で、二人の男女が怒鳴りあっていた。

 怒鳴り合いの内容は様々だった、それは例えばお互いの浮気であったり、金遣いの荒さであったり、また単純に酒に酔った勢いでの喧嘩であったり。

 この世界で初めて見た景色は天井だった。何故か木製のそれは刀傷の様な線が所々にあった。

 確かにこの天井は低いようだけれど、何故天井にこんな傷がつくのだろう? そもそも敷金は大丈夫なのだろうか。

 その理由は直ぐに分かった。二人の男女が口論していると先ほど言ったが、どうやら物を投げ合ったりもしているらしい。最初はクッション。次にペン。置時計、食器、花瓶と上がっていって、包丁やらまで投げ合うからだ。

 相手を威圧させたいだけだからなのか、包丁を持ち出すことは割と少ない。二週間に一度くらいだ、投げることは更に少ない。それでも三回に二回はあるが、包丁を持ち出した時点でその口論はそこまで激化しているのが原因だからだ。

 不思議な事に、この男女が互いを殺すようなことは一度もなかったし、何ならば救急車を呼ぶような傷を負ったこともない。そして、何故か近所の人が怒鳴りこんで来るのを聞いたこともない。

 

 この諍いの何が迷惑かっていうと、それはストレスだ。互いに罵り合っている間は問題ない。ああ、大声で騒ぎ合うだけなら何も問題は無いのだ。

 だが、急に静まる時がいけない。それはお互いが冷静になった時以外に、話疲れたという理由もある。そこでどちらかが軽く悪態を付けば、もう片方は火種を放り込まれた火薬庫の様に急激に怒鳴りだす。太鼓の音もかくや、という大声と、急に怒鳴られる事による驚き、それらは相合わさって恐怖を生んで、逆にその静寂な状態への恐怖感を生んでしまった。今では怒鳴り合っているだけの方が落ち着くのだ。

 因みに、包丁が持ち出されることが多いのはこの時だ。片方が喚き散らかすと、ダンダンと足音を出して頭上――――――恐らくキッチンなのだろう――――――の方まで駆けて行く。もう片方がそれを止める間もなく包丁が抜かれて、「殺すぞ!」と脅すまでが一連だ。一回、目の前を包丁が横切った時は肝が震えた。ついでに小便もちびった。

 そのくせ、普段は寝床で獣のように盛り合うのだから訳が分からない。その行為の末に僕が生まれたのは間違いないが、そんな憂さ晴らしのような感じで生まれたというのには納得がいかない。

 

 ああ、そうそう。どうやら僕が生まれたというのも本人たちが望むところではなかったらしい。堕胎のし過ぎで妊娠に鈍くなったというのか、気付いた時にはもう中絶手術の行えない域にまで迫っていたらしい。その時のことを持ち出して男と女が怒鳴り合うことがままあった。

 曰く「なんであの時気付かなかった」だの、「無責任に中に出すから」だの、「お前からそれを抜いたら何の価値があるんだ」だの、「訴えてやる」だの、「金が無い」だの、「ミルクやおむつが高すぎる」だの。

 まーお前ら良くそこまで罵り合えるよなってくらい、罵声のバリュエーションは多い。

 

 ミルクが高いと言っても、僕は一日に二度も飲ませて貰えてない。というか普段は一度しか飲ませて貰えていない。泣きだしたら「うるさいわね!」と怒鳴られ、おむつに問題が無いことが確認されたら引き返していく。ミルクが貰えるのは女の乳が張ったときか、それかミルクの賞味期限が切れかけの時のみだ。賞味期限の切れたミルクを飲まされることも多いし、そもそも哺乳瓶に時折変な汚物がついていることもある。埃か、それとも何かの液体か。想像するのはやめている。

 そのくせ僕の事は愚痴の吐き処とでも思っているのか、男がいない時間にたんと悪口を聞かされる。ついでに「お前なんか生まれなければよかった」なんて類の言葉も。

 所謂、「王様の耳はロバの耳」ってやつだ。それでミルクが貰えるなら文句は無いが。

 

 そんな僕の中で最も平和な日といえば、男がパチンコで勝ってきた日だ。その日は珍しく喧嘩も怒らず、普通に祝杯も起こる。何なら男が雑な手際で哺乳瓶を咥えさせてくれることもある。中のミルクが賞味期限切れになりかけてきたら、態々買ってくることもある。

 その日だけは穏やかに夜を過ごせる。まあ、隣から聞こえる嬌声だけは聞かなかったことにしよう。

 

 ……時折女の方の変な声が聞こえるが、いったい何をしているのだろうか。蛙が踏み潰されるような声や、空気の掠れる音が聞こえる。まあ、未だに死んだところは見てないので良しとしよう。

 

 

 

 この前、体の上を変なかゆみが横切ったことがある。最初はあまり気にしなかったが、何度も何度も、ランダムに方向を変えて進んでいくのだ。

 で、喉を伝って口元まで来た時点で肌に痛みを感じた。かさかさと針でひっかかれているような、くすぐったくも細やかな痛み。首下でそれを感じたときは、まるでなう負を突き付けられたかのような恐怖を感じたよ。据わり始めた頭を軽く振ると、それはずり落ちそうになりながらも僕の頭頂部を目指していった。

 眼下に黒い物体を見つけた瞬間、その輪郭がハッキリしないうちに僕は目を閉じた。そんな僕の目の上を、それは通って行った。右瞼の上だ。眼球が潰されるかとも思ったが、あの足で傷がつくよりはましだろう。

 その後、髪の毛のあたりでもぞもぞと動いた後、不意にその存在を捉えることができなくなった。耳元に居るのか、それとももういなくなったのか。それを確認できない僕は、唯目を瞑って意識を張り巡らせることしかできなかった。そして、疲れて寝るまでそれは続くのだ。

 あり大抵に行ってしまえば、あれは所謂ゴキブリという奴だろう。思い出したくもないが、嫌悪感は前世の時より薄い。何故だろう?

 

 一度、あの状態で泣き出したことがあったが、女が僕毎新聞紙で叩いてきたので、それ以来女を呼ぶのはやめた。赤ん坊の体というのは予想以上に貧弱なようで、新聞紙を叩きつけられただけで剛速球をぶち込まれたかのような衝撃が内臓を襲うのだ。横隔膜の痙攣で呼吸できなくなった時は死を覚悟した。この時に、刃物の痛みより鈍器などの鈍い痛みの方がきついと学んだが、同時に呼吸が止まることの方がきついと知った。あそこまで間近に死を感じたのは久しぶりだった。転生する直前以来だ。

 

 

 

 それから、ああ、一度だけ隣の住人が抗議に来た時があったな。

 内容はなんだっけ? 騒音? だったか。そんな感じだ。

 軒先でしばらく話していると、女が突然怒鳴ったんだ。いや、ほんと室内に居た僕からは何があったのかは分からないんだけれど、どうやら隣人はそれにビビッて引いたらしい。直後に強く扉を閉める音が聞こえたからね。

 鼻息荒くして帰ってきた女は、日課になってきた僕の食事も済ませずにテレビを見始めた。「いいとも」の明るい語りが強く印象に残っている。

 その日は結局ご飯も飲めず、餓死しかけながら必死に生き延びた。いや、掲げた手がミイラの様にガリガリになってるのを見たときは心底驚いて恐怖したよ。

 

 特筆するようなことはそのくらいかな。それはまあ、僕が幼稚園に入るまでの日常だった。

 いやさ、まさか幼稚園に入れるとは思わなかった。ん? 保育園だっけ?

 まあ、いいや。名前なんてどうでもいいか。

 あんな襤褸小屋に住んでるくせに、何処に僕を幼稚園に入れる金があるんだろう、なんて思ったものだ。

 通帳の残高を見てると月一で決まった額が振り込まれてるのが分かった。多分、親にでもせびったんじゃあないだろうか。

 その金を全額僕に使われているとは思っていない。でもまあ、平日は毎日昼飯を食べれるようになったことが唯一の良い事だな。だって見栄を張らないといけないらしいし、他の子たちと同じ程度には裕福だと見せつけさせられた。顔とか手とか、そういうところには跡が残らないように暴力を振るわれるようになった。

 長い事普通な物を食べてないのに行き成り肉なんてぶち込まれた胃はびっくりしていたよ。ご飯を食べて死にそうになる、なんてことは今世で初めて知った。

 

 この頃になると、既に空腹と痛みは親しい友人のようになった。

 時折起きている間に男と会うとぶん殴られたりする。女も暇なときは殴る時があるし、そうでなくともたばこ押し付けつけられたり、物を投げつけられたり、ああ、裸で立たされたこともあったな。包丁で入れ墨でも入れようとしたのか、背中を欠けだらけの包丁で裂かれた時もあった。

 便所に監禁されて、奇麗になるまで出さないなんて言われたりもした。掃除用具ももらえないもんだから、必死に爪で隙間の黴を削ぎ取って、手の皮がボロボロになるまで汚れを拭ったりしたな。定期的に女が見に来て、奇麗に成ってないと蹴り飛ばされた。最初の頃は蹴られるのよりも壁にぶつかる方が痛かった。頭を強く打ち付けて、何もない胃がひっくり返りそうになって。脳を締め付けられてるみたいな吐き気と、くらくらして立てない体がどうしようもなく気持ち悪かった。

 で、男が帰ってくるまでにオワラセナイトご飯は出なかった、

 だから、爪の隙間に挟まった黴を食べて何とかしのいだ。

 水は便所のあれだ。水を流すときに、タンクの上の方から出てくるあれ。

 

 幼稚園に入ってから女はでかい顔をするようになった。その不満が僕に来るのか、時折男が寝ている俺を蹴飛ばし、毛布を奪い去っていく。

 女が長いこと外に出ている間、男に家で裸にさせられた時は肝が冷えた。じろじろと嘗め回すように見てきたときは、こいつに男色(ホモ)の趣味でもあるのかと思った。いやまあ、そういう趣味のやつらに売り飛ばされる可能性もあるのだが。

 というか、あった。

 

 ついさっき。長期に渡って女がいなくなる――――――町内会? 主婦会? そんな感じの旅行らしい――――――時に、丁度休日だった男が外に出て行ったのだ。

 これ幸いと食い散らかしをつまんで腹を凌いでいると、玄関から複数の足音が聞こえた。誰だろう、という疑問を抱いてつまみ食いの手を止めた。すると、玄関の鍵が開くのを聞いた。

 複数の足音と、嗅ぎ慣れない銘柄の煙草の臭いが漂ってきて、なんだろうと覗いてみると複数の男たちが男に金を渡して家に入ってくるのを見た。

 その男たちは俺を見ると指さしてきて、そして腕を掴んで奥の寝室まで引っ張られた。

 その部屋の中で男たちは下半身を脱ぎ、それをおっ立てて僕を抱き上げ、そして勢いよく突き下ろした。吐き気がする。脳がしぇいくされいぶつかん僕は――――――――

 

 

 

 

 

 

 ――――――あれから先の事は、あまり語りたくない。こんな考えが浮かぶ当たり、今でもいっちょ前に自尊心があるのだと感じて少し嬉しい。

 何とかあの中で口にできる液体だけを胃に収めて糊口を凌いだ日々だったが、それと引き換えに剥がしようのない悪臭を身に着けてしまった気がする。毎日風呂場にぶち込まれ、冷水を浴びせかけられるから、きっと他の人には嗅ぎつけられないとは思う。でも、今でも臓腑の底にあの悪臭がこびりついているような、そんな予感がしていた。いや、便器にぶち込まれた時は死ぬかと思ったなぁ。

 寝る暇もなく、途中から増減していく男の群れは未だに夢に見る。それを見た後は、無性に吐き気が込み上げてくる。

 今でもトイレにはトラウマがある。大を堪えるのが妙に難しく、そして普通に便座に座るだけの事に何分もかかってしまう。

 

 

 

 ああ、最悪だ。最悪の人生だ。

 だけど不思議と嫌悪感が湧かない。

 他人に対する憎悪のようで、憎しみではない何かと、無性に他人を貶めたい感情ばかりが募る日々。

 それでも、この人生に嫌悪感は湧かない。むしろ、愛着が湧く。

 何故だろうと考えて、簡単に答えが出る。

 

 ああ、これでようやく不幸面できる。他人を引きずり下ろす、そんな権利が手に入る。

 

 だからだ。

 

 もとから、この人生を望んだのは僕。とびっきり最悪な人生を望んだのは僕だ。

 但し、日本に生まれたのは想定外だったな。これじゃあまだまだ生ぬるい。僕より不幸な人なんて何処にでもいる。男も女もそういっていたし、僕も心底同意する。

 でも、こうなってから漸く心が自由になった気がした。

 何もない。不運の渦中。不幸のどん底。

 

 ははっ、ああ。ああ!

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分で他人を貶められる権利を認められて、どうしようもない喜びが駆け巡る。

 肯定しよう。僕は不幸が好きだ。悪と犠牲を愛してる。

 

 ああ、勘違いしないでくれ? 感性は普通だよ。前世も普通の凡人だったし。

 奇麗な物やハッピーエンドが大好きだ。一流の悲劇が打ち壊されて三文喜劇なるところなんて興奮を覚えて仕方がない!

 でも、それと同じくらい悲劇も好きなんだ。いつの日か、自分で作り出したい、間近でそれを見たい。ああ、他人を不幸にしたい、なんて思うくらいには。

 そんな僕も結婚してからは普通になった。所帯を持って、家族に愛を注いだ。物語のようなハッピーエンドは不可能だけれど、それでも面白おかしく幸せに生きた。

 そんな人生を終えて、転生する機会を与えられた。

 だから、今世は皆を不幸にしたいと思った。

 理由? 悲劇の見過ぎじゃないかな?

 だってさあ、主人公が不幸になってるのにその周りが幸せになるなんて気に食わないじゃん?

 そんな物語を見続けて、僕はこいつらを不幸にしてやりたいと思った。その資格として、まずは自分を不幸にしてほしいと願った。それだけだ。

 ここまで不幸になって漸く、僕は自分が周りを不幸にすることに納得できる。不幸な奴にこそ、幸せな連中を不幸にしていい権利があると、そういう持論があったから。

 これは、僕の中で完結した結論だ。どんな奴が何を言おうと、きっと響くことは無い。

 それでも第二の生を自由に過ごせるのだから、思いっきり「生きる」のだ。

 

 だから、僕は不幸を撒き散らそう。

 手始めにあの男と女を、いや、その前に園児の皆を潰してみようか。だってあいつらがいなくなったら遠くに行かないといけなくなって、園児たちを不幸に出来ないかもしれないからさ!

 ああ、楽しい。ああっ、生きてる!

 僕は今、()()()()()

 

 未来の事を考えるだけで胸が熱くなる。

 明日が待ち遠しくて堪らない。

 生きていることに感謝して止まない。

 

 

 

 

 

 

 ああ、わくわくするなぁ。




不運万歳!運の女神に見放され、この世の最低の境遇に落ちたなら、あともう残るのは希望だけ、不安の種も何もない!

     ――――――ウィリアム・シェイクスピア

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