【悲報】俺氏、セミファイナルまでで消えることが確定 作:Mamama
「……えーと、ごめんなさい。私達、誰を連れてくるかまでは聞いていなかったから。改めて自己紹介、よろしいかしら?」
我が家はこれ以上ないほどの緊張感に包まれていた。
テーブルの対面にはお袋と親父が座り、俺とマリィは隣に座っている。お袋も親父も真剣な顔だ。
そんな雰囲気の中、当事者なのに蚊帳の外に置かれた俺は生唾を飲み込んだ。
「はい。あたしはマリィっていいます。この人の姉です」
唐突に爆弾を落としたマリィに俺の両親が電撃を受けたような顔になった。マリィって大物だよな、と俺は現実逃避気味にそう思った。
港町であるカイナシティはホウエンにおける貿易の中枢を担うと共に、有名な観光名所でもあり玄関でもある。南部には大きなビーチがあり、夏の時期には賑わいを見せている。海が近いだけあって魚介類を使った食事や特産品が有名で、大規模なマーケットも開かれている。
旅行でホウエンを旅するのであればカイナシティを挙げる人も多いだろう。
今のところ観光の繁栄期ではないが、それでも多くの人でカイナシティは賑わっている。
フェリーでの旅を終え、下船した俺達はそのカイナシティの一角にあるレストランにいた。
「あー、何かカイナの雑踏の中にいると思うと帰って来たって感じがするな」
魚介のクリームパスタをパクつきながら、窓から見える往来を眺めて俺は言った。カイナシティは俺の出身であるキンセツシティからそこそこ近く、昔は良くリョウタロウと一緒に買い物やらマーケットの掘り出し物目当てに来ていたものだった。俺達が今いるレストランもリョウタロウと一緒に開拓した場所で、お気に入りの場所だった。
モダンな雰囲気ながらも堅苦しくなく、俺達以外の客も各々食事を楽しんでいる。
本当に懐かしい。異国情緒溢れるガラルも悪くなかったが、カイナシティの地に足が着く感じは懐かしいと共に落ち着く。
「港町やから人が凄かね。キンセツシティはここから北にあるんやったっけ?」
「そうそう。サイクリングロードがある110番道路を越えてな。自転車もないし、今回はタクシーかバスか使うかな」
レンタルショップで借りるという手段もあるが、サイクリングロードとは名ばかりのトレーナーの巣窟だ。今の俺が梃子摺るほどの強敵はいないだろうが、今日のところバトルは本題ではないし無為に時間を浪費するのは避けたいところだ。どうしようか、と決めかねているとマリィが俺の顔を見て、自分の口の端を指さす。
「口、クリームがついとるよ」
「え? マジで?」
布巾で軽く拭うがまだ取れていないようで、結局身を乗り出したマリィに拭かれることになった。
「はい取れた」
「っぷ、どうも。……取り敢えずマーケットにでも行くか。後のことは道中で考えればいい」
「いいの? 先を急がなくても」
「チャンピオンに挑むにしたって下準備だって必要だろ? それに折角ホウエンに来てもらったんだ。思い出の一つや二つくらい作ってもらわないとな」
俺はチャンピオンに立ち向かう為に帰ってきた。しかしフェリーの旅で疲労もあるし今日挑みに行くわけには行かない。俺はガラルでそれなりの成績を残したからポケモンリーグ協会も多少の融通はしてくれると思うが、最悪の場合はもう一度四天王に挑みなおす必要があるかもしれないのだ。
まあ、別に俺はチャンピオンの座を狙いに行くわけではない。挑むということが大事であって、公式の場でなくても問題はない。非公式の練習試合という形式なら恐らく問題はないと思うが。
どちらにせよ、言い訳を残さないためにも万全の準備をしなければならない。
そのために英気を養うという意味で少しの間はのんびりするつもりだ。
出身地だからというのもあるがホウエンは良い場所だ。ちょっとした隠れスポットを紹介してもいいし、本来の目的を見失わない程度に観光くらいしたって良い。無理言ってマリィについてきてもらってるんだから、それぐらいの役得はあってしかるべきだ。
それでマリィがホウエンのことを知って、好きになってくれたら俺は嬉しい。
店を出た俺達はカイナシティの散策に乗り出す。俺にとっては庭みたいなものだが、マリィにとっては初体験の場所だ。目ぼしい場所を案内しつつ、アクセサリーを買ったりと俺も久しぶりのカイナシティを楽しんでいると大分疲れてしまって、キンセツシティまではバスを乗り継いでいくことになった。
そして久しぶりの我が家だ。最後に見た記憶と何ら変わりない、二階建ての一軒家。キンセツの郊外、シダケタウンにも程よく近い場所だ。近くには育て屋もあり、そこで俺のクチートの卵も見つかったのだという。その家の前でマリィは落ち着かない様子で深呼吸した。
「……なんか緊張してきたんだけど、あたし大丈夫だよね? おかしなところないよね?」
「ないって。それにうちの両親はそういう厳しいタイプじゃないから」
厳しいどころかネジが何本か抜けてるんじゃないかと疑いたくなる両親だが、寛容だからマリィを温かく迎えてくれるどころか新しい娘が出来たわ!なんて言って諸手を挙げて喜んでくれるだろう。
玄関の鍵は開いているようだ。俺は軽く力を込めてドアを開いた。
「ただいまー、帰ったよ」
俺がそう声を掛けるとぱたぱたと二つの足音が玄関に向かってくる。
「おかえり! 道中は大丈夫だ……った?」
リビングに通じる扉から顔を出した親父とお袋は俺の背後、つまりマリィを見て固まった。
「ん? ああ、ほら紹介したい人がいるって言っただろ? ガラルで世話になったマリィだ」
当然、俺が里帰りを果たす前に両親には俺だけではなくもう一人来ることは伝えてある。
それなのに何故二人ともあんぐりと口を開けているのだろうか。
そして場面は戻る。
リビングに連行された俺達は事情聴取を受けていた。何故実家に帰って来たのに、こんな警察署で尋問されているようなぴりぴりした雰囲気になるのか。
……いや、理由は分かる。
まさかこの場でマリィが俺の姉を名乗るとは思わなかった。というか多分、マリィも緊張してしまったせいか、癖で言ってしまっただけだろう。言った瞬間、しまったみたいな顔してたし。
姉呼びを強要さえしなければマリィは常識的な考えが出来る少女だ。そこの部分は今更疑っていない。
そもそも姉呼びは少なくとも実家では封印するつもりだった。
俺とマリィの関係は健全なものであるが、誤解を招きかねないものであるというのは分かる。
それを初っ端から破られたので俺は出されたお茶を飲みながら頭を抱えた。
バレたとしてもそんな大事にはならないだろうと楽観的に考えていたことは否定できない。両親、特に親父の性癖は息子の俺から見ても引くぐらいだし笑って流すものかと思っていた。ただ、この重苦しい空気を感じるにそんな簡単に物事は進まないようだ。
「私はプリムさんかと思ってたけど」
「ああ。……正直、俺達はプリムさんを連れてくるかと思ったんだ」
腕を組んで神妙な顔をする親父。何故そこでプリムの名前が出てくるのか、俺にはさっぱりわからない。そもそもプリムは一度家に来たことがあるし、その時に顔を合わせている。
「そりゃプリムさんには色々世話になったけど、連れてくるわけないだろ」
「あーいや、お前の交友関係で思い浮かぶのがプリムさんぐらいでな……」
歯切れ悪く失礼なことを言う親父。俺にだって友人くらいはいる。リョウタロウにその妹のアキとか。
「プリムさんって、話に出てきたホウエンの四天王の?」
「そうそう。やっぱあの人にも顔ぐらいは見せにいかないとな、礼儀として」
俺がトレーナーとして再び歩く切っ掛けを作ってくれたのは間違いなくプリムだ。であれば、先だって挨拶くらい行くのが礼儀だろう。どうせチャンピオンリーグに行くのだから、と横着するつもりでいたがやはり連絡は入れておくべきか。
「ああ。……プリムさん、お前がガラルに行った後も何回か家に来たんだぞ?」
「え、そうなの?」
ガラルでも何回か通話したが、そんなことは一度も聞いたことがない。話をした内容としては単なる進捗具合の確認といった事務的な内容が殆どだった。
「推薦状を書いていただいた方だから、気に掛けてくれたんじゃない? 貴方の様子を聞きに何回か来たのよ」
「そう、かな?」
それは俺に直接電話をすれば済む話だと思う。実際何回か電話をしていることだし。
ただ、プリムがなるべく俺との接触を避けていたとも考えられる。俺の事を気に掛けているが、過剰に接触するのは良くないこと、なんて風に考えていたのかもしれない。
「毎回酒持ってくれてなぁ。やっぱり四天王って給料も良いんだな。この間持ってきてくれたウイスキーなんか結構な年代物で」
「……それ、俺のことをダシに酒盛りしたいだけなんじゃない?」
やっぱり違うかもしれない。如何せんプリムのキャラクターが未だに掴み切れていないので、この場では考えようがないのだが。
「あなた、それは今は置いておきましょう。今はもっと大事なことがあるわ」
「ああ、そうだな」
親父とお袋は真剣な顔のままマリィをじっと見た。マリィは居心地悪そうに身体を捩らせる。
「その、姉というのは……?」
「いやいや、なんつうか色々あってそういう関係になっただけで。ほら、俺もガラルっていう初めて行く異国の地で色々困ったことがあってさ。そんな時にはマリィが良く助けてくれて。……あー、まあそんな感じ。呼び方にそんな深い意味はないって。そうだろ?」
「え? あ、うん……」
見かねた俺が助け舟を出し、未だに両親の視線に晒されたままのマリィは挙動不審な態度で頷いた。
「……もう尻に敷かれてるってことかしら? やっぱりお父さんの子なのね」
「ま、まあ母さん。それは置いておこう。なんというか、まだそういうのは早すぎるんじゃないか? 俺は……そういうものにも理解があるが、マリィさんもまだ若いだろう?」
「あー、まぁ……」
親父の言うことは分かる。今の段階では明確に俺の方が年上だと誰が見ても分かる。これが何年後か、マリィが成長すれば違和感も無くなるだろう。弟扱いにすっかり慣れてしまった俺だが、感性は一般人並みだからこれからのことは予想出来る。ガラルではすっかり名物姉弟としての認識が定着してしまったが、ホウエンではそうもいかない。
つまり親父は俺の世間体を気にしているのだ。
「やっぱり世間の評判とか?」
「ああ。自分だけが傷つくなら良い。だが、それでマリィさんが傷つくなら俺も看過出来んぞ。連絡を聞いてプリムさんならば、と思っていたがどう見てもお前より年下だろう」
「……そうね。私は別に二人の関係を否定するつもりはないわよ? でもホウエンにいる間くらいは隠した方がいいんじゃないかしら? ……というか、マリィさんの親族の方はこの事を知っているの?」
「んー、一応知ってるはずだけど。そうだよな?」
「う、うん。知ってるはず。あたしから話したし」
マリィの兄であるネズにはバレている。これは確定だ。しかしネズの方から何も言ってこないということは、まあ許されているのだろう。多分。
「それで向こうの方は何と言ってるんだ?」
「何って言われても、まあ黙認されてる感じだけど」
「そ、それはまた大らかだな。他に何か言ってなかったか?」
「他に?」
俺とネズが話をしたことはスパイクジムの一回だけだ。それ以外で接点という接点はない。俺は当時のことを思い出す。その時の会話と言えば―――。
「ああ、そういえばジムを継いで欲しいみたいな話はされたっけ」
「……ほぼ公認みたいなものじゃないか」
「そ、そうか? それはあんまり関係ないと思うけど」
何故か慄く親父。
「……ねぇ、マリィさん」
そんな中、静かにマリィに話しかけるお袋。
「これは興味本位じゃなくて真面目に聞くんだけど……その、ガラルではどこまで行ったの? 二人共結構いいところまで進んだと思うんだけど」
「お袋、あのさ」
「アンタは黙ってなさい。私はマリィさんに聞いているの」
トレーナーとしての実力は関係ないと言おうとしたところで厳しい声が飛んできて、俺は口を閉じるしかなかった。この家のヒエラルキーのトップはお袋だ。それに逆らうことは俺には出来ない。
「別にどんな答えが返ってきても私はちゃんと受け止めるわ。だから正直に話してくれない?」
そういえば、と俺は思い出す。お袋も元トレーナーだ。お袋とクチートのコンビネーションは今でも凄いし、キンセツシティでは結構な腕利きとして地元じゃ有名だったらしい。
久しぶりにトレーナーとしての血が騒ぐのか、いつもの朗らかな顔はどこにも見えない。どこまでも真剣な顔だ。
「繊細な話だし、ぼかして言って大丈夫よ? あ、言いにくいなら別の部屋で聞いてもいいし……」
「いえ、大丈夫です。えっと、惜しいところまでは行ったんですけど……」
「最後までは行かなかったと?」
「はい」
「その、なんていうのかしら……リベンジをする気は?」
「え? はい。その時が来ればとは思ってますけど」
「……分かったわ」
ふぅ、とお袋はため息を一つ。そして視線を鋭くして今度は俺の方を見た。
「あんただってもう小さな子供じゃないんだし、息子の事情に親が首を突っ込むのはお角違いかもしれないけど、本当に良く考えたのね」
「いや、良く考えたというか自然にそんな風になった感じなんだけど」
「……そうね。旅をすると開放的になるものね。そういえば私とお父さんが初めて出会った時も旅の途中だったわ」
「ああ。馴れ初めはそうだったな。しかし時間の経過は早いものだな。いつかはこの時が来ると思っていたが、俺の予想以上に早かった」
「こんな時が来ると思ってたの!?」
息子が血の繋がらない姉を連れてきましたなんてまっとうな親であれば予想は出来ないはずなのだが、性癖が歪んだ親父の事を知ってしまえば、なんとなくそんな予想をしてもおかしくないような気がする。
「お前達がそういう関係なのは分かった。自分が決めたことで向こうのご親族の方も納得されているなら、俺達が言うことは何もない。だがお前も犯罪者にはなりたくないだろう? 暫くは健全な付き合いをだな……」
「そうよ。言っておくけど私もお父さんも嬉しいんだからね?」
嬉しいのか、と俺は心の中で突っ込んだが何も言わないでおいた。
「でもちゃんと節度を弁えて行動しなさい。マリィさんに傷を負わせるような真似をしたら息子と言えども容赦出来ないから」
「分かってるって。俺だって警察の厄介になるのは御免だし」
ガラルでの嫌な思い出が呼び起こされる。号泣しながらマリィに手を引かれて帰宅するのは俺だって勘弁したい。ガラルという異国の地ならばまだしもにホウエンというホームタウンで二の轍を踏むわけにはいかない。
「あっ……」
「どうした?」
マリィは何かに気づいたような声を漏らす。緊張していたせいで僅かに顔が紅潮していたが、異様な速さで更にそれが色づく。壊れたブリキのロボットのような挙動を繰り返す様はどう考えても普通ではない。
「い、いや? な、なんでもないけど?」
「いやいや、どう考えても―――」
追及しようとした俺の声を遮ったのは親父の近所迷惑になりそうな雄叫びだった。
「っしゃあ! 娘が出来た! いやはや、今日はなんて良い日なんだ!」
「ちょっとお父さん。気が早すぎるんじゃない?」
「ハッハッハ! 何言ってるんだ母さん! 凄い良い感じの子じゃないか! 俺達も影からサポートしてやろう! そうすれば大丈夫だ! あ、マリィさん! 好きなものとかあるかい! 今日は豪勢に出前でも取ろうじゃないか! 後俺の事はお義父さんと呼んでいいからな!」
マリィが俺の姉を名乗るのであれば確かに親父をお父さんと呼ぶのは……まあ、おかしくないか。
いや十分おかしいのだが、親父の歳からすると若い子にそう呼んでもらえるだけで嬉しいのだろう。
これまでの真面目な顔の様相を一気に崩してとマリィに接する親父を見て、嵐は通り過ぎたなと俺は安堵のため息を零した。
「あら、だったら私のこともお義母さんと呼んでいいのよ? 良かったわぁ。私も娘が欲しかったし。あ、そういえばうちの息子が着た女性用の衣装とかあるけどいる? 丁度貴女に合いそうだし」
両親の猛攻にたじたじになるマリィ。こんなマリィの姿は珍しい。
「部屋割りはどうしようか。なんだったら息子と同じ部屋の方が良いか?」
「えっ? いや、その……」
「使ってない部屋があっただろ。俺は自分の部屋で寝るから」
「いや、お前の部屋はプリムさんの部屋になってるから使えない」
「どういうこと!?」
ぎゃあぎゃあと騒がしくなる我が家の光景を見てようやく俺は家に帰ってきたのだと実感した。無事マリィも両親に受け入れられたことだし、重苦しい空気も霧散した。
―――ああ、だが。
その場の雰囲気に流されてマリィの追及を止めるべきではなかった。
満更でもなさそうな顔でお父さんお母さんと呼んでみせているマリィと身悶えている両親と引き剥がしてでも、理由を聞くべきだった。或いはキチンと両親と話をするべきだった。事前の話で俺も明言は避けていたし、もしかすると誤解させてしまいそうな言動があったかもしれない。そういった意味では俺にも責任はあるだろう。
だが常識で考えて何故分かってくれたのか。そして何故マリィは黙っていたのか。
……きっと誰もが少しずつ悪かったのだろう。俺も悪いしマリィも悪いし両親も悪い。
責任の所在なんてものは分かりようがない。
致命的な勘違いと誤解があることに俺が気づくまで後数日。その数日後、カチヌキ一家やプリムを巻き込んでの大騒動が勃発することをこの時の俺はまだ知らなかった。
勘違いものは書いたことが無かったので書きたかった